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2巻

2-6

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 坑道から出た俺たち一行は、そのまま王宮に向かった。
 転移門ゲートを使ってあっという間に入り口に戻ったところ、クレイは何も言わず、ただ「便利じゃないか」と呟いていた。ドヤ顔するのは控えておく。
 夕暮れ前の王宮には王様が待機しており、玉座にちょこりと座ったまま鼻を膨らませて俺の報告を黙って聞いてくれた。

「そんなわけで、玄武道内の探査は終わりました。あとは広大なイルドラ石の層を採掘するだけです」

 執政官はじめ名だたる役職のドワーフが一堂に会すさまは少し緊張したが、怖くない。ただ思ったことと、やってきたことを話せば良いのだから。

「すべて俺の憶測に過ぎませんが、ともかく一番の強敵だろうモンスターは皆で力を合わせて倒しましたので安心してください」

 念のため坑道の奥を探査サーチしておいたが、トランゴクラブほどの強い反応は見当たらなかった。だが、ランクDほどのモンスターは今まで通り湧いて出てくるだろう。新たなモンスターが出てくる可能性もあるから用心するに越したことはない。
 ドワーフ王国は魔道具マジックアイテムの普及が進んでいるので、モンスターけの何かを開発するかもしれないな。それもきっと商売にしてしまいそうだ。

「ほほう……ほう……ふむふむ……ザンボ、これはすべてまことなの?」
「はい王様! このザンボ、まばたきもせずすべてこの目に焼きつけました!」
「ほほう! ほうほうほう! して、もっと詳しく!」
「こちらの可憐なブロライト嬢、まさしく風精霊の化身けしんごとく静かに素早く確実に敵を仕留めるさま見惚みとれるほどでございます!」
「ほほうほうほう! ほっほーう!」
「クレイストン様はその屈強な肉体でわたしの小さな身体をお守りくださいました! わたしなぞ、ただ縮こまり震えるだけだったものを!」
「ほうほうほほう! さすがだの! さすがギルだの!」
「何よりも王様! あの禍々まがまがしき凶悪な悪魔を倒したのは! なんと! こちらの! タケル殿なのです!!」

 なんかやばい予感する。

「なんとー! なんと!」
「あの若者が!?」
「ギルディアス様ではないのか?」

 謁見の間が急に騒がしくなった。大臣らも衛兵らも揃って驚き、俺に大注目。

「タケル殿! 是非とも! あの! 悪魔を! お見せくださいませー!」

 ミュージカル俳優みたいになっちゃったザンボ氏に言われるまま、俺は解体前のトランゴクラブを鞄から取り出した。
 現れたその巨体は、容赦なく綺麗な床にヒビを入れ、地面を凹ませる。

「うおおおおお!!」
「なんて凶悪な姿なのだ!」
「恐ろしい! ありえぬ!」
「やだ怖い! ママ!」

 このためか。
 王様の前で見せるために解体をやめさせたのか。いや、あの坑道内で解体するには少し場所が悪かったが、まさか見せるためだったとは。

「うううううむ、ほうほう、うむうむうむ……これほど大きな化け物だとは思わなんだ……そなたらはこのように恐ろしい生き物に立ち向かったと」
「いやそれは」
「タケルが」
「一人で」
「ピュイ」

 一メートルほどのちまこい王様がトランゴクラブの前に立つと、その対比が明らかだ。絶命し身体を横たえていてもクレイよりも大きい。立ち上がってハサミを振り回す姿が恐ろしいものだと想像するに容易たやすい。
 ……だが、あのときの俺は恐ろしいとか微塵も感じなかった。ただ久しぶりにカニが食えるとしか思ってなかったからなあ。あの巨体の中にはどれだけのカニ肉が、なんて考えてました。
 この世界の住人にとってカニは恐ろしい悪魔になるのだろうが、俺にとってはただのでっかいカニ。しかも美味い。

「そういうわけで、この悪魔は報酬としてもらってもいいですか?」
「うむっ!? いや、これは……新たなる立像の……もにょもにょ……」
「素材採取家としては一番の報酬になるんです」

