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5巻
5-2
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「何もありませんね」
「ちょっと!?」
エプララの葉を根こそぎ引っこ抜いたプニさんが、眩しそうに光を眺めながら言った。
「何やってんのプニさん! 用心しろって今言ったばかりだろうが!」
「何かがあったとしても、お前はわたくしを守るのです」
「だからって、自分から危ない目にあってちゃ守るもんも守れな」
「ピュイイイイ!」
プニさんへの説教中、ビーが突然激しく鳴いた。
どうしたのだと叫んだ先を見れば、ブロライトが壁から飛び出した突起物を引っこ抜こうとしていた。そんな突起物、さっきまでなかったのに。
「ブロライト!」
「タケル、突然この岩が出てきたのじゃ」
「いいから、離れなさい!」
ていうかなんでそんなもの引っこ抜こうとしているわけ? ああもう、うかつに触るなって言ったばかりだろうが!
「うん? あそこにも同じような岩が出てきたようだ」
「ピュイ!」
クレイに言われて視線を移せば、壁から天井から同じような突起物がぼこぼこと出てきた。
無数のその突起物が広範囲に出そろうと、一斉に突起物の先から尖った針のようなものが生えて――
「ピュイイイイーーーッ!」
ビーの警告悲鳴と共に、壁と天井が動きはじめた。
やっぱり罠だったんじゃないか!
「クレイ! ブロライト! 走れ! プニさん呑気に葉っぱ食ってんな!」
「これは甘みがあって美味しいですよ」
「いいから走れって!」
「連れて行きなさい」
ぼひょん、と小型化したプニさんがビーの背中に乗る。
そうこうしているうちに壁が狭まる。天井も低くなり、無数の針が侵入者を殺しにかかっていた。
それぞれ全力で走れば針に触れることはないだろう。だが、針だらけの壁は通路の先へとずっと続いている。
「タケル、何処まで走れば良いのだ!」
「そんなん知らん、とにかく走れ!」
「ピュイイイィッ!」
「ビー、そこを曲がるのじゃ!」
針がなさそうな路地を見つけ、右へと曲がる。ビーが先行して入ったとたん、壁に備え付けられていたランプに火が灯った。
「ピュ?」
「なんです?」
灯された火に誘われるようにして、ビーがプニさんを乗せたまま近づくと。
突如床がぼこりと抜けた。組まれた石が全てばらけてしまったように、床に漆黒の空間が現れる。
無我夢中で走っていた俺たちは、その床に足を踏み入れてしまった。
「ぬおおおおっ!?」
「うひょおおおお!」
「落ちる落ちる、フラアアァァイィ!」
落ちるといっても落ちたくない。落ちたくないなら飛べばいい。
三人に飛翔をかけるのは初めてだったが、うまくいったみたいだ。身体から大量の魔力が抜けるのを感じる。特にデカいクレイに多くの魔力が必要だったらしく、そのぶん俺の魔力が奪われる。
ドローンのホバリングを思い浮かべ、その場にぷかぷかと浮き続けられるよう魔力を維持した。
おかげで今の状況が冷静に分析できる。
「ひい……ひいいい……底見えないいぃ」
「何が起こったというのじゃ……」
そもそものはじまりは、やっぱりあのエプララの葉なんじゃないか。
プニさんがあの光に触れたことで壁から突起物が出てきて、それがぼこぼこ生えて、壁が押し寄せてきて、路地を曲がったらランプに火が灯って。
抜けてしまった床の下は真っ黒で、底が見えない。冷たい風が下から流れてくる。風に乗って匂う独特の香り。
「くっさ。なんか臭い。クレイ、屁でもこいた?」
「無礼なことを申すな! お前はわからぬのか? この匂いの元が」
「知らない」
屁の匂いではないな。硫黄とも違う。だけど何かが腐ったような、嫌な匂いだ。
「この見えぬ底に……無数の躯があるのだろう」
「え」
「先ほどの刃が出てくる壁の罠で傷ついた者がここに来る。そうすると……」
「床にホイホイされるのか……え。それじゃ、この見えない底には」
ちょっと想像してゾッとした。興味本位で灯光を落とそうと思ったがやめておく。
ぷかぷかとホバリングしたまま、壊れていない床までゆっくりと飛ぶ。恐る恐る床に片足をつけ力を入れ、壊れないことを確認してから床に降りた。
やれやれと力を抜くと、壊れたはずの床にゆっくりと石が戻り、あっという間に元の床に戻ってしまった。なにこれどうなってんの。
「……ひひん。この場に古き魔法の力を感じます。ほんの微かな力なので今までわかりませんでしたが、確かに感じられます」
プニさんの高い声が静かに響き渡った。
つまり、罠の動力源は魔法と。
墓を守るために大昔の誰かが仕掛けた、当時は強かっただろう魔法。
魔法による罠が相手だとすると、予想することもできないじゃないか。俺が知っている罠っていうのは、いわゆるカラクリのようなものだ。
魔法となると勝手が違う。しかも勝手な行動をしちゃうチーメンが同行。
とりあえず説教かます。
今以上に用心するようにと。
+ + + + +
最初の侵入者歓迎会ならぬ入り口付近の罠にまんまと引っかかった俺たちは、命からがらでもないがまあ助かった。
考えてみれば蒼黒の団のメンバーで熟練の冒険者って、クレイだけなんだよな。俺は半年近く最低ランクの冒険者として地味依頼専門にやっていたし、ブロライトは戦闘経験は豊富でも冒険者としては俺よりも新米。ビーは可愛いからなんでもいいとして、プニさんは戦力外の馬。
