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1巻
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10 可愛いパートナー
古代竜の洞窟に渦巻いていたたっぷりの魔素は、俺が無意識に吸収したので浄化されたらしい。
これによってボルさんの身体は自らの魔素に蝕まれることもなくなり、爽やかな笑顔(?)で地底湖の底へと沈んでいった。肺呼吸なのか鰓呼吸なのか考えるのはやめる。
世界に何か大きな動乱が起きない限り、干渉することはないのだとか。子育てを他人に任せきりとか、ダメ親代表だなこの野郎。
「ピュッピューイッ」
可愛らしい竜の子はご機嫌で俺の頭に掴まりながら歌っている。
生臭くてたまらなかったので、洞窟を出てから速攻で清潔の魔法をかけてやった。すると黒色だけだった鱗に輝きと艶が生まれ、黄金色の瞳も更に輝くようになった。これはこれで可愛い。
生臭くなくなったおかげで、べったりついていても気にならない。
調査先生、お願いします。
【ブラック・ノウビー 真名隠匿(ブラック・ノウビー・ヴォルディアス) エンシェントヴォルガノドラゴン 現在ランクB 潜在ランクSS】
[技能]精霊術(炎・風・水・雷・光・闇)
[備考]精霊術とは大気の精霊と言葉を交わし、魔素を糧とし力を得る術。
[異能]古代竜の加護 タケル・カミシロの片割 言語理解力 無限進化。
生まれてすぐにランクBでした。そのうちランクSSに成長するようです……
このランクがモンスターとしてはどれだけのものかわからないが、古代竜の子供なのだからそこそこの強さがあるのだろう。俺の頭の上で暢気に歌っている大きなトカゲにしか見えないけども。
言葉は通じるようだし俺に懐いているし、邪魔にならないなら旅の供としてちょうどいいのか?
ゲームや映画の世界で憧れていたドラゴン。まさか当てもない旅路の愉快な仲間になるとはなあ。
俺は確かに『可愛いパートナー』を望んだが、まさか人外だとか考えないって。あの青年、もしかしてこれはわざとか? わざとなのか? もっとこう出るところがばいんばいんと出たそういう可愛いパートナーがだね……
「ピュイピュイッ!」
「やめろ痛い髪の毛引っ張るな!」
ビーは精霊術というものが使えるようだ。今すぐに使えるかはわからないが、魔法とは少し種類が違う精霊術。
魔法もよくわかっていないのに、更に精霊術とか言われてもなあ。ともかく、魔法は自分で術を繰り出すものだが、精霊術は魔素を利用して精霊の力を借りるもの。精霊って……とんがり帽子の……陽気な……? あれは小人か? 違いがわからないな。
「ピュイ~ッ」
とにもかくにも愉快な旅の仲間を半ば強引に押しつけられたが、ビーの食べ物は鞄から繋がる地底湖の魔素水でいいらしいし、頭にいても重さをほとんど感じないから気にならない。まあ、調子はずれの謎の歌が気になるくらいだ。
話し相手とすればいいか。成長したらボルさんみたいに巨大な竜になるのだろうか……そういう先のことは今考えなくてもいいな。ちょっと怖くなったけど、今は考えるのはやめよう。
空を見上げれば沈みかけた太陽。
渓谷の空は木々が開けて、青から藍色に変化していた。
このまま夜の森を進むのは暗くて怖いわけじゃ決してなくて、ただただ危険に違いないと判断し、洞窟を出たすぐのでっぱりのところで夜を明かすことにした。
「ピュイ」
口を大きく開けたビーに魔素水を飲ませ、俺もついでに味をみる。
……うん、まったりとした軟水。空腹が少しだけ落ち着いたような気がするが、特に劇的な変化は感じられない。
狭い場所ながらも四方に結界魔石を置き敷布を敷く。
炎魔石を鉄皿の上に載せ力をほんの少し込めると、ポッと炎が生まれる。薪がなくても勝手に燃える石はエコです。
鍋を取り出して水を入れ加熱を唱え、温度を一定に保つ魔石を入れる。あっという間に茹で上がったお湯に肉を入れ、スープの素、キノコと山菜をちぎって入れた。
これで二回目の肉スープだが、あと五食くらいは続けて食べられる美味さだ。贅沢を言うならばスープ以外の飯も食いたい。次は米を探すとしよう。
そういうわけで宿屋特製弁当も二つ取り出し食べてしまう。あとは帰るだけだから、弁当は余裕で余りそうだ。
「ピュイ?」
「お前も食うのか? 人間の食えるもんを食って、腹を壊したりしないだろうな」
大きな目を爛々と輝かせたビーに肉の切れ端をあげると、嬉々として食べた。どうやらこういったのも食べられるらしい。いいことだ。
