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5巻
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調査先生に聞いてみたら、この蔓の葉に溜まる滴、ねばっとしたその粘液に価値があるのだと。植物の滴の採取ってのは、初めての試み。
クレイが第二の試練の門へ行っている間、俺たちは別の道から最深部へと向かうこととした。
リピの案内で罠に引っかかることもなく先に進めることに多少の罪悪感を覚えたが、これ以上余計な魔力を使わせるなと逆に叱られた。盗掘目的でないのなら、何処にでも案内してやると。
奥に進むほど年代の古い墓が並び、あの勇者ヘスタスの墓も見つけることができた。精巧なリザードマンの石像に石の棺。棺に「最強勇者安眠中」と書いてあるのは気のせいだと思う。見なかったことにしよう。
棺が並ぶ部屋に奇妙なキノコ蔓が壁じゅうに張り付いていたので、気になって調査してみたら依頼品でした。ラッキー。
「蔓から分泌される液体に、薬効成分がある」
「ほう。ここにしか生えぬのか? このキノコは甘くて美味い」
「仮にもお墓にあるんだからな? あまりバクバク食べると腹壊しそう」
と、言っている側からプニさんはひょいぱくと食べ続けている。どうやら気に入ったようだ。
鞄からガラス製の瓶を取り出し、蔓の滴をちまちまと採取。ブロライトにも手伝ってもらい、想定していた倍の量が採取できた。
なるべく綺麗なものを選んで採取したおかげで、小瓶に溜まった粘液は不純物の少ない透明。質の良いものをなるべくたくさん、という信念を持っている俺としては、これは上々の出来なのではないかな。報酬に色をつけてもらえるはず。
「……アンタたち、ほんと変わっているわね」
うんこ座りしながらちまちま採取を続ける俺たちに、呆れた声がかけられる。
俺たちの地味すぎる作業を顔をしかめて見ていたリピは、髪の毛先を指先でいじりつつ言った。
「仮にもエルフを連れたチームだっていうのに、素材採取? あのねえ、ここには財宝が眠っているのよ? それを探しもしないなんて。アンタたち本当に冒険者?」
だって財宝に興味ないんですもの。
珍しい魔道具だとしたら、その構造を調べたいとは思うけど、黄金や宝石を手に入れてもなあ。
この世で何よりも価値があるだろうミスリル魔鉱石と魔素水を所持している時点で、ひと財産持っているようなもの。最強無敵のハサミも手に入れた俺に、他に欲しいものと言えばコンビニのおでん。はんぺん食べたい。
俺が欲しいものはマデウスでは手に入らない。
そもそも金に困っていないという贅沢者なので、人様の財宝に手をつけることはしませんよ。
「リザードマンとドラゴニュートの財宝というのは、例えばどういうものがあるのじゃ」
キノコグミをつまみ食いしながらブロライトが聞く。
財宝自体には興味がある。エルフの郷でも素晴らしい財宝コレクションを見せてもらったが、アンティーク美術館の展示品を見ているような気分になった。つまり、欲しいとか思う前にいくらくらいなのかな、と考えてしまう庶民感覚。宝石もデカすぎると欲しいと思わなくなるんだよ。俺に骨董や高価なものを収集する趣味があったのなら、目の色を変えて飛びつくんだろうけども。
リピはブロライトの問いに待ってましたと笑顔になり、近くにある扉に手を当てた。取っ手にも触れず手のひらを押し当てただけなのに、扉は外側へとゆっくり開いた。
「アタシが開く扉は、全て財宝が眠る部屋へと繋がるの」
リピに部屋に入るよう促されると、そこには眩いばかりの黄金が高く積まれていた。黄金だけではない。色とりどりの宝石が輝く装飾品の数々。ごってり豪華な武具や見たことのない金貨。金塊。銀鉱石や水晶が並ぶなか、ミスリル鉱石やアダマンタイト、オリハルコンの塊などもあった。
いつか観た映画で、海賊の財宝がこんな感じにぐっちゃりとしていたっけ。
「おお。すげえ」
「ドラゴニュートとリザードマンが誇る財宝だけあるな! 我が郷の財と比べても見劣りせぬぞ」
「そういえばエルフの財宝もすごかったな。あっちはもっと綺麗に並んでいたけど」
「管理をする者がおるからな」
「タケル、喉が渇きました」
「プニさんキノコグミ食べすぎなんだよ。白湯にする?」
「ピュイィ」
「ん? お前も飲むか? よしよし」
「ピュイッ!」
それじゃあちょっと午後のお茶会にしましょうかね、と鞄の中からエルフの木工職人に造ってもらった特製ちゃぶ台を出す。プニさんとブロライトはそそくさとその周りに行儀よく座した。こういうところは可愛いんだよな。
しかし、不満を表す子供が一人。
「ちょっと! これだけの財宝を前にして一個くらいくすねるとか考えないわけ!? アンタたちほんとおかしいわよ! それに、それに何よそれ! アイテムボックスじゃない!」
リピが大声で怒鳴った。
顔を真っ赤にし、目を潤ませ怒る姿は、まるで小さな子供の癇癪。
いやいや、財宝くすねるって。それ人としてどうよ。
「エルフの財宝のほうが整然と並んでいたからなあ。これちょっと整理整頓したら?」
「あれは珍しい金貨じゃぞ? デルブロン金貨一枚でグラン・リオ大陸金貨一枚に相当するのじゃ」
ブロライトが一枚の金貨を示して言う。
「へえー。あ、魔素水のほうがいい? 温かいの?」
「ハデ茶をよこしなさい」
「ピュピュ」
「わたしもハデ茶を飲む!」
「はいはい」
ちゃぶ台に人数分のカップとハデ茶と魔素水を用意し、お茶うけに大判焼き。
「リピもなんか食う?」
