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10巻
10-2
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「ん?」
小走りで廊下を突き進むと、下へ下りる階段へとぶつかる。
窓の外には枯れた庭が見えるから、ここは一階。コポルタ族たちが閉じ込められていた魔石抗に通じる階段は、この場所とは真逆の西棟にある。
それじゃあ、更に下へと下りるこの階段はなんだろな。
「ビー、警戒して……」
ああ、また呼んでしまった。
俺の頭皮をいじめてくれる、あの生臭い漆黒の竜が恋しい。ビーと離れて何日になるのだろうか。この大陸に連れてこられてからしょっちゅう意識を失っているから、今日で何日になるのかわからない。少なくとも六日以上は経過しているような気がする。
絶対に会えるから、不安になることはない。
俺は今できることを全力ですればいいだけ。
嘆く暇があるのなら、じゃがバタ醤油をどうやったらこの大陸でも食えるのか考えろ。
食うことは生きること。俺は食うために生きている。次に風呂。
「あ。ゾルダヌの風呂を確認するの忘れた」
そろりそろりと階段を下りながら、そんなことを口にしてしまう。ここにクレイがいたら確実に脳天叩かれていた。
慌てて口を両手で押さえつつ、足を進める。
臙脂色の毛足の長い絨毯が敷かれた階段を、なるべく音を立てずに下りていくと。
そこには薄暗い廊下。明かりの魔道具が機能しているのかしていないのか、等間隔に並んだランプはどれも光が抑えられていた。
今まで豪華で派手な城内だなと思っていたのに、この空間だけが異質。まるで何かを隔離しているような、地下牢でもあるのかなという雰囲気。
だが、薄暗い廊下が続くだけ。左右の壁には扉がない。いや、肖像画が飾られている。
どれもこれも立派な写実画であり、歴代の王族の姿らしき絵だった。
ここは王族ミュージアム?
高い天井のぎりぎりにまで届く巨大な肖像画は、黄金に輝く額縁に収められている。描かれている人物は誰もが頭に角が生え、その角を邪魔しないような意匠の冠を被っていた。
ヒゲもじゃな爺さん、品の良さそうな婆さん、中には幼い美少年の肖像画も。
「……ん?」
肖像画が飾られていた廊下を進むと、妙なことに気づく。
初めのほうの肖像画は老齢の人物ばかりだったのに、先に進むにつれて若い人物を描いた肖像画が多くなっている。
どうしてだろうかと近くに寄って絵を眺めると、額縁に文字が掘られていた。マデウス共通言語であるカルフェ語ではなく、魔族が独自に使っている文字だろうか。どっちにしろ俺は異能のおかげでどんな文字でも読めるけど。
「ジョルリアーナ、メテス、グリマイト……享年五十二歳」
金髪碧眼の幼い美少年は、享年五十二歳でした。
魔族は長命種であり、ゆっくりと歳を取る。エルフ族やハイエルフ族と同じで、見た目が成人した頃に身体の成長が止まる。数百年を経てやっとこさ老化が始まり、天命を迎えるまで三百年足らずなのじゃとブロライトが教えてくれた。
ごく一般的な人間の常識しか持ち合わせていない俺にとって、エルフ族たちの長命は実感が湧かない。ブロライトだってあの見た目で七十過ぎ。中身は十歳くらいだが。
長命種の五十二歳なんて、まだまだ子供だろう。この肖像画の人物のように。
グリマイトって、確かあのぶちぎれ魔王の名前もグリマイトって言っていたな。あっちの絵の人物も同じく……グリマイトだ。
だとしたら、やはりこの少年は王族。もしかしたらずっと昔の王様だったのかもしれない。
五十二歳美少年の左隣に飾られている肖像画は四枚。美少年の次に、美少女が描かれている。こちらの人物は享年五十四歳。その隣の肖像画には享年四十八歳の文字。
「若くして亡くなっている……」
肖像画の人物は大体が五十歳前後で亡くなっているようだ。いや、その傾向が表れたのは、さっきのジョルリアーナ少年の絵が始まり。
ということはだ。なんらかの理由があって王族が短命になったということか? 五十歳前後で亡くなる、魔族特有の奇病?