相棒が水しか飲まないというのも味気ないからな。
「親から離れて寂しくないのか?」
「ピュイ」
まるで俺がいるから寂しくないとばかりに、俺の腹に顔を埋めてくる。
可愛い。やはり、可愛い。
独り言ばかり呟いていた俺に話し相手ができたというのは、実はとても有難かったりする。人間は一人じゃ生きていけないからな。一人でも平気なほうではあるが、できることならば会話する友人くらいは欲しいと思ってしまう。
「古代竜がどのくらいの速度で成長するのかはわからんが、お前はまだ子供だ。いくら俺より強かったとしても、絶対に無茶な真似はするんじゃないぞ」
「ピュピュー……」
「おっ? 何だかお前の言いたいことがわかる気がするな。俺の手伝いをしてくれるのは嬉しい。だがやはり、子供は大人に守られるものだ」
「ピュイィ」
「それにお前に何かあれば、お前のおやっさん? おっかさん? ともかくボルさんに叱られるのは俺だからな。そこんところ、わかっておけよ」
「ピュイ!」
ビーのごつごつした頭を親指で撫でてやると、気持ち良さそうに目を瞑る。眠たそうに俺の腹に顔を寄せ、くああ、と欠伸をした。
四方の結界魔石ヨシ、警戒のための炎魔石ヨシ、雨が降る心配はなさそうだから、このまま今夜は寝てしまおう。
鞄からずるりと毛布を取り出し、鞄を枕にして横になる。ビーは俺の腹の上で既に寝てしまったようだ。寝息が「ぷるるる……」と、これまた可愛い。
目的のミスリル鉱石は微々たるものだったが、ミスリル魔鉱石はもらうことができた。この中の小さなかけらでジェロムに許してもらうしかないな。鉄鉱石や銀鉱石でお茶を濁すとする。
…………ビーについてはどう説明をするかだが、道すがら卵を見つけて持っていたら途中で孵ってしまった、雛が懐いてしまったので連れて行くことにした……としか言えない。ブラック・ドラゴンという竜種が存在するので、その子供じゃないかとしておく。
まさか古代竜のお子さんだとは説明できないだろう。
そして何事もなく夜は更けていったのだが……
翌日、俺たちは太陽が昇るのと同時に行動を開始していた。朝食を弁当二つで済ませると、ビーに魔素水を飲ませて活動開始。
崖をひょいひょいと難なく登ると森に出た。
そして気がつく違和感。
「まじか」
「ピュイ……」
昨日まで確かに白樺の森だったのに、今は普通の巨木が鬱蒼と生い茂っている。白い樹はどこにも見当たらない。一晩で何があったんだと考え、もしかしたらこういう森なのだと独り納得。きっと白樺は季節モノで、昨日で衣替えを終えたんだ。
一斉に揃ってばっさり。
そういう不思議な樹なんだ。きっとそうだ。
「ピュイ!」
「ん? 飛ぶのか? あまり遠くには行くなよ」
ビーは外の世界を見られるのが嬉しくてたまらないようだ。最初はおぼつかなかった飛び方も、今では器用に空中旋回すらやってのける。相変わらず歌声は微妙だが。
探査先生に今日もご活躍いただき、ランクCの素材に絞って採取をはじめた。黙々と薬草類を採取していると、うなじにぞわぞわと感じる寒気。
「ピュ!!」
飛んでいたビーが慌てて俺のローブの下に隠れた。
動物の本能を無視してはならない。これはきっと何かがあったんだ。
「探査展開、対象、獰猛なモンスター」
ピココココココ……
「うえっ」
目の前に広がる真っ黒の光の点滅。それがあちこちにあり、こちらを目指していた。
昨日は俺のことを汚物扱いして遠巻きに見ていたくせに、今朝になったら元気良く飛びかかってくるつもりですか。俺がボルさんの魔素を吸い込んだ影響か?
これはこれでいいか。モンスター討伐も多少はできるようになるし、もしかしたら貴重な素材も手に入るかもしれないからな。
「探査展開、対象、モンスター部位でランクDからの素材」
反応あり! ……しかもそこそこ多いな。
「ピュイ?」
「まあなんとかなるさ。ビーはこのまま隠れていろよ。しっかり掴まれ」
「ピュ!」
「痛ぇ! 爪立てんな!!」
最初に現れたのは空飛ぶモンスター。大きな鷲のような、だけど顔が豚のような。見た目は確かに恐ろしいんだけど、ボルさんほどじゃないな。良かった、最強で最恐の生物を目にしておいて。
調査を無詠唱展開する。
【ロックファルコン ランクC】
獰猛な肉食の大鳥。肉は脂肪分が甘く美味しい。脊髄は調味料として加工可能。
鋭いくちばしで人の目を抉ってくる。素早い動きに注意。
なんですと。
空飛ぶ食材じゃないですか!
これは討伐して新鮮なお肉を手に入れねば!
無益な殺生はしませんが、生き抜くために必要なぶんだけ狩らせてもらいますよ!
