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2巻

2-10

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「え。それじゃあフィジアン領は今誰が治めているわけ?」
「シャイトン男爵家の遠縁だと聞いている。領民を苦しめることさえしなければ、あの地は農耕に適しているのだ。きっとルセウヴァッハよりも税収が見込めたものを」

 それじゃあルセウヴァッハ家は、フィジアン領民の恩人じゃないか。でもって、たぶんシャイトン男爵家の天敵。ルセウヴァッハ先代領主が国王にチクらなければ、シャイトン男爵家は私腹を肥やし続け、謹慎することもなかったわけだから。
 うん。
 うん。
 すげえ怪しい……
 今回のルセウヴァッハ領主の奥方暗殺未遂事件について推理してみると、単純に怨恨えんこんだと思うんだ。
 でも、奥方本人が恨みを買っているとは思えない。やせ細った腕でそれでも愛娘を抱きしめたいと願う優しい母親だ。目が見えるようになって涙して、俺をカミサマのごとく拝んだ姿は決して演技ではない。
 そんな奥方が死んで哀しむのは、領主。そう、領主が苦しむ姿を見たいと望んでいる者の犯行じゃないかと思うんですよ。
 とはいえ実際のところ、そんな単純な話じゃないとも思う。もっと国が関わるような、想像もつかないような陰謀が隠れているかもしれない。なので、安易に考えて発言するのはやめておく。
 だが、俺にミステリードラマやサスペンス映画の知識があって良かった。少なくとも想像することはできる。想像することができれば、対策することは容易い。

「イーヴェルの実でも花でも、実物がないと解毒薬が作れないからな。怪しげな日記しか手がかりはないけど、今のところこれしか情報はない。現地に行ってみるか」
「ヴァノーネならば行ったことがある。湖も、その馬のような巨大な岩も案内あないできるだろう」

 さすがクレイ。ナビがいるのといないのとでは大違いだからな。

「まさか妻の病を治すために、フィジアンにまで行くことになるとは……」

 領主は苦しげに眉根を寄せた。
 俺としては想定内。病気を治してほしいと言われた時点で、なんらかの薬草採取が必要になると考えていた。ナントカっていう村がどれだけ遠いかはわからないが、隣の領っていうのならドワーフ王国ほどじゃないだろう。

「私の馬車を使うといい。片道五日ほどでフィジアン領に着けるだろう」

 遠いよ隣の領!! しかも馬車でってことは、歩くより早いんだろ? それで五日! ルセウヴァッハ領ってどんだけ広いんだよ!
 往復だと十日だ。更にイヴェルの花やら実を探すのに何日かかるかわからない。その間、奥方様を放置するのはとても心配だ。なんとかして時間短縮をしたい。だが、ビーに飛んでもらうのはご遠慮願う。
 ウカレスキップ無双むそうをしてもいいが、クレイを置いていくことになる。せめて五日くらいでなんとか往復できないものか……
 あ。

「領主様、俺たちを屋敷まで連れてきてくれた馬車、あるよな。あの馬車を引っ張っていた一角馬、アイツに乗ることはできる?」
「うん? ……まあ、乗れなくはないが、乗馬用の馬ではないぞ」
「タケル、何か思いついたのか?」

 一角馬は乗馬用でなくても良い。俺とクレイが乗ってもびくともしなければいいんだ。
 あの巨大な馬車を引っ張っても、苦しげな顔一つ見せなかった馬なんだから、俺たちが乗るくらい、なんてことないだろう。馬車を引くよりも乗馬で走ったほうが身軽でいい。速度上昇クイック軽量リダクションをかければ、馬だってホイホイと走れるはずだ。
 おまけに、領主屋敷に地点ポイントを確保しておけば帰りはらくちん。あっちの領にも地点ポイントを置いておけば忘れ物があっても空間術で行き来することができる。
 どれだけレアな花だろうと、俺の探査サーチ先生は絶対に逃さない。採取と同時に調合が必要な厄介な実だって、根こそぎ鞄に詰めればいつでも新鮮なままだ。
 薬の調合は信頼の置ける薬師に任せる。領主の紹介だと信用できるかわからないから、ここは俺の伝手つてでギルドを利用すればいい。珍しい薬を調合してもらいたいと頼めば、きっとグリットなんかは鼻を膨らませて紹介してくれるはず。それだけの信頼を得ているのだと思いたい。