モンスターとの戦いなら慣れているんだけど、何処に何があるのかわからない罠が相手となると、素人同然。
何も触るな近寄るなと言ったところで、罠というのはそれとわからないように設置されているものだ。
「なんか踏んだ! なあんか踏んだーー!」
「タケル! 壁から槍が! 天井から鉄球が!」
「ピュイイッ! ピュイイイ!」
「離れろ馬鹿者っ! ぬおおっ!? こっちもか!」
それぞれが均等に罠に引っかかり、騒ぎながらそれでも奥へ奥へと進む。
プニさんとブロライトに説教している暇なんてない。俺が説教されるようなことも多々やらかしてしまった。
ただ歩いているだけで床のスイッチのようなものを踏み、よろけて手をついた壁にも仕掛けがあり、やれやれと腰を下ろした岩にも仕掛けがあったのにはうんざりした。これを考えたやつは、よほど人の本能というものを熟知しているのだろう。賢いというよりも、性格悪いな。
魔法による罠にしてはずいぶん古典的な仕掛けだなと思い調査や探査で調べてみたが、床や天井には何かの仕掛けがあるよ、としか教えてくれない。
ギルドに登録している冒険者の中で、こういったダンジョンの罠対策を専門に扱っている職業がある。俺は勝手にトレジャーハンターと呼んでいるのだが、どうせなら臨時で雇うんだったと今更ながら思った。なんとかなるなると素人考えで来たのが間違いだった。
しかし、罠に引っかかりながらも先へ進めているのだから、実際にはなんとかなっているのだけど。
「ああもうやだ。疲れた。今日は休もう? 身体はまだまだ行けるが、精神的にすっごい疲れた」
「ピュイ……」
「賛成じゃ!」
「そうだな。この湿気もまた、不快感を強くさせるのであろう」
「お腹がすきました」
天井が高い広間にやっとこさたどり着き、それぞれぐったりと腰を下ろす。
地下墳墓内には空気を循環させるような魔道具があるらしく、腐敗臭は溜まらない。盗掘を防ぐための罠が仕掛けられてはいるが、空気が臭くて先に進めないということはないのだ。
どうしてここまで侵入者を恐れて罠だらけなのかとクレイに聞いたらば、その昔は本当に盗掘が酷かったらしいのだ。
「リザードマンは武勲を立てると相応の財を貯める習性がある。俺は冒険者となってから手柄のことばかりを考えることはなくなったが、竜騎士であった頃は功労に報いるためのものを対価として望んでいた」
「ん? つまり、竜騎士としての報酬以外にも何かもらっていたってこと?」
「ああ。時には黄金であったり、時には宝飾品であったりとな」
現代のリザードマンは昔のリザードマンほど高価な財を貯め込むことはなくなったらしいが、それでも武勲イコール宝石や黄金、と考えている者は多い。
地下墳墓は、手柄を立てた英雄と呼ばれるリザードマンが眠っている場所だ。もちろん生涯をかけて集めた財宝も一緒に眠っている。死人に財産なんていらないだろうと考える罰当たりな連中が、夜な夜な盗みに入っていたらしい。
そんな現状を嘆いた当時のリザードマンの村長。どうにかして盗掘を防ごうじゃないかと対策して、今のようにしたらしい。
「それじゃあ、昔から罠まみれの墓だったわけじゃないのか」
「そうだ。盗掘を防ぐための罠を施したのは、大昔のことだ。他種族の術師が地下墳墓に魔法をかけたらしい」
ほうほう。なるほどな。
リザードマンは魔力を扱うことに長けていないのに、どうして魔力を感じる罠があるのだろうと思っていたんだ。
「でもさ、リザードマンなら罠にかからないとかなんでそういう仕掛けにしなかったんだろう。これじゃあ、誰も墓参りできないわけだ」
来る者全員あっち行けと追い返してしまう墓ならば、近づきたくもない。
先祖の眠りを妨げたくないとかなんとか言い訳していたが、結局はこれだったんだな。入ったら串刺しにされるような廊下なんて歩きたくないだろうよ。
「うむ。なにゆえこのような造りにしたのかは、誰もわからぬ」
それだけこの墓に眠る祖先の財がとんでもないということだろうか。
ある意味で俺たちも盗掘者のようなものだからな。いやまあ、現代の村長から墳墓に入る許可はもらっているんだから、盗むわけじゃないんだけど。
気がついたら地図に描かれていた場所よりも奥に来ていた。ヘスタスの墓まではあと少しのはずだが、ブロライトの腹の虫の鳴きっぷりから、そろそろ夕飯の時間だ。
何処に何があるのかわからないまま休むのも怖かったので、大いに魔法の力を利用させてもらいましょう。
「まずは湿気解消のために清潔展開、探査でモンスター警戒、結界魔石配置して更に警戒」
精神的な疲労は腹いっぱい食って眠れば復活する。
清潔のおかげで清涼な空気を思い切り吸い込めた皆は、やれやれと深呼吸を繰り返した。
この場所が何の用途の場所かはわからないが、じゅうぶんな広さと高さがある。鞄の中から馬車を取り出し、眠る場所を確保。馬車全部に盾が施されているし、再度強めの結界を展開しておけば見張りも必要ないだろう。
「そういえばモンスターが出てこないな」
「おお、そうじゃな! 罠を避けることばかり考えておったゆえ、モンスターのことなぞ忘れておった」
こういった入り組んだダンジョンのようなところには、気持ちの悪い虫系のモンスターがわんさといると思っていた。それこそ、キエトの洞のようなモンスターラッシュを覚悟していたんだ。
「ふふ。何処かに隠れているのかもしれぬな」
「やめよ? そういう怖いこと言うのやめとこ?」
「そうじゃクレイストン。おらぬのならばおらぬままで良いではないか」