はたして病気なのだろうか。
ジョルリアーナ少年の前に飾られていた肖像画の人物は、ヒゲもじゃのご高齢なお爺様。フィラム・サンヴェリウム・グリマイトさん。なんと五百八十二歳。少なくとも、この爺様までの王族は五百歳以上生きている。享年と書かれていないということは、まだご存命なのだろう。
それでは、どうしてジョルリアーナ少年を含めた四人の王族は若くして亡くなっているのか。
そして、現在の王様。カルシアン・ディートニクス・グリマイト。美少年、美少女、幼児、幼女、と続いてのおっさん。
あの王様は確実に俺よりも歳上だよな? 見た目的に言えば三十代後半。ということはだ、エルフ族的見た目年齢予想が合致するのならば、現王はおそらく二百歳超え。
最後の肖像画の人物は、享年二十七歳。見た目は完全に幼児。
それなのに現在の王様は順調に歳を取っているよな。王様はもともと王族ではなかったとか? いや、あれだけ血統やらに面倒くさくこだわっているゾルダヌだ。王族でない人物が王位を継ぐことなどないだろう。
俺が一人で悶々と考えていても答えは出ない。
ルキウス殿下に聞くのが一番か。ハヴェルマの長老であるポトス爺さんも何か知っているかもしれない。
いずれにしてもこの城には強い魔力を秘めた物は残っていないようだし、もしも残っていたとしてもいただいた魔石でなんとか防御してみせる。
「よし、戻るか」
俺は意識を集中させ、目の前に転移門を作り出す。
目指すはコポルタ族たちの救出と移動。ルキウス殿下たちと合流し、そこからゼングムたちハヴェルマの集落を目指そう。
俺が見つけた肖像画の数々。
それがまさか、魔族たち全員の存亡に関わっていたなんて。
腹の虫をぐーすか鳴り響かせる俺は、気づけるわけがありませんでした。
2 再会の時
時間に余裕があれば魔族の総本山であろう立派な城の見学を続けたのだが、玉座のある方角から爆音が鳴り続けている。
魔王様、自分の王城ブチ壊しているんじゃなかろうか。
威厳がある王は王として立派だろう。だがしかし、短気なのは宜しくない。周りの意見を冷静に聞く姿勢って大切。自分の考えだけで突っ走ると、結果がどうであれ周りが迷惑するんだから。今の俺がまさにそれ。だがしかし、コポルタ族の迫害を放置したくない。
そんなわけで、どっかんぼっこん鳴り響く最中、魔王の暴れっぷりを考えると当初考えていたように交渉に持ち込むのは無理だろうなと感じる。
俺が今、魔王の前に行くだろ? 第二王女を返してほしくば、コポルタ族を解放せよ! と、言ったとしよう。はい。うるせぇこの野郎ふざけんなよぉしコラぶちくらわしてやんぞ、と怒鳴られるに違いない。おお怖い。
魔王が冷静にならないと交渉なんかできないだろうな。そもそもあのおっさん、冷静になれるのだろうか。
俺がやったことといえば。
第二王女拉致したろ? コポルタ族も拉致しただろ? 魔石抗を封鎖しただろ?
うん。更に怒るだろうな。
この王城に残る魔素がどのくらいあるのかわからない。魔王の本気魔法ビーム的なものを放たれたとして、不安定な魔素の中、確実に防げる自信はないからなあ。
「さて」
転移門の先は、コポルタ族が集められている魔石抗。
淡い光が放たれる水面のような門に顔を突っ込むと、遠巻きながらも興味津々で転移門を眺めるコポルタ族たち。なにあれ可愛い。
転移門の存在はパゴニ・サマクの民らに知られていないのだろうか。
俺たち蒼黒の団の拠点がある、東の大陸グラン・リオの最北に位置する辺境のトルミ村。あそこの雑貨屋の店主ジェロムすら、転移門の存在は知っていた。ジェロムが元冒険者だからかもしれないが、冒険者の知識として転移門という魔法はあるわけで。
だが、ゼングムたちハヴェルマでは転移門を失われた禁忌の術だと言っていた。何故禁忌なのだろう。他の場所にあっという間に移動できる、ものすごく便利な魔法なんだけどな。
「おうタケル! 何してやがった!」
ぴょんぴょこ跳ねながら近寄ってきたヘスタスは、転移門からぬるりと出てきた俺に怒鳴る。
「王城内に強い力のある魔道具が残っていたら厄介だろう? ちょっと探索していた」
歴代の魔王ライブラリーを堪能したことは黙っておく。
「そうか。そういうところは抜かりねぇな、お前。こっちは変わりねぇぞ。魔法の壁を越えられる奴はいなかった」
それは良かった。もしかしたら魔王の全力魔法なら障壁を消すことができるかもしれない。こんな場所からはとっととおさらばしよう。
「タケルさん、タケルさん、今のが転移門でしょう?」
「わんわんっ、綺麗に光ってる!」
「すごいね、どこから出てきたの?」
俺の背後で揺らめいていた転移門を消すと、数人のコポルタ族が近寄ってくる。まだ怯えている様子はあるが、好奇心のほうが勝っているようだ。
壁際で警戒を続けるコポルタ族たちもいたが、尻尾がふりふり揺れてますよ。
はてさて、ルキウス殿下の居場所を探さないと。拠点となる魔石は持たせているから、後は探査先生にお願いして……