「アタシは霊体なんだから食べられるわけないでしょ! もうやだ! なんでアタシの仕掛けに引っかかってくれないのよおおおお!」
少女は地団駄を踏んで悔しがった。
やっぱり何か仕掛けがあったんじゃないか。触らないで良かった。
「何でアンタたち欲がないの? アイテムボックスのほうが珍しいかもしれないけど……ねえどうして? これだけの財宝よ? あの金貨一枚でも大金持ちになれるじゃない」
「今でも毎日三食食べられて、風呂がある宿に泊まれるだけの金を持っているから」
「あ、あああ、あの武具はどう? オリハルコンで造られているのよ? あれほどの鋭い剛剣は他にないわ!」
「ブロライト、あれ欲しい?」
「いらぬ。あってどうするのじゃ、あのようにでかい剣。扱えぬ武具などただの荷物ではないか」
「売ればいいじゃない! 高く売れるのよ?」
「素晴らしき武具は相応の持ち主が何処かにおるはず。武具は主を待ち望んでおるのじゃ。それを売り飛ばすなど、そのようなことはせぬ」
「何処で見つけたんだー、って追及されたら面倒だし」
「そうじゃな!」
「ピュイ」
じゃ、いらないってことで。
やれやれさっきは疲れたねとお茶を飲みはじめた俺たちを、リピは何も言えず呆然と眺めていた。
リピが呆れるのも無理はない。俺たちはだいぶ、かなり、ものすごく、変わった冒険者だと思うんだ。必要以上のものを求めないというか、毎日三食とおやつが食えて温かい風呂に入れて暖かい布団で眠れるのならば、それで幸せと思える。
ギルドで贔屓してもらっているから地味依頼でも高額報酬をいただけるし、何より金で決して買えない信用がある。信用があるからこそギルドは俺に高額依頼を任せてくれるし、贔屓してくれる。贔屓してくれるおかげで貯金は増える一方。
おまけにクレイやブロライトが受注した依頼の報酬すら、ほとんど俺に預けてくる始末。ランクA依頼の報酬って、一度で数十万から数百万レイブもするのだ。そのうえチームで受注すれば色もつけてもらえる。おかげで金には困ったことがない。
だから俺たちはチームとして成り立つ。
最強無敵のハサミを手に入れた今、欲しいものは……トルミ村に風呂かなあ。おでん食べたいなあ。
強欲は身を亡ぼす。それは前世で学んだ教訓です。
「リピは魔法が飯なのか? 魔素を吸収しておるのか?」
口周りに大判焼きのあんこをくっつけたままブロライトが問うと、リピはぎろりと俺たちを睨みつけ、ハアアと長く息を吐き出した。
「……そうよ。魔素のおかげでアタシは生き延びていたの。でも少し前に大地が揺れたでしょう? あのときに僅かにあった魔素の流れがピタリと止まっちゃって」
けれども湿地帯に濃い霧が出るようになり、盗掘目的の者たちが地下墳墓に近寄ることもなくなった。元々リザードマンたちも近寄らなくなっていたし、魔力で仕掛けを作動させることもない。魔力を使わなければ生きながらえることができる。いやもう既に死んでいるんだから生きているわけじゃないんだけど。
魔素の流れが止まったうんぬんは今更聞くまでもない。はい、大地が揺れましたね。はい、ボルさんが原因ですね。うーむ、この流れ、さすがに慣れた。
「久々に来た盗掘だーって思ったらなんだか張り切っちゃってさ! それなのにアンタたち、ちっとも死なないんだもん」
「いや、死んでたまるか?」
「死んでくれたらその人の魔力が溢れ出るでしょ? それを吸っちゃおうかなあって。えへへっ」
「怖い怖い。やめよ? ほんとやめよ?」
危険思考の見た目美少女はさておき、ここも魔素の影響が出ていたのか。
エルフの郷では魔素が溢れ、地下墳墓では魔素の枯渇。魔素の流れってなんなのよ。
グラン・リオの大陸内でこんなにあちこち影響があるなら、他の大陸の魔素はどうなっているんだろうか。他の大陸にも古代竜が存在するとしたら、その古代竜の影響が……
考えるのやめておこう。ちょっと怖くなった。
「それじゃあ、リピは魔素があればこれからも消えずに済むのか?」
「ええそうよ。消えちゃったアタシの同胞も戻るかもしれないけど、どうかしらね」
この広く暗い地下空間だけが、彼女の世界。
彼女の価値観だ。俺が、それって寂しい外に出よう、なんて容易く言える問題じゃない。リピは自ら選んでこの場所に留まり、この場所を守っている。ドラゴニュートと、リザードマンに救われたという恩を今でも返している。それは使命感なのか、意地なのか、わからない。
どちらにせよリピが消えてしまったら、地下墳墓の番人がいなくなってしまう。湿地帯の濃霧のおかげで今のところ人を寄せつけていないが、それで諦める盗賊はいない。この場所にこれだけの財宝が眠っていると知られれば、盗賊は命を懸けてやってくる。わらわらと。アイツらってそういうヤツらだから。
俺たちだってこの場所にあるだろうヘスタスの槍を求めてやってきたんだ。あくどいことして情報を得た盗賊たちがこの財宝を見つけるのは、時間の問題なのかもしれない。
せっかく知り合った仲だ。このままリピが消えてしまうのは嫌だな。
「なあリピ、聞きたいんだけど」
「え? ……ちょっと待って。あのクレイって人、第二の試練を突破したみたいよ」
残念そうに、それでも嬉しそうに言ったリピは微笑んだ。
+ + + + +
ドラゴニュートが財を蓄え守り続けていた湿地帯の地下空間。
そこにリザードマンらも財を隠すようになった。
盗掘防止のために数々の罠を仕掛けたのは、エデンの民。
その仕掛けが他に類を見ないほど素晴らしく、困難に打ち勝ち最深部の宝物庫にたどり着ける者は逆に称えられるほどであった。
