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5巻
5-8
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ブロライトに指摘され説明を中断。
クレイの怖い顔では些細な違いはわからないが、確かに俺を睨みつけて怒筋マークつけまくっている。おお怖い。
しかし機械人形だと思ったら、まさかのフランケン。ちなみにフランケンシュタインはクリーチャーを生み出した科学者の名前です。
「うーん、脳みそが残っているっていうことは、この機械人形は誰かの脳みそを利用して動いていたってことになる。人形というより人造ドラゴニュート?」
「アンタが何を言ってるのかわからないのよ! でも、この……ノウミソ、の意味は、アンタわかるのね?」
しっかりとわかっているわけではないが、誰かの脳みそを利用しているっていうことだけはわかる。まさか脳みそに見える膀胱じゃないだろうしな。
だが、生身の部分があるのなら、治療すればいい。
「試してみるしかないな。たぶん、壊れることはないと思うから」
「不安になるようなこと言わないで」
鞄の中から大鍋になみなみと魔素水を汲み、それをメカクレイの脊椎へと流し込む。メカクレイは内部に浸透する魔素に反応し、更に暴れはじめた。
ユグドラシルに込めた魔力を全て解き放つように、メカクレイの剥き出しの脳みそへ。
「完全治癒!」
軽く忘れていた最強の治癒術。
生身の部分があるのなら、修復よりもこっちだろう。しかも相手はよくわからない人工遺物。全身全霊を込める気持ちで、魔力を注がないと。
「ぐおっ? おほっ? うおおおおおおっ!」
久しぶりに感じる、魔力を強引に持っていかれる感覚。
巨大掃除機に全身を容赦なく吸われる。
たっぷりの魔素水が媒体となり、メカクレイの全身を容赦ない魔力が包み込む。
「なに……これ、すごい、なんなの……?」
呆けるリピは両手で己の口を押さえ、霊体ながらも身体を震わせていた。
クレイにのされていたメカクレイはしばらく暴れていたが、魔力が全身に行き渡ると次第に大人しく、動きをゆるやかに止めていった。
剥き出しだった白色に近いピンク色の脳みそは、ぷるんとつるんと輝きを取り戻し、脈打つ血管も青々とした色へと変化した。
「タケル、大事ないか?」
「いや……もう、だめ。へろへろ。しんじゃう」
遠慮なく吸われた魔力のおかげで、これまた久々に感じる全身の筋肉痛と倦怠感。心臓がばくばくと力強く脈打ち、全力疾走した後のようだ。それだけメカクレイの状態が酷かったということだろうか。
身体を大の字にして仰向け。クレイを魔王にしたときよりも、もっと酷い。一番酷かったのはビーのときだけど。意識がなくならなかっただけマシか。
「ピュイ、ピュー、ピュピュ」
「うん、大丈夫、あり、うべっ、臭っ、ありが、べっ」
心配したビーの顔面べろべろ攻撃に耐えつつも、なんとか上体を起こしてビーを撫でてやる。
クレイもメカクレイの動きが完全に止まったことを確認し、ゆっくりと起き上がった。
「クレイもブロライトも大丈夫か? プニさんは?」
「大事ありません。それよりも、お前は失われし秘術すら操ることができるのですね」
おお。プニさんが珍しく俺のことを感心してくれた。だけど剥き出しの脳みそつんつんするのはやめようね。
倒れたまま動かないメカクレイを案じたリピは、既に涙をぼろぼろと流している。溢れる涙は霧となって消えてしまうが、やはり幼い子供の泣いている姿なんて見たくはないものだ。悪いことをしたわけじゃないのに、罪悪感を覚える。
「はあ、疲れたけどまだやらないと」
「む? 何をやるのじゃ」
「やったことはないけど、思いついたからできると思うんだ」
鞄の中からどんぶりに魔素水を汲み、一気に飲み干す。失われた魔力がむくむくと戻っていく感覚がするが、疲れたものは疲れた。飯食って寝たい。
地下墳墓に入って既に二日目。早く太陽の光を浴びたいものだ。
ユグドラシルの杖に魔力を込めて、腹に力を入れる。魔法は意思の力。できると思えば何とかなる。自信なさげにやってはならない。
みんなにメカクレイから離れてもらい、集中。ベルカイムの職人街で何度も見学させてもらった、あの光景を思い浮かべて。
「復元」
壊れた鍋や包丁などを修理し、元の姿に戻す工程を見た。
熱して叩いて伸ばすことにより元々の強度は損なわれてしまうのだが、贅沢は言わせない。
要は脳みそ剥き出し状態なのを隠せばいいんだ。さすがに脳みそを壊されたら死んでしまうだろう。この機械人形の弱点なのかはわからないが、ともあれメカクレイの目立った破損箇所を順次復元していく。
ぶっちゃけ、修復と復元に大した差はないんだが、こういうのは気持ちの問題。クレイの槍を修復で直せなかったトラウマ的なものがありましてね。だったら気持ちも新たに、違う魔法を試してみればいいかなと。
「なにこれ……アンタ何なの?」
「リピ、静かにするのじゃ。今タケルは集中しておる。タケルの魔法を邪魔してはならぬ」
「でもアタシ……こんな魔法、聞いたこともないし見たこともないの」
遠い何処かでブロライトとリピの声が響く。
クレイもブロライトも、ついでにプニさんも、俺のやることなすことに疑問を持ちつつ執拗に答えを求めることはしなかった。考え方が柔軟なのか、それとも俺と同じく深く考えるのが面倒なのか、それはそういうものとして流されていた。
俺だって魔法のことをよくわからないまま今に至るのに、何でとかどうしてとか聞かれても、困るんだよ。
後でありのままを説明するしかないな。ブロライトにも俺の生い立ちのようなものを説明するべきだったし、ちょうどいい。
魔素水が浸透したメカクレイの全身は、俺の魔法がするすると入っていく。全体的にくすんでいた色が次第に光沢を持ち、本来の色だっただろうつるぴかの赤茶色に変化していった。
「終わったの? ねえ、リンデはどうなったの?」
見た目だけは綺麗になり、剥き出しだった脳みそも収まるべきところに収まった。
確認するために調査先生に聞くべきなんだが、そこまでの余裕はない。もう、疲れて疲れて。急激な睡魔が襲ってくる。魔素水で補給しても、この眠気は治まることはないだろう。
「これで、様子を見て……ふああぁぁ、俺は今から寝るから、後は、よろしく……」
「はあっ!? ちょっと待ってよ! 寝ないで!」
最後の力を振り絞り、馬車と各種調理道具を取り出した。野宿に慣れているやつらだ。後はまる投げしてもなんとかしてくれるだろう。
俺の意識はそこで途絶えてしまったわけで。
+ + + + +
――あはははっ、すごいね。僕が選んだ魂は、僕の想像を超えてくれた!