――よし、見つけた。
動きはないようだから、王城から飛翔で吹き飛ばしたせいで気絶しているのかもしれない。ちょろちょろ動かれるよりはいいが、それはそれで心配だ。
「みんなー忘れ物ないか」
コポルタ族たちに声をかけると、彼らは一斉に起立。
「はい!」
「持っていくものなんてないもの!」
「どこでもいいから、ここから出たいよ!」
「わんわんっ、お日様が見たい!」
「うーっ、わんわんっ」
まだまだ腹は減って動けないはずなのに、彼らは必死に声を上げる。
たくさんの仲間が犠牲になっただろう。それでも生きようとする彼らは、こんなところで拘束され強制労働させられるような種族ではない。
犬獣人の原種である、コポルタ族。彼らのことは穴掘りが得意な可愛い種族、としか認識していない。だが獣人というのは総じて誇り高い。懸命に生きながらえてくれた彼らの力を、思いきり発揮させられる環境があればいいのだけれど。
「タケル、無事に脱出できたら飯を食わせてやろうぜ。木の枝」
「ゴボウって言いなさい、ゴボウって」
俺の肩に乗ってきたヘスタスを確認し、腹で魔力を練る。
ゆっくりゆっくりと、魔石から魔力をいただいて。
最小限の力で、最大限の威力が発揮できるように。
コポルタ族ごと、魔石ごと。
ルキウス殿下のもとへ。
魔石抗の壁に転移門を展開させると、それを一気に拡大。
転移門は強い光を放ちながら、その場にいた全員を包み込んだ。
あっという間にルキウス殿下が飛ばされてきた場所に到着。なんとそこは、俺が北の大陸に来て最初に彷徨っていた黒い木が生い茂る森だった。
眩い光と共に大量のコポルタ族と、失敬してきた大量の魔石。そして、俺とヘスタス。
途方に暮れるルキウス殿下たちの目の前に俺たちが現れたわけだから、初めは沈黙が続いてしまった。
気絶していたわけではなく休んでいたらしいルキウス殿下が目をまんまるにし、口をぱくぱくとさせて。
殿下の護衛の騎士たちも、突然の出来事に呆けるしかなくて。
「にいさま! にいさまあぁぁーー!」
尻尾をふりふり、大木の根元を掘っていたコタロの姿を見つけたモモタが叫ぶと――
「モモタ、息災で何よりだ!」
「ぼっ、ぼぐわぁ、がんっ、がんばっだのでぇずぅぅっ」
「わんわんっ、わかっておる! 幼い身ながらよう生き残ってくれた!」
「わああぁぁぁぁんっ、にいぃさまぁぁぁっ!」
まるで止まっていた時が一気に動き出したかのように、それぞれ安堵の息を吐き出した。
兄弟の再会は感動もので、コポルタ族の誰しもが号泣している。
ルキウス殿下の侍女さんたちは、流れ続ける涙をエプロンで拭いていた。
「にいさま! にいさま!」
「頑張ったな、よう頑張った」
モモタは涙と鼻水とヨダレにまみれた顔で泣きじゃくり、尻尾はちぎれんばかりに振られている。
ちっちゃいわんこがちっちゃいわんこを抱きしめ、転げ回って歓喜。
周りのわんこたちも飛び跳ねながら笑い、わんわんくんくん言っている。
ここが豆柴天国か。
「レオポルン殿、よくぞ無事で……」
「ルキウス殿下こそ、ご健勝で何よりでございます。コタロ殿下をお守りくださり、ありがとうございました」
「いいや、我なぞ何もしていない。我にはなんの力もないのだ」
「いいえ、いいえ、ルキウス殿下の庇護下にあればこそ、コタロ殿下はあのようにご立派な姿を我らに見せてくださいました」
「顔を上げてくれレオポルン殿。お主らが無事で良かった」
「ううう……なんとお優しいお言葉……」
膝をついたルキウス殿下に、涙を流すレオポルン執政官。
ルキウス殿下と共に(俺に)飛ばされた侍女や騎士たちも、笑顔で涙を流していた。
俺は、種族の問題だとか、国交問題だとか、そんなことは一切考えなかった。
俺は俺の正義の下、勝手に動いただけ。その結果、ゾルダヌたちが滅亡することとなったらどうしようかとも思うが、一両日中に滅ぶというわけでもないだろう。王城にはまだまだたくさんの魔石が装飾品として飾られていたからな。
ゾルダヌたちだけではない。ハヴェルマの民らにとっても、魔素は命そのもの。このまま魔素が薄れていけば、真綿でゆっくりと首を絞められるような生き地獄が待っているのだろう。
しかし、そうならないように考えることはできる。
「さてと、ある程度の魔石があることだし」
大量にくすねてきた魔石ではあるが、大きさはバラバラで含む魔素の量もまちまちだ。
こうして地面に放置している間にも、魔石から魔素は流れ出てしまっている。流れ出た魔素は大気に消え、魔素を必要としている動植物らが吸い込むのだ。数日も経てば魔石はただの石コロになるだろう。
「ルキウス殿下、教えてほしいことがあるんだ」
大量の毛玉……じゃない、コポルタ族たちに埋もれたルキウス殿下に声をかけると、ルキウス殿下も綺麗な顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。美人は豪快に泣いても美人です。