いつしか宝物庫は勇猛なリザードマンの成人の儀式に使用されるようになり、それじゃまあついでにと造られたのが、四つの試練。
「一つはとっても暑い部屋。あの部屋でほとんどの挑戦者が脱落するのよ。あの暑さと風に耐えられるのは、一部のリザードマンだけ……なんだけど、アンタたちはどうやって切り抜けたの。おまけに天井ぶっ壊して」
「壊した天井は直しておいたけど」
「んああああっ! 直すって何よ! そんな魔法聞いたことないわよ!」
この子キレやすいな。
綺麗な髪を両手でがしがしと掻き回し、見事なもじゃりけヘアーの出来上がり。前衛的な髪型のまま、リピは俺を睨みつけた。
「わざわざフロガ・ターキを召喚してまで追い払おうとしたのに」
「え。あれって召喚してたの? どうやって?」
「カクトス砂漠の繁殖地から直接……って、そんなことどうだっていいじゃない」
なるほど、大量のモンスターは召喚をしていたのか。
あの灼熱の部屋で生態系はどうなっているんだろうと疑問に思ったが、何処かから召喚しているとなれば納得できる。いや、そもそも召喚ってどうやるのか全くわからないんだけど。
召喚のやり方について詳しく聞こうとしたら、部屋の通風孔らしき穴からカタカタと音が聞こえた。
今更他にも亡霊がいるのかなと警戒。しかし穴から出てきたのは、小さな茶色の芋虫。
いや、芋虫か? 芋虫にしては硬そうだ。
リピはその芋虫型の何かを手に取ると、指で撫でた。
「第二の試練は極寒のなかダークキャモルとの戦い……だったんだけど、あの人、ランクAのモンスターであるダークキャモルを瞬殺したのよ!」
「へえー」
「ランクAよ? 得物も装備せずにげんこつ一発で仕留めたのよ!? なんなの!」
リピは憤慨しているが、俺もブロライトも驚いてはいない。
クレイの本領は大きな槍を装備したときに発揮されるが、本来は拳一つでもじゅうぶんに戦える戦士だ。鋼鉄のように硬い鱗に覆われた皮膚は、それだけで何よりも強固な盾になる。全身に盾を纏っているような状態で繰り出される硬いげんこつは、鉄球よりも重たい。
今は単独だから超気合い入っていると思うんだよな。あのおっさんプライドめちゃくちゃ高いし。負けたら何を言われるかわからないと思っているんだろうよ。まあ、言いまくるけど。え、負けたの? まじで? プフー。って笑う。
「倒したモンスター、お土産に持ち帰ってくれないかな」
「うるさいうるさいっ! 次の試練は絶対に無理! なんせ、アタシの自慢の相棒が相手なんだから!」
仁王立ちで両手を腰に、むんっと胸を張ったリピ。
謎の芋虫状の何かを手のひらの上に浮かせ、それを俺の目の前に差し出した。芋虫はきょろきょろと周りをうかがい、俺を見つけると赤い粒のような目でじっとりと見つめてきた。壁にかけられた松明の光に照らされ、茶色の身体をテカテカと輝かせている。まるで鉄のような。
芋虫に似た何だろう、これは。
「相棒? これが?」
「相棒の切れ端ってところね。アンタたちのせいで魔力をたくさん使っちゃったから、相棒が眠っちゃったのよ。このままじゃ第三の試練ができない」
「ヤッ」
「喜んでんじゃないわよ。試練を受けなきゃ太陽の槍を継承させないから」
「ター……」
ちっ。
試練を二つも突破したんだからいいじゃないか、と言っても無駄だろう。特にクレイはそういう不正を嫌いそうだ。
思わず上げた両手を渋々と下ろすと、リピはにんまりと微笑む。そして芋虫を再度目の前に出し、俺に向けて差し出した。
「え。何?」
「これに魔力を注ぎなさいよ」
「は? なんで?」
「あのねえ。だから、アンタたちが来たせいでアタシの魔力が」
「いやいや、そうじゃなくて。魔力を使いまくって試練が続けられないかもしれない、っていうのはわかった。そうじゃなくて、この芋虫にどうして魔力を入れる必要があるのかなと」
そもそもこの真っ赤な目をした鋼鉄っぽい芋虫は何なの。説明もなしに黙って魔力をあげるほど、俺はお優しくない。
リピは微笑みから一気に不機嫌な顔になると、芋虫を手のひらから自分の肩の上に乗せくるりと回れ右。宝物庫の出口へとスタスタ歩き、出る寸前で歩みを止める。
そして黙って振り向き、再度俺たちを睨みつけると指先だけで来い来いと指示した。
彼女の怒りの沸点がよくわかんない。
リピの後に付いて更に奥へ奥へと進む。
一体どのくらいの広さなのか、構造はどうなっているのか。今まで来た道を探査してみたが、動物や各種素材の反応があるだけで、道順はわからなかった。俺が一度通った道は探査すれば脳内で地図のように表示されるのに、それができない。
もしかしたらこの空間、全てリピの魔法がかけられているのかもしれない。もしくは、エデンの民の魔法。その魔法で侵入者を惑わし、正しい地図を作製できないような力が働いているのかもな。何度も挑戦していれば罠の場所や道順も覚えてしまうだろうから、それを防止するための仕掛け。そう考えると納得できる。
ぼんやりと考え事をしながら歩き続けると、広かった道が更に広く、天井もどんどん高くなっていった。
「ピューィ」
ビーの声が遠く響き渡る。
道の最終地、そこは広いドーム状の空間になっていた。壁と天井はレンガのようなもので組まれている。ここにも壁にみっしりとキノコグミ。プニさんがふらふらとそっちに誘われるのを止め、広いドーム内部に進むリピに付いていった。
ドームの中央にはこんもりとしたガラクタが置いてある。何でこんなところにゴミがあるんだ? ベルカイムにある武器鍛冶ペンドラスス工房の裏口みたいだ。あそこには鉄くずがこんな感じに山高く積み上げられていた。
「これよ!」
はい?
