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6巻
6-3
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通用門は大門正面の両隣に設けられている。大門を正面に広い通りになっており、両側には屋台がみっちりと並んでいた。この通りだけでもベルカイムの通りの三倍か、四倍以上の広さがある。
全て平らな石畳。背の高い街灯が均等に並んでいて、街灯の足元には美しい花が咲き乱れる花壇があった。
屋台に挟まれた広い道の先は、ゆるやかな上り坂。遠くに煌めく巨大な建造物らしきものが、王宮なのだろう。派手だな!
人口密度はベルカイムの数倍。いや、数十倍かもしれない。広い広い通りを埋め尽くす勢いで様々な種族の人が歩いている。これが日常だなんて、さすが大都会。
ベルカイムとはまるで雰囲気が違う。同じ国の中だというのに、外国に来てしまったかのようだ。異国情緒はんぱない。
「騒がしいところは好きではありません。タケル、タケル、あの屋台に参りましょう。良い匂いがするのです」
「タケル、わたしはあそこの屋台が見たい! レインボーシープのような妙なものを食べているものがいるのじゃ!」
「まあ落ち着きなよ二人とも……うん? わたあめじゃね? あれ、飴だよ! うっわ、王都にはわたあめがあるのか! やっべぇ、どんな味なんだ」
「わたあめとは何ですか。飴玉とは違うのですか?」
「早う、早う行くのじゃ!」
「ピュピュ、ピュイ!」
あちこちからいい匂いが漂ってくるし、見たことのない食べ物や民芸品などが売られている。
屋台の端から端まで全て回っても、一日や二日じゃ回りきれないだろう。大通りはここだけじゃない。
王都に入れる大門は、俺たちが入ってきた中央門以外に数十か所あるらしい。つまり、こんな大きな通りが他にも何本もあるってことだろう。すげえな王都。
「これお前ら、落ち着かぬか」
クレイが笑いながら俺たちを制止するが、これが落ち着いていられますか。
ベルカイムを初めて訪れたときの興奮と驚きが一気に蘇った。全身の毛穴が開きまくり、うなじがぞわぞわと落ち着かない。
「ふふふふ、お連れの方々は、王都に参られるのは初めてなのですか?」
そう尋ねてきたのは、竜騎士のマルスなんとかでエイルなんとかさん。この人も覚えられないほど長い名前。
俺たちが列に並んでいるときに声をかけてきた女性で、クレイの古い知り合いらしい。クレイが顔を見たがっていた竜騎士の一人でもある。
真っすぐな黒髪を風に靡かせる彼女は、目鼻立ちのはっきりとした美形。
ブロライトやプニさんやエルフたち美形に慣れているせいか、もう美女を見ても戸惑ったり狼狽えたりできないんだよな。慣れってほんと怖い。
とはいえ、あちこちから視線を感じるのは、気のせいではないだろう。
「初めてです。とても賑やかなところなんですね」
ローブの下から出てこようとするビーを押さえつけ、ブロライトのローブを掴んで迷子防止。プニさんはクレイが落ち着かせている。
そんな状況のなかで返事をした俺に、竜騎士のマルスは微笑みながら頷いた。
「警備の取り締まりが行き届かないところもあります。裏通りを奥まで行かれるのはお勧めいたしません。お出かけの際はじゅうぶんにお気をつけください」
「わかりました」
「そして、ご宿泊は是非とも我が屋敷へ! 決して不自由はさせませぬゆえ、是非とも!」
マルスは急に回れ右をし、キラッキラした目でクレイに言った。この人、クレイにめちゃくちゃ憧れているっぽい。
何でもマルスが新人竜騎士の頃、彼女は現役ばりばりのクレイとストルファス帝国の竜騎士育成機関で知り合ったらしい。
以来、クレイを師として仰ぎ、憧れ続けている。
さっきまできりりとした格好いい女性だったのに、今は子供みたいな顔をしてクレイの顔を見上げていた。
「冒険者如きが中層にまで上がれるか。エイルファイラス家の名を汚すでない」
「何を仰せになられますか! 青龍卿を招くことこそ、我が家の名誉! 冒険者など何だのと細かいことにこだわるようなクソ野郎は、我が家におりません!」
何て!?
この綺麗な女性、今クソ野郎って言った!?