――こんなの、たまたまじゃないか。お前の選んだ魂だからなんて、関係ないだろう
――負け惜しみかい? それでもいいよ。彼は古代竜を虜にして、偏屈な古代馬すら彼に耳を貸している。なんて面白いんだろう
――消え人に過ぎないただの人間なんかが、過ぎた力を持つからだ
――おっとやめてくれよ? 僕が与えた贈り物にこれ以上干渉しないでくれ
――何を言うんだ。ボクが彼の力の一部を奪ったおかげで、彼はやりたい仕事ができたんじゃないか
――それはこじつけというものだよ。でもまあ、古代竜の加護があるかぎり、彼の前途は明るいままだ
――明るいのか? これで?
――明るいよ。彼は過ぎた欲を抱かない、貴重な思考の持ち主だ。良くても悪くても、この世界を変えてくれる
――わからないよ。それはまだ、わからない。わからない
――見守ろう。世界を
――見守ろう。彼を
+ + + + +
「…………臭っ」
生臭い匂いが安眠を妨げる。
せっかくふわふわとした心地のよい柔らかな夢を見ていたのに、突然生ごみを顔面にぶちまけられたような。
この目覚め、既に慣れてしまっているというのが寂しいやら安心するやら。
「ぷるるるる……プヒュゥ……」
目が覚めたらビーの足でした。
なんて酷い目覚めだろうか。せめて美女が耳元でモーニングコールなんて贅沢言わない。そもそも、そんなことしてくれる美女がいない。美女はいるが、そういう気遣いをアンドロメダ銀河に捨て去っただろう二人。いや、そんなことを求める俺が間違っているだけだ。だが起き抜けに見たのがビーの足の裏ってそりゃないよ。
「……せめて、水浴びくらい」
と、言っても大量の水は俺の鞄の中だった。
辺りを見渡せばいつもの馬車の、俺の部屋。妙に豪華な壁の模様に柔らかな明かりの魔道具。柔らかなレインボーシープの綿が詰まったふかふかの布団。俺の顔に足を向けて眠るビーは相変わらず大の字になり、俺のローブをヨダレにまみれさせていた。
俺がここにいるということは、誰かが運んでくれたのだろう。タンスの端っこに何か擦ったような跡を見るに、クレイの尻尾が傷つけやがったな。
「うーん、よく寝た」
ビーを避けてからゆっくりと起き上がると、身体の節々からぽきぽきと音が鳴る。
しばらく首や腕を回すと音もなくなり、あれだけ酷かった倦怠感も消えていることに気づく。
ええと、クレイの試練は第三段階まで進んだんだよな。それで、メカクレイとの死闘。メカクレイは脳みそを持っていた。
「ああ、脳みそ」
いや脳みそじゃない。あの後どうなったんだ。
脳みそに治癒術をかけ、ついでに全身を元の状態に戻してやった。そこで俺は睡魔に負けて眠ってしまったわけで。
魔力が尽きると意識が失われるのか、それともただたんに疲れただけか。疲れただけと言ったらクレイに殴られそうなので、ここは魔力が切れたからという理由にしておいたほうがいいな。
よし、眠る前のことは全部覚えている。ビーの足の匂いで、寝起きだが思考ははっきりしている。良い目覚めというわけではないが、おかげで二度寝しないで済んだ。
熟睡したまま変な寝息を繰り返すビーを担ぎ、ヨダレまみれのローブをえんがちょ摘み。後で全員に清潔だな。風呂に入りたいが我慢することにして、ひとまず飯を食おう。
部屋を出て馬車を降りると、香ばしい匂いが漂ってきた。
「タケル、起きたか!」
「うん、おはよう」
ボウル状の木の皿にキノコグミを山盛り積んだブロライトが、俺の姿を見つけて駆け寄ってきた。
「もう良いのか?」
「ああ。ゆっくり休ませてもらったから、もう大丈夫。あれからどのくらい経ったの?」
「わたしもクレイストンもしばし休んだからの。三、四時ほどじゃろうか」
三日くらい寝こけていたような感覚だったが、そうでもなかったのか。短時間で疲れがすっきりと取れると、ちょっと得した気分になるな。
馬車の側で休憩をしたのか、ここは第三の試練で使ったドームの中だ。
昼か夜かはわからないが、クレイたちが組んだだろう焚火が赤々と燃えている。あの木とか石とか何処から持ってきたのだろう。
焚火の上には見慣れた大鍋と、何かの肉が鉄串に刺さって美味しそうに焼けていた。
それよりも突っ込みたいのが、焚火の側から離れて交戦しているクレイと、テカテカに輝くボディのメカクレイ。
「なにあれ。試練の続き?」
「いいや、違う。リンデルートヴァウムがクレイストンと手合わせをしているだけじゃ」
「え?」
どういうこと?