この子、何を言ってるのかなと首をかしげると、リピは鉄くずの山を指さして叫んだ。
「アタシの相棒、リンデルートヴァウム三号!」
声が、響き渡る。
仁王立ちで腰に手を当て、胸を張ったリピをじっとりと見下ろす。
長い年月独りきりだったことによる弊害だろうか。既に死んでしまった身だが、とうとう精神までも蝕まれ、幻想を抱くように。そしてこの鉄くずの山を相棒だと思い込み、寂しさを紛らわせ現実を忘れて夢の中へ……
「なんか言いなさいよ。アタシがこいつを紹介してやったんだから」
「えーと。うん、こんにちは?」
「今は意識ないわよ。魔力が少なすぎて眠っているって言ったでしょ」
「でもこれ鉄くずだろ?」
「失礼なこと言わないでよ!」
「痛い!」
リピが何かを投げつけてきたようで、それが顔面に当たって痛いのなんのって。
投げつけられたのは硬い芋虫。手で触れてわかった。これは、鉄だ。いや、言い方が違うな。俺は、これを知っている。
「これ、ブリキのおもちゃみたいだ。どうして動くんだ?」
芋虫は俺に掴まれたままうごうごと蠢く。ゼンマイも見つからない。電池を入れるところも見当たらない。魔道具だとしたら、なんて面白いんだろう。本物の芋虫みたいに動くおもちゃ。こんなの初めて見た。
「ぶりき? ぶりきは知らないけど、言ったでしょう。それはこの、リンデルートヴァウム三号を動かすためのものだって」
「この芋虫のおもちゃが電池なわけ?」
「でんち? ……アンタが言っていること、全然わかんないわよ。いいから、それにアンタの魔力を込めて。そうしたら、このかっこいいリンデルートヴァウム三号が動くから!」
「この鉄くずが!?」
「鉄くずじゃないって言ってんでしょ!」
リピにスネを蹴られたようだが、俺の身体に物理的な攻撃はあまり効かないからか、痛くはない。
リンデルートヴァウムって大昔にいたドラゴニュートだっけ。太陽の槍と月の槍の最初の持ち主。古代竜に通じる血があったとかなかったとか。
伝説のドラゴニュートの名前がついた、鉄くずねえ。三号っていうことは、一号と二号はどうしたんだろう。
「どのくらいの魔力があればいいの?」
「知らない」
「無責任だな……プニさん、よくわからないけどどのくらいあればいい?」
壁にみっしりと生えているキノコグミを凝視していたプニさんに声をかけると、プニさんは振り向きもせずに答えた。
「ブロライトが少々汚れたほどに」
わかりやすいけど例えがそれってどうよ。
それじゃあ、リピに与えた魔力を少し抑えた感じかな。
頭にしがみ付いていたビーをブロライトに預け、ユグドラシルの杖を取り出す。いっそのこと魔素水をぶっかけようかなとも思ったが、あれの効力はいまいちわかっていないから怖い。ブロジェの弓の二の舞はごめんだ。
鋼鉄の芋虫を手のひらの上に乗せ、ユグドラシルの杖を近づけた。
やれやれと集中しながら魔法を練る。練る、といっても目を瞑って頭の中で光の玉を作るだけ。
「灯光」
小さいけれど、とても明るい小さな玉を芋虫の中に入れる。
芋虫は身体の中に光の玉が入ると小刻みに震えていたが、ぴょこぴょこと活発に動きはじめ、そのまま高くジャンプして鉄くずの中に消えてしまった。
いやこれどうすんの、とリピに聞こうとしたら。
「リンデ三号、起きてちょうだい!」
リピが叫ぶのと同時に、鉄くずの中に輝く二つの光。ナントカ三号は、あの鉄くずに埋もれていたのか?
