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5巻

5-15

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 夕餉の席は六人を一グループとし、それぞれの席の代表三人を俺の前に集める。

「はい! それじゃあ配膳開始するから、各々の席に素早く持ち帰ること! 先につまみ食いしたやつは食後の甘いモン食わせないからよろしく!」

 広場に集まって夕飯を今か今かと待つ者たちに声をかけ、各席の代表たちに細かく指示。配膳の手伝いは素早い動きができるエルフ。きっと刺身もスープも即座に運んでくれるだろう。
 配膳途中にプニさんが現れ、森の奥から巨大なモンスターを連れてきたから肉を食わせろと言い出し、慌てて飛び出たエルフの精鋭部隊。嬉々として飛び出していったブロライトとクウェンテールにより、数分後にはとんでもない大きさの牛の化け物がもたらされた。
 大きな牛の化け物の正体は、ティエラボヴァンというランクBのモンスターだった。肉汁がたっぷりでとても美味いらしい。神様自らが供物を連れてくるって、ほんともうなんなの。

「タケル、あの供物を調理しなさい」

 空から優雅に降りてきたプニさんは、見事倒した巨大なモンスターを指さし、嬉しそうに言った。
 プニさんなりに食材を探しに行ってくれたのかもしれないな。意外と気が利くところがあるじゃないか。

 ――アイツ、森の奥まで行ってモンスターの縄張りを荒らしまくったのよ? そりゃ怒り狂って追いかけてくるに決まっているじゃないねぇ? やーあねえ野蛮な神ってぇ

 前言撤回。
 リベルアリナの密告により、プニさんはやはりプニさんであったと判明。
 エルフたちの動きは更に素早く、広場の開いているところにやぐらを組んだと思ったら、あっという間にモンスターを丸焼きにしてしまった。
 さながらキャンプファイヤーのような光景に楽しくなってしまった俺は、配膳を開始。数百人分の温かで美味そうな食事が全て並び終えるまで、僅か数分。

「それでは、多種族交流とトルミ村の永久の平和を願ってーーー、いただきまーす!」
「「「「いただきます!」」」」

 食事の挨拶を済ませた蒼黒の団は、いつものようにガッと食べはじめた。慣れた手つきで醤油リダズの実をしぼって刺身にかけ、大口を開けてぽいぽいと入れていく。
 見事な食べっぷりに驚いていた村人たちも、恐る恐る刺身を口にした。生食をしない文化であるのにもかかわらず、村人たちは勇気を出して食べてくれた。何故なら、俺たちが美味いと言ったから。

「……うん、うん、こりゃあ、なんて言えばいいんだ?」
「不思議ね。しょっぱい黒い汁が、肉を甘く感じさせるの」
「おかあちゃん、もういっこたべるー」
「美味いな、これ。美味いぞ、タケル!」

 刺身は概ね好評のようだ。なんせエルフたちが、これは美味いと大絶賛してくれたからだ。カニの生食を経験しているエルフたちに、魚の生食なんぞ怖くないのだろう。
 残るかなと思っていた刺身は全て売り切れ、お代わりを求める者が続出してくれた。主にエルフたちだったけど。
 村人たちは絶品料理に舌鼓を打ち、飲んだことのない美味い酒に酔いしれ、気づけばポルンさんの奏でる楽器に合わせて踊りだしていた。
 ただ身体を思うように動かす統一感のない踊りだったけど、人間もエルフもドワーフも入り混じって踊り、適当に歌って大合唱。
 トルミ村の村長もやっとこの光景に慣れたのか、グルサス親方とアーさんと、三人で酒を酌み交わしている。
 クレイはエルフたちと今までの戦歴を語り合ったり、ブロライトと軽い手合わせをしたりして皆を楽しませていた。
 なんとも不思議な光景だな。
 あれだけ人間を毛嫌いしていたエルフ族が、今では人間とドワーフと食事を共にし、踊っている。獣人のリブさんは、裁縫職人のエリザさんに靴下の作り方を教わっていた。
 俺も多種族に混じってジェロムの質問に答えられるだけ答えた。
 ブロライトと知り合ったきっかけ、ヴォズラオでの出来事、エルフの郷の美しさ、海の広さ、リザードマンの郷でのお祭り騒ぎ、地下墳墓カタコンベの試練。
 ジェロムは俺が大袈裟に言っているのだと思い込んでいたが、俺は大袈裟どころか肝心なところは全て隠したんだ。まさかランクSのナメクジを倒したとか、機械人形オートマタのこととか話せないよな。
 旅した先がどれだけ素晴らしかったか、どれだけ面白いことをしたか、そういうことを重点的に話して聞かせた。ビーはビーで俺の体験談を全身を使って表現してくれようとするから、可愛くって仕方がない。
 辺境の田舎村しか世界を知らないトルミ村の住人と、長年郷の外に出ることを禁じられていたエルフ族は境遇が似ているらしく、俺の旅話を目を輝かせながら聞いてくれた。