「タケル、お腹がすきました」
「ピュッピューイ」
ブロライトの言う通りだ。モンスターが出ないのなら、出ないままでいい。
出たら出たで対処するが、出ないなら出ないままでいてください。
約束のカニ麦飯雑炊をさくっと作り、その日はゆっくりと眠ることにした。こんな地下墳墓の中でも暖かい布団で眠れる幸せ。馬車を作ってくれたエルフたちに感謝。
翌日、おそらく朝。
朝日が見られない地下のため、放置されたら昼過ぎまで眠っていただろう。俺の身体は疲れにくいが、精神は普通の人間とあまり変わりがない。図太いと言われるが、そんなこともないんだ。死ぬことはないが、死ぬかもしれない目に続けてあえば、どんなヤツでも疲れるだろう。
腹がすいたからと起き出したブロライトに起こされ馬車を降りれば、昨夜余分に作っておいたカニ麦飯雑炊がカラッポだった。全員の朝飯だと言ったはずなんだけどね。よほど気に入ったのか、また食べたいと。
カニ麦飯雑炊の作り方は至って簡単。ほとんどの味はカニの旨味から出ているから、余計な味付けはしなくて良いのだ。
「タケル、昨夜も聞こうと思うていたのじゃが、その茶色い液体は何なのじゃ?」
「うん? これはなんちゃってめんつゆ」
「めん、つゆ??」
「そう」
水と醤油と砂糖と魚の干物の粉末から作った出汁、それから甘い料理酒を混ぜて加熱しただけの、なんちゃってめんつゆ。納得がいく味を作るまで頑張ったのだ。
味は確かにめんつゆなのだから、なんちゃってではないのかもしれない。このめんつゆは万能調味料の一つとなった。そのうちこれもベルカイムの屋台村に伝授し、いつでも美味しいめんつゆが買えるようになればいい。
めんつゆ一つで、牛丼かつ丼天丼親子丼が作れるし、このカニ麦飯雑炊も作れるのだ。天ぷらにつけて食べるのもいい。
「沸騰したお湯に麦飯を入れるだろ? それからめんつゆを入れて味を確認。キノコと野草、ネギっぽい野菜を入れて、ショウガとニンニクを少々。鷹の爪ならぬカカのツタを刻んで入れて、溶き卵を混ぜ入れて、最後にカニの身をほぐして入れたら出来上がり。簡単だろ?」
「……それをなにゆえ簡単だと言えるのだ」
だってこんなの、めんつゆで味ができているようなものだからさ。後は具材を入れて煮込むだけ。
仕上げにチーズを入れてもいい。ただし、チーズは王都で出回っている高級食材だから、今は持っていない。そのうち王都に回す分を少し買わせてもらおう。
カニ麦飯雑炊をメインに、焼きたてほかほかの木の実パン。野菜に塩ビネガーを混ぜたサラダを合わせ、温かなハデ茶を飲む。なんて健康的な朝食なんでしょう。デザートに新鮮なロゴの実。
「はあああ! 美味い! 何を食べても美味いな! タケルの作りし料理を口にしてしまうと、他の飯が全てわびしく感じるようになった!」
「それは大袈裟だろ。エルフの郷にだって美味い飯はたくさんあっただろうが」
「そうではない。こうして、旅をしているときに食べられる食事のことを言っておるのじゃ。わたしがタケルと出会う前までは、硬いパンと硬い干し肉であったのじゃぞ?」
ああ、それはクレイからも聞いている。
俺のように何でも受け入れてくれる便利な鞄を持っているわけではないから、どうしても日持ちのする乾燥したものを食べるようになるのだ。
もちろん温めてほぐして食べることもできるが、それは常に警戒をしながら作らないとならない。クレイとブロライトは俺が大丈夫だと言っても警戒を怠りはしないが、それでも以前よりずっと気を抜くようになったらしい。
「そうですね。その点ではタケルに感謝をしてやってもよいです」
「へえ、プニさんが珍しいこと言うな」
「ぶるるっ、何を申すのですか。わたくしは何事にも感謝をしているのですよ?」
感謝よりも言うことを聞いてくれ。
あれもこれもと興味があるのはわかるが、警戒をしてくれ。
心外だとばかりに頬を膨らませるプニさんの食器を受け取り、清潔をかけてから鞄の中に収納した。
じゅうぶんな睡眠をとり、腹もいっぱいになったら気力も戻る。まだまだ罠が仕掛けられているかもしれないから、互いに警戒を怠らないよう気をつけることとした。
と、言ったところで罠を見分けることなんてできないんだから、死なないように気をつけるしかないんだけど。
全員に清潔を展開し、さっぱりしてもらってから先を進んだ。
奥に進めば進むほど、天井が高く、壁が遠くなっていく。
入り口から比べれば数十倍の広さがある道を、灯光の光を頼りに進む。じゅうぶんな広さになったところで馬車を取り出し、プニさんに引っ張ってもらうことにした。プニさん自体と馬車が地面から離れていれば、地面に仕掛けられた罠に引っかかることがない。それに槍やら岩やらが飛んできても、馬車には強烈な結界がかかっているからヒビ一つ入らない。
俺たちはクレイを真ん中に御者台にそろって座り、左右の警戒をした。
「扉のようなものが出てきたな」
ブロライトに指摘されたように、馬車に乗ってしばらくすると左右の壁に等間隔の扉が出てくるようになった。とても古い扉。
「あれらはきっと、墓だ」
「へえ」
馬車を止めて、クレイに示された扉の一つに書かれてある文字を確認すると、古代カルフェ語で名前が刻まれていた。偉大なるナニナニ、ここに眠る、っていう。
ここに眠る人は皆偉大なんだな。
「ヘスタスの墓はやっぱり特別仕様なのかな」
「村長が言うには、祭壇のようなところにあると」
探査をかけてみるが、扉の向こうに魔力の波動のようなものは感じられなかった。