「殿下、これを」
侍女のアルテに白い布を差し出され、ルキウス殿下は恥ずかしそうに受け取って鼻をかんだ。
「ぐすっ、ずびっ……タケル、お前には感謝してもしきれぬ。我が種族の恥であるのに、我にはどうすることもできなかった。父王を恐れ、立場を恐れ、苦しむコポルタ族らに手をさし伸べることができなんだ」
深々と頭を下げたルキウス殿下に続き、騎士や侍女たちも同じく頭を下げた。
「ありがとう、タケル。ありがとう」
「いやいや、感謝されても困るというか、俺だって勝手にコポルタ族を連れてきたわけだし、ルキウス殿下だって俺に拉致られたわけだし」
「いいや! 我は己の意思で王城から逃げ出したのだ!」
「拉致などと、とんでもない! タケル殿は殿下をお救いくださったのです!」
「左様でございます! タケル殿の勇気ある行いに我ら一同感謝をしております!」
ルキウス殿下に続き、騎士らが声を上げる。
侍女たちも深く頷き、その通りだと肯定した。
だがしかし、その感謝の言葉を真っ向から否定するイモムシがここに。
「オイオイオイオイッ! まだなんも解決してねぇのに、頭を下げんじゃねぇよ! あの魔王のことだ。魔石を盗まれて今頃ブチ切れてやがるぞ! 取り返すためにはなんだってしやがるだろうさ! 今にもこの場に飛んでくるかもしれねぇんだ!」
俺の頭のてっぺんで跳ね飛ぶヘスタスが叫ぶと、一同静寂。あれだけ笑い声に包まれていたコポルタ族たちが、絶望顔で俺を見ている。
ルキウス殿下も白い顔をより青白くさせ、恐怖を思い出したかのよう。
「ヘスタス……もっと言葉を選べよ」
「ああん? 何生っちろいこと言ってやがんだタケル。魔素はないまま、薄気味悪い森にいるんだぞ俺たちは。まずはここから移動して、ゼングムたちと合流することを考えろ」
「考えてたって。というか、俺の考えそのまま言っただけだろう」
「うるせえ。俺にもいい恰好させろ」
感動の余韻なんて後にしろと言わんばかりに、ヘスタスは続けた。
「おうっ、そんで、どうすんだタケル」
結局は俺かよ。
「ここは見晴らしが良すぎて落ち着かない。ハヴェルマたちが暮らしている山の麓に移動して、それからこの先のことを考えよう。ポトス爺さんたちが何か知恵を貸してくれるかもしれない」
見ず知らずの怪しげな俺を受け入れてくれた彼らのことだ。きっと話を聞いてくれるはず。
「ポトス爺……? ポトス爺と申す者は、ハヴェルマなのか?」
俺は頷くが、ルキウス殿下はまるで心当たりがないように首を傾げる。
ポトス爺さんは自分のことをハヴェルマたちの長だと言っていた。ゼングムや他のハヴェルマの民たちもポトス爺さんを慕っていたのだが、ルキウス殿下とは面識がないのだろうか。
何はともあれ。
怯えながらも新天地に興奮を隠せないコポルタ族の集団と、彼らを率いるのは己だとばかりに鼻息荒くやる気を見せるルキウス殿下に、俺は再度声をかける。
「ルキウス殿下、教えてほしいことがあるんだ」
空に花は咲かせられるかな。
3 怒りの矛先
北の大陸パゴニ・サマク。
俺が今いるこの大陸に気絶したまま連れてこられ、目覚めて初めて目にしたあの巨大活火山。
火山雲に覆われた頂は姿を隠したまま、その雄大な全容を見せてはくれない。
あの山には神様がいるらしい。魔族が信仰する、炎の神様――炎神。
馬の神様だって緑のバケモ……精霊王だって存在するマデウスだ。きっと炎神もただの信仰の対象というだけではなく、実際に存在する神様なのだろう。
炎を司るといえばサラマンダーとかイフリートを連想させるが、暴走して我を忘れた古代狼のようなおぞましい姿だとしたら困るな。言葉が通じなかったらどうしよう。もう巨大ナメクジや巨大イソギンチャクとは戦いたくない。
まあ、その時はその時だ。早いとこ消えそうな魔素を戻せと言うしかない。魔素が薄くなった原因は、絶対に神様だろうからな。
俺の異能力よ、頼りにしてるぞ!
ひゅ~~~~~るるる……ぽすっ。
曇天に弾ける煙。
俺が想像していた花火は、これではない。
日々空を飛んでハヴェルマの民が住む集落周辺を巡回しているゼングムに、俺たちがここにいることを知らせなくてはならない。
だから一発花火でもぶち上げて、派手に主張してみようかと思ったのだが。
「違うぞタケル。もっと集中しろ!」
「痛っ! 集中してるって!」
ヘスタスに脳天を叩かれ、再度なけなしの魔力を練る。
ルキウス殿下に教えてもらった花火は、いわゆる照明弾。騎士団が合図を送る時に使う魔法らしい。
大きな音と派手な火花が散るイメージを強く持ったのだが、魔素が薄すぎるこの地で打ち上げ花火など無謀。
大量にくすねてきた魔石の中でも、一番小さな石を拝借した。小指の爪ほどの大きさの魔石でも、魔素はしっかりと含まれている。
その小石を利用して照明弾を作るのだが。
「ええと、腹の中で火種をこねて、そいそいっと……」
教えてもらった魔法を集中して作り出し、いざ空へと両手を掲げる!