「レインボーシープがさ、こう、癒されるんだよ。雲みたいなもわもわしたものに四足がついていて、ちょろちょろ動くんだ」
「怖くないの? 噛みつかない?」
「噛みつかれたことはないな。るるるーって呼ぶとあっという間に集まってきて、ふわふわの毛が暖かくて」
「いいなー、あたしも触ってみたい」

 嗚呼、できることならまたあのもっふりを触りたい。わたあめまみれになってゆっくりと横になったら、一日の疲れなんて吹き飛んでしまうだろう。
 だけどレインボーシープは、寒冷地に生えるアモフェル草を好んで食べる生き物。そりゃ何処かで飼育することができるなら、喜んで育てるんだけどな。
 鞄の中から実際の七色ウールを取り出し、その素晴らしい手触りを自慢した。村人たちとペンドラスス工房の鍛冶職人ドワーフたちはその手触りの良さに驚き、我も我もと先を争って触りまくった。
 ふとクウェンテールがぽつりと呟く。

「フルゴルの郷で育てている生き物であるな。その生き物はどの地でも育つらしい」
「なんですと?」
「ピュ」

 何だか聞き捨てならないことを聞いた。
 俺とビーがそろってクウェンテールに詰め寄ると、クウェンテールはひるみながらも教えてくれた。

「アモフェル草しか食わぬと思われておるらしいが、そうではない。あの生き物は基本的に草ならば何でも食う。ただ、アモフェル草のように甘みがあり、葉が大きい草を好むのだ」

 甘みがあるということは花になるってことかな。それでいて、葉っぱが大きい草。
 ベラキア大草原辺りにそんなの大量に自生していそうだけど。

「タケル兄ちゃん、そういう花、おいら知ってるよ」

 俺の隣に座っていた村の子供のリックが、ふと思いついて挙手。

「村の裏っかわにいっつも咲いてるの。メルベル、お前が引っこ抜いて尻もちついた花だよ」
「葉っぱおっきい! お花もね、おっきいのよ。さっきもね、ぶわわわーってたくさん咲いたの!」

 子供らがあれだあれだと教えてくれる花らしき草。
 そういえば、レインボーシープはフルゴルの郷で育てていたじゃないか。あのとき俺は気づかなかったが、あそこにアモフェル草は一本も咲いていなかった。うっかりしていた。
 と、いうことはだ。エルフ族はレインボーシープを飼育する術を持っているのかもしれない。もしトルミ村でレインボーシープの育成ができるようになったら……やだどうしよう。もっふり天国?

「ふひっ……ふひひ……ふひひひひ」
「な、なんだ。薄気味悪い笑い方をしおって」
「リルでなんとかクウェンテールさんに折り入って頼みがあります」
「リルカアルベルクウェンテールだ!」

 俺はクウェンテールの肩をがしりと掴み、嬉々として頭を下げた。

「フルゴルの郷に行かせてください!」


 + + + + +


 トルミ村滞在、四日目――
 俺の、壮大でもなかったんだけど結果的にすんごいことになってしまった、トルミ村のちょっとした整備。
 まず村の戸建てや倉庫、納屋などの全ての家屋に清潔クリーン修復リペアを施し、新品同様にした。そしてリベルアリナが育ててくれた木や花や草などをそのままに、通りは全て石畳に。これで水はけがよくなり、水たまりが何日も残ることはなくなった。
 これだけでも大変貌を遂げたわけだが、こんなのは序の口。

「これが風呂なの? タケル兄ちゃん」
「……いや、まあ、風呂、なんだけどね?」
「温かいお湯で身体を洗えるんでしょう? とっても楽しみ!」
「ウンそうだね、そうですねー……」