そういえば道が広くなってきたあたりから、罠が発動していない。馬車に乗っていたせいかもしれないが、それにしてもあれだけ罠だらけの道のりだったのに、ぱったりとなくなってしまった。
これはこれで怖い。
それからまた馬車を進めると、湿気まみれだった不快な空気がなくなり、少し暑くなってきた。
「……暑いな」
「クレイも? 俺だけかなと思ってた」
「ピュィ」
ビーが怯えたそぶりを見せていないから、近くにモンスターがいるわけではない。
湿気で息苦しかったのに、今度は暑さで汗が噴き出す。急にこんな暑くなるなんて、やっぱり何かあるに違いない。
――タケル 扉だ
馬プニさんに言われ前方を見れば、そこには扉というか巨大な門が立ち塞がっていた。
道を塞ぐ壁と、クレイ四人分くらいの高さがあるとても大きな石の門。門の片方だけでも何トンあるんだってくらい、重厚。
門には古代カルフェ語で文字が書かれていた。
「ここは第一の門。勇気を試す炎の部屋」
口に出して文字を読み、後悔。第一の門って。聞いてない。なにこの試練みたいなの。
「まじないの唄のようだ」
「なにそれ」
「うむ。我らリザードマンの古き伝承にまじないの唄があるのだが、一つ炎に焼かれましょう、二つ氷に眠りましょう、三つ鋼の心を持ち、四つ永久に名を遺そう……」
「まじない? 何のまじない?」
「強き心を奮い立たせる、子供のまじないだ。怖気づいたときに唱えると、偉大なる祖先が手を貸してくれるという」
手を貸してくれるわりには一つ目で焼き殺すのかよ。まじないっていうより、呪いの唄じゃないか。
四つまで詩があるということは、部屋が四つあるのかな。
ひとまず調べておきましょう。
「探査……ああうん、この門の向こうにモンスターがいる」
「なんじゃと!?」
きっと炎を放つような、そういう厄介なモンスターだ。しかも一匹じゃない。探査の反応だと少なくとも十匹以上。
門を通して熱さを感じるくらいだ。炎の威力もすさまじいはず。
でも、珍しいモンスターだったら、珍しい素材が手に入るかもしれないな!
3 不知火~しらぬい~
第一の試練だか何か知らないけど、まずこの重厚な扉をどうやって開けるのかってのが問題ではないでしょうか。
片方の扉だけで何十トンもありそうなんだよ。開けゴマで素直に開きゃいいんだけど、今までのしつこい罠の仕掛けから考えて、そう簡単に開くようなものではないはず。
「調査」
【試練の扉】
材料:イルドラ石、ジルア銅、ゼノラ岩、銀
製作者:レドラ・ガル
リザードマンのみが開くことを許されている扉。
あれ。
簡単に開くようなものだった。
ブロライトが必死に押したり引いたりしているが、うんともすんとも言わない。リザードマンのみが開くことを許されるというのなら、きっと俺でも同じ結果になるのだろう。
同種なら盗掘目的でないと確信しているのか、鍵すらかけていないとは。
「クレイ、この扉はリザードマンにしか開くことができないらしい」
「……扉を開くところから試練のはじまり、というわけか」
「いやそれは知らんけど」
神妙な面持ちのクレイは巨大な扉を見上げ、拳に力を込めた。
未だ扉と格闘していたブロライトを下げさせ、その動向を静かに見守る。この扉がリザードマンにしか開けられないということは、試練とやらもリザードマン向けなのだろうか。
そもそも墓で試練てなんぞや、って話ですよ。試練って、対象者の力量や度量を計るってことだろう? それが、こんな墓の中でやるなんてさ。
「俺の力を偉大なる祖先に示せと、そう仰せであるのだな」
「おお! クレイストン、それならば胸を張って示すと良い! 貴殿の力ならば、祖先も納得せざるをえないはずじゃ!」
「ピュイ、ピュピュ?」
ビーの言う通り、扉を純粋に開けるのか、それとも力業でぶち壊してしまうのか。
クレイは目を瞑ってしばらく集中すると、突然カッと目を見開き、扉に両手をどしんと押しつけた。
「ふうんぬっ……!」
扉は微動だにしないように思えたが、ぱきぱきと何かが割れる音と共に、砂埃が天井から落ちてくる。
長年ずっと閉じたままだったであろう扉は、クレイの力によって静かに動きはじめた。
見上げるほどの巨大な扉がじりじりと押し進められると、僅かに開いた隙間から熱風がぶわりと漏れ出す。
「あっつ!!」
まるでサウナの熱風を浴びたような、皮膚を攻め立てる異常な熱が全身に纏わりつく。
ビーとブロライトは熱風に驚き俺の背に避難。しかしクレイは顔色一つ変えず、黙々と扉を押し進めた。リザードマンって暑さ寒さに強い種族だと聞いていたけど、こういった直接的な熱にも耐えられるのか。
そのままごりごりと鈍い音を立て、扉を押し続ける。
「ちょっと!?」
エプララの葉を根こそぎ引っこ抜いたプニさんが、眩しそうに光を眺めながら言った。
「何やってんのプニさん! 用心しろって今言ったばかりだろうが!」
「何かがあったとしても、お前はわたくしを守るのです」
「だからって、自分から危ない目にあってちゃ守るもんも守れな」
「ピュイイイイ!」
プニさんへの説教中、ビーが突然激しく鳴いた。
どうしたのだと叫んだ先を見れば、ブロライトが壁から飛び出した突起物を引っこ抜こうとしていた。そんな突起物、さっきまでなかったのに。
「ブロライト!」
「タケル、突然この岩が出てきたのじゃ」
「いいから、離れなさい!」
ていうかなんでそんなもの引っこ抜こうとしているわけ? ああもう、うかつに触るなって言ったばかりだろうが!