 もちろん肉はすべていただく。珍しそうな外装も欲しい。アダマンタイト並みに硬いのだから、最強採取用ハサミの材料になるかもしれない。ミスリル魔鉱石と魔素水とイルドライトとカニがあれば、どんだけ滅茶苦茶なハサミができてしまうんだろう。
 そんな妄想にふけるなか、ドワーフ国で国を挙げてのお祭りが催されることとなった。しかも翌日から。
 坑道内の邪悪な悪魔を退治せし三人の勇者を称え、ここに爵位しゃくいを贈呈する、とかちまこい王様が言い出しちゃったからさあ大変。俺は貴族になんかなりたくないし、ヴォズラオに永住する気もない。広い世界なんだからもっとあちこち放浪するつもりだし、珍しい素材も採取してみたい。
 気持ちはありがたいがぶっちゃけ迷惑、とやんわり断った。
 そうしたら大臣たちがそんなの納得いきません、勇者にはそれ相応の報酬が必要なんです、ていうかプレゼントさせてよ、ねえお願い、と言われた。
 勇者だ英雄だと盛り上がるなかかたくなに拒否するのも悪いと思い、まずブロライトには美しい白い天馬をあげてくれと頼んだ。そしてクレイの古びた槍も一新してもらう。俺はヴォズラオに広くてくつろげる綺麗な湯屋を造ってくれと頼んだ。
 さすがの職人大国。その願いは数日中に叶えられた。
 ブロライトの眼鏡にかなう美しい白い天馬が用意され、クレイの槍は鋭さと輝きを取り戻した。湯屋はさすがに突貫工事じゃ造れなかったが、露天風呂が用意された。
 俺はその広々とした露天風呂を満喫した。クレイも喜んでいた。ブロライトも入ってこようとして、お前ふざけんなアッチで入ってお願い頼む、と女湯に誘導。なんなのあの子。もっと恥じらいを持ちなさい。


 ヴォズラオ滞在五日。
 ほんの数日の出来事だが、俺たちは新たなる英雄としてグラン・リオ・ドワーフ族の歴史に残ることとなった。
 永久名誉国民として、これからずっとヴォズラオへの入国はフリーパスとなるらしい。他のドワーフ一族にもその名を伝令し、失礼のないよう取り計らうと。
 しかし、俺たちがヴォズラオを去った数ヶ月後、中央広場に新たなる巨大立像が燦然さんぜんと設置されることになろうとは。
 それは、まだ見ぬ未来のこと。



 7 そして凱旋がいせん、泣く師弟


 念願の天馬を手に入れたブロライトは、それを姉にあげるため一旦故郷に帰ることとなった。
 ブロライトの故郷はエルフの隠れざと。普通の人間はおいそれと近づくことが叶わず、ブロライトも一緒に来てくれとは言わなかった。

「タケルには大恩ができた。わたしが生涯をかけても返せぬほどのでかい恩じゃ」
「あんまり気にしなくていいって。俺もカニをもらえたし」

 ブロライトは、坑道内での活躍を間近で見たザンボ氏の計らいにより特別措置が取られ、冒険者ランクがDに跳ね上がった。更に、試験監督官の前で実演をすればすぐにランクC、ランクAになることも遠くはないらしい。まあ当然の結果だよな。ブロライトの実力はすでにランクAに匹敵するだろうから。

「ほんに無欲じゃのう。ブロジェの弓もいらんのじゃろう?」
「弓なんて持ってても使えないからなあ」
「ううむ、ううむ、わたしの気が済まぬではないか!」

 モンスターを討伐した報酬は一人100万レイブにもなった。そんな大金をくれるなんてドワーフ王国が潤っている証拠なんだけど、それ以上に坑道に平穏が保たれたということで、追加で200万レイブ。いらないと断ったら、ザンボ氏が般若はんにゃの顔してもらっておけと詰め寄るからありがたく受け取った。
 あの様子だとエウロパのグリットさんに報告されるだろうなあ。イヤだなあ面倒なことになるのは。
 モンスターの素材は全部で40万レイブになった。三等分という話をしたが、これはすべて二人に分け与えた。俺にはイルドラ石やカニがあるのだから。
 俺はブロライトに告げる。

「それじゃあそのうち俺が乗れる馬を探してくれ。結局ヴォズラオで一角馬は見つからなかったわけだし」
「ピュイ」
「空飛ぶ馬はなしな?」

 ヴォズラオでも一角馬は扱っていたが、俺を乗せられるほどの成馬はなく、幼いのと老いているのしかいなかった。ここで妥協して買うほど困っていなかったので、そのうち見つかればいいと諦めたのだ。
 クレイが俺を呼ぶ。

「タケル、馬車が来たぞ」
「わかった。それじゃあブロライト、またな」
「ああ。タケル、クレイストン、必ず再び相見あいまみえる! それまで首を洗って待っておくのじゃ!」

 いやそれ、敵に言う台詞じゃね?