8 龍燈~りゅうとう~
ブロライト特製、ダークキャモルの塩焼き。
クレイが第二の試練で倒したという、ラクダに似たモンスター。巨大な四つこぶに蓄えた脂肪分が絶品らしく、是非に食べたいとプニさんがねだったらしい。なーるほどな。
それを持ち帰っていたというクレイに後で礼を言うとして、ブロライトの豪快な料理はなかなか美味い。調味料セットもまとめて出しておいて良かった。ルセウヴァッハ領主にもらった王都で人気の貴重な岩塩を惜しげもなく使いやがったのはいいとして。
ただ塩をまぶしただけのダークキャモルの肉は、噛めば口の中でほろほろと崩れるほど柔らかく、溢れ出す肉汁すら美味かった。この肉なら蒸し焼きにしてサンドイッチにしても美味いだろうな。
起きたビーと遅ればせながら食事をとらせてもらい、ひとごこち。
「ところで、あれは何かな」
クレイが嬉々として剣をふるい、それをメカクレイが同じく剣で受け止める。激しい剣のぶつかる音がドームに高く高く響き渡った。
怪獣大決戦の第二ラウンドのような光景だが、先ほどの死闘とは雰囲気が違う。クレイは魔王化していないから、メカクレイより頭四つ分低い。手合わせ的なもののはずなのに、対モンスター戦とは比べ物にならないほどの激しい応酬が続いていた。
「あれが、本来のリンデ三号なのよ。あんな元気な姿を見たのは数百年ぶり」
胸を張って自分のことのように誇らしげに言うリピは、もう泣いていない。嬉しそうに頬を染め、笑っている。
メカクレイが無事に直ったのは良かった。直せる自信はあったけど、結果どうなるかはわからなかったからな。良かった、ヘンテコなデザインになっていなくて。
「直るかどうかわからなかったけど、まあ良かったよ」
「アンタのとてつもない魔力のおかげで、尽きていたリンデ三号の力が戻ったわ。どうやったの?」
「いや、魔素水ぶちまけて、治癒術かけて、メカ部分を直してみただけです」
「何でもないことのように言ってくれるけど、それがとんでもないことだっていうのはわかっているんでしょうね」
「たぶん?」
「たぶんって……はあ、アンタ何者なの? いい加減、教えてちょうだい」
呆れるリピを尻目に、うすら笑いを浮かべながらほうじ茶を飲む。
いやさ、世界は広いんだから。俺なんか足元にも及ばないほどの大魔法使いとか大賢者とか、そういうのがいるかもしれないじゃないか。俺はしょせん大陸の端っこで地道に素材を採取する冒険者ですよ。言うなれば井戸の中のカエルさん。俺超ツエーヒャッハー、だなんて勘違いしてはならない。他にもすんごいのがゴロゴロいるかもしれないんだからさ。
俺はちょっと便利な魔法を使えるだけの、平凡な――
「人間です」
「馬鹿言わないでよ。この、エデンの民であるアタシが見たこともない魔力なのよ? その持ち主が、ただの人間なわけないじゃない」
「生い立ちは少しだけ変わっているかな。説明すると長くなるしブロライトとプニさんにも聞いてもらいたい話だから、ちょっと待ってね」
ところであの怪獣大決戦第二弾、いつまで続けるのだろうか。
三人が休憩した後メカクレイが復活し、そこからすぐにはじめたらしいけど、クレイのスタミナには恐れ入るわ。持久力云々っていうより、飽きないの?
