27 / 250
2巻
2-11
しおりを挟む
「なんというか……俺の経験談でさ、顧客からのクレーム……ええと、愚痴とか文句? に対応するための心得とか学んでいたわけだ。興奮して怒鳴りつけてくる相手には穏やかに接する。なぜそうなったのか原因をゆっくりと聞く。大体の場合は、時間をかければ落ち着くもんだ」
「ほほう……お前は商人であったのか」
「似たようなものかな。モノを売る専門だったから」
嗚呼、懐かしの営業職。
あの頃に戻りたいとか絶対に思わないし思いたくもない。あのノルマノルマノルマノルマの日常ほんと嫌だった。何度会社辞めると逃避行したことか。翌日には出社したけども。結局俺は社畜だった。
それが仕事だと割りきって涙を呑んだ、皆同じなのだ、辛いのは自分だけじゃないのだ、だから俺も頑張る、とか思えるほど単純でも素直でもない。
辛いもんは辛いんだバカタレ。
「でもこれってスキルって言うのか? 経験から学んだことだから、スキルとは違う気がするんだよ」
「タケル、お前は鑑定スキルを持っているのだろう? 自分のスキルを把握することはできないのか?」
そう言われ、確かにと思う。
ベルカイムに入る前の検査で、少しだけ覗かせてもらった俺のステータス。ショッボイ感じの、どこにでもいそうな普通のステータスだった。あれは鑑定をした人の魔力が俺の魔力より劣っていたから、対象の本質を見ることができなかったわけ。
自分のステータスなんて興味なかったからな。便利に使えればそれでいいじゃん、って感じでどんな能力があるのか確認していなかった。
鑑定ではないが、できるかもしれないな。
お願い調査先生、俺のステータスって俺自身とクレイに見せることはできるんですか?
【ギルディアス・クレイストン 四十五歳】
[種族]ドラゴニュート。
[職業]聖竜騎士。
[所属]蒼黒の団。
[加護]古代竜の恩恵。魔導王の盟友。
[称号]栄誉の竜王。
[技能]武闘槍術。破者の咆哮。武者の威圧。
[異能]狂戦士。気配感知。体力向上。各種免疫・耐性。鋼鉄皮膚。
「…………」
「…………」
「…………四十五歳か」
「やかましいわ」
いや違いますよ調査先生、目の前の恐竜じゃなくて俺自身のこと。
それにしてもクレイ四十五歳か。目上ってのは理解していたが、まさかのお歳。リザードマンの見た目なんて皆同じに見えるから、年齢はわからなかった。
「俺に異能力は備わっていなかったはずだが……これも古代竜の恩恵なのだろうか」
「そうなんじゃない?」
「また適当に答えおって」
ドラゴニュート以前のクレイのステータスなんて知らないから、とりあえずボルさん出汁(魔素水)のおかげとしか言えない。自分で思いついてなんだが、そうか魔素水ってボルさんの出汁なのか。今更だが、アレ数えきれないくらい飲んだぞ。
それよりも俺のステータスだよ。青年にいろいろともらったが、今一度確認させてもらいたい。
【タケル・カミシロ 十九歳(二十八歳)】
[種族]古代竜の加護を受けし者。
[属性]魔導王。
[所属]蒼黒の団。
[加護]古代竜の加護。理の呪縛。栄誉の竜王の盟友。精霊の友。
[技能]口八丁。話術。算術。臨機応変。ものぐさ。
[異能]世界言語。身体能力。各種免疫・耐性。探査能力。空間術。私物確保。魔力極限。
具現化能力。知識理解力。意思疎通。神の幸運。第六感。
「…………」
「…………」
「ピュイ」
「…………ものぐさスキルって何だよ!」
「言うべきところはそこではないだろう!!」
改めて確認した自分のステータス、なんかいろいろと付いてた。あの青年に遠慮なく頼んだから青年も遠慮せずにくれたのだろう。
身体が疲れにくくて便利な魔法がたくさん使えるくらいにしか思っていなかった。
「……魔導王」
「なにそれ」
「古い物語にあるのだ。世のすべての魔力を扱う者の頂点に立つ存在を、魔導王と言うのだ。数万年前にこの世界を創造せし神のことをそう呼ぶ」
「へえー」
「……お前もその魔導王らしいのだが」
「いや俺、神様なんかじゃないし」
神様みたいなヤツに無理やり殺されて、無理やり別世界で旅しろって言われただけなんだよ。とりあえず見て回れと。
あと口八丁って何かな。誰か説明してくれ。要領が良いってことなんだろうが、良いイメージが浮かばない。詐欺師みたいじゃないか。
「いろいろと突っ込みたいところはあるが、何より驚いたのがクレイの年齢」
「うるさい。リザードマンは長命の種族なのだ。俺などまだまだ若輩者だ」
クレイが若輩者だったら、俺なんてヒヨコにも満たない卵じゃないか。
魔導王って響きが少し恰好いいが関係ない。俺は俺だ。これからも地道に素材を採取していくし、ランクF冒険者として頑張るだけ。頭角を現すつもりは毛頭ない。目立つの嫌い。
恩恵とやらがたくさん付与されているようだが、細かいことはわからないから放置。探査先生と調査先生のお力をお借りし、便利な鞄とともに生きていくぞ。
少しの贅沢と少しの努力。
人に優しく、賢く生きれば、この世界はなんとも面白い。
ノルマに縛られ、生きるのに窮屈だったあの世界も懐かしいが……チョコレートと煎餅と炭酸飲料とバラエティ番組と映画とマンガとゲームと醤油がなくてもなんとかなる。あれば嬉しいけど。
『青年』よ。
お前のおかげで苦労もしているが、俺は概ね楽しんでいるからな。
13 危急存亡の秋
フィジアン領ヴァノーネ地方。