お顔や雰囲気に似合わず、とんでもないこと言うんだな。
興奮するマルスを抑えるように、クレイは再度笑った。
「ははは、お前は幾つになっても変わらぬのだな。その物言い、その気性」
「ああっ、失礼いたしました!」
「やめい。俺はお前の上官ではない。その襟章をいただいている者が、うかつに頭を下げるな」
クレイが指さしたのは、マルスの襟部分にある紋章。
鳥のような金色のバッジ。
その襟章がどうしたのだろうかと思っていると、前方から三人の屈強な警備兵たちがものすごい形相で走ってきた。
「エイルファイラス大佐! こんなところにいらした!」
「何をなされておいでですか! 皆、ほうぼう探し回ったんですよ!」
「サンイチの連中は捜索願出そうかって慌ててます! 大佐、とっとと戻ってください!」
それぞれに慌てながら喋るもんだから、マルスは両耳を両手で塞いでしまった。
しかし警備兵たちは慣れたように左右後ろに展開すると、両側からマルスの腕をがしりと掴み、背中を押し始めた。
「待て、私は午後から非番なのだ!」
「今は午前でしょうが! ほら、行きますよ!」
「何をする! 放せ! 私はっ、これからっ、卿を我が屋敷に! 案内する使命が!」
「すみませんねー、この人、こんなんでも多忙なんですよー。失礼しますねー」
「大佐、きりきり歩いてください」
「あああーーっ! きょおぉぉーーーぅ!」
まるで台風のような。
あっという間にやってきて、あっという間に去ってしまった。
マルスはマッチョ警備兵に犯罪者のごとくがっちりと拘束され、叫びもむなしく、売られゆく仔牛のような悲愴な顔で運ばれていった。
「なあクレイ、もしかしてあのマルスさんて……実は偉い階級の人なんじゃない?」
警備兵たちが口々に「大佐」と言っていた。
俺は軍階級や、ましてや竜騎士の階級について詳しく知らない。だが、俺の知る限り大佐っていうのは、佐官。そうとう上の立場のはず。
大門の外に単身出てきて冒険者チームを案内するような真似、普通はしないのでは。
「うむ。黄金のテトロ鳥の襟章をいただいておるとは俺も知らなかったが、あれは中央司令部第三騎士団第一竜騎士飛竜隊。通称サンイチの指揮官である証。エイルファイラスは優秀な騎士であったからな、驚きはせぬ」
「ずいぶんと若い指揮官なんだな。竜騎士っていうのは、年齢とか家柄とか関係ないの?」
「いや、アルツェリオでは家柄も必要となるのだろう。俺はストルファスで竜騎士になったからな、アルツェリオの竜騎士については正直疎い。しかし、エイルファイラスが誰よりも努力を重ねてきたことを俺は知っている」
竜騎士というのはあくまでも職業であり、国ごとに昇進の仕方や武勲の認められ方が違ってくるらしい。だが、階級や階級章は全世界共通。
クレイは歩きながら話を続けた。
「エイルファイラスは若いがな、幼き頃より男勝りで喧嘩に負けたことがないと申しておった。なんでも、歳の離れた身体の弱い末の弟がおるらしい。その弟のためにも強くあろうとしたそうだ」
「へええ。優しいお姉さんなんだ」
「うむ……まあ、多少あのように周りが見えなくなることがある。ふふふふ、そこもまた変わらぬようだな」
クレイに憧れる竜騎士だ。きっと悪い人ではないはず。
警備兵がわざわざ探しに来て容赦なく連れ去ったのには驚いたが、互いに信頼しているからこそあそこまで強引になれるのだろう。慕われている証拠だ。
ともかく、まずはギルドに行き、滞在報告をしなければ。
その前に屋台を巡ろう。
+ + + + +
大通りに面した円形状の中央広場に、王都エクサルのギルド「キュレーネ」がある。
今まで見たどのギルドよりも立派な建物で、地上四階建。歴史を感じさせる重厚な石造り。柱の模様、独特なデザインはエルフのものだ。
入口は西部劇に出てくるようなスイングドア。たくさんの冒険者らしき人たちが出入りしている。
「ふぉんふぃちわー」
口の中にハンバーガーのような食べ物をいっぱい入れた状態で、俺はギルドの扉を開いた。
王都の屋台は素晴らしかった!
行く店行く店全て珍しい食べ物ばかり。目に鮮やかな甘味や、鼻をくすぐる香辛料。子供向けの玩具。大人でも楽しめそうなカラクリ仕掛けの人形。大道芸人がそこかしこで芸を競い合い、呼子のおばちゃんが勇ましくこれ食えあれ試せと叫んでいた。
俺でさえ興奮したんだ。ブロライトとプニさんが飛び上がって喜んだのは言うまでもない。
多少物価が高い気がしたが、王都価格ということで散財。何より嬉しかったのが、カレースパイスのような香辛料ペーストを見つけたことだ。嬉しすぎて壺六つ分まとめて買ってしまったのはやりすぎた。だが後悔はしていない。研究すればカレーが食べられるかもしれないからだ。
両手にこれでもかと買い物袋を抱えながら現れた俺たちは、ギルドに入ったとたん冒険者たちにぎろりと睨まれた。おのぼりさんが観光気分で寄ったとでも思われているのだろう。まあ、実際にそうだけど。
買ったものを鞄の中にその場で入れてしまうのは危険だったため、できるだけ自分たちで手分けして持つようにした。クレイにカレー壺六つ背負わせてしまったのは申し訳ない。
「こんにちは! キュレーネへようこそ!」
笑顔で出迎えてくれたのは、犬獣人の女性。ピンとした耳にピンとしたヒゲが可愛い。立派な尻尾が激しく左右に揺れている。
「もぐもぐもぐごくん、ふう。こんにちは。俺はタケルって言います。俺たちのチームの滞在報告をさせていただきたいのですが」
「あららっ、滞在報告! ご丁寧にありがとうございます! わたしはキュレーネ受付のエリアと申します。それではこちらにチーム証明書と、皆さんのギルドリングをお出しください」