「うん? あそこにも同じような岩が出てきたようだ」
「ピュイ!」
クレイに言われて視線を移せば、壁から天井から同じような突起物がぼこぼこと出てきた。
無数のその突起物が広範囲に出そろうと、一斉に突起物の先から尖った針のようなものが生えて――
「ピュイイイイーーーッ!」
ビーの警告悲鳴と共に、壁と天井が動きはじめた。
やっぱり罠だったんじゃないか!
「クレイ! ブロライト! 走れ! プニさん呑気に葉っぱ食ってんな!」
「これは甘みがあって美味しいですよ」
「いいから走れって!」
「連れて行きなさい」
ぼひょん、と小型化したプニさんがビーの背中に乗る。
そうこうしているうちに壁が狭まる。天井も低くなり、無数の針が侵入者を殺しにかかっていた。
それぞれ全力で走れば針に触れることはないだろう。だが、針だらけの壁は通路の先へとずっと続いている。
「タケル、何処まで走れば良いのだ!」
「そんなん知らん、とにかく走れ!」
「ピュイイイィッ!」
「ビー、そこを曲がるのじゃ!」
針がなさそうな路地を見つけ、右へと曲がる。ビーが先行して入ったとたん、壁に備え付けられていたランプに火が灯った。
「ピュ?」
「なんです?」
灯された火に誘われるようにして、ビーがプニさんを乗せたまま近づくと。
突如床がぼこりと抜けた。組まれた石が全てばらけてしまったように、床に漆黒の空間が現れる。
無我夢中で走っていた俺たちは、その床に足を踏み入れてしまった。
「ぬおおおおっ!?」
「うひょおおおお!」
「落ちる落ちる、フラアアァァイィ!」
落ちるといっても落ちたくない。落ちたくないなら飛べばいい。
三人に飛翔をかけるのは初めてだったが、うまくいったみたいだ。身体から大量の魔力が抜けるのを感じる。特にデカいクレイに多くの魔力が必要だったらしく、そのぶん俺の魔力が奪われる。
ドローンのホバリングを思い浮かべ、その場にぷかぷかと浮き続けられるよう魔力を維持した。
おかげで今の状況が冷静に分析できる。
「ひい……ひいいい……底見えないいぃ」
「何が起こったというのじゃ……」
そもそものはじまりは、やっぱりあのエプララの葉なんじゃないか。
プニさんがあの光に触れたことで壁から突起物が出てきて、それがぼこぼこ生えて、壁が押し寄せてきて、路地を曲がったらランプに火が灯って。
抜けてしまった床の下は真っ黒で、底が見えない。冷たい風が下から流れてくる。風に乗って匂う独特の香り。
「くっさ。なんか臭い。クレイ、屁でもこいた?」
「無礼なことを申すな! お前はわからぬのか? この匂いの元が」
「知らない」
屁の匂いではないな。硫黄とも違う。だけど何かが腐ったような、嫌な匂いだ。
「この見えぬ底に……無数の躯があるのだろう」
「え」
「先ほどの刃が出てくる壁の罠で傷ついた者がここに来る。そうすると……」
「床にホイホイされるのか……え。それじゃ、この見えない底には」
ちょっと想像してゾッとした。興味本位で灯光を落とそうと思ったがやめておく。
ぷかぷかとホバリングしたまま、壊れていない床までゆっくりと飛ぶ。恐る恐る床に片足をつけ力を入れ、壊れないことを確認してから床に降りた。
やれやれと力を抜くと、壊れたはずの床にゆっくりと石が戻り、あっという間に元の床に戻ってしまった。なにこれどうなってんの。
「……ひひん。この場に古き魔法の力を感じます。ほんの微かな力なので今までわかりませんでしたが、確かに感じられます」
プニさんの高い声が静かに響き渡った。
つまり、罠の動力源は魔法と。
墓を守るために大昔の誰かが仕掛けた、当時は強かっただろう魔法。
魔法による罠が相手だとすると、予想することもできないじゃないか。俺が知っている罠っていうのは、いわゆるカラクリのようなものだ。
魔法となると勝手が違う。しかも勝手な行動をしちゃうチーメンが同行。
とりあえず説教かます。
今以上に用心するようにと。
+ + + + +
最初の侵入者歓迎会ならぬ入り口付近の罠にまんまと引っかかった俺たちは、命からがらでもないがまあ助かった。
考えてみれば蒼黒の団のメンバーで熟練の冒険者って、クレイだけなんだよな。俺は半年近く最低ランクの冒険者として地味依頼専門にやっていたし、ブロライトは戦闘経験は豊富でも冒険者としては俺よりも新米。ビーは可愛いからなんでもいいとして、プニさんは戦力外の馬。
モンスターとの戦いなら慣れているんだけど、何処に何があるのかわからない罠が相手となると、素人同然。
何も触るな近寄るなと言ったところで、罠というのはそれとわからないように設置されているものだ。
「なんか踏んだ! なあんか踏んだーー!」
「タケル! 壁から槍が! 天井から鉄球が!」
「ピュイイッ! ピュイイイ!」
「離れろ馬鹿者っ! ぬおおっ!? こっちもか!」
それぞれが均等に罠に引っかかり、騒ぎながらそれでも奥へ奥へと進む。
プニさんとブロライトに説教している暇なんてない。俺が説教されるようなことも多々やらかしてしまった。