一面の田園風景ではあるが、土が乾いて作物が枯れ、茶色が大地を覆っていた。乾いた風が砂を舞い上がらせ、一面茶色の景色。
すぐ隣の領という感覚だったが、まるで違う。少なくともルセウヴァッハ領で荒廃した土地なんて見たことがなかった。
クレイに尋ねてみる。
「もともと砂漠だったところに住んでいたとか」
「そのような話は聞いたことがない。俺もまさかここまで大地が枯渇していると思うていなかった」
砂漠化が進んでいるというよりも、そもそも雨が降っていないのかもしれないな。
以前、図書館でフィジアン領の資料を読ませてもらったところ、ルセウヴァッハよりは栄えていないとはいえ土地は肥沃とのことだった。領主が馬鹿やらかさなければ、豊かな土地に実る農作物で十分な税収は見込めたらしい。
馬を降りて畑に近づき、土を触る。ぱっさぱさ。少し土を掘ってみても乾いたまま。もう何日も水がない状態だ。
トルミ村で世話になったとき、広大な畑にどうやって水を撒くのか聞いたことがある。便利な魔道具があるわけではなく、井戸からホース状のものを引いて人力で圧を加え畑に撒くのだ。江戸時代の火消しが使っていた龍吐水という装置に似ている。ホースはゴムみたいな素材だったが大蛇の皮と聞いて引いた。蛇でかすぎ。
水を撒くのは毎朝夕。子供たちが額に汗をかき、遊びながら水を撒いていた。俺も巻き込まれ、ずぶ濡れにされたのは良い思い出。
井戸が枯れたりしたら水は汲み上げられない。だから畑に水が撒けないのだろう。
フィジアン領だけピンポイントに雨が降らないのだろうか。
「村の近くにはでっかい湖があるんだよな。もしかしてその湖も干上がったのかも」
「あれほど広大な湖が干上がるとは思えぬ」
それはわからないぞ。地球だって温暖化の影響で干上がった湖がたくさんある。
かといって、フィジアン領に温暖化は関係ない。いつもは肥沃な大地。しかし今は枯れ果てている。突然の異変。なぜだろうか。
「ピュイ」
なぜだろうね。
ボルさん教えて。
これもボルさんの魔素の影響なのかしら。
+ + + + +
乾いた街道をしばらく進んだ。
日が暮れはじめた頃にまだ頑張って、緑を茂らせている雑木林に入る。開けた場所を見つけて野営の準備。あちこちに枯れ枝があるから、薪を探す苦労はなかった。ブロライトと野営をしたときに作ってもらった薪も追加し、四方に結界魔石を配置。
毎度お馴染みの肉すいとんを山盛り作り、ぺろりと平らげた。ビーはあの身体で俺以上に食っていた。
モンスターの襲来も何もなく、翌朝すっきりと目覚める。
ヨダレまみれで生臭くなったビーを洗いまくり、俺とクレイに清潔をかけていざ出発。予定では、今日のうちに目的の村に到着できるはずだ。
二頭の一角馬に加減をして魔法をかけ、猛烈な駆け足ではなく適度に速い並足で進んでもらった。そうそう、このくらいの速さだったら景色も楽しめる。どこまでも茶色の大地が続くが、頬を撫でる風は穏やか。この平野もきっと緑溢れる美しい地だったに違いない。
仮にボルさんの魔素浄化が影響しているとして、さて何をどうやって良い方向に持っていく? リュハイの鉱山ではカニっていうわかりやすい対象がいたが、今回は天候の問題。さすがにそんな大がかりなことまでどうにかしろと言われても困るし、実際に魔法で雨を降らせたとしても一時しのぎにしかならないだろう。俺はこの地に長く留まるつもりはないのだから。
「タケル、わかるか? ガレウス湖だ」
地平線の彼方にうっすらと見えるきらめき。周りに障害物が何もないと、湖ってこんな見え方をするんだな。太陽の光に反射してとてもきれ……
……なにあれ。
「……俺が来たときはもっと美しかったのだが」
近づくにつれ湖の全容が明らかになる。小高い丘に登って眼下を確認すると、たとえようのない色の湖が広がっていた。
「呪われた沼?」
「呪われては……おらんとは言えぬな。本当に何かの呪いのようだ」
ドブ色っていうか工業廃棄物まみれっていうか、なんかテラテラしている。海に重油が漏れた映像を思い出した。
あれがもし何かの霊験あらたかな水だったとしても、全力で拒否するな。あんなの飲んだら即死だろう。
あの湖の水を生活・農業用水としているのだとしたら、使うのを遠慮するはずだ。実際に使ってみて、使い物にならないと判断したから畑が枯れたのかもしれない。
「酷いな」
「うむ。なにゆえあのような色になってしまったのだ」
それはたぶん、クレイが崇拝する古代竜の魔素浄化が影響しているのではないかと思われ……
しかし一概には言えない。何でもかんでもボルさんの影響ってことはないだろう。その可能性もある、ってことで調べてみるか。
湖に近寄り、湖畔で馬を降りる。馬ですらあの水に触れたくなさそうにしていたから、きっと身体に害のあるものに違いない。
「タケル、触れてはならぬぞ。何があるかわからぬのだから」
「触らないように調べてみる」
さーてと。
【ガレウス湖】
フィジアン領ヴァノーネ地方唯一の水源。
豊富な量と透明度の高い水は、人々の命の源となっている。聖なる神獣が生み出した奇
跡の水でもあり、聖獣の恩恵により湖は枯れることがない。
[備考]パレオシン毒素成分あり。
[追記]パレオシン毒:ガロノードバッファローの角から削り取られる猛毒。
なんか人為的な原因らしきものを見つけた。毒素成分があるって、これ絶対に、誰かが故意に撒き散らしたってことだよな?