俺はああいった戦闘に関しては素人だから何も言えない。だけど、クレイが嬉しそうに拳を交えているのはわかる。強い相手に本気を出せてオラわくわくすっぞ的な、少年漫画の主人公のようだ。メカクレイは何モードなんだろう。バトルモード? トレーニングモード? せっかく試合相手がいるのなら、クレイは槍術で本気出せばいいのに。
鞄の中にクレイ用の槍はあと何本入っているかなと考えていると、二人は距離を取り互いに一礼した。どうやら終わったようだ。
「タケル、起きたのだな」
爽やかな汗をかいたクレイが上機嫌でやってきた。尻尾がるんるんと左右に振れているから、嬉しいのだろう。
「お疲れ。部屋まで運ばせて悪かったな」
「気にするな」
チーム蒼黒の団が全員そろったところで清潔を展開し、それぞれの薄汚れた髪や装備などを綺麗にしていく。
清潔を展開した部分だけ床のレンガが異常に綺麗になってしまったが、まあこれはそういう模様にしてもらおう。
「はあ、さっぱり!」
「また妙な魔法を使って……」
呆れるリピはさておき、ついでにブロライトが使ったであろう調理器具も、全て綺麗にしてから鞄の中にぽいぽいと入れる。デザートは何がいいかな。ひょうたん型したみかん味の果物にしようかな。地下墳墓に来る前、リザードマンの郷で大人買いしたやつがあるんだ。
鞄の中に両腕を頭ごと突っ込んで木箱を一つ取り出すと、その光景を間近で見ていたリピが怒り半分に叫ぶ。
「さあ、説明してちょうだい!」
待ってましたとばかりに俺の目の前に座り、ぱんぱんと手を叩いた。霊体なのに手は叩けるのか。
「その前に礼をイワせてはもらえぬダろうか」
「いいよ、いいよ、礼なんて」
「恩義はカエさねばならぬのが、ワレら一族のオキてでもあルゆえ」
「ははは、そんな掟なんてリザードマンの郷にあったの? クレイ」
「今のは俺が言うたのではない」
えっ。
背後から妙なことを言うもんだなと振り返ってみたら、そこにはメカクレイがいた。
さっきは茶色だったはずのボディが、今は光沢のある濃い灰色。これ車で見たことある色だな。なんだっけ。
「ガンメタクレイ!」
「リンデルートヴァウム殿だ!」
鋭いツッコミがクレイから入ると、ガンメタクレイ、いやリンデ? は座ったままの俺に膝をつき、深々と頭を下げた。
相手を敬い、尊ぶときにしか取らない最上級の礼の仕方。
「貴殿のおかゲで、俺は再びコトばを取り戻スことができた」
「喋った!」
「うむ。俺は機械人形としてヨみがエルことを許さレたモノ」
リンデは深く頭を下げたまま、赤く燃えるような瞳をうっすらと細くした。まるで笑っているような。
いやそれよりもなによりも。
「喋るの!? マデウスの機械人形って喋るのが普通なの? これ何? プログラミング? 0と1の羅列? AI的なあのアレ的なやつ?」
俺の動揺と興奮が伝わるだろうか。慌てすぎて自分でも何を言っているのかわからない。
目の前に夢の二足歩行自律稼働ロボが存在するというのに、それが流暢に喋っている。クレイに喋り方や声質が似ているが、よくよく聞いてみればロボっぽい機械的な声をしていた。脳みそがあるから喋ることができるのだろうか。治療して良かった脳みそ。まさかの喋るロボ。
「貴殿ニ最大の謝辞を。アりがとう」
リンデが再度深々と頭を下げると、リピもそれに習って頭を下げた。リピは渋々といった感じだったが、リンデは心から俺に礼を尽くしているのがわかる。
「いいよ、礼なんて。ほんといいんだって」
「シかし」
「俺は感謝されたくてメカ、リンデを直したわけじゃないんだよ。なんというか、たまたまっていうか? 直せたから直してみただけ」
そもそもリンデが直してください、って言ったわけじゃないし。俺に礼を言うべきなのは、リピなんじゃなかろうか。言葉はいらないけど、その態度はな。
笑顔のままリピをじっとりと見てやると、リピは気まずそうに頬をむうっと膨らませてしまった。しばらく耐えるように沈黙を続けていたが、俺が何も言わないままでいることに耐えられなくなったようで。
霊体ながらも頭をガッと下げ、土下座をする勢いのまま叫んだ。
「ありがとう! ありがとうございます! アタシの、お願いを、聞いてくれて、ほんとにありがとう!」
「そんなやけっぱちに言わなくても」
「……本当に感謝しているのよ。おかげでアタシも消えなくて済んだわ。ただ、なんというか、ちょっと悔しいだけ」
アンタ、全然すごそうに見えないんだもの。
リピが顔を赤らめてぽつりと呟いた。失敬だな。その通りだけども。
これで説明をしなかったらいい加減にリピがぶち切れるだろう。常に切れているような状態だが、彼女の血圧を案じて二人に頭を上げてもらい、焚火を囲んでそれぞれ座った。
ミスリル魔鉱石製の果物ナイフを取り出し、ひょうたん型のみかんの皮を剥く。
ブロライトとクレイにもひょうたんを手渡し、各々好きなように食べさせた。プニさんは皮のまま、もりもりと食べている。
「ここ、カリディアを訪れシ理由はクレイストンに聞かせテもらった。リピルガンデ・ララも世話にナッたようだな」
「気合いの入った罠の数々に殺されそうになったけど」
「ふふフ」
リンデはロボながらも笑った。ロボが笑っている。なんという不思議な光景だろうか。俺、ロボと話していますよ。おまけに自然な会話。
機械人形の仕組みやシステム的なことはさっぱりわからないけど、意思の疎通ができるって本当にすごいことだ。マデウスの技術って、地球の遥か先にあったんだな。
ロボは喋るがトイレはぼっとん、というのが残念だけど。
「さあ! 話してちょうだい。アンタが持っているその純粋な魔力と、アンタ自身のことを」
「ええー。そんなたいそうな話じゃないんだけど」
「たいそうじゃないなら話して」
なんと説明すればいいかな。
ホウレンソウは社会人の基礎だが、俺自身もよくわかっていない部分が多い。事実を話し、それから質問に答える質疑応答形式にしよう。
自己PR、自分プレゼンは新卒の就職活動以来だ。
「俺には前世の記憶がありましてね」
ホワイトボードがあれば説明しやすかったのにな、と。
気楽に話しはじめた。
【タケル・カミシロ 魔導王 19歳(28歳)】
種族:古代竜の加護を受けし者
所属:蒼黒の団
加護:古代竜の加護 古代馬の加護 緑の精霊王の執着 理の呪縛 栄誉の竜王の盟友 精霊の友 ハイエルフの祝福
技能:口八丁 話術 算術 臨機応変 ものぐさ