小走りで廊下を突き進むと、下へ下りる階段へとぶつかる。
窓の外には枯れた庭が見えるから、ここは一階。コポルタ族たちが閉じ込められていた魔石抗に通じる階段は、この場所とは真逆の西棟にある。
それじゃあ、更に下へと下りるこの階段はなんだろな。
「ビー、警戒して……」
ああ、また呼んでしまった。
俺の頭皮をいじめてくれる、あの生臭い漆黒の竜が恋しい。ビーと離れて何日になるのだろうか。この大陸に連れてこられてからしょっちゅう意識を失っているから、今日で何日になるのかわからない。少なくとも六日以上は経過しているような気がする。
絶対に会えるから、不安になることはない。
俺は今できることを全力ですればいいだけ。
嘆く暇があるのなら、じゃがバタ醤油をどうやったらこの大陸でも食えるのか考えろ。
食うことは生きること。俺は食うために生きている。次に風呂。
「あ。ゾルダヌの風呂を確認するの忘れた」
そろりそろりと階段を下りながら、そんなことを口にしてしまう。ここにクレイがいたら確実に脳天叩かれていた。
慌てて口を両手で押さえつつ、足を進める。
臙脂色の毛足の長い絨毯が敷かれた階段を、なるべく音を立てずに下りていくと。
そこには薄暗い廊下。明かりの魔道具が機能しているのかしていないのか、等間隔に並んだランプはどれも光が抑えられていた。
今まで豪華で派手な城内だなと思っていたのに、この空間だけが異質。まるで何かを隔離しているような、地下牢でもあるのかなという雰囲気。
だが、薄暗い廊下が続くだけ。左右の壁には扉がない。いや、肖像画が飾られている。
どれもこれも立派な写実画であり、歴代の王族の姿らしき絵だった。
ここは王族ミュージアム?
高い天井のぎりぎりにまで届く巨大な肖像画は、黄金に輝く額縁に収められている。描かれている人物は誰もが頭に角が生え、その角を邪魔しないような意匠の冠を被っていた。
ヒゲもじゃな爺さん、品の良さそうな婆さん、中には幼い美少年の肖像画も。
「……ん?」
肖像画が飾られていた廊下を進むと、妙なことに気づく。
初めのほうの肖像画は老齢の人物ばかりだったのに、先に進むにつれて若い人物を描いた肖像画が多くなっている。
どうしてだろうかと近くに寄って絵を眺めると、額縁に文字が掘られていた。マデウス共通言語であるカルフェ語ではなく、魔族が独自に使っている文字だろうか。どっちにしろ俺は異能のおかげでどんな文字でも読めるけど。
「ジョルリアーナ、メテス、グリマイト……享年五十二歳」
金髪碧眼の幼い美少年は、享年五十二歳でした。
魔族は長命種であり、ゆっくりと歳を取る。エルフ族やハイエルフ族と同じで、見た目が成人した頃に身体の成長が止まる。数百年を経てやっとこさ老化が始まり、天命を迎えるまで三百年足らずなのじゃとブロライトが教えてくれた。
ごく一般的な人間の常識しか持ち合わせていない俺にとって、エルフ族たちの長命は実感が湧かない。ブロライトだってあの見た目で七十過ぎ。中身は十歳くらいだが。
長命種の五十二歳なんて、まだまだ子供だろう。この肖像画の人物のように。
グリマイトって、確かあのぶちぎれ魔王の名前もグリマイトって言っていたな。あっちの絵の人物も同じく……グリマイトだ。
だとしたら、やはりこの少年は王族。もしかしたらずっと昔の王様だったのかもしれない。
五十二歳美少年の左隣に飾られている肖像画は四枚。美少年の次に、美少女が描かれている。こちらの人物は享年五十四歳。その隣の肖像画には享年四十八歳の文字。
「若くして亡くなっている……」
肖像画の人物は大体が五十歳前後で亡くなっているようだ。いや、その傾向が表れたのは、さっきのジョルリアーナ少年の絵が始まり。
ということはだ。なんらかの理由があって王族が短命になったということか? 五十歳前後で亡くなる、魔族特有の奇病?