「何かわかったか?」
「クレイ、ガロノードバッファローって知っているか?」
「獰猛なモンスターだ。高地に棲まうランクCのモンスターで、温暖なところには生息しない。それがどうした?」
「そのモンスターの角に含まれる毒が、この湖に撒かれたらしいんだ」
「なんだと!?」
クレイ曰く、比較的穏やかな気候のフィジアン領では見かけないモンスターらしい。しかもパレオシン毒は加工が難しく、素人が気軽に扱えるものではないとのこと。するとやはり、闇の組織とか金のある者の犯行。この地に住む民が、自らの首を絞める真似は絶対にしないはずだ。
クレイは眉を寄せ、忌々しげに大地を踏みしめた。
「なんたることだ!! 民の命である水を故意に汚すとは!」
本当に酷い。誰がどんな目的で……いや、絶対に私利私欲で悪いこと考えまくったヤツがくだらない欲望のためにやらかしたんだろうけど、関係ないヤツらを巻き込むなよ。企むなら勝手に企んでいろ。
水源が汚されたら水が飲めないどころか……大変だ、風呂にも入れないじゃないか!!
「ピュイイィ……」
「うん? それは我慢してくれ。いくらビーでもこの水に触れたら大変なことになる」
広大な湖を眺め、ビーは明らかに気を落とす。思う存分水浴びがしたかったようだ。俺だってビーの喜ぶ姿が見たかった。
そういえば俺の異能に「免疫」ってあったよな。あれって毒にも有効なのだろうか。少しだけ試してみたい。
テラテラした色の水に触れようと手を伸ばすと……
「何をしてるずらぁ!」
ヅラ!?
突然背後から大声で怒鳴られた。
まるで悪戯がバレたときの心境で焦って振り向くと、みすぼらしい姿をした数人の男が農耕器具を持ちながら立っていた。
誰しも頬がこけ、手足もやせ細っている。目だけがギョロリとしていて恐ろしい。
ヅラって何だ方言か。ドキッとした。ハゲてないけど。
「すみません、なぜこんな色になってしまったのか調べていたんです」
いやいやどうもどうもと頭を下げ、愛想よろしく両手を上げた。
クレイは警戒しながらも槍を手にせず頷くだけ。
「おめがなんか悪さしたんと違うんずら」
「いえいえ、俺と彼はたった今この湖に来たばかりなんです。ええ、はい」
男たちは俺たちを訝しみながらもじりじりと近づき、じろじろと見てくる。
「ずいぶんとデカいずら」
「巨人族ではありませんよ」
「何しにやってきたずら」
「ベルカイムからやって参りました。ご存知ですか? フィジアン領の隣にあるのですが」
「おら知ってるずら。あっこは綺麗な領ずら」
「その隣から何しに来たずら」
俺はなるべく本当のことを話さず、かといって誤魔化さず、彼らが納得できるように順序だてて説明をしてみた。
懐柔策って言うなよ? 平和的解決って言ってくれ。
「はじめまして、俺の名前はタケルって言います。彼の名前はクレイストン。俺たちは冒険者です。ベルカイムで依頼を受注しまして、ちょっと珍しい素材を探しに来ました」
珍しい素材っていうのが毒草なんだが、説明としては間違っていない。
男たちはヒソヒソと何かを話し合うと、それぞれ頷いた。
「何か証明しろずら」
「ギルドリングでもいいですか?」
鞄から真鍮のギルドリングを取り出し、男たちに見せる。
男たちは戸惑いながらも受け取り、それをじっくりと検分する。ギルドリングは個人のデータを記憶するものであり、ギルド以外での複製は不可能。偽物か判断するにはギルドに行かなくてはならないが、複製すれば問答無用で罰せられる。それは冒険者でなくても知っていた。
「Fか! 最低ランクずら」
「あはは。そうです」
「成り立てずらか、あんちゃん」
「そうですね。春先に登録したばかりです。でもあっちは違いますよ?」
そう言ってクレイのほうを目で示すと、男たちはクレイの右腕に注目する。
太い手首に燦然と輝く黄金色のギルドリング。説明せずともわかる、それはまさしく冒険者として数々の苦難を乗り越えた一人前の証。
「Aずら! ランクAずら!! ぼっけぇー!」
「たんまげたー! おらランクA冒険者なんてはっじめて見たずら!」
「すんげえずら!」
「かっこいいずら!」
男たちはずらずら喜ぶと、クレイを尊敬の眼差しで見つめる。ぎょろりとした目玉をした男たちからの尊敬にクレイは苦く笑った。
しばらくはしゃいでいた男たちだったが、一人の小柄な男がへなへなと力を失い倒れてしまう。
「タロベ! タロベ! なんしたタロベ!」
「腹が……腹が減って……もうちからが出ないずら……」
「腹ぁ減ってんのに無理して跳ねるからずら……」
きゅ~~~くるくるくる……
ブロライトに比べたら可愛らしい腹の虫が鳴った。
14 烏頭白くして馬角を生ず
「うんめえぇずらぁぁーーーー!」
「こんなうまかもん、おらはじめて食ったずら!!」