異能:世界言語 身体能力 各種免疫・耐性 探査能力 空間術 私物確保 魔力極限 具現化能力 知識理解力 意思疎通 神の幸運 第六感
クレイの怖い顔では些細な違いはわからないが、確かに俺を睨みつけて怒筋マークつけまくっている。おお怖い。
しかし機械人形だと思ったら、まさかのフランケン。ちなみにフランケンシュタインはクリーチャーを生み出した科学者の名前です。
「うーん、脳みそが残っているっていうことは、この機械人形は誰かの脳みそを利用して動いていたってことになる。人形というより人造ドラゴニュート?」
「アンタが何を言ってるのかわからないのよ! でも、この……ノウミソ、の意味は、アンタわかるのね?」
しっかりとわかっているわけではないが、誰かの脳みそを利用しているっていうことだけはわかる。まさか脳みそに見える膀胱じゃないだろうしな。
だが、生身の部分があるのなら、治療すればいい。
「試してみるしかないな。たぶん、壊れることはないと思うから」
「不安になるようなこと言わないで」
鞄の中から大鍋になみなみと魔素水を汲み、それをメカクレイの脊椎へと流し込む。メカクレイは内部に浸透する魔素に反応し、更に暴れはじめた。
ユグドラシルに込めた魔力を全て解き放つように、メカクレイの剥き出しの脳みそへ。
「完全治癒!」
軽く忘れていた最強の治癒術。
生身の部分があるのなら、修復よりもこっちだろう。しかも相手はよくわからない人工遺物。全身全霊を込める気持ちで、魔力を注がないと。
「ぐおっ? おほっ? うおおおおおおっ!」
久しぶりに感じる、魔力を強引に持っていかれる感覚。
巨大掃除機に全身を容赦なく吸われる。
たっぷりの魔素水が媒体となり、メカクレイの全身を容赦ない魔力が包み込む。
「なに……これ、すごい、なんなの……?」
呆けるリピは両手で己の口を押さえ、霊体ながらも身体を震わせていた。
クレイにのされていたメカクレイはしばらく暴れていたが、魔力が全身に行き渡ると次第に大人しく、動きをゆるやかに止めていった。
剥き出しだった白色に近いピンク色の脳みそは、ぷるんとつるんと輝きを取り戻し、脈打つ血管も青々とした色へと変化した。
「タケル、大事ないか?」
「いや……もう、だめ。へろへろ。しんじゃう」
遠慮なく吸われた魔力のおかげで、これまた久々に感じる全身の筋肉痛と倦怠感。心臓がばくばくと力強く脈打ち、全力疾走した後のようだ。それだけメカクレイの状態が酷かったということだろうか。
身体を大の字にして仰向け。クレイを魔王にしたときよりも、もっと酷い。一番酷かったのはビーのときだけど。意識がなくならなかっただけマシか。
「ピュイ、ピュー、ピュピュ」
「うん、大丈夫、あり、うべっ、臭っ、ありが、べっ」
心配したビーの顔面べろべろ攻撃に耐えつつも、なんとか上体を起こしてビーを撫でてやる。
クレイもメカクレイの動きが完全に止まったことを確認し、ゆっくりと起き上がった。
「クレイもブロライトも大丈夫か? プニさんは?」
「大事ありません。それよりも、お前は失われし秘術すら操ることができるのですね」
おお。プニさんが珍しく俺のことを感心してくれた。だけど剥き出しの脳みそつんつんするのはやめようね。
倒れたまま動かないメカクレイを案じたリピは、既に涙をぼろぼろと流している。溢れる涙は霧となって消えてしまうが、やはり幼い子供の泣いている姿なんて見たくはないものだ。悪いことをしたわけじゃないのに、罪悪感を覚える。
「はあ、疲れたけどまだやらないと」
「む? 何をやるのじゃ」
「やったことはないけど、思いついたからできると思うんだ」
鞄の中からどんぶりに魔素水を汲み、一気に飲み干す。失われた魔力がむくむくと戻っていく感覚がするが、疲れたものは疲れた。飯食って寝たい。
地下墳墓に入って既に二日目。早く太陽の光を浴びたいものだ。
ユグドラシルの杖に魔力を込めて、腹に力を入れる。魔法は意思の力。できると思えば何とかなる。自信なさげにやってはならない。
みんなにメカクレイから離れてもらい、集中。ベルカイムの職人街で何度も見学させてもらった、あの光景を思い浮かべて。
「復元」
壊れた鍋や包丁などを修理し、元の姿に戻す工程を見た。
熱して叩いて伸ばすことにより元々の強度は損なわれてしまうのだが、贅沢は言わせない。
要は脳みそ剥き出し状態なのを隠せばいいんだ。さすがに脳みそを壊されたら死んでしまうだろう。この機械人形の弱点なのかはわからないが、ともあれメカクレイの目立った破損箇所を順次復元していく。
ぶっちゃけ、修復と復元に大した差はないんだが、こういうのは気持ちの問題。クレイの槍を修復で直せなかったトラウマ的なものがありましてね。だったら気持ちも新たに、違う魔法を試してみればいいかなと。
「なにこれ……アンタ何なの?」
「リピ、静かにするのじゃ。今タケルは集中しておる。タケルの魔法を邪魔してはならぬ」
「でもアタシ……こんな魔法、聞いたこともないし見たこともないの」
遠い何処かでブロライトとリピの声が響く。
クレイもブロライトも、ついでにプニさんも、俺のやることなすことに疑問を持ちつつ執拗に答えを求めることはしなかった。考え方が柔軟なのか、それとも俺と同じく深く考えるのが面倒なのか、それはそういうものとして流されていた。
俺だって魔法のことをよくわからないまま今に至るのに、何でとかどうしてとか聞かれても、困るんだよ。
後でありのままを説明するしかないな。ブロライトにも俺の生い立ちのようなものを説明するべきだったし、ちょうどいい。
魔素水が浸透したメカクレイの全身は、俺の魔法がするすると入っていく。全体的にくすんでいた色が次第に光沢を持ち、本来の色だっただろうつるぴかの赤茶色に変化していった。
「終わったの? ねえ、リンデはどうなったの?」
見た目だけは綺麗になり、剥き出しだった脳みそも収まるべきところに収まった。
確認するために調査先生に聞くべきなんだが、そこまでの余裕はない。もう、疲れて疲れて。急激な睡魔が襲ってくる。魔素水で補給しても、この眠気は治まることはないだろう。
「これで、様子を見て……ふああぁぁ、俺は今から寝るから、後は、よろしく……」
「はあっ!? ちょっと待ってよ! 寝ないで!」
最後の力を振り絞り、馬車と各種調理道具を取り出した。野宿に慣れているやつらだ。後はまる投げしてもなんとかしてくれるだろう。
俺の意識はそこで途絶えてしまったわけで。
+ + + + +
――あはははっ、すごいね。僕が選んだ魂は、僕の想像を超えてくれた!