「よおっし! 盾展開、調査で捕捉しつつ氷結展開!」
炎系で爆撃しても良いのだが、お肉と森が焦げてはならない。
「ギョアアアアアア!!」
まるで化け物の声だな。いや、化け物なんだけど。
豚顔の鳥は、真っ赤な目をギラギラさせて俺を目掛けてまっしぐら。
真っすぐ来るなら、攻撃は簡単。展開・待機させておいた氷結を数本発射させる。イメージは投げナイフだ。
「それいけ!」
「ギュアアアアア!」
見事脳天に命中し、断末魔の悲鳴と共に豚顔鳥はその巨体を地面に叩きつけた。これで食材ゲット、いやいや身の危険回避。
「キュピ!」
ローブの裾から顔を出したビーが続いて警戒警報。お前、股間にしがみつくのだけはやめろ。
【サーペントウルフ ランクC】
獰猛な雑食の狼。蛇のような尻尾を伸縮させて攻撃をしてくる。尻尾の表皮には麻痺系の毒があるので触れないようにすること。
肉は柔らかく食べやすい。食用としても好まれ、干し肉にすると味が深まる。毛皮は防寒着になる。保温性に優れている。
続いてのお肉、じゃないモンスターは六頭でやってきた。
デカイ犬って感じ。狼なんだろうけど。
剥き出しの牙が恐ろしいが、これもまた冷静に最初の攻撃を回避する。動きは素早い。だが、避けられないほどではない。
「速度上昇展開、軽量展開、おまけに両手両足を硬化!」
今度は接近戦。
両手両足を鋼鉄より頑丈にし、飛んできたサーペントウルフの顔面をそいやと殴りつける。
なんとも脳筋で安易な戦闘だが、華麗にかわしてボディブロー、なんて技はできない。身体能力が向上したとはいえ、そこは素人のまま。
「ギャインッ!」
顔面を殴られたサーペントウルフが吹き飛ぶ。
続いて蹴り。足が長いって素晴らしい。サーペントウルフの速さに慣れてくると、避けたところに背中を殴るとか、左右攻撃をビンタで応戦とか、泥臭い戦闘を続けた。
気づけば辺りはサーペントウルフの死体だらけ。ぐろい。
「あーもうめんどいぞ! このまま森を出るまで戦闘とか無理!」
討伐したブツを無造作に掴んで鞄に次々詰め込む。
討伐したあとは解体とかする必要があるんだろうが、そんな知識あったところで実際にやりたくない。血とかやっぱり怖いじゃない。
血の臭いに誘われたのか、探査が次々と黒い点滅を示してくる。これだけのモンスター、流石にいちいち対処していられない。
「ピュピューイ」
「うん? どうしたビー」
ビーがもそもそとローブの下から出てきたかと思うと、俺の背中に回ってがしりと俺を掴む。
「ピュイイイィ~~~ッ」
ばさりと翼を広げ、俺を持ち上げようとばっさばっさと羽ばたこうとしているのを見て、流石にそれは無理じゃないかと止めようとしたら、わずかに身体が地面から離れた。
「おおう! まじかよ、お前力持ちだな!」
「ピュイ!」
「よし、それなら軽量だ!」
身体を軽くする魔法をかけると、ビーは嬉々として天空を駆けた。
「ぎゃああああーーーーーーー!!」
悲鳴を上げる俺を無視して。
11 旅は道連れ、世は情け
死ぬかと。
「ピュゥイ……」
軽量化された俺の身体は面白いように空を駆け巡った。それこそ、玩具のようにブン回された。
身一つで空を飛ぶことのできない人間にとって、空を飛ぶのは想定外。
空を自由に飛びたいなどと、誰もが思っているわけじゃない。紐なしバンジーをしているようだった。高いところは決して怖くないが、高い場所でぐるんぐるんされるのは恐怖以外の何があるのだろう。
おまけに鬱蒼とした木々の間をアクロバット飛行しやがって、俺の恐怖耐性各種諸々の免疫すら、途中で仕事を放棄。俺は再び意識を失った。
気づいたときには、森を出た先にある街道側。
ビーが不安そうに俺の顔面をべろんべろん舐めていた。命があって本当に良かったが、また生臭くしやがって。
「俺を助けてくれたのは嬉しい。ほんとありがとう。だがな? 俺は人間なんだ。たぶん……人間なんだ。お前とは違うんだビー。俺は空を飛んでキャアすごぉい、と喜ぶ人間ではないんだ」
落ち着いたところでビーに説教。
お子様には言って聞かせないとならない。頭ごなしに叱りつけるのは駄目だ。なぜそれが悪いことなのか教えないと。
「空を飛ぶのがはじめてだったわけだが、ビーは俺が怖がることを知らなかった。俺を助けたい一心だったんだろう? 途中でぴゅっぴゅ笑っていたのはこのさい無視してやる」
「ピュウゥ……」
「もしも次、同じような機会があったら俺に免疫ができているはずだ。流石にアクロバット飛行は困るが、もう少し……加減して頼む」
「ピュイ?」
「ああ、また何かあったら頼むって言っているんだよ」
「ピュイイ!!」
「ヴォエッ!」
ビーは喜んで俺に飛びついてきた。鳩尾に頭を突っ込まれて臓物が痛い。今加減しろと言ったばかりだろうが。
しかし大量のモンスターと交戦しなくて済んだわけだし、道のりをショートカットすることができた。探査先生によればここは来た道で、トルミ村までは徒歩一日の距離。一昨日に野営をした場所のすぐ近くだった。
森を抜けるまで半日はかかったのに、太陽の位置は出発からさほど変わっていない。どれだけのスピードを出して森を飛んできたんだ。幼くても古代竜の能力がとんでもないことがわかる。成長するにつれ、想像を絶する力を発揮するのだろう。音速を超えて飛ぶとかやめてくれよ。
「ピュイイィ~~♪」
暢気に歌いながら魔素水を飲むビーの頭を撫でつつ、鞄の中の袋の一つに入れていたミスリル魔鉱石を取り出す。
巨大なのは二メートル以上ある塊だが、ごく小さいのはビー球サイズ。大きなスーパーボールサイズもある。
そのうちこれを砕いてへそくりとしよう。もしレアすぎて売れなかったとしても、またボルさんに逢うだろうし、そのときに返せばいい。
弁当を食べながらのんびりと歩く。
急ぐ必要もないしもう飛びたくもない。あとは採取も休んでトルミ村に帰るだけだ。
穏やかな天候で、気持ちも穏やか。
手持ち無沙汰になり鞄に入っていた謎のユグドラシルの枝を取り出し、ぶんぶんと振るう。これが魔法のスティックとかなら武器になるが、ただの枝だからなあ。
「ピュイ?」
「うん? これは枝らしいんだ。でも何の効果があるのかわからなくてな」
「ピュイ、ピュイ」
「どうした?」
枝が気になるらしく、ビーに見やすいようにしてやる。ビーはいぶかしげに枝をクンクンと嗅ぐと、大口を開け。
まさか食うんじゃないだろうな、と慌てると。
「もはー」
生臭い息を吐き出した。
顔のそばでそれやんなって!!