犬獣人の女性、エリアがカウンターの下から取り出した木製のトレイ。そのトレイから僅かな魔力を感じた。感じるっていっても、なんかあれちょっとおかしいな、程度なんだけど。
きっとこのトレイ自体に鑑定魔道具の効果があるのだろう。王都には面白い魔道具があるんだな。
ベルミナントからもらったチーム証明書と俺のギルドリングを鞄から取り出し、クレイとブロライトにもギルドリングを出してもらった。
ルセウヴァッハ伯爵家の印が描かれた特別製の紙を手渡されたエリアは、そのままピシリと固まる。トレイの上には黄金のギルドリングが二つと、白金のギルドリングが一つ。
俺たちがギルドリングをそれぞれ取り出した時点で、周りの冒険者たちの動きが止まった。
一斉に静まり返るギルド。
「……貴族の紋章!? ちょっ、ランクAがふっ、ふたつ?? それにこれ……! オールラウンダー認定者!? ええええっ!」
あーあ。
ギルドの受付って、冒険者の情報を守秘する義務があった気がするんだけどな。
周りからの視線はどうにもならないけど、ギルド職員自らが冒険者の素性を明かすような真似はしてはならない、ってグリッドが口をとんがらせてアリアンナに言っていたのに。
おかげでギルドにいた冒険者たちに緊張が走ってしまった。冒険者同士は時に力を合わせることもあるが、基本的にはライバル同士。より良い依頼は先を争って受注するし、ライバルの足を引っ張ることも日常茶飯事。
ベルカイムでは平和だったな。俺たちのことを皆が認めてくれていたし、俺たちが好きそうな依頼――いわゆる美味しいお肉討伐なんかの依頼が入ると、我先にと教えてくれたものだ。
「うわわわわ、すごいすごい、こんなチームはじめて! ええっと、チーム、そう、こくの、だん、ですね! ひゃああああ」
エリアの尻尾がちぎれんばかりに振られている。まさしく、犬。可愛い。
「あの、エリア、さん? そんな大声で叫ばれると困るんですけど」
「えっ? あっ! あああっ! そうでした! あたし、あたし、小さい、声……話……な……と…………」
なんて?
でかい声から急激に小さくなった声に耳を澄ます。
腰をかがめて耳を近づけると、エリアはぼそぼそとした声で話しだした。
「もうしわけーありませーん……」
「終わったことをあれこれ言うつもりはないけど、もうちょっと内密にしてもらいたかったかな」
「ごめんなさい……あたし、今日で七日目なんです。受付に立つの」
「なるほど。まあいいや。それで、滞在報告はしてもらえます?」
「はい! ただいま!!」
うん。
これは経験を積まないと駄目だな。
エリアは尻尾をぶんぶんと振り振り、トレイを持って笑顔でカウンターの奥へと入っていった。
まさか王都に到着してものの数時間でこんなにも目立ってしまうとは。そりゃ隠し通せるとは思っていなかったが、もうちょっとコソコソさせてもらいたかったな。
ただでさえ目立つ連中と行動を共にしているんだから。
「クレイストン、この依頼はどうじゃ。確かフロガ・ターキの尾羽は残っておったじゃろう」
「うむ、そうだな。タケルが勿体ないと捨てずにおいたはずだ」
「ならばこのランクBの依頼を受けよう! 尾羽一枚につき3万レイブじゃ」
「こちらはどうだ。珍しき食材を探しているとのことだ。王都で売られていないものが限定と」
「キエトのネコミミシメジはどうじゃ! ダヌシェの魚でも良いのではないか?」
「よし、ではこちらも受けるとするか」
依頼書が貼られたボードの前で、次々と依頼書を取る二人。一人はリザードマンよりちょっとでかい男。一人はエルフ。
エルフが冒険者チームに所属すること自体珍しいことだ。おまけに、そのチームにはリザードマンと人間という、異種族構成。
目立って当然だが、それはさておき普通の、冒険者としてごく一般的な話をしましょう。
いわゆる「難問依頼」と呼ばれているものは、受注されずに放置されることのほうが多い。報酬のわりに手間だから。
冒険者は報酬で動く者が多い。生活がかかっているので、一つの依頼にそれほど時間と労力を費やさない。報酬が良ければ別だけど。
高位冒険者は指名依頼を率先して受注するし、損得を考えるのが上手。コストを考えれば、フロガ・ターキの尾羽を受注する者はまずいないだろう。
フロガ・ターキは砂漠地帯に生息する美味しい、じゃなくて獰猛な鳥。グラン・リオ大陸内で砂漠は存在しないし、存在したとしてもフロガ・ターキのランクはB。長々と旅をしてやっと戦って、そしてまた王都にまで戻って依頼報告。そんなの、俺だって面倒くさくて受注したくないわ。経費だけでいくらになることやら。
「タケル、ずいぶんと放置された依頼がたくさんあるようじゃ」
ブロライトに手招きされてボードに近づくと、ボードの一番下の隅によれよれの依頼書。
「うお! なんだよ、エプララの依頼がこんなにあるじゃんか! 月夜草も一本4万レイブ? たっか! 受ける受ける!」
王都の地味依頼の報酬は、ベルカイムの四倍だった。物価が高いなと思っていたが、依頼報酬までも高いとは。
これは根こそぎ受けるでしょう。屋台で散財したぶんが、あっという間に取り戻せる。
「タケル、この依頼も受けよう」
クレイに束で依頼書を手渡され、目を通す。どれもこれも俺の鞄の中に保管してあるものばかりだ。報酬もいい。もったいないから、あれもこれもと保管しまくっていたのが功を奏した。元日本人のもったいない精神よ、ありがとう。
一度受注して、宿屋で整理してまた持ってくればいいだろう。労せず糧を得る。どうせまた散財するんだろうから、経済発展のための貢献と言ってもらいたい。
王都すごいな!
こんな美味しい依頼がごろごろ残っているだなんて!