――こんなの、たまたまじゃないか。お前の選んだ魂だからなんて、関係ないだろう
――負け惜しみかい? それでもいいよ。彼は古代竜を虜にして、偏屈な古代馬すら彼に耳を貸している。なんて面白いんだろう
――消え人に過ぎないただの人間なんかが、過ぎた力を持つからだ
――おっとやめてくれよ? 僕が与えた贈り物にこれ以上干渉しないでくれ
――何を言うんだ。ボクが彼の力の一部を奪ったおかげで、彼はやりたい仕事ができたんじゃないか
――それはこじつけというものだよ。でもまあ、古代竜の加護があるかぎり、彼の前途は明るいままだ
――明るいのか? これで?
――明るいよ。彼は過ぎた欲を抱かない、貴重な思考の持ち主だ。良くても悪くても、この世界を変えてくれる
――わからないよ。それはまだ、わからない。わからない
――見守ろう。世界を
――見守ろう。彼を
+ + + + +
「…………臭っ」
生臭い匂いが安眠を妨げる。
せっかくふわふわとした心地のよい柔らかな夢を見ていたのに、突然生ごみを顔面にぶちまけられたような。
この目覚め、既に慣れてしまっているというのが寂しいやら安心するやら。
「ぷるるるる……プヒュゥ……」
目が覚めたらビーの足でした。
なんて酷い目覚めだろうか。せめて美女が耳元でモーニングコールなんて贅沢言わない。そもそも、そんなことしてくれる美女がいない。美女はいるが、そういう気遣いをアンドロメダ銀河に捨て去っただろう二人。いや、そんなことを求める俺が間違っているだけだ。だが起き抜けに見たのがビーの足の裏ってそりゃないよ。
「……せめて、水浴びくらい」
と、言っても大量の水は俺の鞄の中だった。
辺りを見渡せばいつもの馬車の、俺の部屋。妙に豪華な壁の模様に柔らかな明かりの魔道具。柔らかなレインボーシープの綿が詰まったふかふかの布団。俺の顔に足を向けて眠るビーは相変わらず大の字になり、俺のローブをヨダレにまみれさせていた。
俺がここにいるということは、誰かが運んでくれたのだろう。タンスの端っこに何か擦ったような跡を見るに、クレイの尻尾が傷つけやがったな。
「うーん、よく寝た」
ビーを避けてからゆっくりと起き上がると、身体の節々からぽきぽきと音が鳴る。
しばらく首や腕を回すと音もなくなり、あれだけ酷かった倦怠感も消えていることに気づく。
ええと、クレイの試練は第三段階まで進んだんだよな。それで、メカクレイとの死闘。メカクレイは脳みそを持っていた。
「ああ、脳みそ」
いや脳みそじゃない。あの後どうなったんだ。
脳みそに治癒術をかけ、ついでに全身を元の状態に戻してやった。そこで俺は睡魔に負けて眠ってしまったわけで。
魔力が尽きると意識が失われるのか、それともただたんに疲れただけか。疲れただけと言ったらクレイに殴られそうなので、ここは魔力が切れたからという理由にしておいたほうがいいな。
よし、眠る前のことは全部覚えている。ビーの足の匂いで、寝起きだが思考ははっきりしている。良い目覚めというわけではないが、おかげで二度寝しないで済んだ。
熟睡したまま変な寝息を繰り返すビーを担ぎ、ヨダレまみれのローブをえんがちょ摘み。後で全員に清潔だな。風呂に入りたいが我慢することにして、ひとまず飯を食おう。
部屋を出て馬車を降りると、香ばしい匂いが漂ってきた。
「タケル、起きたか!」
「うん、おはよう」
ボウル状の木の皿にキノコグミを山盛り積んだブロライトが、俺の姿を見つけて駆け寄ってきた。
「もう良いのか?」
「ああ。ゆっくり休ませてもらったから、もう大丈夫。あれからどのくらい経ったの?」
「わたしもクレイストンもしばし休んだからの。三、四時ほどじゃろうか」
三日くらい寝こけていたような感覚だったが、そうでもなかったのか。短時間で疲れがすっきりと取れると、ちょっと得した気分になるな。
馬車の側で休憩をしたのか、ここは第三の試練で使ったドームの中だ。
昼か夜かはわからないが、クレイたちが組んだだろう焚火が赤々と燃えている。あの木とか石とか何処から持ってきたのだろう。
焚火の上には見慣れた大鍋と、何かの肉が鉄串に刺さって美味しそうに焼けていた。
それよりも突っ込みたいのが、焚火の側から離れて交戦しているクレイと、テカテカに輝くボディのメカクレイ。
「なにあれ。試練の続き?」
「いいや、違う。リンデルートヴァウムがクレイストンと手合わせをしているだけじゃ」
「え?」
どういうこと?