鉄くず全部が揺れはじめると、くすんでいた茶黒の塊がゆっくりと蠢く。
これは、鉄くずなんかじゃない。巨大な一つの何かだ。
「タケル、あの蔦の実を食べたいです」
「ほんとマイペースだなプニさん。今鉄くずが動こうとしているってのに」
俺のローブの裾をつんつんと引っ張る、空気を読んだことがない神様に呆れると、プニさんはムッと眉根を寄せて反論。
「エデンの民が申すように、あれは鉄くずではありません。古代の名のある技術者が造り出した人工遺物です」
「へえー」
人工遺物ってなんだっけ。
さも知っているかのように頷いたが、正直わからない。ブロライトの持つ剣、ジャンビーヤが確かそれだったような気がするが、それじゃあ人工遺物ってなんですかと問われたら、なんでしょうねわかりません。
鉄くず、人工遺物はゆっくりゆっくりと形を成す。俺の背丈よりも高く、しかし見覚えのある姿に。
クレイが第二の試練の門へ行っている間、俺たちは別の道から最深部へと向かうこととした。
リピの案内で罠に引っかかることもなく先に進めることに多少の罪悪感を覚えたが、これ以上余計な魔力を使わせるなと逆に叱られた。盗掘目的でないのなら、何処にでも案内してやると。
奥に進むほど年代の古い墓が並び、あの勇者ヘスタスの墓も見つけることができた。精巧なリザードマンの石像に石の棺。棺に「最強勇者安眠中」と書いてあるのは気のせいだと思う。見なかったことにしよう。
棺が並ぶ部屋に奇妙なキノコ蔓が壁じゅうに張り付いていたので、気になって調査してみたら依頼品でした。ラッキー。
「蔓から分泌される液体に、薬効成分がある」
「ほう。ここにしか生えぬのか? このキノコは甘くて美味い」
「仮にもお墓にあるんだからな? あまりバクバク食べると腹壊しそう」
と、言っている側からプニさんはひょいぱくと食べ続けている。どうやら気に入ったようだ。
鞄からガラス製の瓶を取り出し、蔓の滴をちまちまと採取。ブロライトにも手伝ってもらい、想定していた倍の量が採取できた。
なるべく綺麗なものを選んで採取したおかげで、小瓶に溜まった粘液は不純物の少ない透明。質の良いものをなるべくたくさん、という信念を持っている俺としては、これは上々の出来なのではないかな。報酬に色をつけてもらえるはず。
「……アンタたち、ほんと変わっているわね」
うんこ座りしながらちまちま採取を続ける俺たちに、呆れた声がかけられる。
俺たちの地味すぎる作業を顔をしかめて見ていたリピは、髪の毛先を指先でいじりつつ言った。
「仮にもエルフを連れたチームだっていうのに、素材採取? あのねえ、ここには財宝が眠っているのよ? それを探しもしないなんて。アンタたち本当に冒険者?」
だって財宝に興味ないんですもの。
珍しい魔道具だとしたら、その構造を調べたいとは思うけど、黄金や宝石を手に入れてもなあ。
この世で何よりも価値があるだろうミスリル魔鉱石と魔素水を所持している時点で、ひと財産持っているようなもの。最強無敵のハサミも手に入れた俺に、他に欲しいものと言えばコンビニのおでん。はんぺん食べたい。
俺が欲しいものはマデウスでは手に入らない。
そもそも金に困っていないという贅沢者なので、人様の財宝に手をつけることはしませんよ。
「リザードマンとドラゴニュートの財宝というのは、例えばどういうものがあるのじゃ」
キノコグミをつまみ食いしながらブロライトが聞く。
財宝自体には興味がある。エルフの郷でも素晴らしい財宝コレクションを見せてもらったが、アンティーク美術館の展示品を見ているような気分になった。つまり、欲しいとか思う前にいくらくらいなのかな、と考えてしまう庶民感覚。宝石もデカすぎると欲しいと思わなくなるんだよ。俺に骨董や高価なものを収集する趣味があったのなら、目の色を変えて飛びつくんだろうけども。
リピはブロライトの問いに待ってましたと笑顔になり、近くにある扉に手を当てた。取っ手にも触れず手のひらを押し当てただけなのに、扉は外側へとゆっくり開いた。
「アタシが開く扉は、全て財宝が眠る部屋へと繋がるの」
リピに部屋に入るよう促されると、そこには眩いばかりの黄金が高く積まれていた。黄金だけではない。色とりどりの宝石が輝く装飾品の数々。ごってり豪華な武具や見たことのない金貨。金塊。銀鉱石や水晶が並ぶなか、ミスリル鉱石やアダマンタイト、オリハルコンの塊などもあった。
いつか観た映画で、海賊の財宝がこんな感じにぐっちゃりとしていたっけ。
「おお。すげえ」
「ドラゴニュートとリザードマンが誇る財宝だけあるな! 我が郷の財と比べても見劣りせぬぞ」
「そういえばエルフの財宝もすごかったな。あっちはもっと綺麗に並んでいたけど」
「管理をする者がおるからな」
「タケル、喉が渇きました」
「プニさんキノコグミ食べすぎなんだよ。白湯にする?」
「ピュイィ」
「ん? お前も飲むか? よしよし」
「ピュイッ!」
それじゃあちょっと午後のお茶会にしましょうかね、と鞄の中からエルフの木工職人に造ってもらった特製ちゃぶ台を出す。プニさんとブロライトはそそくさとその周りに行儀よく座した。こういうところは可愛いんだよな。
しかし、不満を表す子供が一人。
「ちょっと! これだけの財宝を前にして一個くらいくすねるとか考えないわけ!? アンタたちほんとおかしいわよ! それに、それに何よそれ! アイテムボックスじゃない!」
リピが大声で怒鳴った。
顔を真っ赤にし、目を潤ませ怒る姿は、まるで小さな子供の癇癪。
いやいや、財宝くすねるって。それ人としてどうよ。
「エルフの財宝のほうが整然と並んでいたからなあ。これちょっと整理整頓したら?」
「あれは珍しい金貨じゃぞ? デルブロン金貨一枚でグラン・リオ大陸金貨一枚に相当するのじゃ」