「ああ、うまいずらうまいずら」
ヴァノーネ地方アシュス村は、人口二百人ほどの小さな村だった。田畑は荒れ、大地は枯れ、家屋には隙間風が容赦なく吹きつけている。
痩せ細って力を失った男を担いだら恐ろしく軽かった。まるで皮と骨だけのような。こんな尋常じゃなく痩せているのに、それでもこの枯れた大地に住み続けるとは。
きっと先祖代々受け継いできた田畑や財産を守りたいんだ。簡単には引っ越しなどできないんだろう。
目的地であるアシュス村にたどり着いた俺たちは、村人たちのぎょろりとした目玉に迎えられた。いや、よそ者が来やがったと明らかに迷惑そうにされた。いくらランクA冒険者が同行しているとはいえ、今の村人たちに余裕はまったくない。
俺たちは警戒されながらも、村の中央にある集会所らしきところに通された。
はいはい、そんなわけで取り出しました、この大鍋。
学校の調理室にあるようなこの巨大な寸胴鍋、ジェロムに邪魔だから持っていけと押しつけられたものです。店に置いてても売れやしないから、便利な鞄とやらに入れておけと。
俺の鞄は物置じゃないんだけど、もしかして使うときが来るかもしれないと考えてもらっておいてよかった。
それでは、手抜き適当クッキング。
鍋いっぱいに大量の綺麗な水を入れまして、加熱であっという間に沸騰させる。保温石を入れて一定の温度に保ち、魚の干物の粉末を投入。海葉亭で仲良くなった料理長に作ってもらった濃厚なスープの素を溶かし、続いてサーペントウルフの肉に各種調味料をまぶして細切れに。山菜・きのこ・薬草と併せてぶちこみ、最後にいつもの小麦粉を練った塊も刻んで投入。ちょっと煮込めば噛まずに呑める。
体調を整える効果がある薬草も入れたから、空腹には優しく沁み込むだろう。
手抜きもいいところだが、空腹の村人たちには大好評だったようだ。
大量の肉すいとんは瞬く間になくなり、次をどんどん作ってどんどんなくなり、村人全員の腹を満たしたのは太陽が沈みかけた頃だった。
「ああ、ああ、こんなにうまい飯は久しぶりに食ったずら……ありがとう、あんちゃん。ありがとう」
下腹だけをぽっこりと膨らませた男は涙を流して感謝した。その言葉がきっかけで、村人は全員這いつくばって俺を拝んでくる。それぞれに涙を流し、口元に食べカス付けたまま。
鞄に入れていた食料の八割を食われたが、八割で村人全員の腹を満たすことができたなら良かった。俺ってどんだけ食料持ち歩いていたんだろ。
先ほど倒れた男、タロベエ……じゃなくてタロベだっけ。さっきよりもだいぶ良くなった顔色で力なく笑っている。いくら今腹いっぱいになったとしても、萎んだだろう胃袋の容量は少ないはず。すぐに腹が減るはずだ。それに、腹が満たされても失った筋力が戻るわけじゃない。歩くのすらつらいのかもしれない。
「あんちゃんは神様ずら。おいらたちを救ってくれた神様ずら」
「そんな大げさな。飯を食わせてくれたヤツが神様なら、世の中神様だらけだ」
「はははっ、ちげぇねえずら。でもおいらたちはあんちゃんたちに感謝してぇずら。だけど……」
恩を返せる状況ではないずら……
最後までは言わなかったが、タロベの言葉にその場にいた村人たちが一斉にショゲる。
うん、この村人たちも心根は良さそうだ。さっきは恐怖と余裕のなさで俺たちを威嚇したのだろうが、それは無理もないこと。今の湖の畔に見慣れないヤツがいたら警戒するのは当然だ。
「ほほう……お前は商人であったのか」
「似たようなものかな。モノを売る専門だったから」
嗚呼、懐かしの営業職。
あの頃に戻りたいとか絶対に思わないし思いたくもない。あのノルマノルマノルマノルマの日常ほんと嫌だった。何度会社辞めると逃避行したことか。翌日には出社したけども。結局俺は社畜だった。
それが仕事だと割りきって涙を呑んだ、皆同じなのだ、辛いのは自分だけじゃないのだ、だから俺も頑張る、とか思えるほど単純でも素直でもない。
辛いもんは辛いんだバカタレ。
「でもこれってスキルって言うのか? 経験から学んだことだから、スキルとは違う気がするんだよ」
「タケル、お前は鑑定スキルを持っているのだろう? 自分のスキルを把握することはできないのか?」
そう言われ、確かにと思う。
ベルカイムに入る前の検査で、少しだけ覗かせてもらった俺のステータス。ショッボイ感じの、どこにでもいそうな普通のステータスだった。あれは鑑定をした人の魔力が俺の魔力より劣っていたから、対象の本質を見ることができなかったわけ。
自分のステータスなんて興味なかったからな。便利に使えればそれでいいじゃん、って感じでどんな能力があるのか確認していなかった。
鑑定ではないが、できるかもしれないな。
お願い調査先生、俺のステータスって俺自身とクレイに見せることはできるんですか?