 + + + + +


「おう、タケル! 帰ったのか!」
「ただいまー」
「お帰りタケルさん、新鮮なベイベットの実が入っているよ」
「ただいまー、あとで寄らせてもらう」
「タケル、よく無事で戻ったな! おーいお前ら、タケルが帰ってきたぞー!」

 ベルカイムに到着した俺とクレイを待ち受けていたのは、街の顔見知り連中だった。
 俺は滞在時、顔見知りになる人たちには欠かさず挨拶をし、一言二言声をかけるようにしていた。最初こそ警戒していた街の連中だったが、ギルド職員の評判もよろしい礼儀正しい冒険者は徐々に受け入れられた。
 そうして今では、採取で出かけて帰ってきても、必ず「お帰り」と言われるまでになった。
 これは俺の日ごろの行いだけじゃない。ベルカイムの住人が心根の良いヤツらだからだ。一度心を開けば家族のように接してくれる。トルミ村の住人と同じく、皆優しい。
 そりゃ中には、明らかに嫉妬してくるヤツとかすれ違いざまに「調子に乗るなよ」とか言うヤツもいるが、そんなのほんの一部に過ぎない。弱い犬ほどよくえるものなのだ。逆に同情するよ、その狭い心に。

「クレイストンさん、お帰りなさい! タケルさんと一緒だったんですか?」
「お帰りクレイストンさん!」
「クレイストンさんだー!」

 隣を歩くクレイも人気だ。ゴブリン討伐で一番活躍していた功労者だし、何より「栄誉の竜王」という二つ名を持った尊敬するランクA冒険者。見た目は恐ろしいが、噛みつくわけではない。挨拶すれば丁寧に挨拶を返すし、礼儀も正しい。

「ピュ~ィ」
「ビーちゃん帰ってきたー! ママー! ビーちゃんがー!」
「ビーちゃんだ! ビーちゃーん!」

 女性たちのアイドル、ビーちゃんも大人気です。アレなんだろちょっと悔しい。
 今でこそ受け入れられているドラゴンのビーだが、最初は警戒されたものだ。もちろん神聖な生き物だからおいそれと触れることはできないし、ビーが乗っている頭の持ち主はデカい俺。そりゃ話しかけづらいだろう。
 それもこれもすべて、俺が平和に暮らしていくため、人に優しくをモットーに、面倒なことには首を突っ込まず、真摯しんしに礼儀正しく過ごしてきた結果だ。
 冒険者は憧れの存在でもある。だがしかし、その反面マナー知らずの無法者が多いのも事実。マナーなんて教えてもらえないからな。ランクが上がるごとに鼻も高くなり、高くなった鼻はなかなか折れることがない。いつしか偉ぶるようになり、相手に失礼な態度を取っていることすら忘れてしまう。
 人間、そうはなりたくないよ。恨まれるようになったらお終いだ。めんどい。俺は人に優しくできる人と仲良くやっていければそれでいい。
 人に優しくしていれば、人は優しくしてくれるものだ。
 見返りだけを求めるヤツには近寄らず、喧嘩を売ってくるヤツには相応の対処を。
 平和に生活するための努力は続けていこう。

「こんちはー」

 エウロパの扉を開くと、待ってましたとばかりにウサ耳女子のアリアンナが微笑んで迎えてくれた。可愛い。

「タケルさんお帰りなさい! カリストからの伝書虫が来たから、そろそろかなって思っていました」

 うむうむ、今日も長くて白い耳がぴぴぴと動いている。獣人の女性は揃いも揃って可愛い子が多いな。あのもっふりした可愛らしい尻尾を触らせてもらいたいが、セクハラで訴えられたくはない。セクハラってこの世界でもあるよな?

「あら、クレイストンさんもご一緒でしたか。え? まさか……お二人はチームを作られたんですか?」
「いや、クレイが勝手に付いてき……」
「そうだ。一時的ではあるが、今のところ無期限だ」

 俺の口をパシンとふさいだクレイが、ずいっと前のめりになる。

「凄い凄いっ! クレイストンさんがチームを作るなんて! しかもタケルさんとですか? うわわ、これはウェイドさんに報告しないと!」
「ももーももごもも、クレイ放せって! アリアンナちゃん! 待って! 俺はチームを作ったわけでは! ないんだけど!」

 猪突猛進ちょとつもうしんアリアンナちゃんは、まさしく飛ぶように奥の部屋に行ってしまった。
 冒険者チームとは、その名のとおりで、各ランクの冒険者がチームを組んで依頼を受ける。チーム内の最上位ランクの者の依頼を受注できるため、低ランクの者は高ランク冒険者と組みたがるものだ。俺も何度か高ランク冒険者から誘われたことがあるが、やはり報酬面で揉めたくないので断っていた。