ブロライトが一枚の金貨を示して言う。
「へえー。あ、魔素水のほうがいい? 温かいの?」
「ハデ茶をよこしなさい」
「ピュピュ」
「わたしもハデ茶を飲む!」
「はいはい」
ちゃぶ台に人数分のカップとハデ茶と魔素水を用意し、お茶うけに大判焼き。
「リピもなんか食う?」
「アタシは霊体なんだから食べられるわけないでしょ! もうやだ! なんでアタシの仕掛けに引っかかってくれないのよおおおお!」
少女は地団駄を踏んで悔しがった。
やっぱり何か仕掛けがあったんじゃないか。触らないで良かった。
「何でアンタたち欲がないの? アイテムボックスのほうが珍しいかもしれないけど……ねえどうして? これだけの財宝よ? あの金貨一枚でも大金持ちになれるじゃない」
「今でも毎日三食食べられて、風呂がある宿に泊まれるだけの金を持っているから」
「あ、あああ、あの武具はどう? オリハルコンで造られているのよ? あれほどの鋭い剛剣は他にないわ!」
「ブロライト、あれ欲しい?」
「いらぬ。あってどうするのじゃ、あのようにでかい剣。扱えぬ武具などただの荷物ではないか」
「売ればいいじゃない! 高く売れるのよ?」
「素晴らしき武具は相応の持ち主が何処かにおるはず。武具は主を待ち望んでおるのじゃ。それを売り飛ばすなど、そのようなことはせぬ」
「何処で見つけたんだー、って追及されたら面倒だし」
「そうじゃな!」
「ピュイ」
じゃ、いらないってことで。
やれやれさっきは疲れたねとお茶を飲みはじめた俺たちを、リピは何も言えず呆然と眺めていた。
リピが呆れるのも無理はない。俺たちはだいぶ、かなり、ものすごく、変わった冒険者だと思うんだ。必要以上のものを求めないというか、毎日三食とおやつが食えて温かい風呂に入れて暖かい布団で眠れるのならば、それで幸せと思える。
ギルドで贔屓してもらっているから地味依頼でも高額報酬をいただけるし、何より金で決して買えない信用がある。信用があるからこそギルドは俺に高額依頼を任せてくれるし、贔屓してくれる。贔屓してくれるおかげで貯金は増える一方。
おまけにクレイやブロライトが受注した依頼の報酬すら、ほとんど俺に預けてくる始末。ランクA依頼の報酬って、一度で数十万から数百万レイブもするのだ。そのうえチームで受注すれば色もつけてもらえる。おかげで金には困ったことがない。
だから俺たちはチームとして成り立つ。
最強無敵のハサミを手に入れた今、欲しいものは……トルミ村に風呂かなあ。おでん食べたいなあ。
強欲は身を亡ぼす。それは前世で学んだ教訓です。
「リピは魔法が飯なのか? 魔素を吸収しておるのか?」
口周りに大判焼きのあんこをくっつけたままブロライトが問うと、リピはぎろりと俺たちを睨みつけ、ハアアと長く息を吐き出した。
「……そうよ。魔素のおかげでアタシは生き延びていたの。でも少し前に大地が揺れたでしょう? あのときに僅かにあった魔素の流れがピタリと止まっちゃって」
けれども湿地帯に濃い霧が出るようになり、盗掘目的の者たちが地下墳墓に近寄ることもなくなった。元々リザードマンたちも近寄らなくなっていたし、魔力で仕掛けを作動させることもない。魔力を使わなければ生きながらえることができる。いやもう既に死んでいるんだから生きているわけじゃないんだけど。
魔素の流れが止まったうんぬんは今更聞くまでもない。はい、大地が揺れましたね。はい、ボルさんが原因ですね。うーむ、この流れ、さすがに慣れた。
「久々に来た盗掘だーって思ったらなんだか張り切っちゃってさ! それなのにアンタたち、ちっとも死なないんだもん」
「いや、死んでたまるか?」
「死んでくれたらその人の魔力が溢れ出るでしょ? それを吸っちゃおうかなあって。えへへっ」
「怖い怖い。やめよ? ほんとやめよ?」
危険思考の見た目美少女はさておき、ここも魔素の影響が出ていたのか。
エルフの郷では魔素が溢れ、地下墳墓では魔素の枯渇。魔素の流れってなんなのよ。
グラン・リオの大陸内でこんなにあちこち影響があるなら、他の大陸の魔素はどうなっているんだろうか。他の大陸にも古代竜が存在するとしたら、その古代竜の影響が……
考えるのやめておこう。ちょっと怖くなった。
「それじゃあ、リピは魔素があればこれからも消えずに済むのか?」
「ええそうよ。消えちゃったアタシの同胞も戻るかもしれないけど、どうかしらね」
この広く暗い地下空間だけが、彼女の世界。
彼女の価値観だ。俺が、それって寂しい外に出よう、なんて容易く言える問題じゃない。リピは自ら選んでこの場所に留まり、この場所を守っている。ドラゴニュートと、リザードマンに救われたという恩を今でも返している。それは使命感なのか、意地なのか、わからない。
どちらにせよリピが消えてしまったら、地下墳墓の番人がいなくなってしまう。湿地帯の濃霧のおかげで今のところ人を寄せつけていないが、それで諦める盗賊はいない。この場所にこれだけの財宝が眠っていると知られれば、盗賊は命を懸けてやってくる。わらわらと。アイツらってそういうヤツらだから。
俺たちだってこの場所にあるだろうヘスタスの槍を求めてやってきたんだ。あくどいことして情報を得た盗賊たちがこの財宝を見つけるのは、時間の問題なのかもしれない。
せっかく知り合った仲だ。このままリピが消えてしまうのは嫌だな。
「なあリピ、聞きたいんだけど」
「え? ……ちょっと待って。あのクレイって人、第二の試練を突破したみたいよ」
残念そうに、それでも嬉しそうに言ったリピは微笑んだ。
+ + + + +
ドラゴニュートが財を蓄え守り続けていた湿地帯の地下空間。
そこにリザードマンらも財を隠すようになった。
盗掘防止のために数々の罠を仕掛けたのは、エデンの民。