「うお!」
ユグドラシルは生臭い息に触れると、ふるふると震えだしたと思ったらグンッ、と一気に巨大化してしまった。
俺の手のサイズに合った、大きくて立派な杖がそこに。
「なんだこりゃ! ビー、一体何をしたんだ?」
「ピュッピュピューイッ」
「はあ?」
魔素を込めた息を吹きつけたら、ユグドラシルの枝が目を覚ました?
「ピュ」
ドヤァと胸を張ったビーは、得意げにくるくると空を飛ぶ。
言おうとしていることがさっぱりわからないのだが、つまり今までの枝は眠っていて、ビーの生臭い息に驚いて目を覚ましたと。
で、起きたらなぜか杖に進化。テーレッテー。
意味わからん。
目覚めたところで使い道はわからないままだ。意味ありげな杖を持った魔法使いのようには見えるかもしれないが。俺って素材採取家であって魔法使いとかアクティブな花形職業には従事したくないのだが。
「ピュ!」
俺の背中に回っていたビーが一声鳴く。その声は警戒の合図。だが緊急性はなさそうだ。便利だな、ビー。
警戒したままその場に留まり、ビーが見つめる方向を見る。
何もない。が、しばらくするとガラガラと音が聞こえてきた。音が近づいてくると、微かに馬車のようなものが見える。
「あんな遠くから来たものにも気づいたのか? 凄いな、ビー」
「ピュピューイ!」
「偉い偉い。いたたたたたた!!」
興奮するとビーはその硬い身体を遠慮なく擦りつけてくる。愛情表現はいいから、加減しろって。
「こんなところでどうした~?」
やっと馬車が目の前に来ると、御者台に乗っていたまるまるとした男がのんびりと声をかけてきた。幌馬車を引いている馬が俺の知っている馬ではなく、眉間に角を生やしたユニコーンだったことに驚く。
【一角馬 エグラリー産 ランクE】
持久力に優れた大型の馬。足は速くないが力があり、馬車や戦車などを引くことに長けている。農耕馬としても利用される。
脂肪分が少なく筋肉質なため、食用としては好まれていない。
さすがにお馬さんを食いたいとは思いませんて。馬刺し好きだけど。
荷台から嫁さんらしき人とお子さんらしき男の子と女の子が顔を出している。家族でどこかに行くのだろうか。
「トルミ村に行くところです」
と、俺が返答すると。
「歩きでかい? 難儀なことだ」
「歩くのは慣れているので」
馬車はそのまま行ってしまうものだと思っていたが、御者台の男は背後の女性に声をかけ、何やら相談をしている。
「兄さん、旅人かい?」
「そうです。素材を集めて売買してます」
「ほっほう、素材採取専門家さんだったか。これは珍しい」
専門家でもないんですけどね。
「俺たちもトルミを目指しているんだ。良かったら乗っていくかい?」
「それは有難いですが、なんせ俺、でかいんで」
背が大きいことをおどけて言うと、荷台から子供の笑い声。笑えるようなことをした覚えはないが、警戒心はほぼなさそうだ。子供に好かれるワタクシです。
「兄さんくらいでかくてもこの馬車はビクともせんよ。いいから乗っていきなさい」
「なんだかすみません、ありがとうございます」
「いいっていいって。困っているときは助け合うのがトルミの掟さ」
御者はやったことがないので手伝えなかったが、お言葉に甘えさせていただこう。馬車に乗るのははじめてだ。
せめて一日の道のり、モンスターなどからは守ってやりたい。俺が内心そう思うと、ローブの下に隠れていたビーが小さくぴゅい、と鳴いた。
荷台に乗り込み、流石にギシリと嫌な音が鳴る。そろそろと場所を選んで静かに座る。御者台の男から確認をされ、馬車は静かに動きだした。
女性や子供たちは俺の座る場所を作り、荷物を寄せてくれた。子供らは五歳くらいだろうか? こんな幼くても危険な旅をしているのか。凄いな。
「狭くなってしまい、申し訳ないです」
「気にしなさんな。あたしも旦那もこの子らも、困った人は助けるって決めているのさ」
「それは素晴らしいことですが、もしも俺が盗賊や山賊だったらどうするんですか?」
ガオーと子供らを脅してやると、子供らはキャッキャと大爆笑。ちょろい。
「あたしらの命を狙おうとしているヤツが近づくと、この魔道具が教えてくれるんだよ。これのおかげで、あたしらはアンタを警戒することがなかったんだ」
「へえええ、魔道具ですか」
女性が取り出したのは掌に乗るほどの鈴。
鈴の中に光る魔石が入っているから、殺気を察知するような魔法が込められているのだろう。警戒とでもいうのかな。思いついたということは俺でも作れるはず。あとで作ってみるとするか。