はたして病気なのだろうか。
ジョルリアーナ少年の前に飾られていた肖像画の人物は、ヒゲもじゃのご高齢なお爺様。フィラム・サンヴェリウム・グリマイトさん。なんと五百八十二歳。少なくとも、この爺様までの王族は五百歳以上生きている。享年と書かれていないということは、まだご存命なのだろう。
それでは、どうしてジョルリアーナ少年を含めた四人の王族は若くして亡くなっているのか。
そして、現在の王様。カルシアン・ディートニクス・グリマイト。美少年、美少女、幼児、幼女、と続いてのおっさん。
あの王様は確実に俺よりも歳上だよな? 見た目的に言えば三十代後半。ということはだ、エルフ族的見た目年齢予想が合致するのならば、現王はおそらく二百歳超え。
最後の肖像画の人物は、享年二十七歳。見た目は完全に幼児。
それなのに現在の王様は順調に歳を取っているよな。王様はもともと王族ではなかったとか? いや、あれだけ血統やらに面倒くさくこだわっているゾルダヌだ。王族でない人物が王位を継ぐことなどないだろう。
俺が一人で悶々と考えていても答えは出ない。
ルキウス殿下に聞くのが一番か。ハヴェルマの長老であるポトス爺さんも何か知っているかもしれない。
いずれにしてもこの城には強い魔力を秘めた物は残っていないようだし、もしも残っていたとしてもいただいた魔石でなんとか防御してみせる。
「よし、戻るか」
俺は意識を集中させ、目の前に転移門を作り出す。
目指すはコポルタ族たちの救出と移動。ルキウス殿下たちと合流し、そこからゼングムたちハヴェルマの集落を目指そう。
俺が見つけた肖像画の数々。
それがまさか、魔族たち全員の存亡に関わっていたなんて。
腹の虫をぐーすか鳴り響かせる俺は、気づけるわけがありませんでした。
2 再会の時
時間に余裕があれば魔族の総本山であろう立派な城の見学を続けたのだが、玉座のある方角から爆音が鳴り続けている。
魔王様、自分の王城ブチ壊しているんじゃなかろうか。
威厳がある王は王として立派だろう。だがしかし、短気なのは宜しくない。周りの意見を冷静に聞く姿勢って大切。自分の考えだけで突っ走ると、結果がどうであれ周りが迷惑するんだから。今の俺がまさにそれ。だがしかし、コポルタ族の迫害を放置したくない。
そんなわけで、どっかんぼっこん鳴り響く最中、魔王の暴れっぷりを考えると当初考えていたように交渉に持ち込むのは無理だろうなと感じる。
俺が今、魔王の前に行くだろ? 第二王女を返してほしくば、コポルタ族を解放せよ! と、言ったとしよう。はい。うるせぇこの野郎ふざけんなよぉしコラぶちくらわしてやんぞ、と怒鳴られるに違いない。おお怖い。
魔王が冷静にならないと交渉なんかできないだろうな。そもそもあのおっさん、冷静になれるのだろうか。
俺がやったことといえば。
第二王女拉致したろ? コポルタ族も拉致しただろ? 魔石抗を封鎖しただろ?
うん。更に怒るだろうな。
この王城に残る魔素がどのくらいあるのかわからない。魔王の本気魔法ビーム的なものを放たれたとして、不安定な魔素の中、確実に防げる自信はないからなあ。
「さて」
転移門の先は、コポルタ族が集められている魔石抗。
淡い光が放たれる水面のような門に顔を突っ込むと、遠巻きながらも興味津々で転移門を眺めるコポルタ族たち。なにあれ可愛い。
転移門の存在はパゴニ・サマクの民らに知られていないのだろうか。
俺たち蒼黒の団の拠点がある、東の大陸グラン・リオの最北に位置する辺境のトルミ村。あそこの雑貨屋の店主ジェロムすら、転移門の存在は知っていた。ジェロムが元冒険者だからかもしれないが、冒険者の知識として転移門という魔法はあるわけで。
だが、ゼングムたちハヴェルマでは転移門を失われた禁忌の術だと言っていた。何故禁忌なのだろう。他の場所にあっという間に移動できる、ものすごく便利な魔法なんだけどな。
「おうタケル! 何してやがった!」
ぴょんぴょこ跳ねながら近寄ってきたヘスタスは、転移門からぬるりと出てきた俺に怒鳴る。
「王城内に強い力のある魔道具が残っていたら厄介だろう? ちょっと探索していた」
歴代の魔王ライブラリーを堪能したことは黙っておく。
「そうか。そういうところは抜かりねぇな、お前。こっちは変わりねぇぞ。魔法の壁を越えられる奴はいなかった」
それは良かった。もしかしたら魔王の全力魔法なら障壁を消すことができるかもしれない。こんな場所からはとっととおさらばしよう。
「タケルさん、タケルさん、今のが転移門でしょう?」
「わんわんっ、綺麗に光ってる!」
「すごいね、どこから出てきたの?」
俺の背後で揺らめいていた転移門を消すと、数人のコポルタ族が近寄ってくる。まだ怯えている様子はあるが、好奇心のほうが勝っているようだ。
壁際で警戒を続けるコポルタ族たちもいたが、尻尾がふりふり揺れてますよ。
はてさて、ルキウス殿下の居場所を探さないと。拠点となる魔石は持たせているから、後は探査先生にお願いして……