 宿屋のエリイちゃんと見上げる立派な建物は、俺の想像をはるかに超えた温泉施設。
 リベルアリナが見つけてくれた温泉は湯量も温度もちょうどよく、調査スキャンをしてみたら薬効成分もあった。疲労回復、打ち身や捻挫ねんざにも効く、これこそ温泉、という感じの無色透明の温泉。中が空洞になっている巨大なパイプのような蔦を地面に潜らせ、あっという間に温泉を掘り当ててしまったのだから、リベルアリナにはでかい恩ができてしまった。これからあまり邪険にするのはやめてあげよう。
 立派な城壁を造り上げたエルフたちは、続いて温泉を楽しむ場所も造り上げてしまった。朽ちた家屋を修復リペアで直した後、木で補強などをして完全リフォーム。温泉を汲み上げ調整する魔道具マジックアイテムを造ってしまい、温泉かけながし。ただ、汚れた湯を河に流すのは俺が嫌だったので、排水溝には清潔クリーンの効果を発揮する魔石を設置した。これで環境にも優しい。
 俺の注文通り内風呂、露天風呂完備。男湯と女湯と家族風呂に分けて、外から覗き見されないよう囲いも作ってくれた。
 この温泉施設はエルフたちも利便性があると言い、ヴィリオ・ラ・イに帰ったらあの露天風呂もそういう感じにするらしい。着衣風呂よサラバ。
 トルミ村の温泉は、プロデュースバーイエルフ、という貴重なものとなった。

「どうだこれはあ! だぁれにも文句は言わせねぇぜ! はっはぁ!」
「すごいですねえ。ははっ、あははっー」
「柵の上から大岩を投げられるようにすりゃいいのによ。さすがにそんなのはいらねぇと村長が言いやがった」
「そんなのいらねぇよね!? そこまで防御力上げる必要、トルミ村にあったら困りますよね!」

 グルサス親方が造り上げた門扉の鍵は、エルフたちとの共同制作。えらく立派なごっつい鍵だったが、トルミ村の住人だったら誰でも簡単に開けられる。
 俺の結界バリア魔道具マジックアイテムを利用した仕組みになっており、不審者は元より村に悪意を持つ者を完全に寄せつけない門となった。鍵の形が巨大な南京錠なんきんじょうだったのには、密かに笑った。ていうか笑うしかないだろうこんなすごいの。
 城壁にしか見えない立派な柵にも仕掛けがあり、大砲であろうとも強い魔法であろうとも、何でも弾き返してしまうらしい。
 いや、辺境の村に攻め入る必要ありますか? ここまでの防御力必要ありますか? 何処と戦争するつもりなの。確実にベルカイムよりすごい防護壁になってしまった。
 村にあだなす不心得者は死んでしまえば良いのだと、アーさんが笑顔で言ったのは聞かなかったことにする。
 村の畑の近くには巨大な地下空間を作り、そこでネコミミシメジとキノコグミの量産体制に入った。これはトルミ村の住人の予備食料として、また緊急避難場所としても利用できる。年中同じ室温を保っているから備蓄倉庫にもなるだろう。乾燥ネコミミシメジを加工して売ってもいいな。これで冬場に村の住人が飢えることはなくなった。

「タケル兄ちゃん、可愛いねー」
「おもしろいねー」
「ふわふわしてるのー」

 空地の一部を開墾した牧草地で、軽やかに走る数匹のカラフルわたあめ。嗚呼、これだよこれ。この光景。
 レインボーシープは村人たちに一目で気に入ってもらえた。
 すばしっこいが大人しく優しい性質のレインボーシープ。そのふわふわした見た目だけで、癒しの効果を発揮する。撫でれば極上の柔らかな毛。鳴き声は穏やか。つぶらな瞳がテンテンとついた顔はちょっと手抜きの漫画っぽいが、それもまた癒される。
 トルミ村の副業として、レインボーシープの毛皮、七色ウールはどうかと提案してみた。希少価値の高い素材だ。需要はたくさんある。
 レインボーシープは高地にしか住めない生き物なのだが、フルゴルの郷にいたレインボーシープはエルフたちの手によって飼育され、平地でも甘くて葉が大きい草があれば生息可能になっていた。
 それならトルミ村でも飼育ができるんじゃないかなと思いまして。


「おほっ? タケルではないか! やあやあやあ、健やかにしておったか!」
「長老さんこんにちはー。リュティカラさんもこん……」
「何やってんのよ! もっと頻繁に顔を出しなさいよ! ブロライトは何処へ行ってるの? はあっ? 来ていないの? なぁにやってんのよ!」
「ピュー……」