8 龍燈~りゅうとう~
ブロライト特製、ダークキャモルの塩焼き。
クレイが第二の試練で倒したという、ラクダに似たモンスター。巨大な四つこぶに蓄えた脂肪分が絶品らしく、是非に食べたいとプニさんがねだったらしい。なーるほどな。
それを持ち帰っていたというクレイに後で礼を言うとして、ブロライトの豪快な料理はなかなか美味い。調味料セットもまとめて出しておいて良かった。ルセウヴァッハ領主にもらった王都で人気の貴重な岩塩を惜しげもなく使いやがったのはいいとして。
ただ塩をまぶしただけのダークキャモルの肉は、噛めば口の中でほろほろと崩れるほど柔らかく、溢れ出す肉汁すら美味かった。この肉なら蒸し焼きにしてサンドイッチにしても美味いだろうな。
起きたビーと遅ればせながら食事をとらせてもらい、ひとごこち。
「ところで、あれは何かな」
クレイが嬉々として剣をふるい、それをメカクレイが同じく剣で受け止める。激しい剣のぶつかる音がドームに高く高く響き渡った。
怪獣大決戦の第二ラウンドのような光景だが、先ほどの死闘とは雰囲気が違う。クレイは魔王化していないから、メカクレイより頭四つ分低い。手合わせ的なもののはずなのに、対モンスター戦とは比べ物にならないほどの激しい応酬が続いていた。
「あれが、本来のリンデ三号なのよ。あんな元気な姿を見たのは数百年ぶり」
胸を張って自分のことのように誇らしげに言うリピは、もう泣いていない。嬉しそうに頬を染め、笑っている。
メカクレイが無事に直ったのは良かった。直せる自信はあったけど、結果どうなるかはわからなかったからな。良かった、ヘンテコなデザインになっていなくて。
「直るかどうかわからなかったけど、まあ良かったよ」
「アンタのとてつもない魔力のおかげで、尽きていたリンデ三号の力が戻ったわ。どうやったの?」
「いや、魔素水ぶちまけて、治癒術かけて、メカ部分を直してみただけです」
「何でもないことのように言ってくれるけど、それがとんでもないことだっていうのはわかっているんでしょうね」
「たぶん?」
「たぶんって……はあ、アンタ何者なの? いい加減、教えてちょうだい」
呆れるリピを尻目に、うすら笑いを浮かべながらほうじ茶を飲む。
いやさ、世界は広いんだから。俺なんか足元にも及ばないほどの大魔法使いとか大賢者とか、そういうのがいるかもしれないじゃないか。俺はしょせん大陸の端っこで地道に素材を採取する冒険者ですよ。言うなれば井戸の中のカエルさん。俺超ツエーヒャッハー、だなんて勘違いしてはならない。他にもすんごいのがゴロゴロいるかもしれないんだからさ。
俺はちょっと便利な魔法を使えるだけの、平凡な――
「人間です」
「馬鹿言わないでよ。この、エデンの民であるアタシが見たこともない魔力なのよ? その持ち主が、ただの人間なわけないじゃない」
「生い立ちは少しだけ変わっているかな。説明すると長くなるしブロライトとプニさんにも聞いてもらいたい話だから、ちょっと待ってね」
ところであの怪獣大決戦第二弾、いつまで続けるのだろうか。
三人が休憩した後メカクレイが復活し、そこからすぐにはじめたらしいけど、クレイのスタミナには恐れ入るわ。持久力云々っていうより、飽きないの?