「ふふ……ふひっ、ふひひ……」
「気持ちの悪い笑い方をするな!」

 俺の計画は万全だ。
 奥方の暗殺をはかる一味に狙われたとしても、ランクA冒険者を容易く殺せるわけがない。そこはクレイを盾にします。ビーは察知能力にけているし、怪しげなヤツらを一切近寄らせないからな。
 奥方の警護は……ミスリル魔鉱石の欠片かけらを使って結界でも作ろう。小指の爪の先ほどの大きさもあれば、部屋の一つを完全に守るくらい簡単だ。信頼の置ける人間だけが入れるようにして、食べるものにも警戒してもらおう。身体に害を為すものが近づくと警報が鳴るようにすればいい。

「大丈夫だ。俺に任せてほしい」
「お前に任せれば万事上手くいくであろうことは想像するに容易い。だが、妙に不安になるのはなぜだ……」

 失敬だな。
 壮大なる俺の計画に狂いが出ちゃったら、そこは臨機応変に対応すればいい。予定は未定。柔軟に考えていこう。

「タケル……知り合ったばかりのお前に苦労をかけるな」
「それは言わない約束よ」
「そ、そうか?」

 しまった。つい時代劇のノリで返答してしまった。

「俺は何をすればいい? お前にどのような恩を返せばいいのだ」

 報酬を請求するべきだが、奥方の病気を治すのは完全に俺の自己満足だからな。領主に恩を売ってやろうという考えは一切ない。貴族社会ってめんどくさそうだもの。
 あのお嬢様には優しい母親が必要。安易に洗脳されないように教育してもらわねば、将来が不安だ。
 金はある。食うものにも困らない。秘密も守ってもらえる。仕事もあるとすれば。
 大切なものは、ただ一つ。

「石鹸を買わせてほしい!」

 クレイのうんざり顔まで三秒。


 + + + + +


 奥方の部屋全体に結界を張らせてもらった。
 悪意を持って近寄る者を識別し、絶対に侵入させないうえに、ちょっと気絶してもらう。ついでに悪いもの自体寄せつけないようにしてみたら、奥方が毎日飲んでいた飲料水がすべて結界にはばまれてしまい、水が入った容器ごと蒸発してしまった。ここまですんごい効果は望んでいなかったんだけど、ヨシとしておく。
 その飲料水は出入りの業者から購入している特別なものだと聞き、そんな特別なもんじゃなくていいから下町で売っている普通の水を買いなさいと忠告。しかし、出入りの業者からは今までどおり水を買って、できるだけ怪しまれないようにしてもらう。ここで急に買うのをやめたら次の手が怖いからな。
 それにしても、即席で作った結界機能が付いた魔石。小指の爪の先ほどのミスリル魔鉱石を使ったに過ぎないのに、とんでもない威力を発揮してくれたようだ。ミスリル魔鉱石の潜在力が想像以上だったということだな。これから使い方を間違えないように注意しないと。
 そういえば、トルミ村を守るための石は、もっと大きなビー玉サイズだったような……
 ……
 …………
 考えるのはやめておく。

「これで奥方の身の安全は保障された。領主様とお嬢様、執事さんの仕事は増えてしまうかもしれないけど」
「何を申すのだタケル。ミュリテリアの身の安全を約束されただけでも喜ばしいことなのだ。そのうえ、食事や飲み水にまで効力を発揮するとは……」
「これ以上悪いものを摂取しないようにして、薬はムンス薬局のリベルアさんから直接買うように。一日一回飲めば、他の病気は今より悪くなることはないから」
「畏まりましたタケル様。不肖ふしょう、このレイモンドが必ずやお言葉をお守りいたしましょう。そもそもワタクシのセルゼング家は、先祖代々より誉れ高きルセウヴァッハ家に仕えておりまして、身命しんめいしておいえのために尽くすことこそ最上の喜びでござ」
「よろしくお願いしますレイモンドさん!」

 長くなりそうな執事の話を遮断し、頭を下げた。
 目指すは、フィジアン領ヴァノーネ地方アシュス村。
 片道五日、往復十日、滞在期間が長ければもっと日数がかかるが、面倒なことは嫌いな俺が行くのだ。無駄に時間をかけさせない。
 奥方の部屋の隅に、地点ポイントを確保させてもらった。領主が所持していたベルカイム領とその周辺地図を記憶したから、転移門ゲートの設置はどこからでもばっちし。