「クレイ」
「構わぬではないか。俺は目的もなくただ放浪している根無し草だ」
「いやでもあのなんと言いますかねー」
「ふん、お前が常人より外れた未知なる存在であることは理解している」
「人を珍獣呼ばわりするの、やめようか」
「理解しているが故、お前が何をやらかしても驚きはせぬ。お前の的外まとはずれた行動も監視できる」
「なんかいろいろ酷くない?」
「俺を撒くことはできぬぞ? 何処に行こうとも、必ず追い詰めてやるからな」

 なにそれ親のかたき!?
 クレイとチームを組む、か。実は、薄々考えていたことだった。
 俺は特に多くは望まないが、やはり未知なる世界や素材には魅力を感じる。それらに近づくためには高位ランクの冒険者の力が必要になるだろう。俺自身が高位ランク冒険者になるつもりは毛頭ないから、クレイを利用するって意味ではちょうど良かったりする。何よりモンスターに詳しいのもありがたい。
 だがしかし、この生真面目オッサン、ちょっと融通利かないからなあ。

「お前の作る肉すいとんも美味いことだし」
「それが目的か!!」
「ぶははははっ、格式ばったチームなぞ作らぬでも良いからな」
「ピュピュー」

 ブッフーと鼻息荒く胸を張るクレイに、喜ぶビー。
 素材採取家にとっては喉から手が出るほど魅力的な用心棒。俺が採取をしている間、ビーとクレイが警戒をしてくれる。遠出だってできる。クレイの天下御免のランクAギルドリングがあるのだから。
 そんなことを考えていると、奥の部屋からバタバタと足音。いやこれバタバタというよりズンズン。カウンターに置かれた花瓶がかちゃかちゃと震え――

「帰ったかタケル!!」

 ハイ出ました巨人タイタンのおっさん。
 ていうかギルドマスター、アンタ暇なわけ? こんなにホイホイ出てきていいわけ?

「クレイストンも無事に戻ったか。リュハイの鉱山に行ったと聞いたから、どうなることかと思っ……」

 ギルドマスターに続いて、受付主任のグリットと事務主任のウェイドが現れる。

「無事のお戻りほんと良かったです! さっき聞きましたがリュハイの鉱山って恐ろしいモンスターが出るんですってね! タケルさん貴方ちょっとむぼっ……」
「おいおい、チームを組むって本当かよ! しかもクレイストンだって!? どうなってるタケッ……」
「それは凄いですよタケルさん! クレイストンさんは孤高の竜騎士ドラゴンナイトで誰ともチームを組まなっ……」
「だったらおまえ、ランクアップ試験受けろ! せっかくなんだかっ……」
「ええい黙れお前ら! 俺が先に話をすると言っているだろうが!」

 狭くはないカウンターが一気に狭くなった。
 むっさ苦しいなあ……


 + + + + +


 それからしばらくして、グルサス親方の工房にて。

「こっちが依頼の品のイルドラ石。えっと、状態ランクはAって言われたから品質は間違いないと思う。これを塊でこれくらいだったよな? それから必要かわからないが、ザンボさんが絶対にこっちを勧めやがれって脅してきたイルドライト」
「…………」
「イルドラ石が出回ってない聞いていたから、代わりにけっこう採ってきたけど、これは他の職人が買ってくれたりする? 無理ならギルドを通して売るが」
「………………」
「おーい。親方さーん、リブさーん」

 ギルドでの質問攻めをなんとか無理やり終わらせ、チームについては改めて話し合おうとクレイと別れた。ちなみにクレイも俺と同じ海翁亭かいおうていに泊まるらしく、夕飯をともにすることとした。
 その後、俺が急ぎ足でやってきたのが、職人街。予定より早い帰還になった俺をリブは半べそで喜び迎えてくれたが、グルサス親方はまだ俺をいぶかしんでいるらしい。というわけで俺は、大量のイルドラ石を目の前で出してやった。
 鞄から石をごろごろ出したあと、例のイルドライトも出す。さすがにそれは二人の目に留まったらしく、それぞれ手に取って凝視していた。

「もしかして期待に沿えなかった?」

 しかしこれ以上の良質なものとなるとリュハイの鉱山では見つからない。そう思ってがっかりしていると……

「凄いよ!! 凄いッ! 凄い!!」
「なんじゃこりゃあああ! なんっ、なんっ!! なんっじゃこりゃああ!!」

 爆音が狭い小部屋を揺らした。
 相変わらず声、でけぇ。

「どうなっていやがる! こっちも、こっちもこっちも、最ッッ高のイルドラ石じゃねぇか! リブわかるか! こいつのすさまじさが!」
「馬鹿にすんなよ! この輝き、強度……最高品質だ! アタシはこれ以上のものを見たことないよ!」
「俺もだ! 百二十年生きてきて、こんなすげぇのははじめてだ! どうなっていやがる!」