ただ歩いているだけで床のスイッチのようなものを踏み、よろけて手をついた壁にも仕掛けがあり、やれやれと腰を下ろした岩にも仕掛けがあったのにはうんざりした。これを考えたやつは、よほど人の本能というものを熟知しているのだろう。賢いというよりも、性格悪いな。
魔法による罠にしてはずいぶん古典的な仕掛けだなと思い調査や探査で調べてみたが、床や天井には何かの仕掛けがあるよ、としか教えてくれない。
ギルドに登録している冒険者の中で、こういったダンジョンの罠対策を専門に扱っている職業がある。俺は勝手にトレジャーハンターと呼んでいるのだが、どうせなら臨時で雇うんだったと今更ながら思った。なんとかなるなると素人考えで来たのが間違いだった。
しかし、罠に引っかかりながらも先へ進めているのだから、実際にはなんとかなっているのだけど。
「ああもうやだ。疲れた。今日は休もう? 身体はまだまだ行けるが、精神的にすっごい疲れた」
「ピュイ……」
「賛成じゃ!」
「そうだな。この湿気もまた、不快感を強くさせるのであろう」
「お腹がすきました」
天井が高い広間にやっとこさたどり着き、それぞれぐったりと腰を下ろす。
地下墳墓内には空気を循環させるような魔道具があるらしく、腐敗臭は溜まらない。盗掘を防ぐための罠が仕掛けられてはいるが、空気が臭くて先に進めないということはないのだ。
どうしてここまで侵入者を恐れて罠だらけなのかとクレイに聞いたらば、その昔は本当に盗掘が酷かったらしいのだ。
「リザードマンは武勲を立てると相応の財を貯める習性がある。俺は冒険者となってから手柄のことばかりを考えることはなくなったが、竜騎士であった頃は功労に報いるためのものを対価として望んでいた」
「ん? つまり、竜騎士としての報酬以外にも何かもらっていたってこと?」
「ああ。時には黄金であったり、時には宝飾品であったりとな」
現代のリザードマンは昔のリザードマンほど高価な財を貯め込むことはなくなったらしいが、それでも武勲イコール宝石や黄金、と考えている者は多い。
地下墳墓は、手柄を立てた英雄と呼ばれるリザードマンが眠っている場所だ。もちろん生涯をかけて集めた財宝も一緒に眠っている。死人に財産なんていらないだろうと考える罰当たりな連中が、夜な夜な盗みに入っていたらしい。
そんな現状を嘆いた当時のリザードマンの村長。どうにかして盗掘を防ごうじゃないかと対策して、今のようにしたらしい。
「それじゃあ、昔から罠まみれの墓だったわけじゃないのか」
「そうだ。盗掘を防ぐための罠を施したのは、大昔のことだ。他種族の術師が地下墳墓に魔法をかけたらしい」
ほうほう。なるほどな。
リザードマンは魔力を扱うことに長けていないのに、どうして魔力を感じる罠があるのだろうと思っていたんだ。
「でもさ、リザードマンなら罠にかからないとかなんでそういう仕掛けにしなかったんだろう。これじゃあ、誰も墓参りできないわけだ」
来る者全員あっち行けと追い返してしまう墓ならば、近づきたくもない。
先祖の眠りを妨げたくないとかなんとか言い訳していたが、結局はこれだったんだな。入ったら串刺しにされるような廊下なんて歩きたくないだろうよ。
「うむ。なにゆえこのような造りにしたのかは、誰もわからぬ」
それだけこの墓に眠る祖先の財がとんでもないということだろうか。
ある意味で俺たちも盗掘者のようなものだからな。いやまあ、現代の村長から墳墓に入る許可はもらっているんだから、盗むわけじゃないんだけど。
気がついたら地図に描かれていた場所よりも奥に来ていた。ヘスタスの墓まではあと少しのはずだが、ブロライトの腹の虫の鳴きっぷりから、そろそろ夕飯の時間だ。
何処に何があるのかわからないまま休むのも怖かったので、大いに魔法の力を利用させてもらいましょう。
「まずは湿気解消のために清潔展開、探査でモンスター警戒、結界魔石配置して更に警戒」
精神的な疲労は腹いっぱい食って眠れば復活する。
清潔のおかげで清涼な空気を思い切り吸い込めた皆は、やれやれと深呼吸を繰り返した。
この場所が何の用途の場所かはわからないが、じゅうぶんな広さと高さがある。鞄の中から馬車を取り出し、眠る場所を確保。馬車全部に盾が施されているし、再度強めの結界を展開しておけば見張りも必要ないだろう。
「そういえばモンスターが出てこないな」
「おお、そうじゃな! 罠を避けることばかり考えておったゆえ、モンスターのことなぞ忘れておった」
こういった入り組んだダンジョンのようなところには、気持ちの悪い虫系のモンスターがわんさといると思っていた。それこそ、キエトの洞のようなモンスターラッシュを覚悟していたんだ。
「ふふ。何処かに隠れているのかもしれぬな」
「やめよ? そういう怖いこと言うのやめとこ?」
「そうじゃクレイストン。おらぬのならばおらぬままで良いではないか」
「タケル、お腹がすきました」
「ピュッピューイ」
ブロライトの言う通りだ。モンスターが出ないのなら、出ないままでいい。
出たら出たで対処するが、出ないなら出ないままでいてください。