――よし、見つけた。
動きはないようだから、王城から飛翔で吹き飛ばしたせいで気絶しているのかもしれない。ちょろちょろ動かれるよりはいいが、それはそれで心配だ。
「みんなー忘れ物ないか」
コポルタ族たちに声をかけると、彼らは一斉に起立。
「はい!」
「持っていくものなんてないもの!」
「どこでもいいから、ここから出たいよ!」
「わんわんっ、お日様が見たい!」
「うーっ、わんわんっ」
まだまだ腹は減って動けないはずなのに、彼らは必死に声を上げる。
たくさんの仲間が犠牲になっただろう。それでも生きようとする彼らは、こんなところで拘束され強制労働させられるような種族ではない。
犬獣人の原種である、コポルタ族。彼らのことは穴掘りが得意な可愛い種族、としか認識していない。だが獣人というのは総じて誇り高い。懸命に生きながらえてくれた彼らの力を、思いきり発揮させられる環境があればいいのだけれど。
「タケル、無事に脱出できたら飯を食わせてやろうぜ。木の枝」
「ゴボウって言いなさい、ゴボウって」
俺の肩に乗ってきたヘスタスを確認し、腹で魔力を練る。
ゆっくりゆっくりと、魔石から魔力をいただいて。
最小限の力で、最大限の威力が発揮できるように。
コポルタ族ごと、魔石ごと。
ルキウス殿下のもとへ。
魔石抗の壁に転移門を展開させると、それを一気に拡大。
転移門は強い光を放ちながら、その場にいた全員を包み込んだ。
あっという間にルキウス殿下が飛ばされてきた場所に到着。なんとそこは、俺が北の大陸に来て最初に彷徨っていた黒い木が生い茂る森だった。
眩い光と共に大量のコポルタ族と、失敬してきた大量の魔石。そして、俺とヘスタス。
途方に暮れるルキウス殿下たちの目の前に俺たちが現れたわけだから、初めは沈黙が続いてしまった。
気絶していたわけではなく休んでいたらしいルキウス殿下が目をまんまるにし、口をぱくぱくとさせて。
殿下の護衛の騎士たちも、突然の出来事に呆けるしかなくて。
「にいさま! にいさまあぁぁーー!」
尻尾をふりふり、大木の根元を掘っていたコタロの姿を見つけたモモタが叫ぶと――
「モモタ、息災で何よりだ!」
「ぼっ、ぼぐわぁ、がんっ、がんばっだのでぇずぅぅっ」
「わんわんっ、わかっておる! 幼い身ながらよう生き残ってくれた!」
「わああぁぁぁぁんっ、にいぃさまぁぁぁっ!」
まるで止まっていた時が一気に動き出したかのように、それぞれ安堵の息を吐き出した。
兄弟の再会は感動もので、コポルタ族の誰しもが号泣している。
ルキウス殿下の侍女さんたちは、流れ続ける涙をエプロンで拭いていた。
「にいさま! にいさま!」
「頑張ったな、よう頑張った」
モモタは涙と鼻水とヨダレにまみれた顔で泣きじゃくり、尻尾はちぎれんばかりに振られている。
ちっちゃいわんこがちっちゃいわんこを抱きしめ、転げ回って歓喜。
周りのわんこたちも飛び跳ねながら笑い、わんわんくんくん言っている。
ここが豆柴天国か。
「レオポルン殿、よくぞ無事で……」
「ルキウス殿下こそ、ご健勝で何よりでございます。コタロ殿下をお守りくださり、ありがとうございました」
「いいや、我なぞ何もしていない。我にはなんの力もないのだ」
「いいえ、いいえ、ルキウス殿下の庇護下にあればこそ、コタロ殿下はあのようにご立派な姿を我らに見せてくださいました」
「顔を上げてくれレオポルン殿。お主らが無事で良かった」
「ううう……なんとお優しいお言葉……」
膝をついたルキウス殿下に、涙を流すレオポルン執政官。
ルキウス殿下と共に(俺に)飛ばされた侍女や騎士たちも、笑顔で涙を流していた。
俺は、種族の問題だとか、国交問題だとか、そんなことは一切考えなかった。
俺は俺の正義の下、勝手に動いただけ。その結果、ゾルダヌたちが滅亡することとなったらどうしようかとも思うが、一両日中に滅ぶというわけでもないだろう。王城にはまだまだたくさんの魔石が装飾品として飾られていたからな。
ゾルダヌたちだけではない。ハヴェルマの民らにとっても、魔素は命そのもの。このまま魔素が薄れていけば、真綿でゆっくりと首を絞められるような生き地獄が待っているのだろう。
しかし、そうならないように考えることはできる。
「さてと、ある程度の魔石があることだし」
大量にくすねてきた魔石ではあるが、大きさはバラバラで含む魔素の量もまちまちだ。
こうして地面に放置している間にも、魔石から魔素は流れ出てしまっている。流れ出た魔素は大気に消え、魔素を必要としている動植物らが吸い込むのだ。数日も経てば魔石はただの石コロになるだろう。
「ルキウス殿下、教えてほしいことがあるんだ」
大量の毛玉……じゃない、コポルタ族たちに埋もれたルキウス殿下に声をかけると、ルキウス殿下も綺麗な顔をぐしゃぐしゃにして泣いていた。美人は豪快に泣いても美人です。
「殿下、これを」
侍女のアルテに白い布を差し出され、ルキウス殿下は恥ずかしそうに受け取って鼻をかんだ。