だけど俺たちは知らなかったんだ。
王都のギルドで地味依頼を根こそぎ受注する異常さを。
生活が豊かでないと決して選ぶことができない依頼を、全て受注してしまったうかつさを。
ほくほく顔で依頼を受注しまくる俺たちを、無数の嫉妬の目が睨んでいた。
それに気づいていたプニさんは、むさくるしい男たちに囲まれて貢がれていました。
4 七番街の奇妙なお宿、鮭皮亭
放置されていた依頼を全て受注し、チーム滞在報告を終わらせた。
声がデカい犬獣人の受付、エリアから王都滞在における注意事項なるものも教えてもらった。
まず第一に、冒険者はギルドリングを装着すること。
ギルドリングによって相手のランクや力量がわかれば、うかつに絡んでくる者はいなくなるだろうということだ。ランクも既にバレてしまっているから、まあいいだろう。
第二に、王都の周辺にはそれぞれ冒険者チームの縄張りのようなものがあるから、依頼を受注するさいにはじゅうぶんに気をつけること。
無断で他チームの縄張りを荒らしたら、後々面倒なことになるらしい。
第三に、冒険者同士の争いごと禁止。私闘なども禁止。
王都の警備兵は王都の秩序を守る役目があり、警察官のように問題を起こした者を取り締まり、検挙することができる。特に冒険者同士の諍いは王都内ではご法度であり、激しい口論だけでも厳重注意され、注意の回数によって刑罰にもなる。
「王都は治安が悪いものだと思ってたんだけど、そこは警備がきっちりとしているわけか」
「うむ。王がおられる御所であるからな。僅かな諍いも私闘とみなされ、罪に問われることもあるのだ」
返却されたギルドリングを腕に装着。周りから奇妙な声が上がったが、無視。港町ダヌシェのギルド「フォボス」や、リザードマンの郷のギルド「ネレイド」でも同じような声を聞いた。
オールラウンダー認定者が珍しいからだと思うんだが、そんな注目するようなことはないのに。
「ええと、えと、蒼黒の団の皆さんは、今宵の宿はお決まりですか? ギルドから紹介させていただきます宿にお泊りになりますと、一割引きとさせていただきます」
エリアが差し出してきた白木の板に描かれていたのは、ギルドを中心とした簡易地図。
なるほど。ギルドがある中央広場から放射線状に道が分かれているのか。貴族たちが住む中層部から通りを挟んだ向かいの道が、一番街。その隣が二番街。ギルドがある場所が五番街で、大門の近くが十番街。
調査が勧めてきた宿は、確か七番街にあるはず。
「七番街の鮭皮亭って宿に泊まろうと思っています」
「鮭皮亭? ……そんな宿、あったかなあ。貴族の保証書をお持ちの冒険者チームなら、二番街にある『黄金天馬』か『牡丹亭』をお勧めしますよ? とっても綺麗だし、広いし、リザードマンや巨人用の部屋もありますよ」
「風呂はあります?」
「風呂? ……それは、どうでしょう」
宿の基準は、風呂があるかないか。
通り沿いに湯屋があったのはチェック済み。
「ひとまず七番街に行ってみます。ここから……北に向かって通りのふたつ目か」
「わかりました。チームの滞在届が受理されるのは明日になります。依頼報告も明日以降からでお願いします」
「はい」
「ピュ」
ローブの背中側に隠れていたビーを押さえつつ、ギルドを後にした。
日は既に傾き始めている。七番街に行くついでに屋台をまた巡るのもいいが、荷物をなんとかしないと。
大門から延びている中央通りにある街灯には、通りごとに数字が書かれている。ギルド前の街灯には五と記載されているので、ここは五番街。入口の大門に近づくにつれ数字が増えるから、七番街へ行くには来た道を戻らないとならない。
クレイを先頭に一歩ギルドを出ると、クレイの見事な上腕二頭筋に輝く黄金のギルドリングに、人々の視線が注がれる。ランクAの冒険者なんてそこらへんにごろごろいると思うのだが、クレイだけではなく、ブロライトやプニさんにも注目されている。遠巻きにこっちを凝視しているのは、竜騎士だろうか。
視線は気になるが、今のうちだけだろう。ベルカイムのように喧嘩を売られることがないなら、ラクなもんだ。
「タケル、どこに行くのじゃ」
「調査で調べたら、七番街の鮭皮亭っていう宿に風呂があるって」
「七番街の宿だな。それならばこちらだ」
屋台に吸い寄せられるプニさんを戻しつつ、クレイの後に続く。クレイはアルツェリオの王都に来るのは五年ぶりらしい。勝手を知る人が一人でもいるのは有り難いな。道に迷わなくて済む。
五番街から下って七番街へと入ると、中央通りとはまた違った様相だった。
歴史を感じさせる古びた建物。落ち着いた色合いの静かな煉瓦道。中央通りの屋台の賑やかさが嘘のようだ。
「ピュピュ?」
「うん? もう大丈夫かな。飛ぶのは駄目だが、歩くのならいいぞ」
ローブの下から顔を出したビーが、外に出てもいいか聞いてきた。
俺たちに注目していた妙な視線はいつの間にかなくなっていたし、人通りも少ない。相変わらず遠巻きに竜騎士らしき人たちが付いてきているようだが、あの顔を見る限り俺たちに悪さをしようと企んでいるわけではないようだ。
なんというか、憧れの芸能人を見てしまったような目。害はないだろう。
ビーは俺の背中から飛び降りると、開放感に思い切り伸びをした。
全て平らな石畳。背の高い街灯が均等に並んでいて、街灯の足元には美しい花が咲き乱れる花壇があった。
屋台に挟まれた広い道の先は、ゆるやかな上り坂。遠くに煌めく巨大な建造物らしきものが、王宮なのだろう。派手だな!