 あー……そば茶うめぇ。
 どうやら喜んでもらえたようだ。
 親方さんって百二十歳なの? あらあ長生き。まだまだ長生きしそう。

「しかも幻の結晶、イルドッ……ライト!」
「間違いないよね? 間違いないんだよね! これがイルドライト! イルドラの魔鉱石!」
「とんでもねぇ代物しろものだ! 信じられねぇ!!」

 ずんぐりむっくりしたおっさんと、猫耳かわいこちゃんが手を取り合って飛び跳ねている。珍妙な光景だが、そこまで喜んでくれると俺も嬉しくなるな。

「タケルッ! タケル……ッ、ぐすっ、あ、アンタに依頼して本当に良かった! アンタに出逢えて良かった! アタシは正直ここまでの成果は考えていなかったんだ。だけどどうだい! アタシの想像をっ……くそっ、ずびっ、うええっ……」
「リブ、リブ、泣いてんじゃねぇよ……」
「うええええぇ……親方だってえぇぇぇ」

 今度は抱き合って泣いている。熱いな。熱い師弟だな。
 ともかく、期待以上の働きができたようだ。俺は鍛冶のことは何一つ知らない。はがねを熱して叩いて冷やして伸ばして? くらいの、本当に初歩的なことしか知らない。だから、熟練の職人を納得させられるだけの品を用意できるか少し自信がなかった。
 より良いものをと意識したが、良いものなんて人それぞれ価値観が違う。俺が、俺の調査スキャン先生がこれは良いと思っても、誰かにとっては無価値だったりするものだ。
 カリストのザンボ氏が言っていた。この品で文句をつける職人がいたら、ドワーフ族全員を敵に回すと思え、と。そして職人の名前をチクれと太鼓判を押された。しかし、依頼主に納得してもらうまで安心はできない。
 ふと気づくと、俺にも素材採取家としてのこだわりが出てきたような気がする。まだまだ知識はハンパだし知らないことのほうが多い。専門家とはとてもじゃないが胸を張ることはできない。
 だが、依頼主により良いものを、というこだわりは強い。対価が発生するのだ。それに見合ったものを採取するのは当たり前のこと。
 そうか。
 これが俺の素材採取家としてのプライドなのか。

「タケル、タケル、アンタは凄ぇよ。俺はアンタ以上の男を知らねぇ。俺の想像をブチ壊しちまった。ヴォズラオにすらたどり着けねぇかもしれねぇと思っていた俺を恥じる。すまなかった、許してくれ!」

 いさぎよく頭を下げた親方に溜飲りゅういんが下がるどころか、キャラが違いすぎるとかえって慌てる。

「いやいや、そんな素直にデレられても困る」
「で、デレ?」
「俺は依頼に応えただけだ。それに、助けてくれた仲間もいる。俺だけの力じゃない」

 一人きりの野営が騒がしくなり、モンスター討伐がラクになった。ともに食事を囲む仲間ができた。料理を作って感謝された。
 楽しかったんだ。とても。

「ぼんどうに、ぼんどうにありがどうう~~~」
「鼻水ダダ漏れだよリブさん。ほらちーんして」
「ぶびぃぃぃ……ぐすっ、ずびっ、だけどこんなにたくさんの石、アタシらは対価を支払えないよ?」
「言っただろ? 俺だけのハサミを作ってくれって」
「だけど」
「それについては、またあとで注文をつけるとして」

 イルドラ石とイルドライトを両手に取り、俺はグルサス親方に差し出す。
 親方はそれを戸惑いながらも手にし、ニヤリと笑った。その瞳には、力強い炎が宿っている。

「まずはこの石を使って、品評会で一等賞を取れるような最高の剣を作ってくれ!」

 工房の借金返して、皆の不満を取り除いて、俺専用の最強のハサミを作ってもらうのだ。メンテナンスいらずの何でも切れるハサミだぞ? 理想の採取道具になるじゃないか!
 グルサス親方じるしの最強ハサミ。きっと誰にでも自慢できる一品になるに違いない。
 ついでに生活用品を作る職人を紹介してもらって、フライパンと玉子焼き器とたこ焼き器とヤカンを作ってもらうのだ!
 そしてついでにカニフォーク!

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