約束のカニ麦飯雑炊をさくっと作り、その日はゆっくりと眠ることにした。こんな地下墳墓の中でも暖かい布団で眠れる幸せ。馬車を作ってくれたエルフたちに感謝。
翌日、おそらく朝。
朝日が見られない地下のため、放置されたら昼過ぎまで眠っていただろう。俺の身体は疲れにくいが、精神は普通の人間とあまり変わりがない。図太いと言われるが、そんなこともないんだ。死ぬことはないが、死ぬかもしれない目に続けてあえば、どんなヤツでも疲れるだろう。
腹がすいたからと起き出したブロライトに起こされ馬車を降りれば、昨夜余分に作っておいたカニ麦飯雑炊がカラッポだった。全員の朝飯だと言ったはずなんだけどね。よほど気に入ったのか、また食べたいと。
カニ麦飯雑炊の作り方は至って簡単。ほとんどの味はカニの旨味から出ているから、余計な味付けはしなくて良いのだ。
「タケル、昨夜も聞こうと思うていたのじゃが、その茶色い液体は何なのじゃ?」
「うん? これはなんちゃってめんつゆ」
「めん、つゆ??」
「そう」
水と醤油と砂糖と魚の干物の粉末から作った出汁、それから甘い料理酒を混ぜて加熱しただけの、なんちゃってめんつゆ。納得がいく味を作るまで頑張ったのだ。
味は確かにめんつゆなのだから、なんちゃってではないのかもしれない。このめんつゆは万能調味料の一つとなった。そのうちこれもベルカイムの屋台村に伝授し、いつでも美味しいめんつゆが買えるようになればいい。
めんつゆ一つで、牛丼かつ丼天丼親子丼が作れるし、このカニ麦飯雑炊も作れるのだ。天ぷらにつけて食べるのもいい。
「沸騰したお湯に麦飯を入れるだろ? それからめんつゆを入れて味を確認。キノコと野草、ネギっぽい野菜を入れて、ショウガとニンニクを少々。鷹の爪ならぬカカのツタを刻んで入れて、溶き卵を混ぜ入れて、最後にカニの身をほぐして入れたら出来上がり。簡単だろ?」
「……それをなにゆえ簡単だと言えるのだ」
だってこんなの、めんつゆで味ができているようなものだからさ。後は具材を入れて煮込むだけ。
仕上げにチーズを入れてもいい。ただし、チーズは王都で出回っている高級食材だから、今は持っていない。そのうち王都に回す分を少し買わせてもらおう。
カニ麦飯雑炊をメインに、焼きたてほかほかの木の実パン。野菜に塩ビネガーを混ぜたサラダを合わせ、温かなハデ茶を飲む。なんて健康的な朝食なんでしょう。デザートに新鮮なロゴの実。
「はあああ! 美味い! 何を食べても美味いな! タケルの作りし料理を口にしてしまうと、他の飯が全てわびしく感じるようになった!」
「それは大袈裟だろ。エルフの郷にだって美味い飯はたくさんあっただろうが」
「そうではない。こうして、旅をしているときに食べられる食事のことを言っておるのじゃ。わたしがタケルと出会う前までは、硬いパンと硬い干し肉であったのじゃぞ?」
ああ、それはクレイからも聞いている。
俺のように何でも受け入れてくれる便利な鞄を持っているわけではないから、どうしても日持ちのする乾燥したものを食べるようになるのだ。
もちろん温めてほぐして食べることもできるが、それは常に警戒をしながら作らないとならない。クレイとブロライトは俺が大丈夫だと言っても警戒を怠りはしないが、それでも以前よりずっと気を抜くようになったらしい。
「そうですね。その点ではタケルに感謝をしてやってもよいです」
「へえ、プニさんが珍しいこと言うな」
「ぶるるっ、何を申すのですか。わたくしは何事にも感謝をしているのですよ?」
感謝よりも言うことを聞いてくれ。
あれもこれもと興味があるのはわかるが、警戒をしてくれ。
心外だとばかりに頬を膨らませるプニさんの食器を受け取り、清潔をかけてから鞄の中に収納した。
じゅうぶんな睡眠をとり、腹もいっぱいになったら気力も戻る。まだまだ罠が仕掛けられているかもしれないから、互いに警戒を怠らないよう気をつけることとした。
と、言ったところで罠を見分けることなんてできないんだから、死なないように気をつけるしかないんだけど。
全員に清潔を展開し、さっぱりしてもらってから先を進んだ。
奥に進めば進むほど、天井が高く、壁が遠くなっていく。
入り口から比べれば数十倍の広さがある道を、灯光の光を頼りに進む。じゅうぶんな広さになったところで馬車を取り出し、プニさんに引っ張ってもらうことにした。プニさん自体と馬車が地面から離れていれば、地面に仕掛けられた罠に引っかかることがない。それに槍やら岩やらが飛んできても、馬車には強烈な結界がかかっているからヒビ一つ入らない。
俺たちはクレイを真ん中に御者台にそろって座り、左右の警戒をした。
「扉のようなものが出てきたな」
ブロライトに指摘されたように、馬車に乗ってしばらくすると左右の壁に等間隔の扉が出てくるようになった。とても古い扉。
「あれらはきっと、墓だ」
「へえ」
馬車を止めて、クレイに示された扉の一つに書かれてある文字を確認すると、古代カルフェ語で名前が刻まれていた。偉大なるナニナニ、ここに眠る、っていう。