俺はああいった戦闘に関しては素人だから何も言えない。だけど、クレイが嬉しそうに拳を交えているのはわかる。強い相手に本気を出せてオラわくわくすっぞ的な、少年漫画の主人公のようだ。メカクレイは何モードなんだろう。バトルモード? トレーニングモード? せっかく試合相手がいるのなら、クレイは槍術で本気出せばいいのに。
鞄の中にクレイ用の槍はあと何本入っているかなと考えていると、二人は距離を取り互いに一礼した。どうやら終わったようだ。
「タケル、起きたのだな」
爽やかな汗をかいたクレイが上機嫌でやってきた。尻尾がるんるんと左右に振れているから、嬉しいのだろう。
「お疲れ。部屋まで運ばせて悪かったな」
「気にするな」
チーム蒼黒の団が全員そろったところで清潔を展開し、それぞれの薄汚れた髪や装備などを綺麗にしていく。
清潔を展開した部分だけ床のレンガが異常に綺麗になってしまったが、まあこれはそういう模様にしてもらおう。
「はあ、さっぱり!」
「また妙な魔法を使って……」
呆れるリピはさておき、ついでにブロライトが使ったであろう調理器具も、全て綺麗にしてから鞄の中にぽいぽいと入れる。デザートは何がいいかな。ひょうたん型したみかん味の果物にしようかな。地下墳墓に来る前、リザードマンの郷で大人買いしたやつがあるんだ。
鞄の中に両腕を頭ごと突っ込んで木箱を一つ取り出すと、その光景を間近で見ていたリピが怒り半分に叫ぶ。
「さあ、説明してちょうだい!」
待ってましたとばかりに俺の目の前に座り、ぱんぱんと手を叩いた。霊体なのに手は叩けるのか。
「その前に礼をイワせてはもらえぬダろうか」
「いいよ、いいよ、礼なんて」
「恩義はカエさねばならぬのが、ワレら一族のオキてでもあルゆえ」
「ははは、そんな掟なんてリザードマンの郷にあったの? クレイ」
「今のは俺が言うたのではない」
えっ。
背後から妙なことを言うもんだなと振り返ってみたら、そこにはメカクレイがいた。
さっきは茶色だったはずのボディが、今は光沢のある濃い灰色。これ車で見たことある色だな。なんだっけ。
「ガンメタクレイ!」
「リンデルートヴァウム殿だ!」
鋭いツッコミがクレイから入ると、ガンメタクレイ、いやリンデ? は座ったままの俺に膝をつき、深々と頭を下げた。
相手を敬い、尊ぶときにしか取らない最上級の礼の仕方。
「貴殿のおかゲで、俺は再びコトばを取り戻スことができた」
「喋った!」
「うむ。俺は機械人形としてヨみがエルことを許さレたモノ」
リンデは深く頭を下げたまま、赤く燃えるような瞳をうっすらと細くした。まるで笑っているような。
いやそれよりもなによりも。
「喋るの!? マデウスの機械人形って喋るのが普通なの? これ何? プログラミング? 0と1の羅列? AI的なあのアレ的なやつ?」
俺の動揺と興奮が伝わるだろうか。慌てすぎて自分でも何を言っているのかわからない。
目の前に夢の二足歩行自律稼働ロボが存在するというのに、それが流暢に喋っている。クレイに喋り方や声質が似ているが、よくよく聞いてみればロボっぽい機械的な声をしていた。脳みそがあるから喋ることができるのだろうか。治療して良かった脳みそ。まさかの喋るロボ。
「貴殿ニ最大の謝辞を。アりがとう」
リンデが再度深々と頭を下げると、リピもそれに習って頭を下げた。リピは渋々といった感じだったが、リンデは心から俺に礼を尽くしているのがわかる。
「いいよ、礼なんて。ほんといいんだって」
「シかし」
「俺は感謝されたくてメカ、リンデを直したわけじゃないんだよ。なんというか、たまたまっていうか? 直せたから直してみただけ」
そもそもリンデが直してください、って言ったわけじゃないし。俺に礼を言うべきなのは、リピなんじゃなかろうか。言葉はいらないけど、その態度はな。
笑顔のままリピをじっとりと見てやると、リピは気まずそうに頬をむうっと膨らませてしまった。しばらく耐えるように沈黙を続けていたが、俺が何も言わないままでいることに耐えられなくなったようで。
霊体ながらも頭をガッと下げ、土下座をする勢いのまま叫んだ。
「ありがとう! ありがとうございます! アタシの、お願いを、聞いてくれて、ほんとにありがとう!」
「そんなやけっぱちに言わなくても」
「……本当に感謝しているのよ。おかげでアタシも消えなくて済んだわ。ただ、なんというか、ちょっと悔しいだけ」
アンタ、全然すごそうに見えないんだもの。
リピが顔を赤らめてぽつりと呟いた。失敬だな。その通りだけども。
これで説明をしなかったらいい加減にリピがぶち切れるだろう。常に切れているような状態だが、彼女の血圧を案じて二人に頭を上げてもらい、焚火を囲んでそれぞれ座った。
ミスリル魔鉱石製の果物ナイフを取り出し、ひょうたん型のみかんの皮を剥く。
ブロライトとクレイにもひょうたんを手渡し、各々好きなように食べさせた。プニさんは皮のまま、もりもりと食べている。
「ここ、カリディアを訪れシ理由はクレイストンに聞かせテもらった。リピルガンデ・ララも世話にナッたようだな」
「気合いの入った罠の数々に殺されそうになったけど」
「ふふフ」
リンデはロボながらも笑った。ロボが笑っている。なんという不思議な光景だろうか。俺、ロボと話していますよ。おまけに自然な会話。
機械人形の仕組みやシステム的なことはさっぱりわからないけど、意思の疎通ができるって本当にすごいことだ。マデウスの技術って、地球の遥か先にあったんだな。
ロボは喋るがトイレはぼっとん、というのが残念だけど。
「さあ! 話してちょうだい。アンタが持っているその純粋な魔力と、アンタ自身のことを」
「ええー。そんなたいそうな話じゃないんだけど」
「たいそうじゃないなら話して」
なんと説明すればいいかな。
ホウレンソウは社会人の基礎だが、俺自身もよくわかっていない部分が多い。事実を話し、それから質問に答える質疑応答形式にしよう。
自己PR、自分プレゼンは新卒の就職活動以来だ。
「俺には前世の記憶がありましてね」
ホワイトボードがあれば説明しやすかったのにな、と。
気楽に話しはじめた。
【タケル・カミシロ 魔導王 19歳(28歳)】
種族:古代竜の加護を受けし者
所属:蒼黒の団
加護:古代竜の加護 古代馬の加護 緑の精霊王の執着 理の呪縛 栄誉の竜王の盟友 精霊の友 ハイエルフの祝福
技能:口八丁 話術 算術 臨機応変 ものぐさ
異能:世界言語 身体能力 各種免疫・耐性 探査能力 空間術 私物確保 魔力極限 具現化能力 知識理解力 意思疎通 神の幸運 第六感
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