「ぐすっ、ずびっ……タケル、お前には感謝してもしきれぬ。我が種族の恥であるのに、我にはどうすることもできなかった。父王を恐れ、立場を恐れ、苦しむコポルタ族らに手をさし伸べることができなんだ」
深々と頭を下げたルキウス殿下に続き、騎士や侍女たちも同じく頭を下げた。
「ありがとう、タケル。ありがとう」
「いやいや、感謝されても困るというか、俺だって勝手にコポルタ族を連れてきたわけだし、ルキウス殿下だって俺に拉致られたわけだし」
「いいや! 我は己の意思で王城から逃げ出したのだ!」
「拉致などと、とんでもない! タケル殿は殿下をお救いくださったのです!」
「左様でございます! タケル殿の勇気ある行いに我ら一同感謝をしております!」
ルキウス殿下に続き、騎士らが声を上げる。
侍女たちも深く頷き、その通りだと肯定した。
だがしかし、その感謝の言葉を真っ向から否定するイモムシがここに。
「オイオイオイオイッ! まだなんも解決してねぇのに、頭を下げんじゃねぇよ! あの魔王のことだ。魔石を盗まれて今頃ブチ切れてやがるぞ! 取り返すためにはなんだってしやがるだろうさ! 今にもこの場に飛んでくるかもしれねぇんだ!」
俺の頭のてっぺんで跳ね飛ぶヘスタスが叫ぶと、一同静寂。あれだけ笑い声に包まれていたコポルタ族たちが、絶望顔で俺を見ている。
ルキウス殿下も白い顔をより青白くさせ、恐怖を思い出したかのよう。
「ヘスタス……もっと言葉を選べよ」
「ああん? 何生っちろいこと言ってやがんだタケル。魔素はないまま、薄気味悪い森にいるんだぞ俺たちは。まずはここから移動して、ゼングムたちと合流することを考えろ」
「考えてたって。というか、俺の考えそのまま言っただけだろう」
「うるせえ。俺にもいい恰好させろ」
感動の余韻なんて後にしろと言わんばかりに、ヘスタスは続けた。
「おうっ、そんで、どうすんだタケル」
結局は俺かよ。
「ここは見晴らしが良すぎて落ち着かない。ハヴェルマたちが暮らしている山の麓に移動して、それからこの先のことを考えよう。ポトス爺さんたちが何か知恵を貸してくれるかもしれない」
見ず知らずの怪しげな俺を受け入れてくれた彼らのことだ。きっと話を聞いてくれるはず。
「ポトス爺……? ポトス爺と申す者は、ハヴェルマなのか?」
俺は頷くが、ルキウス殿下はまるで心当たりがないように首を傾げる。
ポトス爺さんは自分のことをハヴェルマたちの長だと言っていた。ゼングムや他のハヴェルマの民たちもポトス爺さんを慕っていたのだが、ルキウス殿下とは面識がないのだろうか。
何はともあれ。
怯えながらも新天地に興奮を隠せないコポルタ族の集団と、彼らを率いるのは己だとばかりに鼻息荒くやる気を見せるルキウス殿下に、俺は再度声をかける。
「ルキウス殿下、教えてほしいことがあるんだ」
空に花は咲かせられるかな。
3 怒りの矛先
北の大陸パゴニ・サマク。
俺が今いるこの大陸に気絶したまま連れてこられ、目覚めて初めて目にしたあの巨大活火山。
火山雲に覆われた頂は姿を隠したまま、その雄大な全容を見せてはくれない。
あの山には神様がいるらしい。魔族が信仰する、炎の神様――炎神。
馬の神様だって緑のバケモ……精霊王だって存在するマデウスだ。きっと炎神もただの信仰の対象というだけではなく、実際に存在する神様なのだろう。
炎を司るといえばサラマンダーとかイフリートを連想させるが、暴走して我を忘れた古代狼のようなおぞましい姿だとしたら困るな。言葉が通じなかったらどうしよう。もう巨大ナメクジや巨大イソギンチャクとは戦いたくない。
まあ、その時はその時だ。早いとこ消えそうな魔素を戻せと言うしかない。魔素が薄くなった原因は、絶対に神様だろうからな。
俺の異能力よ、頼りにしてるぞ!
ひゅ~~~~~るるる……ぽすっ。
曇天に弾ける煙。
俺が想像していた花火は、これではない。
日々空を飛んでハヴェルマの民が住む集落周辺を巡回しているゼングムに、俺たちがここにいることを知らせなくてはならない。
だから一発花火でもぶち上げて、派手に主張してみようかと思ったのだが。
「違うぞタケル。もっと集中しろ!」
「痛っ! 集中してるって!」
ヘスタスに脳天を叩かれ、再度なけなしの魔力を練る。
ルキウス殿下に教えてもらった花火は、いわゆる照明弾。騎士団が合図を送る時に使う魔法らしい。
大きな音と派手な火花が散るイメージを強く持ったのだが、魔素が薄すぎるこの地で打ち上げ花火など無謀。
大量にくすねてきた魔石の中でも、一番小さな石を拝借した。小指の爪ほどの大きさの魔石でも、魔素はしっかりと含まれている。
その小石を利用して照明弾を作るのだが。
「ええと、腹の中で火種をこねて、そいそいっと……」
教えてもらった魔法を集中して作り出し、いざ空へと両手を掲げる!
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