【ギルディアス・クレイストン 四十五歳】
[種族]ドラゴニュート。
[職業]聖竜騎士。
[所属]蒼黒の団。
[加護]古代竜の恩恵。魔導王の盟友。
[称号]栄誉の竜王。
[技能]武闘槍術。破者の咆哮。武者の威圧。
[異能]狂戦士。気配感知。体力向上。各種免疫・耐性。鋼鉄皮膚。
「…………」
「…………」
「…………四十五歳か」
「やかましいわ」
いや違いますよ調査先生、目の前の恐竜じゃなくて俺自身のこと。
それにしてもクレイ四十五歳か。目上ってのは理解していたが、まさかのお歳。リザードマンの見た目なんて皆同じに見えるから、年齢はわからなかった。
「俺に異能力は備わっていなかったはずだが……これも古代竜の恩恵なのだろうか」
「そうなんじゃない?」
「また適当に答えおって」
ドラゴニュート以前のクレイのステータスなんて知らないから、とりあえずボルさん出汁(魔素水)のおかげとしか言えない。自分で思いついてなんだが、そうか魔素水ってボルさんの出汁なのか。今更だが、アレ数えきれないくらい飲んだぞ。
それよりも俺のステータスだよ。青年にいろいろともらったが、今一度確認させてもらいたい。
【タケル・カミシロ 十九歳(二十八歳)】
[種族]古代竜の加護を受けし者。
[属性]魔導王。
[所属]蒼黒の団。
[加護]古代竜の加護。理の呪縛。栄誉の竜王の盟友。精霊の友。
[技能]口八丁。話術。算術。臨機応変。ものぐさ。
[異能]世界言語。身体能力。各種免疫・耐性。探査能力。空間術。私物確保。魔力極限。
具現化能力。知識理解力。意思疎通。神の幸運。第六感。
「…………」
「…………」
「ピュイ」
「…………ものぐさスキルって何だよ!」
「言うべきところはそこではないだろう!!」
改めて確認した自分のステータス、なんかいろいろと付いてた。あの青年に遠慮なく頼んだから青年も遠慮せずにくれたのだろう。
身体が疲れにくくて便利な魔法がたくさん使えるくらいにしか思っていなかった。
「……魔導王」
「なにそれ」
「古い物語にあるのだ。世のすべての魔力を扱う者の頂点に立つ存在を、魔導王と言うのだ。数万年前にこの世界を創造せし神のことをそう呼ぶ」
「へえー」
「……お前もその魔導王らしいのだが」
「いや俺、神様なんかじゃないし」
神様みたいなヤツに無理やり殺されて、無理やり別世界で旅しろって言われただけなんだよ。とりあえず見て回れと。
あと口八丁って何かな。誰か説明してくれ。要領が良いってことなんだろうが、良いイメージが浮かばない。詐欺師みたいじゃないか。
「いろいろと突っ込みたいところはあるが、何より驚いたのがクレイの年齢」
「うるさい。リザードマンは長命の種族なのだ。俺などまだまだ若輩者だ」
クレイが若輩者だったら、俺なんてヒヨコにも満たない卵じゃないか。
魔導王って響きが少し恰好いいが関係ない。俺は俺だ。これからも地道に素材を採取していくし、ランクF冒険者として頑張るだけ。頭角を現すつもりは毛頭ない。目立つの嫌い。
恩恵とやらがたくさん付与されているようだが、細かいことはわからないから放置。探査先生と調査先生のお力をお借りし、便利な鞄とともに生きていくぞ。
少しの贅沢と少しの努力。
人に優しく、賢く生きれば、この世界はなんとも面白い。
ノルマに縛られ、生きるのに窮屈だったあの世界も懐かしいが……チョコレートと煎餅と炭酸飲料とバラエティ番組と映画とマンガとゲームと醤油がなくてもなんとかなる。あれば嬉しいけど。
『青年』よ。
お前のおかげで苦労もしているが、俺は概ね楽しんでいるからな。
13 危急存亡の秋
フィジアン領ヴァノーネ地方。
一面の田園風景ではあるが、土が乾いて作物が枯れ、茶色が大地を覆っていた。乾いた風が砂を舞い上がらせ、一面茶色の景色。
すぐ隣の領という感覚だったが、まるで違う。少なくともルセウヴァッハ領で荒廃した土地なんて見たことがなかった。
クレイに尋ねてみる。
「もともと砂漠だったところに住んでいたとか」
「そのような話は聞いたことがない。俺もまさかここまで大地が枯渇していると思うていなかった」
砂漠化が進んでいるというよりも、そもそも雨が降っていないのかもしれないな。
以前、図書館でフィジアン領の資料を読ませてもらったところ、ルセウヴァッハよりは栄えていないとはいえ土地は肥沃とのことだった。領主が馬鹿やらかさなければ、豊かな土地に実る農作物で十分な税収は見込めたらしい。
馬を降りて畑に近づき、土を触る。ぱっさぱさ。少し土を掘ってみても乾いたまま。もう何日も水がない状態だ。