人口密度はベルカイムの数倍。いや、数十倍かもしれない。広い広い通りを埋め尽くす勢いで様々な種族の人が歩いている。これが日常だなんて、さすが大都会。
ベルカイムとはまるで雰囲気が違う。同じ国の中だというのに、外国に来てしまったかのようだ。異国情緒はんぱない。
「騒がしいところは好きではありません。タケル、タケル、あの屋台に参りましょう。良い匂いがするのです」
「タケル、わたしはあそこの屋台が見たい! レインボーシープのような妙なものを食べているものがいるのじゃ!」
「まあ落ち着きなよ二人とも……うん? わたあめじゃね? あれ、飴だよ! うっわ、王都にはわたあめがあるのか! やっべぇ、どんな味なんだ」
「わたあめとは何ですか。飴玉とは違うのですか?」
「早う、早う行くのじゃ!」
「ピュピュ、ピュイ!」
あちこちからいい匂いが漂ってくるし、見たことのない食べ物や民芸品などが売られている。
屋台の端から端まで全て回っても、一日や二日じゃ回りきれないだろう。大通りはここだけじゃない。
王都に入れる大門は、俺たちが入ってきた中央門以外に数十か所あるらしい。つまり、こんな大きな通りが他にも何本もあるってことだろう。すげえな王都。
「これお前ら、落ち着かぬか」
クレイが笑いながら俺たちを制止するが、これが落ち着いていられますか。
ベルカイムを初めて訪れたときの興奮と驚きが一気に蘇った。全身の毛穴が開きまくり、うなじがぞわぞわと落ち着かない。
「ふふふふ、お連れの方々は、王都に参られるのは初めてなのですか?」
そう尋ねてきたのは、竜騎士のマルスなんとかでエイルなんとかさん。この人も覚えられないほど長い名前。
俺たちが列に並んでいるときに声をかけてきた女性で、クレイの古い知り合いらしい。クレイが顔を見たがっていた竜騎士の一人でもある。
真っすぐな黒髪を風に靡かせる彼女は、目鼻立ちのはっきりとした美形。
ブロライトやプニさんやエルフたち美形に慣れているせいか、もう美女を見ても戸惑ったり狼狽えたりできないんだよな。慣れってほんと怖い。
とはいえ、あちこちから視線を感じるのは、気のせいではないだろう。
「初めてです。とても賑やかなところなんですね」
ローブの下から出てこようとするビーを押さえつけ、ブロライトのローブを掴んで迷子防止。プニさんはクレイが落ち着かせている。
そんな状況のなかで返事をした俺に、竜騎士のマルスは微笑みながら頷いた。
「警備の取り締まりが行き届かないところもあります。裏通りを奥まで行かれるのはお勧めいたしません。お出かけの際はじゅうぶんにお気をつけください」
「わかりました」
「そして、ご宿泊は是非とも我が屋敷へ! 決して不自由はさせませぬゆえ、是非とも!」
マルスは急に回れ右をし、キラッキラした目でクレイに言った。この人、クレイにめちゃくちゃ憧れているっぽい。
何でもマルスが新人竜騎士の頃、彼女は現役ばりばりのクレイとストルファス帝国の竜騎士育成機関で知り合ったらしい。
以来、クレイを師として仰ぎ、憧れ続けている。
さっきまできりりとした格好いい女性だったのに、今は子供みたいな顔をしてクレイの顔を見上げていた。
「冒険者如きが中層にまで上がれるか。エイルファイラス家の名を汚すでない」
「何を仰せになられますか! 青龍卿を招くことこそ、我が家の名誉! 冒険者など何だのと細かいことにこだわるようなクソ野郎は、我が家におりません!」
何て!?
この綺麗な女性、今クソ野郎って言った!?