古代竜の洞窟に渦巻いていたたっぷりの魔素は、俺が無意識に吸収したので浄化されたらしい。
これによってボルさんの身体は自らの魔素に蝕まれることもなくなり、爽やかな笑顔(?)で地底湖の底へと沈んでいった。肺呼吸なのか鰓呼吸なのか考えるのはやめる。
世界に何か大きな動乱が起きない限り、干渉することはないのだとか。子育てを他人に任せきりとか、ダメ親代表だなこの野郎。
「ピュッピューイッ」
可愛らしい竜の子はご機嫌で俺の頭に掴まりながら歌っている。
生臭くてたまらなかったので、洞窟を出てから速攻で清潔の魔法をかけてやった。すると黒色だけだった鱗に輝きと艶が生まれ、黄金色の瞳も更に輝くようになった。これはこれで可愛い。
生臭くなくなったおかげで、べったりついていても気にならない。
調査先生、お願いします。
【ブラック・ノウビー 真名隠匿(ブラック・ノウビー・ヴォルディアス) エンシェントヴォルガノドラゴン 現在ランクB 潜在ランクSS】
[技能]精霊術(炎・風・水・雷・光・闇)
[備考]精霊術とは大気の精霊と言葉を交わし、魔素を糧とし力を得る術。
[異能]古代竜の加護 タケル・カミシロの片割 言語理解力 無限進化。
生まれてすぐにランクBでした。そのうちランクSSに成長するようです……
このランクがモンスターとしてはどれだけのものかわからないが、古代竜の子供なのだからそこそこの強さがあるのだろう。俺の頭の上で暢気に歌っている大きなトカゲにしか見えないけども。
言葉は通じるようだし俺に懐いているし、邪魔にならないなら旅の供としてちょうどいいのか?
ゲームや映画の世界で憧れていたドラゴン。まさか当てもない旅路の愉快な仲間になるとはなあ。
俺は確かに『可愛いパートナー』を望んだが、まさか人外だとか考えないって。あの青年、もしかしてこれはわざとか? わざとなのか? もっとこう出るところがばいんばいんと出たそういう可愛いパートナーがだね……
「ピュイピュイッ!」
「やめろ痛い髪の毛引っ張るな!」
ビーは精霊術というものが使えるようだ。今すぐに使えるかはわからないが、魔法とは少し種類が違う精霊術。
魔法もよくわかっていないのに、更に精霊術とか言われてもなあ。ともかく、魔法は自分で術を繰り出すものだが、精霊術は魔素を利用して精霊の力を借りるもの。精霊って……とんがり帽子の……陽気な……? あれは小人か? 違いがわからないな。
「ピュイ~ッ」
とにもかくにも愉快な旅の仲間を半ば強引に押しつけられたが、ビーの食べ物は鞄から繋がる地底湖の魔素水でいいらしいし、頭にいても重さをほとんど感じないから気にならない。まあ、調子はずれの謎の歌が気になるくらいだ。
話し相手とすればいいか。成長したらボルさんみたいに巨大な竜になるのだろうか……そういう先のことは今考えなくてもいいな。ちょっと怖くなったけど、今は考えるのはやめよう。
空を見上げれば沈みかけた太陽。
渓谷の空は木々が開けて、青から藍色に変化していた。
このまま夜の森を進むのは暗くて怖いわけじゃ決してなくて、ただただ危険に違いないと判断し、洞窟を出たすぐのでっぱりのところで夜を明かすことにした。
「ピュイ」
口を大きく開けたビーに魔素水を飲ませ、俺もついでに味をみる。
……うん、まったりとした軟水。空腹が少しだけ落ち着いたような気がするが、特に劇的な変化は感じられない。
狭い場所ながらも四方に結界魔石を置き敷布を敷く。
炎魔石を鉄皿の上に載せ力をほんの少し込めると、ポッと炎が生まれる。薪がなくても勝手に燃える石はエコです。
鍋を取り出して水を入れ加熱を唱え、温度を一定に保つ魔石を入れる。あっという間に茹で上がったお湯に肉を入れ、スープの素、キノコと山菜をちぎって入れた。
これで二回目の肉スープだが、あと五食くらいは続けて食べられる美味さだ。贅沢を言うならばスープ以外の飯も食いたい。次は米を探すとしよう。
そういうわけで宿屋特製弁当も二つ取り出し食べてしまう。あとは帰るだけだから、弁当は余裕で余りそうだ。
「ピュイ?」
「お前も食うのか? 人間の食えるもんを食って、腹を壊したりしないだろうな」
大きな目を爛々と輝かせたビーに肉の切れ端をあげると、嬉々として食べた。どうやらこういったのも食べられるらしい。いいことだ。
相棒が水しか飲まないというのも味気ないからな。
「親から離れて寂しくないのか?」
「ピュイ」