トルミ村で世話になったとき、広大な畑にどうやって水を撒くのか聞いたことがある。便利な魔道具があるわけではなく、井戸からホース状のものを引いて人力で圧を加え畑に撒くのだ。江戸時代の火消しが使っていた龍吐水という装置に似ている。ホースはゴムみたいな素材だったが大蛇の皮と聞いて引いた。蛇でかすぎ。
水を撒くのは毎朝夕。子供たちが額に汗をかき、遊びながら水を撒いていた。俺も巻き込まれ、ずぶ濡れにされたのは良い思い出。
井戸が枯れたりしたら水は汲み上げられない。だから畑に水が撒けないのだろう。
フィジアン領だけピンポイントに雨が降らないのだろうか。
「村の近くにはでっかい湖があるんだよな。もしかしてその湖も干上がったのかも」
「あれほど広大な湖が干上がるとは思えぬ」
それはわからないぞ。地球だって温暖化の影響で干上がった湖がたくさんある。
かといって、フィジアン領に温暖化は関係ない。いつもは肥沃な大地。しかし今は枯れ果てている。突然の異変。なぜだろうか。
「ピュイ」
なぜだろうね。
ボルさん教えて。
これもボルさんの魔素の影響なのかしら。
+ + + + +
乾いた街道をしばらく進んだ。
日が暮れはじめた頃にまだ頑張って、緑を茂らせている雑木林に入る。開けた場所を見つけて野営の準備。あちこちに枯れ枝があるから、薪を探す苦労はなかった。ブロライトと野営をしたときに作ってもらった薪も追加し、四方に結界魔石を配置。
毎度お馴染みの肉すいとんを山盛り作り、ぺろりと平らげた。ビーはあの身体で俺以上に食っていた。
モンスターの襲来も何もなく、翌朝すっきりと目覚める。
ヨダレまみれで生臭くなったビーを洗いまくり、俺とクレイに清潔をかけていざ出発。予定では、今日のうちに目的の村に到着できるはずだ。
二頭の一角馬に加減をして魔法をかけ、猛烈な駆け足ではなく適度に速い並足で進んでもらった。そうそう、このくらいの速さだったら景色も楽しめる。どこまでも茶色の大地が続くが、頬を撫でる風は穏やか。この平野もきっと緑溢れる美しい地だったに違いない。
仮にボルさんの魔素浄化が影響しているとして、さて何をどうやって良い方向に持っていく? リュハイの鉱山ではカニっていうわかりやすい対象がいたが、今回は天候の問題。さすがにそんな大がかりなことまでどうにかしろと言われても困るし、実際に魔法で雨を降らせたとしても一時しのぎにしかならないだろう。俺はこの地に長く留まるつもりはないのだから。
「タケル、わかるか? ガレウス湖だ」
地平線の彼方にうっすらと見えるきらめき。周りに障害物が何もないと、湖ってこんな見え方をするんだな。太陽の光に反射してとてもきれ……
……なにあれ。
「……俺が来たときはもっと美しかったのだが」
近づくにつれ湖の全容が明らかになる。小高い丘に登って眼下を確認すると、たとえようのない色の湖が広がっていた。
「呪われた沼?」
「呪われては……おらんとは言えぬな。本当に何かの呪いのようだ」
ドブ色っていうか工業廃棄物まみれっていうか、なんかテラテラしている。海に重油が漏れた映像を思い出した。
あれがもし何かの霊験あらたかな水だったとしても、全力で拒否するな。あんなの飲んだら即死だろう。
あの湖の水を生活・農業用水としているのだとしたら、使うのを遠慮するはずだ。実際に使ってみて、使い物にならないと判断したから畑が枯れたのかもしれない。
「酷いな」
「うむ。なにゆえあのような色になってしまったのだ」
それはたぶん、クレイが崇拝する古代竜の魔素浄化が影響しているのではないかと思われ……
しかし一概には言えない。何でもかんでもボルさんの影響ってことはないだろう。その可能性もある、ってことで調べてみるか。
湖に近寄り、湖畔で馬を降りる。馬ですらあの水に触れたくなさそうにしていたから、きっと身体に害のあるものに違いない。
「タケル、触れてはならぬぞ。何があるかわからぬのだから」
「触らないように調べてみる」
さーてと。
【ガレウス湖】
フィジアン領ヴァノーネ地方唯一の水源。
豊富な量と透明度の高い水は、人々の命の源となっている。聖なる神獣が生み出した奇
跡の水でもあり、聖獣の恩恵により湖は枯れることがない。
[備考]パレオシン毒素成分あり。
[追記]パレオシン毒:ガロノードバッファローの角から削り取られる猛毒。
なんか人為的な原因らしきものを見つけた。毒素成分があるって、これ絶対に、誰かが故意に撒き散らしたってことだよな?