お顔や雰囲気に似合わず、とんでもないこと言うんだな。
興奮するマルスを抑えるように、クレイは再度笑った。
「ははは、お前は幾つになっても変わらぬのだな。その物言い、その気性」
「ああっ、失礼いたしました!」
「やめい。俺はお前の上官ではない。その襟章をいただいている者が、うかつに頭を下げるな」
クレイが指さしたのは、マルスの襟部分にある紋章。
鳥のような金色のバッジ。
その襟章がどうしたのだろうかと思っていると、前方から三人の屈強な警備兵たちがものすごい形相で走ってきた。
「エイルファイラス大佐! こんなところにいらした!」
「何をなされておいでですか! 皆、ほうぼう探し回ったんですよ!」
「サンイチの連中は捜索願出そうかって慌ててます! 大佐、とっとと戻ってください!」
それぞれに慌てながら喋るもんだから、マルスは両耳を両手で塞いでしまった。
しかし警備兵たちは慣れたように左右後ろに展開すると、両側からマルスの腕をがしりと掴み、背中を押し始めた。
「待て、私は午後から非番なのだ!」
「今は午前でしょうが! ほら、行きますよ!」
「何をする! 放せ! 私はっ、これからっ、卿を我が屋敷に! 案内する使命が!」
「すみませんねー、この人、こんなんでも多忙なんですよー。失礼しますねー」
「大佐、きりきり歩いてください」
「あああーーっ! きょおぉぉーーーぅ!」
まるで台風のような。
あっという間にやってきて、あっという間に去ってしまった。
マルスはマッチョ警備兵に犯罪者のごとくがっちりと拘束され、叫びもむなしく、売られゆく仔牛のような悲愴な顔で運ばれていった。
「なあクレイ、もしかしてあのマルスさんて……実は偉い階級の人なんじゃない?」
警備兵たちが口々に「大佐」と言っていた。
俺は軍階級や、ましてや竜騎士の階級について詳しく知らない。だが、俺の知る限り大佐っていうのは、佐官。そうとう上の立場のはず。
大門の外に単身出てきて冒険者チームを案内するような真似、普通はしないのでは。
「うむ。黄金のテトロ鳥の襟章をいただいておるとは俺も知らなかったが、あれは中央司令部第三騎士団第一竜騎士飛竜隊。通称サンイチの指揮官である証。エイルファイラスは優秀な騎士であったからな、驚きはせぬ」
「ずいぶんと若い指揮官なんだな。竜騎士っていうのは、年齢とか家柄とか関係ないの?」
「いや、アルツェリオでは家柄も必要となるのだろう。俺はストルファスで竜騎士になったからな、アルツェリオの竜騎士については正直疎い。しかし、エイルファイラスが誰よりも努力を重ねてきたことを俺は知っている」
竜騎士というのはあくまでも職業であり、国ごとに昇進の仕方や武勲の認められ方が違ってくるらしい。だが、階級や階級章は全世界共通。
クレイは歩きながら話を続けた。
「エイルファイラスは若いがな、幼き頃より男勝りで喧嘩に負けたことがないと申しておった。なんでも、歳の離れた身体の弱い末の弟がおるらしい。その弟のためにも強くあろうとしたそうだ」
「へええ。優しいお姉さんなんだ」
「うむ……まあ、多少あのように周りが見えなくなることがある。ふふふふ、そこもまた変わらぬようだな」
クレイに憧れる竜騎士だ。きっと悪い人ではないはず。
警備兵がわざわざ探しに来て容赦なく連れ去ったのには驚いたが、互いに信頼しているからこそあそこまで強引になれるのだろう。慕われている証拠だ。
ともかく、まずはギルドに行き、滞在報告をしなければ。
その前に屋台を巡ろう。
+ + + + +
大通りに面した円形状の中央広場に、王都エクサルのギルド「キュレーネ」がある。
今まで見たどのギルドよりも立派な建物で、地上四階建。歴史を感じさせる重厚な石造り。柱の模様、独特なデザインはエルフのものだ。
入口は西部劇に出てくるようなスイングドア。たくさんの冒険者らしき人たちが出入りしている。
「ふぉんふぃちわー」
口の中にハンバーガーのような食べ物をいっぱい入れた状態で、俺はギルドの扉を開いた。
王都の屋台は素晴らしかった!
行く店行く店全て珍しい食べ物ばかり。目に鮮やかな甘味や、鼻をくすぐる香辛料。子供向けの玩具。大人でも楽しめそうなカラクリ仕掛けの人形。大道芸人がそこかしこで芸を競い合い、呼子のおばちゃんが勇ましくこれ食えあれ試せと叫んでいた。
俺でさえ興奮したんだ。ブロライトとプニさんが飛び上がって喜んだのは言うまでもない。
多少物価が高い気がしたが、王都価格ということで散財。何より嬉しかったのが、カレースパイスのような香辛料ペーストを見つけたことだ。嬉しすぎて壺六つ分まとめて買ってしまったのはやりすぎた。だが後悔はしていない。研究すればカレーが食べられるかもしれないからだ。
両手にこれでもかと買い物袋を抱えながら現れた俺たちは、ギルドに入ったとたん冒険者たちにぎろりと睨まれた。おのぼりさんが観光気分で寄ったとでも思われているのだろう。まあ、実際にそうだけど。
買ったものを鞄の中にその場で入れてしまうのは危険だったため、できるだけ自分たちで手分けして持つようにした。クレイにカレー壺六つ背負わせてしまったのは申し訳ない。
「こんにちは! キュレーネへようこそ!」
笑顔で出迎えてくれたのは、犬獣人の女性。ピンとした耳にピンとしたヒゲが可愛い。立派な尻尾が激しく左右に揺れている。
「もぐもぐもぐごくん、ふう。こんにちは。俺はタケルって言います。俺たちのチームの滞在報告をさせていただきたいのですが」
「あららっ、滞在報告! ご丁寧にありがとうございます! わたしはキュレーネ受付のエリアと申します。それではこちらにチーム証明書と、皆さんのギルドリングをお出しください」
犬獣人の女性、エリアがカウンターの下から取り出した木製のトレイ。そのトレイから僅かな魔力を感じた。感じるっていっても、なんかあれちょっとおかしいな、程度なんだけど。
きっとこのトレイ自体に鑑定魔道具の効果があるのだろう。王都には面白い魔道具があるんだな。
ベルミナントからもらったチーム証明書と俺のギルドリングを鞄から取り出し、クレイとブロライトにもギルドリングを出してもらった。
ルセウヴァッハ伯爵家の印が描かれた特別製の紙を手渡されたエリアは、そのままピシリと固まる。トレイの上には黄金のギルドリングが二つと、白金のギルドリングが一つ。
俺たちがギルドリングをそれぞれ取り出した時点で、周りの冒険者たちの動きが止まった。
一斉に静まり返るギルド。
「……貴族の紋章!? ちょっ、ランクAがふっ、ふたつ?? それにこれ……! オールラウンダー認定者!? ええええっ!」
あーあ。
ギルドの受付って、冒険者の情報を守秘する義務があった気がするんだけどな。
周りからの視線はどうにもならないけど、ギルド職員自らが冒険者の素性を明かすような真似はしてはならない、ってグリッドが口をとんがらせてアリアンナに言っていたのに。
おかげでギルドにいた冒険者たちに緊張が走ってしまった。冒険者同士は時に力を合わせることもあるが、基本的にはライバル同士。より良い依頼は先を争って受注するし、ライバルの足を引っ張ることも日常茶飯事。
ベルカイムでは平和だったな。俺たちのことを皆が認めてくれていたし、俺たちが好きそうな依頼――いわゆる美味しいお肉討伐なんかの依頼が入ると、我先にと教えてくれたものだ。
「うわわわわ、すごいすごい、こんなチームはじめて! ええっと、チーム、そう、こくの、だん、ですね! ひゃああああ」
エリアの尻尾がちぎれんばかりに振られている。まさしく、犬。可愛い。
「あの、エリア、さん? そんな大声で叫ばれると困るんですけど」
「えっ? あっ! あああっ! そうでした! あたし、あたし、小さい、声……話……な……と…………」
なんて?