まるで俺がいるから寂しくないとばかりに、俺の腹に顔を埋めてくる。
可愛い。やはり、可愛い。
独り言ばかり呟いていた俺に話し相手ができたというのは、実はとても有難かったりする。人間は一人じゃ生きていけないからな。一人でも平気なほうではあるが、できることならば会話する友人くらいは欲しいと思ってしまう。
「古代竜がどのくらいの速度で成長するのかはわからんが、お前はまだ子供だ。いくら俺より強かったとしても、絶対に無茶な真似はするんじゃないぞ」
「ピュピュー……」
「おっ? 何だかお前の言いたいことがわかる気がするな。俺の手伝いをしてくれるのは嬉しい。だがやはり、子供は大人に守られるものだ」
「ピュイィ」
「それにお前に何かあれば、お前のおやっさん? おっかさん? ともかくボルさんに叱られるのは俺だからな。そこんところ、わかっておけよ」
「ピュイ!」
ビーのごつごつした頭を親指で撫でてやると、気持ち良さそうに目を瞑る。眠たそうに俺の腹に顔を寄せ、くああ、と欠伸をした。
四方の結界魔石ヨシ、警戒のための炎魔石ヨシ、雨が降る心配はなさそうだから、このまま今夜は寝てしまおう。
鞄からずるりと毛布を取り出し、鞄を枕にして横になる。ビーは俺の腹の上で既に寝てしまったようだ。寝息が「ぷるるる……」と、これまた可愛い。
目的のミスリル鉱石は微々たるものだったが、ミスリル魔鉱石はもらうことができた。この中の小さなかけらでジェロムに許してもらうしかないな。鉄鉱石や銀鉱石でお茶を濁すとする。
…………ビーについてはどう説明をするかだが、道すがら卵を見つけて持っていたら途中で孵ってしまった、雛が懐いてしまったので連れて行くことにした……としか言えない。ブラック・ドラゴンという竜種が存在するので、その子供じゃないかとしておく。
まさか古代竜のお子さんだとは説明できないだろう。
そして何事もなく夜は更けていったのだが……
翌日、俺たちは太陽が昇るのと同時に行動を開始していた。朝食を弁当二つで済ませると、ビーに魔素水を飲ませて活動開始。
崖をひょいひょいと難なく登ると森に出た。
そして気がつく違和感。
「まじか」
「ピュイ……」
昨日まで確かに白樺の森だったのに、今は普通の巨木が鬱蒼と生い茂っている。白い樹はどこにも見当たらない。一晩で何があったんだと考え、もしかしたらこういう森なのだと独り納得。きっと白樺は季節モノで、昨日で衣替えを終えたんだ。
一斉に揃ってばっさり。
そういう不思議な樹なんだ。きっとそうだ。
「ピュイ!」
「ん? 飛ぶのか? あまり遠くには行くなよ」
ビーは外の世界を見られるのが嬉しくてたまらないようだ。最初はおぼつかなかった飛び方も、今では器用に空中旋回すらやってのける。相変わらず歌声は微妙だが。
探査先生に今日もご活躍いただき、ランクCの素材に絞って採取をはじめた。黙々と薬草類を採取していると、うなじにぞわぞわと感じる寒気。
「ピュ!!」
飛んでいたビーが慌てて俺のローブの下に隠れた。
動物の本能を無視してはならない。これはきっと何かがあったんだ。
「探査展開、対象、獰猛なモンスター」
ピココココココ……
「うえっ」
目の前に広がる真っ黒の光の点滅。それがあちこちにあり、こちらを目指していた。
昨日は俺のことを汚物扱いして遠巻きに見ていたくせに、今朝になったら元気良く飛びかかってくるつもりですか。俺がボルさんの魔素を吸い込んだ影響か?
これはこれでいいか。モンスター討伐も多少はできるようになるし、もしかしたら貴重な素材も手に入るかもしれないからな。
「探査展開、対象、モンスター部位でランクDからの素材」
反応あり! ……しかもそこそこ多いな。
「ピュイ?」
「まあなんとかなるさ。ビーはこのまま隠れていろよ。しっかり掴まれ」
「ピュ!」
「痛ぇ! 爪立てんな!!」
最初に現れたのは空飛ぶモンスター。大きな鷲のような、だけど顔が豚のような。見た目は確かに恐ろしいんだけど、ボルさんほどじゃないな。良かった、最強で最恐の生物を目にしておいて。
調査を無詠唱展開する。
【ロックファルコン ランクC】
獰猛な肉食の大鳥。肉は脂肪分が甘く美味しい。脊髄は調味料として加工可能。
鋭いくちばしで人の目を抉ってくる。素早い動きに注意。
なんですと。
空飛ぶ食材じゃないですか!
これは討伐して新鮮なお肉を手に入れねば!
無益な殺生はしませんが、生き抜くために必要なぶんだけ狩らせてもらいますよ!