その仕掛けが他に類を見ないほど素晴らしく、困難に打ち勝ち最深部の宝物庫にたどり着ける者は逆に称えられるほどであった。
いつしか宝物庫は勇猛なリザードマンの成人の儀式に使用されるようになり、それじゃまあついでにと造られたのが、四つの試練。
「一つはとっても暑い部屋。あの部屋でほとんどの挑戦者が脱落するのよ。あの暑さと風に耐えられるのは、一部のリザードマンだけ……なんだけど、アンタたちはどうやって切り抜けたの。おまけに天井ぶっ壊して」
「壊した天井は直しておいたけど」
「んああああっ! 直すって何よ! そんな魔法聞いたことないわよ!」
この子キレやすいな。
綺麗な髪を両手でがしがしと掻き回し、見事なもじゃりけヘアーの出来上がり。前衛的な髪型のまま、リピは俺を睨みつけた。
「わざわざフロガ・ターキを召喚してまで追い払おうとしたのに」
「え。あれって召喚してたの? どうやって?」
「カクトス砂漠の繁殖地から直接……って、そんなことどうだっていいじゃない」
なるほど、大量のモンスターは召喚をしていたのか。
あの灼熱の部屋で生態系はどうなっているんだろうと疑問に思ったが、何処かから召喚しているとなれば納得できる。いや、そもそも召喚ってどうやるのか全くわからないんだけど。
召喚のやり方について詳しく聞こうとしたら、部屋の通風孔らしき穴からカタカタと音が聞こえた。
今更他にも亡霊がいるのかなと警戒。しかし穴から出てきたのは、小さな茶色の芋虫。
いや、芋虫か? 芋虫にしては硬そうだ。
リピはその芋虫型の何かを手に取ると、指で撫でた。
「第二の試練は極寒のなかダークキャモルとの戦い……だったんだけど、あの人、ランクAのモンスターであるダークキャモルを瞬殺したのよ!」
「へえー」
「ランクAよ? 得物も装備せずにげんこつ一発で仕留めたのよ!? なんなの!」
リピは憤慨しているが、俺もブロライトも驚いてはいない。
クレイの本領は大きな槍を装備したときに発揮されるが、本来は拳一つでもじゅうぶんに戦える戦士だ。鋼鉄のように硬い鱗に覆われた皮膚は、それだけで何よりも強固な盾になる。全身に盾を纏っているような状態で繰り出される硬いげんこつは、鉄球よりも重たい。
今は単独だから超気合い入っていると思うんだよな。あのおっさんプライドめちゃくちゃ高いし。負けたら何を言われるかわからないと思っているんだろうよ。まあ、言いまくるけど。え、負けたの? まじで? プフー。って笑う。
「倒したモンスター、お土産に持ち帰ってくれないかな」
「うるさいうるさいっ! 次の試練は絶対に無理! なんせ、アタシの自慢の相棒が相手なんだから!」
仁王立ちで両手を腰に、むんっと胸を張ったリピ。
謎の芋虫状の何かを手のひらの上に浮かせ、それを俺の目の前に差し出した。芋虫はきょろきょろと周りをうかがい、俺を見つけると赤い粒のような目でじっとりと見つめてきた。壁にかけられた松明の光に照らされ、茶色の身体をテカテカと輝かせている。まるで鉄のような。
芋虫に似た何だろう、これは。
「相棒? これが?」
「相棒の切れ端ってところね。アンタたちのせいで魔力をたくさん使っちゃったから、相棒が眠っちゃったのよ。このままじゃ第三の試練ができない」
「ヤッ」
「喜んでんじゃないわよ。試練を受けなきゃ太陽の槍を継承させないから」
「ター……」
ちっ。
試練を二つも突破したんだからいいじゃないか、と言っても無駄だろう。特にクレイはそういう不正を嫌いそうだ。
思わず上げた両手を渋々と下ろすと、リピはにんまりと微笑む。そして芋虫を再度目の前に出し、俺に向けて差し出した。
「え。何?」
「これに魔力を注ぎなさいよ」
「は? なんで?」
「あのねえ。だから、アンタたちが来たせいでアタシの魔力が」
「いやいや、そうじゃなくて。魔力を使いまくって試練が続けられないかもしれない、っていうのはわかった。そうじゃなくて、この芋虫にどうして魔力を入れる必要があるのかなと」
そもそもこの真っ赤な目をした鋼鉄っぽい芋虫は何なの。説明もなしに黙って魔力をあげるほど、俺はお優しくない。
リピは微笑みから一気に不機嫌な顔になると、芋虫を手のひらから自分の肩の上に乗せくるりと回れ右。宝物庫の出口へとスタスタ歩き、出る寸前で歩みを止める。
そして黙って振り向き、再度俺たちを睨みつけると指先だけで来い来いと指示した。
彼女の怒りの沸点がよくわかんない。
リピの後に付いて更に奥へ奥へと進む。
一体どのくらいの広さなのか、構造はどうなっているのか。今まで来た道を探査してみたが、動物や各種素材の反応があるだけで、道順はわからなかった。俺が一度通った道は探査すれば脳内で地図のように表示されるのに、それができない。
もしかしたらこの空間、全てリピの魔法がかけられているのかもしれない。もしくは、エデンの民の魔法。その魔法で侵入者を惑わし、正しい地図を作製できないような力が働いているのかもな。何度も挑戦していれば罠の場所や道順も覚えてしまうだろうから、それを防止するための仕掛け。そう考えると納得できる。
ぼんやりと考え事をしながら歩き続けると、広かった道が更に広く、天井もどんどん高くなっていった。
「ピューィ」
ビーの声が遠く響き渡る。
道の最終地、そこは広いドーム状の空間になっていた。壁と天井はレンガのようなもので組まれている。ここにも壁にみっしりとキノコグミ。プニさんがふらふらとそっちに誘われるのを止め、広いドーム内部に進むリピに付いていった。
ドームの中央にはこんもりとしたガラクタが置いてある。何でこんなところにゴミがあるんだ? ベルカイムにある武器鍛冶ペンドラスス工房の裏口みたいだ。あそこには鉄くずがこんな感じに山高く積み上げられていた。
「これよ!」
はい?