「何かわかったか?」
「クレイ、ガロノードバッファローって知っているか?」
「獰猛なモンスターだ。高地に棲まうランクCのモンスターで、温暖なところには生息しない。それがどうした?」
「そのモンスターの角に含まれる毒が、この湖に撒かれたらしいんだ」
「なんだと!?」
クレイ曰く、比較的穏やかな気候のフィジアン領では見かけないモンスターらしい。しかもパレオシン毒は加工が難しく、素人が気軽に扱えるものではないとのこと。するとやはり、闇の組織とか金のある者の犯行。この地に住む民が、自らの首を絞める真似は絶対にしないはずだ。
クレイは眉を寄せ、忌々しげに大地を踏みしめた。
「なんたることだ!! 民の命である水を故意に汚すとは!」
本当に酷い。誰がどんな目的で……いや、絶対に私利私欲で悪いこと考えまくったヤツがくだらない欲望のためにやらかしたんだろうけど、関係ないヤツらを巻き込むなよ。企むなら勝手に企んでいろ。
水源が汚されたら水が飲めないどころか……大変だ、風呂にも入れないじゃないか!!
「ピュイイィ……」
「うん? それは我慢してくれ。いくらビーでもこの水に触れたら大変なことになる」
広大な湖を眺め、ビーは明らかに気を落とす。思う存分水浴びがしたかったようだ。俺だってビーの喜ぶ姿が見たかった。
そういえば俺の異能に「免疫」ってあったよな。あれって毒にも有効なのだろうか。少しだけ試してみたい。
テラテラした色の水に触れようと手を伸ばすと……
「何をしてるずらぁ!」
ヅラ!?
突然背後から大声で怒鳴られた。
まるで悪戯がバレたときの心境で焦って振り向くと、みすぼらしい姿をした数人の男が農耕器具を持ちながら立っていた。
誰しも頬がこけ、手足もやせ細っている。目だけがギョロリとしていて恐ろしい。
ヅラって何だ方言か。ドキッとした。ハゲてないけど。
「すみません、なぜこんな色になってしまったのか調べていたんです」
いやいやどうもどうもと頭を下げ、愛想よろしく両手を上げた。
クレイは警戒しながらも槍を手にせず頷くだけ。
「おめがなんか悪さしたんと違うんずら」
「いえいえ、俺と彼はたった今この湖に来たばかりなんです。ええ、はい」
男たちは俺たちを訝しみながらもじりじりと近づき、じろじろと見てくる。
「ずいぶんとデカいずら」
「巨人族ではありませんよ」
「何しにやってきたずら」
「ベルカイムからやって参りました。ご存知ですか? フィジアン領の隣にあるのですが」
「おら知ってるずら。あっこは綺麗な領ずら」
「その隣から何しに来たずら」
俺はなるべく本当のことを話さず、かといって誤魔化さず、彼らが納得できるように順序だてて説明をしてみた。
懐柔策って言うなよ? 平和的解決って言ってくれ。
「はじめまして、俺の名前はタケルって言います。彼の名前はクレイストン。俺たちは冒険者です。ベルカイムで依頼を受注しまして、ちょっと珍しい素材を探しに来ました」
珍しい素材っていうのが毒草なんだが、説明としては間違っていない。
男たちはヒソヒソと何かを話し合うと、それぞれ頷いた。
「何か証明しろずら」
「ギルドリングでもいいですか?」
鞄から真鍮のギルドリングを取り出し、男たちに見せる。
男たちは戸惑いながらも受け取り、それをじっくりと検分する。ギルドリングは個人のデータを記憶するものであり、ギルド以外での複製は不可能。偽物か判断するにはギルドに行かなくてはならないが、複製すれば問答無用で罰せられる。それは冒険者でなくても知っていた。
「Fか! 最低ランクずら」
「あはは。そうです」
「成り立てずらか、あんちゃん」
「そうですね。春先に登録したばかりです。でもあっちは違いますよ?」
そう言ってクレイのほうを目で示すと、男たちはクレイの右腕に注目する。
太い手首に燦然と輝く黄金色のギルドリング。説明せずともわかる、それはまさしく冒険者として数々の苦難を乗り越えた一人前の証。
「Aずら! ランクAずら!! ぼっけぇー!」
「たんまげたー! おらランクA冒険者なんてはっじめて見たずら!」
「すんげえずら!」
「かっこいいずら!」
男たちはずらずら喜ぶと、クレイを尊敬の眼差しで見つめる。ぎょろりとした目玉をした男たちからの尊敬にクレイは苦く笑った。
しばらくはしゃいでいた男たちだったが、一人の小柄な男がへなへなと力を失い倒れてしまう。
「タロベ! タロベ! なんしたタロベ!」
「腹が……腹が減って……もうちからが出ないずら……」
「腹ぁ減ってんのに無理して跳ねるからずら……」
きゅ~~~くるくるくる……
ブロライトに比べたら可愛らしい腹の虫が鳴った。
14 烏頭白くして馬角を生ず
「うんめえぇずらぁぁーーーー!」
「こんなうまかもん、おらはじめて食ったずら!!」
「ああ、うまいずらうまいずら」
ヴァノーネ地方アシュス村は、人口二百人ほどの小さな村だった。田畑は荒れ、大地は枯れ、家屋には隙間風が容赦なく吹きつけている。
痩せ細って力を失った男を担いだら恐ろしく軽かった。まるで皮と骨だけのような。こんな尋常じゃなく痩せているのに、それでもこの枯れた大地に住み続けるとは。
きっと先祖代々受け継いできた田畑や財産を守りたいんだ。簡単には引っ越しなどできないんだろう。
目的地であるアシュス村にたどり着いた俺たちは、村人たちのぎょろりとした目玉に迎えられた。いや、よそ者が来やがったと明らかに迷惑そうにされた。いくらランクA冒険者が同行しているとはいえ、今の村人たちに余裕はまったくない。
俺たちは警戒されながらも、村の中央にある集会所らしきところに通された。
はいはい、そんなわけで取り出しました、この大鍋。
学校の調理室にあるようなこの巨大な寸胴鍋、ジェロムに邪魔だから持っていけと押しつけられたものです。店に置いてても売れやしないから、便利な鞄とやらに入れておけと。