「よおっし! 盾展開、調査で捕捉しつつ氷結展開!」
炎系で爆撃しても良いのだが、お肉と森が焦げてはならない。
「ギョアアアアアア!!」
まるで化け物の声だな。いや、化け物なんだけど。
豚顔の鳥は、真っ赤な目をギラギラさせて俺を目掛けてまっしぐら。
真っすぐ来るなら、攻撃は簡単。展開・待機させておいた氷結を数本発射させる。イメージは投げナイフだ。
「それいけ!」
「ギュアアアアア!」
見事脳天に命中し、断末魔の悲鳴と共に豚顔鳥はその巨体を地面に叩きつけた。これで食材ゲット、いやいや身の危険回避。
「キュピ!」
ローブの裾から顔を出したビーが続いて警戒警報。お前、股間にしがみつくのだけはやめろ。
【サーペントウルフ ランクC】
獰猛な雑食の狼。蛇のような尻尾を伸縮させて攻撃をしてくる。尻尾の表皮には麻痺系の毒があるので触れないようにすること。
肉は柔らかく食べやすい。食用としても好まれ、干し肉にすると味が深まる。毛皮は防寒着になる。保温性に優れている。
続いてのお肉、じゃないモンスターは六頭でやってきた。
デカイ犬って感じ。狼なんだろうけど。
剥き出しの牙が恐ろしいが、これもまた冷静に最初の攻撃を回避する。動きは素早い。だが、避けられないほどではない。
「速度上昇展開、軽量展開、おまけに両手両足を硬化!」
今度は接近戦。
両手両足を鋼鉄より頑丈にし、飛んできたサーペントウルフの顔面をそいやと殴りつける。
なんとも脳筋で安易な戦闘だが、華麗にかわしてボディブロー、なんて技はできない。身体能力が向上したとはいえ、そこは素人のまま。
「ギャインッ!」
顔面を殴られたサーペントウルフが吹き飛ぶ。
続いて蹴り。足が長いって素晴らしい。サーペントウルフの速さに慣れてくると、避けたところに背中を殴るとか、左右攻撃をビンタで応戦とか、泥臭い戦闘を続けた。
気づけば辺りはサーペントウルフの死体だらけ。ぐろい。
「あーもうめんどいぞ! このまま森を出るまで戦闘とか無理!」
討伐したブツを無造作に掴んで鞄に次々詰め込む。
討伐したあとは解体とかする必要があるんだろうが、そんな知識あったところで実際にやりたくない。血とかやっぱり怖いじゃない。
血の臭いに誘われたのか、探査が次々と黒い点滅を示してくる。これだけのモンスター、流石にいちいち対処していられない。
「ピュピューイ」
「うん? どうしたビー」
ビーがもそもそとローブの下から出てきたかと思うと、俺の背中に回ってがしりと俺を掴む。
「ピュイイイィ~~~ッ」
ばさりと翼を広げ、俺を持ち上げようとばっさばっさと羽ばたこうとしているのを見て、流石にそれは無理じゃないかと止めようとしたら、わずかに身体が地面から離れた。
「おおう! まじかよ、お前力持ちだな!」
「ピュイ!」
「よし、それなら軽量だ!」
身体を軽くする魔法をかけると、ビーは嬉々として天空を駆けた。
「ぎゃああああーーーーーーー!!」
悲鳴を上げる俺を無視して。
11 旅は道連れ、世は情け
死ぬかと。
「ピュゥイ……」
軽量化された俺の身体は面白いように空を駆け巡った。それこそ、玩具のようにブン回された。
身一つで空を飛ぶことのできない人間にとって、空を飛ぶのは想定外。
空を自由に飛びたいなどと、誰もが思っているわけじゃない。紐なしバンジーをしているようだった。高いところは決して怖くないが、高い場所でぐるんぐるんされるのは恐怖以外の何があるのだろう。
おまけに鬱蒼とした木々の間をアクロバット飛行しやがって、俺の恐怖耐性各種諸々の免疫すら、途中で仕事を放棄。俺は再び意識を失った。
気づいたときには、森を出た先にある街道側。
ビーが不安そうに俺の顔面をべろんべろん舐めていた。命があって本当に良かったが、また生臭くしやがって。
「俺を助けてくれたのは嬉しい。ほんとありがとう。だがな? 俺は人間なんだ。たぶん……人間なんだ。お前とは違うんだビー。俺は空を飛んでキャアすごぉい、と喜ぶ人間ではないんだ」
落ち着いたところでビーに説教。
お子様には言って聞かせないとならない。頭ごなしに叱りつけるのは駄目だ。なぜそれが悪いことなのか教えないと。
「空を飛ぶのがはじめてだったわけだが、ビーは俺が怖がることを知らなかった。俺を助けたい一心だったんだろう? 途中でぴゅっぴゅ笑っていたのはこのさい無視してやる」
「ピュウゥ……」
「もしも次、同じような機会があったら俺に免疫ができているはずだ。流石にアクロバット飛行は困るが、もう少し……加減して頼む」
「ピュイ?」
「ああ、また何かあったら頼むって言っているんだよ」
「ピュイイ!!」
「ヴォエッ!」
ビーは喜んで俺に飛びついてきた。鳩尾に頭を突っ込まれて臓物が痛い。今加減しろと言ったばかりだろうが。
しかし大量のモンスターと交戦しなくて済んだわけだし、道のりをショートカットすることができた。探査先生によればここは来た道で、トルミ村までは徒歩一日の距離。一昨日に野営をした場所のすぐ近くだった。
森を抜けるまで半日はかかったのに、太陽の位置は出発からさほど変わっていない。どれだけのスピードを出して森を飛んできたんだ。幼くても古代竜の能力がとんでもないことがわかる。成長するにつれ、想像を絶する力を発揮するのだろう。音速を超えて飛ぶとかやめてくれよ。
「ピュイイィ~~♪」
暢気に歌いながら魔素水を飲むビーの頭を撫でつつ、鞄の中の袋の一つに入れていたミスリル魔鉱石を取り出す。
巨大なのは二メートル以上ある塊だが、ごく小さいのはビー球サイズ。大きなスーパーボールサイズもある。
そのうちこれを砕いてへそくりとしよう。もしレアすぎて売れなかったとしても、またボルさんに逢うだろうし、そのときに返せばいい。
弁当を食べながらのんびりと歩く。
急ぐ必要もないしもう飛びたくもない。あとは採取も休んでトルミ村に帰るだけだ。
穏やかな天候で、気持ちも穏やか。
手持ち無沙汰になり鞄に入っていた謎のユグドラシルの枝を取り出し、ぶんぶんと振るう。これが魔法のスティックとかなら武器になるが、ただの枝だからなあ。
「ピュイ?」
「うん? これは枝らしいんだ。でも何の効果があるのかわからなくてな」
「ピュイ、ピュイ」
「どうした?」
枝が気になるらしく、ビーに見やすいようにしてやる。ビーはいぶかしげに枝をクンクンと嗅ぐと、大口を開け。
まさか食うんじゃないだろうな、と慌てると。
「もはー」
生臭い息を吐き出した。
顔のそばでそれやんなって!!