 相変わらずのリュティカラさんに何故か怒鳴られながら、フルゴルの郷の長老さんと握手を交わした。ビーが怯えて俺の頭皮に傷をつけたのはせん。


 クウェンテール経由で長老に逢わせてもらい、交渉。レインボーシープの飼育には専門知識が必要になるとのことで、なんとトルミ村に数人のフルゴルの郷出身のエルフが住むこととなった。
 彼らも新天地でのレインボーシープの飼育について調べたいらしく、ちょうど良かったと言ってくれた。
 フルゴルの郷から転移門ゲートでトルミ村まで行き、つがいのレインボーシープを四組も買わせてもらえた。対価は結界バリア魔道具マジックアイテムで倒したモンスターの肉やら皮やらを売った金子きんす。村人が俺によこしたそれを、そのまま長老へ。
 長老はいらないって言っていたんだけど、リザードマンの郷で手に入れた潤酒もつけたら受け取ってくれた。
 トルミ村での飼育がうまいこといったら、最初の毛刈りでできた七色ウールはエルフたちに寄贈すればいい。

「レインボーシープの糞は良い肥料となる。枯れ木や枯れ草と混ぜて堆肥とすれば、貴重な肥料となり高値で取引されるだろう」
「我らの郷には肥料なぞいらぬから、それは貴殿らの村で使うと良い」

 エルフたちの提案により、思わぬ副産物ゲット。
 リベルアリナの恩恵を受けた肥沃ひよくな地に、豊富な湯量の天然温泉。エルフたちによる渾身の防御壁と、グルサス親方たち一流の鍛冶職人による補強がされ、地下にはキノコがもりもりと育ち、緑豊かな牧草地にはレインボーシープの群れ。
 グルサス親方にはベルカイムの上下水道整備を手伝ったノウハウがあったため、地下墳墓カタコンベでリピにもらったというか無理やり押しつけられたオリハルコンの塊と引き換えに、トルミ村の上下水道の整備を頼んだ。
 清潔クリーンの効果がある魔石を百個以上造らされたけど、これで妙な病気が流行ることはないだろう。
 そして、更に数日が経過したんだけどね。


「タケル、素晴らしき屋敷となったじゃろう!」
「広々とした良い家ではないか。我らが使わぬときは、この広間は村人たちに好きに使わせれば良かろう」
「ピュピューィ!」
「……ここまでのお屋敷は望んでいなかったんだけどなぁ。おっかしいなぁ」

 村のはずれに、妙に目立つでっかい屋敷。
 村の景観に合わせて造られたはずなのに、入り口からちょうど対角線上にあるものだから、村長さんの家よりも目立っていた。
 木造二階建ての立派なその屋敷は、チーム蒼黒の団のアジトだ。俺が細かくリクエストをしたんだけど、まさかここまででっかい屋敷は想像していなかったんだよ。
 骨組みの時点で嫌な予感はしていた。なんかヤッベーことになると。馬車しかり、柵しかり、温泉しかり、エルフたちの仕事は俺の想像の先の先の先に行ってしまうのだ。
 エルフの誇りに懸けてとか何とか上手いこと言われ、結局はまる投げしたんだけどさ。
 信用するしかないだろう? 彼らは良かれと思ってやってくれたんだから。

「なにこれ。えっ? なにこれ! 広い!」
「ピュイ~ィ」

 一階には広々とした畳の部屋。
 このなんちゃって畳は俺の注文で、草籠を作る技術を応用できないかなと相談したのだ。エルフたちは手先が器用だから、俺のつたない説明でも的確に再現してくれた。イグサの匂いはしないが、香ばしい草の匂いがする。この匂いなんだっけ。麦茶?
 完全土足禁止の家としたいがため、クレイ用の部屋と入り口は別に作ってもらった。クレイは基本素足だから。
 畳の広間には囲炉裏いろりもあるのだ。ここでも調理ができるし、それとは別に台所も完備。エルフ特製魔道具マジックアイテムだらけの、最新システムキッチンとでも言えばいいだろうか。素晴らしい。

「リブさんに作ってもらったレインボーシープの布団を敷けば、これで完璧」
「ピュイ、ピュピュイ」
「お前の寝床も作ってもらえたんだから、今度からここで寝たら?」
「ピューイーッ!」
「俺のローブはお前の布団じゃなくてだね……」

 俺の部屋は二階にあった。ゆるやかな階段を上がって、正面の扉。馬車にある俺の部屋の、倍の大きさがあった。大きすぎて逆に落ち着かない。
 しかもまた豪華な調度品が運び込まれちゃって、ベルカイムにあるルセウヴァッハ領主の私室みたいな雰囲気がある。
 考えてもみてください。何処ぞの王様が寝るような立派なベッドがあるのに、床は麦茶の匂いがする畳なんだぜ……
 しかし立派な棚も設置してもらえたから、今まで旅先で買った土産物なんかを飾ってもいいな。鞄の中に眠らせるには惜しい民芸品もあるから、これは一階の広間に飾ろう。いいじゃないか、各地のお土産ミュージアム。
 さすがに巨大ナメクジを飾ったら怒られるだろう。