でかい声から急激に小さくなった声に耳を澄ます。
腰をかがめて耳を近づけると、エリアはぼそぼそとした声で話しだした。
「もうしわけーありませーん……」
「終わったことをあれこれ言うつもりはないけど、もうちょっと内密にしてもらいたかったかな」
「ごめんなさい……あたし、今日で七日目なんです。受付に立つの」
「なるほど。まあいいや。それで、滞在報告はしてもらえます?」
「はい! ただいま!!」
うん。
これは経験を積まないと駄目だな。
エリアは尻尾をぶんぶんと振り振り、トレイを持って笑顔でカウンターの奥へと入っていった。
まさか王都に到着してものの数時間でこんなにも目立ってしまうとは。そりゃ隠し通せるとは思っていなかったが、もうちょっとコソコソさせてもらいたかったな。
ただでさえ目立つ連中と行動を共にしているんだから。
「クレイストン、この依頼はどうじゃ。確かフロガ・ターキの尾羽は残っておったじゃろう」
「うむ、そうだな。タケルが勿体ないと捨てずにおいたはずだ」
「ならばこのランクBの依頼を受けよう! 尾羽一枚につき3万レイブじゃ」
「こちらはどうだ。珍しき食材を探しているとのことだ。王都で売られていないものが限定と」
「キエトのネコミミシメジはどうじゃ! ダヌシェの魚でも良いのではないか?」
「よし、ではこちらも受けるとするか」
依頼書が貼られたボードの前で、次々と依頼書を取る二人。一人はリザードマンよりちょっとでかい男。一人はエルフ。
エルフが冒険者チームに所属すること自体珍しいことだ。おまけに、そのチームにはリザードマンと人間という、異種族構成。
目立って当然だが、それはさておき普通の、冒険者としてごく一般的な話をしましょう。
いわゆる「難問依頼」と呼ばれているものは、受注されずに放置されることのほうが多い。報酬のわりに手間だから。
冒険者は報酬で動く者が多い。生活がかかっているので、一つの依頼にそれほど時間と労力を費やさない。報酬が良ければ別だけど。
高位冒険者は指名依頼を率先して受注するし、損得を考えるのが上手。コストを考えれば、フロガ・ターキの尾羽を受注する者はまずいないだろう。
フロガ・ターキは砂漠地帯に生息する美味しい、じゃなくて獰猛な鳥。グラン・リオ大陸内で砂漠は存在しないし、存在したとしてもフロガ・ターキのランクはB。長々と旅をしてやっと戦って、そしてまた王都にまで戻って依頼報告。そんなの、俺だって面倒くさくて受注したくないわ。経費だけでいくらになることやら。
「タケル、ずいぶんと放置された依頼がたくさんあるようじゃ」
ブロライトに手招きされてボードに近づくと、ボードの一番下の隅によれよれの依頼書。
「うお! なんだよ、エプララの依頼がこんなにあるじゃんか! 月夜草も一本4万レイブ? たっか! 受ける受ける!」
王都の地味依頼の報酬は、ベルカイムの四倍だった。物価が高いなと思っていたが、依頼報酬までも高いとは。
これは根こそぎ受けるでしょう。屋台で散財したぶんが、あっという間に取り戻せる。
「タケル、この依頼も受けよう」
クレイに束で依頼書を手渡され、目を通す。どれもこれも俺の鞄の中に保管してあるものばかりだ。報酬もいい。もったいないから、あれもこれもと保管しまくっていたのが功を奏した。元日本人のもったいない精神よ、ありがとう。
一度受注して、宿屋で整理してまた持ってくればいいだろう。労せず糧を得る。どうせまた散財するんだろうから、経済発展のための貢献と言ってもらいたい。
王都すごいな!
こんな美味しい依頼がごろごろ残っているだなんて!