「うお!」
ユグドラシルは生臭い息に触れると、ふるふると震えだしたと思ったらグンッ、と一気に巨大化してしまった。
俺の手のサイズに合った、大きくて立派な杖がそこに。
「なんだこりゃ! ビー、一体何をしたんだ?」
「ピュッピュピューイッ」
「はあ?」
魔素を込めた息を吹きつけたら、ユグドラシルの枝が目を覚ました?
「ピュ」
ドヤァと胸を張ったビーは、得意げにくるくると空を飛ぶ。
言おうとしていることがさっぱりわからないのだが、つまり今までの枝は眠っていて、ビーの生臭い息に驚いて目を覚ましたと。
で、起きたらなぜか杖に進化。テーレッテー。
意味わからん。
目覚めたところで使い道はわからないままだ。意味ありげな杖を持った魔法使いのようには見えるかもしれないが。俺って素材採取家であって魔法使いとかアクティブな花形職業には従事したくないのだが。
「ピュ!」
俺の背中に回っていたビーが一声鳴く。その声は警戒の合図。だが緊急性はなさそうだ。便利だな、ビー。
警戒したままその場に留まり、ビーが見つめる方向を見る。
何もない。が、しばらくするとガラガラと音が聞こえてきた。音が近づいてくると、微かに馬車のようなものが見える。
「あんな遠くから来たものにも気づいたのか? 凄いな、ビー」
「ピュピューイ!」
「偉い偉い。いたたたたたた!!」
興奮するとビーはその硬い身体を遠慮なく擦りつけてくる。愛情表現はいいから、加減しろって。
「こんなところでどうした~?」
やっと馬車が目の前に来ると、御者台に乗っていたまるまるとした男がのんびりと声をかけてきた。幌馬車を引いている馬が俺の知っている馬ではなく、眉間に角を生やしたユニコーンだったことに驚く。
【一角馬 エグラリー産 ランクE】
持久力に優れた大型の馬。足は速くないが力があり、馬車や戦車などを引くことに長けている。農耕馬としても利用される。
脂肪分が少なく筋肉質なため、食用としては好まれていない。
さすがにお馬さんを食いたいとは思いませんて。馬刺し好きだけど。
荷台から嫁さんらしき人とお子さんらしき男の子と女の子が顔を出している。家族でどこかに行くのだろうか。
「トルミ村に行くところです」
と、俺が返答すると。
「歩きでかい? 難儀なことだ」
「歩くのは慣れているので」
馬車はそのまま行ってしまうものだと思っていたが、御者台の男は背後の女性に声をかけ、何やら相談をしている。
「兄さん、旅人かい?」
「そうです。素材を集めて売買してます」
「ほっほう、素材採取専門家さんだったか。これは珍しい」
専門家でもないんですけどね。
「俺たちもトルミを目指しているんだ。良かったら乗っていくかい?」
「それは有難いですが、なんせ俺、でかいんで」
背が大きいことをおどけて言うと、荷台から子供の笑い声。笑えるようなことをした覚えはないが、警戒心はほぼなさそうだ。子供に好かれるワタクシです。
「兄さんくらいでかくてもこの馬車はビクともせんよ。いいから乗っていきなさい」
「なんだかすみません、ありがとうございます」
「いいっていいって。困っているときは助け合うのがトルミの掟さ」
御者はやったことがないので手伝えなかったが、お言葉に甘えさせていただこう。馬車に乗るのははじめてだ。
せめて一日の道のり、モンスターなどからは守ってやりたい。俺が内心そう思うと、ローブの下に隠れていたビーが小さくぴゅい、と鳴いた。
荷台に乗り込み、流石にギシリと嫌な音が鳴る。そろそろと場所を選んで静かに座る。御者台の男から確認をされ、馬車は静かに動きだした。
女性や子供たちは俺の座る場所を作り、荷物を寄せてくれた。子供らは五歳くらいだろうか? こんな幼くても危険な旅をしているのか。凄いな。
「狭くなってしまい、申し訳ないです」
「気にしなさんな。あたしも旦那もこの子らも、困った人は助けるって決めているのさ」
「それは素晴らしいことですが、もしも俺が盗賊や山賊だったらどうするんですか?」
ガオーと子供らを脅してやると、子供らはキャッキャと大爆笑。ちょろい。
「あたしらの命を狙おうとしているヤツが近づくと、この魔道具が教えてくれるんだよ。これのおかげで、あたしらはアンタを警戒することがなかったんだ」
「へえええ、魔道具ですか」
女性が取り出したのは掌に乗るほどの鈴。
鈴の中に光る魔石が入っているから、殺気を察知するような魔法が込められているのだろう。警戒とでもいうのかな。思いついたということは俺でも作れるはず。あとで作ってみるとするか。
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