この子、何を言ってるのかなと首をかしげると、リピは鉄くずの山を指さして叫んだ。
「アタシの相棒、リンデルートヴァウム三号!」
声が、響き渡る。
仁王立ちで腰に手を当て、胸を張ったリピをじっとりと見下ろす。
長い年月独りきりだったことによる弊害だろうか。既に死んでしまった身だが、とうとう精神までも蝕まれ、幻想を抱くように。そしてこの鉄くずの山を相棒だと思い込み、寂しさを紛らわせ現実を忘れて夢の中へ……
「なんか言いなさいよ。アタシがこいつを紹介してやったんだから」
「えーと。うん、こんにちは?」
「今は意識ないわよ。魔力が少なすぎて眠っているって言ったでしょ」
「でもこれ鉄くずだろ?」
「失礼なこと言わないでよ!」
「痛い!」
リピが何かを投げつけてきたようで、それが顔面に当たって痛いのなんのって。
投げつけられたのは硬い芋虫。手で触れてわかった。これは、鉄だ。いや、言い方が違うな。俺は、これを知っている。
「これ、ブリキのおもちゃみたいだ。どうして動くんだ?」
芋虫は俺に掴まれたままうごうごと蠢く。ゼンマイも見つからない。電池を入れるところも見当たらない。魔道具だとしたら、なんて面白いんだろう。本物の芋虫みたいに動くおもちゃ。こんなの初めて見た。
「ぶりき? ぶりきは知らないけど、言ったでしょう。それはこの、リンデルートヴァウム三号を動かすためのものだって」
「この芋虫のおもちゃが電池なわけ?」
「でんち? ……アンタが言っていること、全然わかんないわよ。いいから、それにアンタの魔力を込めて。そうしたら、このかっこいいリンデルートヴァウム三号が動くから!」
「この鉄くずが!?」
「鉄くずじゃないって言ってんでしょ!」
リピにスネを蹴られたようだが、俺の身体に物理的な攻撃はあまり効かないからか、痛くはない。
リンデルートヴァウムって大昔にいたドラゴニュートだっけ。太陽の槍と月の槍の最初の持ち主。古代竜に通じる血があったとかなかったとか。
伝説のドラゴニュートの名前がついた、鉄くずねえ。三号っていうことは、一号と二号はどうしたんだろう。
「どのくらいの魔力があればいいの?」
「知らない」
「無責任だな……プニさん、よくわからないけどどのくらいあればいい?」
壁にみっしりと生えているキノコグミを凝視していたプニさんに声をかけると、プニさんは振り向きもせずに答えた。
「ブロライトが少々汚れたほどに」
わかりやすいけど例えがそれってどうよ。
それじゃあ、リピに与えた魔力を少し抑えた感じかな。
頭にしがみ付いていたビーをブロライトに預け、ユグドラシルの杖を取り出す。いっそのこと魔素水をぶっかけようかなとも思ったが、あれの効力はいまいちわかっていないから怖い。ブロジェの弓の二の舞はごめんだ。
鋼鉄の芋虫を手のひらの上に乗せ、ユグドラシルの杖を近づけた。
やれやれと集中しながら魔法を練る。練る、といっても目を瞑って頭の中で光の玉を作るだけ。
「灯光」
小さいけれど、とても明るい小さな玉を芋虫の中に入れる。
芋虫は身体の中に光の玉が入ると小刻みに震えていたが、ぴょこぴょこと活発に動きはじめ、そのまま高くジャンプして鉄くずの中に消えてしまった。
いやこれどうすんの、とリピに聞こうとしたら。
「リンデ三号、起きてちょうだい!」
リピが叫ぶのと同時に、鉄くずの中に輝く二つの光。ナントカ三号は、あの鉄くずに埋もれていたのか?
鉄くず全部が揺れはじめると、くすんでいた茶黒の塊がゆっくりと蠢く。
これは、鉄くずなんかじゃない。巨大な一つの何かだ。
「タケル、あの蔦の実を食べたいです」
「ほんとマイペースだなプニさん。今鉄くずが動こうとしているってのに」
俺のローブの裾をつんつんと引っ張る、空気を読んだことがない神様に呆れると、プニさんはムッと眉根を寄せて反論。
「エデンの民が申すように、あれは鉄くずではありません。古代の名のある技術者が造り出した人工遺物です」
「へえー」
人工遺物ってなんだっけ。
さも知っているかのように頷いたが、正直わからない。ブロライトの持つ剣、ジャンビーヤが確かそれだったような気がするが、それじゃあ人工遺物ってなんですかと問われたら、なんでしょうねわかりません。
鉄くず、人工遺物はゆっくりゆっくりと形を成す。俺の背丈よりも高く、しかし見覚えのある姿に。
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