だけど俺たちは知らなかったんだ。
王都のギルドで地味依頼を根こそぎ受注する異常さを。
生活が豊かでないと決して選ぶことができない依頼を、全て受注してしまったうかつさを。
ほくほく顔で依頼を受注しまくる俺たちを、無数の嫉妬の目が睨んでいた。
それに気づいていたプニさんは、むさくるしい男たちに囲まれて貢がれていました。
4 七番街の奇妙なお宿、鮭皮亭
放置されていた依頼を全て受注し、チーム滞在報告を終わらせた。
声がデカい犬獣人の受付、エリアから王都滞在における注意事項なるものも教えてもらった。
まず第一に、冒険者はギルドリングを装着すること。
ギルドリングによって相手のランクや力量がわかれば、うかつに絡んでくる者はいなくなるだろうということだ。ランクも既にバレてしまっているから、まあいいだろう。
第二に、王都の周辺にはそれぞれ冒険者チームの縄張りのようなものがあるから、依頼を受注するさいにはじゅうぶんに気をつけること。
無断で他チームの縄張りを荒らしたら、後々面倒なことになるらしい。
第三に、冒険者同士の争いごと禁止。私闘なども禁止。
王都の警備兵は王都の秩序を守る役目があり、警察官のように問題を起こした者を取り締まり、検挙することができる。特に冒険者同士の諍いは王都内ではご法度であり、激しい口論だけでも厳重注意され、注意の回数によって刑罰にもなる。
「王都は治安が悪いものだと思ってたんだけど、そこは警備がきっちりとしているわけか」
「うむ。王がおられる御所であるからな。僅かな諍いも私闘とみなされ、罪に問われることもあるのだ」
返却されたギルドリングを腕に装着。周りから奇妙な声が上がったが、無視。港町ダヌシェのギルド「フォボス」や、リザードマンの郷のギルド「ネレイド」でも同じような声を聞いた。
オールラウンダー認定者が珍しいからだと思うんだが、そんな注目するようなことはないのに。
「ええと、えと、蒼黒の団の皆さんは、今宵の宿はお決まりですか? ギルドから紹介させていただきます宿にお泊りになりますと、一割引きとさせていただきます」
エリアが差し出してきた白木の板に描かれていたのは、ギルドを中心とした簡易地図。
なるほど。ギルドがある中央広場から放射線状に道が分かれているのか。貴族たちが住む中層部から通りを挟んだ向かいの道が、一番街。その隣が二番街。ギルドがある場所が五番街で、大門の近くが十番街。
調査が勧めてきた宿は、確か七番街にあるはず。
「七番街の鮭皮亭って宿に泊まろうと思っています」
「鮭皮亭? ……そんな宿、あったかなあ。貴族の保証書をお持ちの冒険者チームなら、二番街にある『黄金天馬』か『牡丹亭』をお勧めしますよ? とっても綺麗だし、広いし、リザードマンや巨人用の部屋もありますよ」
「風呂はあります?」
「風呂? ……それは、どうでしょう」
宿の基準は、風呂があるかないか。
通り沿いに湯屋があったのはチェック済み。
「ひとまず七番街に行ってみます。ここから……北に向かって通りのふたつ目か」
「わかりました。チームの滞在届が受理されるのは明日になります。依頼報告も明日以降からでお願いします」
「はい」
「ピュ」
ローブの背中側に隠れていたビーを押さえつつ、ギルドを後にした。
日は既に傾き始めている。七番街に行くついでに屋台をまた巡るのもいいが、荷物をなんとかしないと。
大門から延びている中央通りにある街灯には、通りごとに数字が書かれている。ギルド前の街灯には五と記載されているので、ここは五番街。入口の大門に近づくにつれ数字が増えるから、七番街へ行くには来た道を戻らないとならない。
クレイを先頭に一歩ギルドを出ると、クレイの見事な上腕二頭筋に輝く黄金のギルドリングに、人々の視線が注がれる。ランクAの冒険者なんてそこらへんにごろごろいると思うのだが、クレイだけではなく、ブロライトやプニさんにも注目されている。遠巻きにこっちを凝視しているのは、竜騎士だろうか。
視線は気になるが、今のうちだけだろう。ベルカイムのように喧嘩を売られることがないなら、ラクなもんだ。
「タケル、どこに行くのじゃ」
「調査で調べたら、七番街の鮭皮亭っていう宿に風呂があるって」
「七番街の宿だな。それならばこちらだ」
屋台に吸い寄せられるプニさんを戻しつつ、クレイの後に続く。クレイはアルツェリオの王都に来るのは五年ぶりらしい。勝手を知る人が一人でもいるのは有り難いな。道に迷わなくて済む。
五番街から下って七番街へと入ると、中央通りとはまた違った様相だった。
歴史を感じさせる古びた建物。落ち着いた色合いの静かな煉瓦道。中央通りの屋台の賑やかさが嘘のようだ。
「ピュピュ?」
「うん? もう大丈夫かな。飛ぶのは駄目だが、歩くのならいいぞ」
ローブの下から顔を出したビーが、外に出てもいいか聞いてきた。
俺たちに注目していた妙な視線はいつの間にかなくなっていたし、人通りも少ない。相変わらず遠巻きに竜騎士らしき人たちが付いてきているようだが、あの顔を見る限り俺たちに悪さをしようと企んでいるわけではないようだ。
なんというか、憧れの芸能人を見てしまったような目。害はないだろう。
ビーは俺の背中から飛び降りると、開放感に思い切り伸びをした。
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