「……タケル様、あの、わたくし」

 領主の背に隠れていた、萌黄もえぎ色のドレスを着たお嬢様が、顔をうつむかせながら小さな声で言った。目は赤くなり、先ほどまで涙を流していたことがうかがえる。

「ごめんなさい。お母さまを助けてくださるお方に、わたくしなんて失礼な真似をしたのかしら」

 怯えて謝る姿は年相応だ。
 十四歳と言えば中学生。いくら発育がよろしくても、まだまだお子様なんだよ。たとえ十八歳で大人の仲間入りをすると言っても、たった十八年で精神が大人になるとは到底思えない。しかも閉鎖的で偏った教育がされているであろう貴族。
 中身二十八歳の俺ですら、大人の男だと胸を張って言えるわけじゃないからな。

「はい、確かにお嬢様のお言葉は不愉快でした」
「これ、タケル」
「クレイ、こういうことは誤魔化さないでハッキリ言うべきだ。お嬢様の今後に関わってくるんだから」

 いいんだよいいんだよ気にしないで、で終わらせたらいけない。子供は子供のうちに、大人になるための経験を積んでおかないとならないのだ。
 膝を折って腰を曲げ、お嬢様の目を真っすぐ見つめる。

「お嬢様は思い違いをなさって、俺を責め立てましたね」
「はい……」
「でも、失礼なことを言ったのだと、ご自分で気づかれました」
「ええ。でもあれは、タケル様がわたくしに言ってくださったからです」
「はい。きっかけは俺かもしれません。ですが、お嬢様はお気づきになられた。誰かに無理やり強要されたわけではなく、悪いことをしたのだとご自分で気づかれた」

 己の信じていた世界を否定されると、誰しも不愉快になるものだ。
 貴族なので、そういう経験が少ないのは仕方ない。だが、それでは外の世界を知らぬまま生きることになる。それはとても怖いことなのだ。自らの可能性を潰し、自らの世界を狭めるのだから。

「お嬢様、ご自分で気づかれたということは、とても素晴らしいことなのですよ?」
「えっ? どうして?」
「これは正しいことだと言い張るよりも、もしかしたら間違っているかもしれないと気づくほうがずっとずっと価値があるのです」

 考えを貫き通すことは大切だ。それはわかる。だが、その考えが本当に正しいのか今一度自分に問いかけるのも大切。
 営業時代、俺は毎日自問自答していた。いろいろな経験をしてきた人たちに話を聞き、良いと思ったものは積極的に取り入れた。それでも自分に自信が持てないときは、経験豊富な先輩方にガンガン相談したものだ。思い込みで突き進んであとでやっべー、やらかしたー、なんてこともたくさんあった。
 取り返しの付かないことになる前に気づけただけで立派。大人になるにつれ、自分の考えはかたくなになっていくもの。柔軟に物事を受け入れられないと、変わりゆく状況に付いていけなくなってしまう。取り残された者は大抵白い目で見られるのだ。
 俺が正義だと、俺が正しいのだと言い張るつもりは毛頭ない。俺の考えだって間違っているときもある。それは違うのだと指摘され、どこが違うのだと声を荒らげるよりも、どうして違うのか考えるべきだ。
 そうやって柔軟に受け入れていったほうが生き易かったりするんだよ。いちいちカッカしないで済むし。

「タケル様……」
「お嬢様、これからはなぜそう思うのか、どうしてそうなるのか、まずはじっくりと考えてみてください。誰に何を言われても、しっかりと自分自身で考えましょう。なぜ俺がお嬢様にこう言ったのかも考えてください」
「ええ、ええ、考えます。わたくし、自分で、ちゃんと考えます」
「はい。あと、俺がベルカイムを出てから、とか言われたら、すぐに返事をしないでお父上様に相談してください。お父上様は必ずご一緒に考えてくださいます」
「わかりました。わたくし、何よりもまずお父様にお伺いいたします」
「はい。そうしてくださいね。これを報告・連絡・相談と申しまして、略してホウレンソウ。何事も一人で勝手に突っ走らず周りに相談し、ホウレンソウすることが大切なのです」
「ホウレンソウ……なるほどな、タケルの考えは素晴らしい」

 お嬢様の涙が引っ込み、領主は俺の話に素直に頷いてくれた。いやこれ、会社員でなくても大切なことだからな。ホウレンソウまじ大事。一人で抱え込まず助けを求めることは、決して恥ではないのだから。
 ヨシ、これでいいだろう。予防策は万全だ。
 忘れていないぞベルナード。お前も奥方暗殺未遂事件の関係者だろうよ。無知なお嬢様にアレコレ吹き込んで、いいように使おうと考えていたとしても無駄だからな!
 領主にも前もって言ってある。俺もクレイも簡単に死なないし、困ったことになっても金銭を要求したり特別な何かを要求したりしない。もしも何か必要だと誰かに言われたら、その誰かを疑ってくれと。最悪、奥方様の部屋に入れるかで判断してくれれば良い。
 微笑むお嬢様の頭をぽんぽんと撫で、立ち上がる。
 女性は自己中で高慢であるより、強く優しくあってほしい。言われるままに突っ走る前に考えることができれば、お嬢様は素晴らしい貴婦人へと成長されるはずだ。
 たぶん。