ここに眠る人は皆偉大なんだな。
「ヘスタスの墓はやっぱり特別仕様なのかな」
「村長が言うには、祭壇のようなところにあると」
探査をかけてみるが、扉の向こうに魔力の波動のようなものは感じられなかった。
そういえば道が広くなってきたあたりから、罠が発動していない。馬車に乗っていたせいかもしれないが、それにしてもあれだけ罠だらけの道のりだったのに、ぱったりとなくなってしまった。
これはこれで怖い。
それからまた馬車を進めると、湿気まみれだった不快な空気がなくなり、少し暑くなってきた。
「……暑いな」
「クレイも? 俺だけかなと思ってた」
「ピュィ」
ビーが怯えたそぶりを見せていないから、近くにモンスターがいるわけではない。
湿気で息苦しかったのに、今度は暑さで汗が噴き出す。急にこんな暑くなるなんて、やっぱり何かあるに違いない。
――タケル 扉だ
馬プニさんに言われ前方を見れば、そこには扉というか巨大な門が立ち塞がっていた。
道を塞ぐ壁と、クレイ四人分くらいの高さがあるとても大きな石の門。門の片方だけでも何トンあるんだってくらい、重厚。
門には古代カルフェ語で文字が書かれていた。
「ここは第一の門。勇気を試す炎の部屋」
口に出して文字を読み、後悔。第一の門って。聞いてない。なにこの試練みたいなの。
「まじないの唄のようだ」
「なにそれ」
「うむ。我らリザードマンの古き伝承にまじないの唄があるのだが、一つ炎に焼かれましょう、二つ氷に眠りましょう、三つ鋼の心を持ち、四つ永久に名を遺そう……」
「まじない? 何のまじない?」
「強き心を奮い立たせる、子供のまじないだ。怖気づいたときに唱えると、偉大なる祖先が手を貸してくれるという」
手を貸してくれるわりには一つ目で焼き殺すのかよ。まじないっていうより、呪いの唄じゃないか。
四つまで詩があるということは、部屋が四つあるのかな。
ひとまず調べておきましょう。
「探査……ああうん、この門の向こうにモンスターがいる」
「なんじゃと!?」
きっと炎を放つような、そういう厄介なモンスターだ。しかも一匹じゃない。探査の反応だと少なくとも十匹以上。
門を通して熱さを感じるくらいだ。炎の威力もすさまじいはず。
でも、珍しいモンスターだったら、珍しい素材が手に入るかもしれないな!
3 不知火~しらぬい~
第一の試練だか何か知らないけど、まずこの重厚な扉をどうやって開けるのかってのが問題ではないでしょうか。
片方の扉だけで何十トンもありそうなんだよ。開けゴマで素直に開きゃいいんだけど、今までのしつこい罠の仕掛けから考えて、そう簡単に開くようなものではないはず。
「調査」
【試練の扉】
材料:イルドラ石、ジルア銅、ゼノラ岩、銀
製作者:レドラ・ガル
リザードマンのみが開くことを許されている扉。
あれ。
簡単に開くようなものだった。
ブロライトが必死に押したり引いたりしているが、うんともすんとも言わない。リザードマンのみが開くことを許されるというのなら、きっと俺でも同じ結果になるのだろう。
同種なら盗掘目的でないと確信しているのか、鍵すらかけていないとは。
「クレイ、この扉はリザードマンにしか開くことができないらしい」
「……扉を開くところから試練のはじまり、というわけか」
「いやそれは知らんけど」
神妙な面持ちのクレイは巨大な扉を見上げ、拳に力を込めた。
未だ扉と格闘していたブロライトを下げさせ、その動向を静かに見守る。この扉がリザードマンにしか開けられないということは、試練とやらもリザードマン向けなのだろうか。
そもそも墓で試練てなんぞや、って話ですよ。試練って、対象者の力量や度量を計るってことだろう? それが、こんな墓の中でやるなんてさ。
「俺の力を偉大なる祖先に示せと、そう仰せであるのだな」
「おお! クレイストン、それならば胸を張って示すと良い! 貴殿の力ならば、祖先も納得せざるをえないはずじゃ!」
「ピュイ、ピュピュ?」
ビーの言う通り、扉を純粋に開けるのか、それとも力業でぶち壊してしまうのか。
クレイは目を瞑ってしばらく集中すると、突然カッと目を見開き、扉に両手をどしんと押しつけた。
「ふうんぬっ……!」
扉は微動だにしないように思えたが、ぱきぱきと何かが割れる音と共に、砂埃が天井から落ちてくる。
長年ずっと閉じたままだったであろう扉は、クレイの力によって静かに動きはじめた。
見上げるほどの巨大な扉がじりじりと押し進められると、僅かに開いた隙間から熱風がぶわりと漏れ出す。
「あっつ!!」
まるでサウナの熱風を浴びたような、皮膚を攻め立てる異常な熱が全身に纏わりつく。
ビーとブロライトは熱風に驚き俺の背に避難。しかしクレイは顔色一つ変えず、黙々と扉を押し進めた。リザードマンって暑さ寒さに強い種族だと聞いていたけど、こういった直接的な熱にも耐えられるのか。
そのままごりごりと鈍い音を立て、扉を押し続ける。
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