俺の鞄は物置じゃないんだけど、もしかして使うときが来るかもしれないと考えてもらっておいてよかった。
それでは、手抜き適当クッキング。
鍋いっぱいに大量の綺麗な水を入れまして、加熱であっという間に沸騰させる。保温石を入れて一定の温度に保ち、魚の干物の粉末を投入。海葉亭で仲良くなった料理長に作ってもらった濃厚なスープの素を溶かし、続いてサーペントウルフの肉に各種調味料をまぶして細切れに。山菜・きのこ・薬草と併せてぶちこみ、最後にいつもの小麦粉を練った塊も刻んで投入。ちょっと煮込めば噛まずに呑める。
体調を整える効果がある薬草も入れたから、空腹には優しく沁み込むだろう。
手抜きもいいところだが、空腹の村人たちには大好評だったようだ。
大量の肉すいとんは瞬く間になくなり、次をどんどん作ってどんどんなくなり、村人全員の腹を満たしたのは太陽が沈みかけた頃だった。
「ああ、ああ、こんなにうまい飯は久しぶりに食ったずら……ありがとう、あんちゃん。ありがとう」
下腹だけをぽっこりと膨らませた男は涙を流して感謝した。その言葉がきっかけで、村人は全員這いつくばって俺を拝んでくる。それぞれに涙を流し、口元に食べカス付けたまま。
鞄に入れていた食料の八割を食われたが、八割で村人全員の腹を満たすことができたなら良かった。俺ってどんだけ食料持ち歩いていたんだろ。
先ほど倒れた男、タロベエ……じゃなくてタロベだっけ。さっきよりもだいぶ良くなった顔色で力なく笑っている。いくら今腹いっぱいになったとしても、萎んだだろう胃袋の容量は少ないはず。すぐに腹が減るはずだ。それに、腹が満たされても失った筋力が戻るわけじゃない。歩くのすらつらいのかもしれない。
「あんちゃんは神様ずら。おいらたちを救ってくれた神様ずら」
「そんな大げさな。飯を食わせてくれたヤツが神様なら、世の中神様だらけだ」
「はははっ、ちげぇねえずら。でもおいらたちはあんちゃんたちに感謝してぇずら。だけど……」
恩を返せる状況ではないずら……
最後までは言わなかったが、タロベの言葉にその場にいた村人たちが一斉にショゲる。
うん、この村人たちも心根は良さそうだ。さっきは恐怖と余裕のなさで俺たちを威嚇したのだろうが、それは無理もないこと。今の湖の畔に見慣れないヤツがいたら警戒するのは当然だ。
339
お気に入りに追加
33,616
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
卒業パーティーで魅了されている連中がいたから、助けてやった。えっ、どうやって?帝国真拳奥義を使ってな
しげむろ ゆうき
恋愛
卒業パーティーに呼ばれた俺はピンク頭に魅了された連中に気づく
しかも、魅了された連中は令嬢に向かって婚約破棄をするだの色々と暴言を吐いたのだ
おそらく本意ではないのだろうと思った俺はそいつらを助けることにしたのだ
継母の心得 〜 番外編 〜
トール
恋愛
継母の心得の番外編のみを投稿しています。
【本編第一部完結済、2023/10/1〜第二部スタート☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定】
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
せっかく転生したのに得たスキルは「料理」と「空間厨房」。どちらも外れだそうですが、私は今も生きています。
リーゼロッタ
ファンタジー
享年、30歳。どこにでもいるしがないOLのミライは、学校の成績も平凡、社内成績も平凡。
そんな彼女は、予告なしに突っ込んできた車によって死亡。
そして予告なしに転生。
ついた先は、料理レベルが低すぎるルネイモンド大陸にある「光の森」。
そしてやって来た謎の獣人によってわけの分からん事を言われ、、、
赤い鳥を仲間にし、、、
冒険系ゲームの世界につきもののスキルは外れだった!?
スキルが何でも料理に没頭します!
超・謎の世界観とイタリア語由来の名前・品名が特徴です。
合成語多いかも
話の単位は「食」
3月18日 投稿(一食目、二食目)
3月19日 え?なんかこっちのほうが24h.ポイントが多い、、、まあ嬉しいです!
【完結】悪役令嬢は3歳?〜断罪されていたのは、幼女でした〜
白崎りか
恋愛
魔法学園の卒業式に招かれた保護者達は、突然、王太子の始めた蛮行に驚愕した。
舞台上で、大柄な男子生徒が幼い子供を押さえつけているのだ。
王太子は、それを見下ろし、子供に向って婚約破棄を告げた。
「ヒナコのノートを汚したな!」
「ちがうもん。ミア、お絵かきしてただけだもん!」
小説家になろう様でも投稿しています。
異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!
明衣令央
ファンタジー
糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。
一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。
だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。
そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。
この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。
2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。