「また何か企んでおるのか?」

 クレイが俺を睨みながらヒソリと言う。
 失敬だな。ほんと失敬だな。俺だって熱弁するときくらいあるさ。

「お嬢さんの暴走で俺の計画が狂ったら困るんだよ。奥方の部屋に入れる領主、執事、お嬢さんの三人のうち、一番利用されやすそうだろう? だから、予防策」
「なるほどな」
「領主が防波堤になれば、お嬢さんも早々勝手な真似はできないからな」
「お前、そこまで考えていたのか?」

 当たり前だろう。
 あとあと面倒なことになる前に、やれるだけの手間をかけるのが俺。手間を惜しんではならない。一度突っ込んだ首は戻すほうが面倒なのだ。
 これだけ気をつけても想定外のことは起こるかもしれないが、奥方さえ無事ならまずは安心できる。あとは領主の采配を信じるのみ。
 領主一同に頭を下げられ、俺たちは屋敷をあとにした。
 巨大な一角馬に乗って大門を抜けるのは悪目立ちするため、厩番うまやばんが貴族用の裏口を案内してくれる。
 二頭の美しい巨大な一角馬には乗馬用のくらが装着されており、今にも走り出しそうなほどやる気に満ち溢れていた。鼻息ブフーすんごい。
 こいつらも重たい馬車を引っ張るより、身軽に駆けたかったのかもしれないな。

「ピュイ」
「どうだ? タケル。乗りこなせそうか?」
「どうだろうな。何事もやってみないとわからないが」

 以前、ポルンさんの馬車に乗ったとき、数時間だけ御者の真似事をさせてもらった。あのときの一角馬はとても穏やかな性格で、頼んだことを忠実に聞いてくれる賢い馬だった。
 クレイは乗馬に慣れているようだが、俺は前世でもこんなでかい馬に乗ったことはない。牧場でポニーに乗ったことはあるが、自分で操作していない。しかしでかいな、馬。

「ええと、お前がクルトでお前がトマスだったな。俺はタケル。こっちはクレイ」

 馬相手だったが、荒ぶる彼らを落ち着かせるために語りかける。二頭の馬はそれぞれに優しい目をしばたたかせ、俺をじっと見つめてきた。

「これから少し遠出をしてもらう。なるべく距離を稼ぎたいから無理をさせるかもしれない」
「ブルルル」
「ブルル」

 今返事した?
 まさかな。

「だがしかし、疲労させないように魔法をかけるから風のように走れると思う」
「ブルルッ」
「ブルルル」

 え?
 いやまさか返事なんてするわけないって。

「俺とクレイにも軽量リダクションをかける。それこそ身一つで走る感覚になると思うから、あんまり調子に乗らないようにしてくれ」
「ブルルルッ」
「ブルルッ」
「いいな? くれぐれも、コケたりするなよ?」
「ブルッ!」
「ブルッ!」

 あれー!?



 12 浮世の苦楽は壁一重かべひとえ


「これはなんとも素晴らしいな!」
「ピュイイイィー!」

 ベルカイムの北東。
 ドルト街道を直進し、のどかな田園地帯に立つ一本杉を左折。正面に森が出てきたら、それがボワンルの森。その森をひたすら突き進んでなだらかな丘を上がりきった先が、フィジアン領。そこから真っすぐ道なりに進めば、ヴァノーネ地方にたどり着く。アシュス村のあるガレウス湖は、その更に先。馬車で片道五日の行程だ。
 馬車と徒歩では馬車のほうがラクだと思うだろうが、サスペンションのない揺れまくる馬車に一日中乗り続けるのはそれだけで体力が必要となる。歩く以上に疲れてしまう場合があるのだ。また、早馬はやうまを駆けさせれば半分の日数で行くことも可能かもしれない。しかし、馬は数刻で使い物にならなくなり、各地で交換しなければならないだろう。
 というわけで今回は、なるべく早く用事を済ませるために裏技を駆使。
 速度上昇クイック軽量リダクションをかけた二頭の一角馬は、面白いほど速く駆けた。最初こそ戸惑いながら恐る恐るといった感じだったが、開き直ったが最後、それこそまさに風。
 勢い良く吹き荒れる、春の嵐のような。