 + + + + +


 トルミ村の「ちょっとした整備」のつもりが、俺の理想を超えたとんでもない大改造となってしまった。
 ルセウヴァッハ領主になんて言い訳をしようかと考えつつ、俺は深く感謝した。

「アーさん、このたびはエルフの皆々様にご尽力をいただきまして、まことにありがとうございました」
「何を仰せになるのだ! 貴殿は我が妹の仲間であり、我が種族の恩人であり、家族のようなものだ。家族のために力を尽くすのはエルフとして当然のことでござろう」

 エルフも、ドワーフも、獣人のリブさんも、皆持てる力を惜しまずに使ってくれた。
 お金はいらない、珍しい素材もいらない、ただただ俺たちのためと言って力を貸してくれた。
 立派な屋敷を前に、俺とビーは、アーさんやエルフたちやペンドラスス工房一同に深々と頭を下げた。
 俺の後ろではクレイとブロライトをはじめ、トルミ村の住人全員が同じく頭を下げている。
 彼らは頭を下げる必要なんてないのに、感謝の言葉だけでは足りないと涙を流した。

「タケル殿、貴殿は申し訳なく思う必要なぞないのだ」
「だけどエルフの郷は湿気にまみれていたのを解消しただけだし、俺はできることをしただけだから」
「ふふ。相変わらず謙遜を言うのだな。貴殿らしい」

 アーさんに微笑まれ、俺の目の奥が熱くなった。
 謙遜じゃないんだって。本当に。
 俺が居心地よく過ごせるためだけにやったんだって。トルミ村の整備だってそうだ。
 全部、自分のためだったんだよ。
 村に来たときは硬い顔をしていたエルフたちが、今は柔和に笑っている。ここ数日で完全に警戒心は解け、トルミ村にこのまま滞在してもいいかと言いだすエルフが出てきた。引きこもりをやっていたヴィリオ・ラ・イのエルフ、クウェンテールすらそんなことを言いだしたのだ。
 そのことがトルミ村にとって吉となるか凶となるかは、正直わからない。
 エルフたちの技術はとても貴重だから、もしかしたらうわさを聞きつけた悪いやつらが村を訪れるかもしれない。まあ、近づいただけであの柵に弾き返されるだろうけど。

「我らも楽しむことができたのだ。それでよいではないか」
「ほんとに、どれだけお礼を言えばわからないんだ」
「では、また美味い飯を食わせてくれ」
「それはもちろん! 旅に出たら、訪れた土地の珍しい食べ物をたくさん買ってくるから」
「はははっ、それは楽しみだ!」

 村の住人総出で作ったという靴下と、村特製のワインを手に、エルフたちは満足げにヴィリオ・ラ・イへと帰っていった。
 数人のエルフたちは残り、交代でレインボーシープの飼育の手伝いをして過ごすらしい。

「村まるごと整備するなんざ、久しぶりに楽しかったぜ」
「本当に楽しかった! あのね、アタシ踊りを習ったんだよ! ベルカイムに戻ったら、友達に教えてやるんだ!」

 ペンドラスス工房の面々は、警備兵の甲冑をはじめ、こまごまとした台所用品、井戸の滑車かっしゃや農機具、子供のおもちゃすら修理してしまった。
 おかげで警備兵のマーロウさんは上機嫌。手入れの仕方も細かく教わり、新品同様であり続けるよう努力することを誓った。

「親方、リブさんも皆も、本当にありがとう」
「ケッ、こんなこたぁ大したことじゃねぇんだよ! テメェ、いらねぇって言ってんのに……こんな……またすげぇ鉱石よこしやがって……へへっ」

 地下墳墓カタコンベでリピから押しつけられたオリハルコンの塊。グルサス親方はいらないと口では言っていたが、塊を惚れ惚れとした顔で眺め、二度と放すものかと大切そうに懐へ入れた。
 俺がグルサス親方とリブさんに依頼されて手に入れたイルドライト。あれの恩恵はペンドラスス工房だけに留まらず、ベルカイムの職人街全体が潤うこととなった。
 それがどれだけすごいことなのか、またありがたいことだったのかと、リブさんはまた顔をぐちゃぐちゃにして泣いた。
 あれだって俺の最強ハサミを造ってもらうためだったんだけど。


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