「ちょっ、おちっ、まっ、ふぃっ、おべっ、んごっ」
「こいつは凄いぞ! まるで空を駆けているようだ!」

 空とか駆けたくなかったんですけど!!
 やる気に満ち溢れた馬は、鼻息ブフーいいながら街道をひたすら走り続けた。
 乗せているものと自らの重さを感じさせない魔法のおかげで、体力もさほど減ることはない。調子こいてコケなければいつまでも走れてしまう。
 さっき乗馬をはじめたばかりの俺が、猛スピードで走り続ける馬の背に慣れるわけがない。バランスってどうやって取るの? 何でクレイはあんなに安定しているんだ。
 せっかくののどかな田園風景があっという間に流れていってしまう。もったいない。電車の車窓並みだ。

「おちゅ、お、おち、おちちゅ」
「あの戦でこの馬があれば、万騎ばんきの力を得たものを!」
「落ち着けってええええええええ」
「ボワンルの森まですぐそこだぞ! なんと早いのだ!!」
「ちょっと待てえええええええええ」

 駄目だクレイの目の色が違う。ちょっと魔王降臨しちゃっている。
 ビーも調子に乗って速さ競争をしているようだ。ドラゴンの飛ぶ速さに勝てるわけがないのに、二頭の馬は負けるもんかと頑張る。頑張るな。

「クレイ、クレイ、おっさんこら待てえぇぇい!」
「誰がおっさんだ!!」
「森の手前で一度降りるぞ! これじゃ目立ちスブッ、すぎっ、る!」

 土煙をもうもうと舞い上げ、調子こいて風のように走る巨大馬は恐ろしく目立つ。俺たち一応隠密おんみつ行動をしているつもりなんだよ。目立った動きを見せると、奥方が危険に晒される。
 きっと今は、奥方をじわじわと殺そうと様子を見ている段階だ。相手の計画を狂わせると、どんな暴挙に出るのかわからない。俺の知らない魔道具マジックアイテムなど使われたら為す術がない。
 ベルカイムを出るときすら、ちょっとそこまでお散歩を装って誤魔化したのだ。グリットとウェイドにものすごい睨まれたが、溜まっていた指名依頼をまとめて受注することで許してもらった。誰だまたアリクイのうんこ十個頼んだヤツ!

「ピュイ!」

 ビーが一声高く鳴くと、二頭は驚き速度を落とす。ビーの理性がまだ残っていて良かった。
 生き物のヒエラルキーの頂点に君臨する古代竜に逆らう真似など、いくら鼻息ブフーの馬でもできなかったのだろう。駆け足が並足なみあしになっていく。
 やっと普通の速度で歩いてくれるようになった頃、鬱蒼とした森が現れた。

「…………一本杉ってどこだった?」
「先ほど過ぎたぞ」
「ピュー」

 一本杉まで一日以上かかるって聞いたんだけど?
 森ってベルカイムから馬車で三日って聞いたんだけど?
 もしかしたら、俺のウカレスキップ無双よりもとんでもないかもしれない。一角馬……恐ろしい子。
 しかしこれで時間は節約できた。想像のはるか上を飛び越えていったが、まあいいってことよ。ここから森を突っ切って丘を越えれば、隣のフィジアン領だ。チート馬で片道三日くらいの予定だったが、もっと早くに着くかもしれない。
 ベルカイムを出発してから数時間。陽はまだまだ上空を目指している最中。二、三時間くらいしか経過していないような気がする。
 早すぎる移動というのも考えものだな。そりゃ時間は大切にしたいが、移り行く景色を楽しみたいとも思う。
 鬱蒼とした森の歩道をゆっくりと歩く。木漏こもれ日が目に優しい。そうだよ、旅はこうやって少しのゆとりが必要なんだよ。

「うむ、これも美味いな」
「肉だけより歯ごたえがあっていいだろ」
「ピュイ~」

 馬上のままで腹ごしらえをする。ベルカイムで購入したサンドイッチだ。屋台村で売られているサンドイッチは肉だけというのが多かったので、それに新鮮な野菜を挟んでみるというアレンジを加えている。野菜、だいじ。

「お前はただ魔力が膨大にあるだけではないようだな。領主の蔵書を読解する知識、人をその気にさせる話術、料理人より美味い飯を作り、あとは馬にも好かれておる」
「話術ってほどのものはないだろ」

 あっちが喧嘩を吹っかけてきても、落ち着いて話をすればわかり合うことができる、とは思っている。時と場合と相手によるが。

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