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第1話、N-9-19。

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 N-9-19エヌ・ナイン・ナインティーンとは、米国と日本国の全面的な支援の下、七師重工が社運を賭して開発を進める軍用アンドロイド、N-9シリーズの第19号試作機である。コードネームは「セイカー」。

 N-8シリーズに対して60%の軽量化と250%の出力向上、新世代AIの搭載を同時に図った野心的なプロジェクトであり、完成すれば軍用アンドロイドの歴史を塗り替えると期待されていたが、これまでプロジェクト開始から3年の時を経ても未だに開発が続いていた。原因は単純で、目標が野心的に過ぎたのだ。

 そんな野心的な目標にも関わらず、曲がりなりにも試作機N-9-19「セイカー」の完成に漕ぎ着けた技術者たちには手放しの称賛が贈られるべきだと言えた。如何に完成予定日をすでに1年以上も超過していたとしても。

 N-9-19は単に大幅な性能向上を実現したというだけでなく、そのAIとASに画期的なシステムを採用することで、人間に近い自律性を持った独立型アンドロイドを世界で初めて実現していた。つまり、人間と同様に学び、考え、判断し、食事を取り、休養を取り、傷を癒すことができるロボットになったのだ。

 これほど画期的なアンドロイドの開発だったが、人間世界ではこのN-9シリーズの開発について反対の声も数多く上がっていた。

 その論点は多岐に渡っていたが、大本をたどれば米国が軍用アンドロイドの分野で圧倒的な優位を持つことを懸念する仮想敵国の思惑があった。それを巧みな政治工作によって人道的な見地からのN-9シリーズ開発への反対という形に変えて世論に介入していたのだ。

 そして、それは一部の過激な左派グループによって武力闘争の様相すら見せ始めていた。

 「また自衛隊基地への武装襲撃か。これでもう何度目だ?」
 「今年に入って3回目です」
 「敵国のスパイに踊らされて自国の国防を弱体化させるとは、なんて愚かな連中だ」
 「しかし、研究所の場所が知られたらここも危なくなるかもしれませんね」
 「全くくそったれだ」

 研究所に集まった研究者たちはそんな会話を交わしながら、N-9-19の起動前チェックを進めていた。今日は最終ラボ試験で、これをパスすれば部隊配備されて実地運用試験となる。そのため、自衛隊や米軍の上層部も極秘裏に集まってきていた。

 「それにしても、よりによって今日武装襲撃があるなんて、まさか最終試験の日程が漏れていたなんてことは……?」
 「主任、さすがにそれはないでしょう。たまたまですよ」

 N-9シリーズに対する反対活動が過激化している中、最終試験日程はトップシークレット中のトップシークレットだ。さすがにこれが漏れていたら日米の情報管理体制を根底から点検する必要がある。

 「最終チェックシーケンス、完了しました」
 「よし。これより起動フェーズに移る。起動開始は30秒後だ」
 「「了解」」

 主任の言葉を受けてスクリーン上には30秒のカウントダウンが表示された。起動フェーズでは関連システムを同期的に立ち上げる必要があるため、タイミング合わせのカウントダウンが必要になる。

 そのくらいスクリプトを書けばいいのではと思うかもしれないが、システムが違う上にシーケンス中に人手の介入が必要なので無理に自動化するより手作業で合わせる方が楽だったりするのだ。量産化する時にはこういうところも自動化されるが、試作機では案外泥臭い手作業を残したままというのは実はよくある。

 「3、2、1、起動開始」

 時計係が合図をすると、各システムの起動シーケンスが一斉に走り始めた。画面にはプログラムのログ出力が次々とコンソールに表示され、上へ上へと流れて消えていった。

 「エネルギー系、起動完了」
 「ホメオスタシス、正常」
 「センサーチェック、異常なし」
 「運動系、動作チェック完了」
 「ナレッジサブシステム、オールグリーン」
 「エピソード記憶サブシステム、オールグリーン」
 「ディープラーニングAI、起動確認」
 「人格AI、起動します」

 N-9-19を構成するすべてのサブシステムが異常なく起動したことを確認し、最後に各サブシステムを統合するメインシステムである人格AIを起動した。

 アンドロイドは台上に寝かされた状態で置かれていた。身長は140cm、体重は100kg。ほぼ10歳児と同等の体格で、比重も人の3倍にとどまっている。新材料であるSFMC(自己形成金属炭素素材)を主材としたボディにより、大幅な軽量化と出力向上を上回る耐久性の向上という矛盾する目標を同時に実現することに成功したためだ。

 体格を10歳児相当とした理由は軽量化と省エネのためだ。そのためにすべての部品を設計から見直して小型のボディにフィットするように作り直している。ちなみに、見た目は首から太ももまで覆うダークグレーのタイトなアンダーウェアを着ているように見えるが、実はその部分も含めて全て一体型のボディだ。

 新材料のSFMCは、ディープラーニングAIと並んでN-9-19の画期的なAS(自律システム)の肝であった。この特徴は軽さと強度もさることながら、材料と信号を与えることで任意の形状に変形成長するという特性だ。これによりN-9-19は理論上外部からのメンテナンスなく半永久的に活動し続けることができることとなった。

 ディープラーニングAIは言わずと知れた技能習得のためのサブシステムだ。訓練時だけでなく日常生活においてもサンプルを集めて技能を向上させることができる。つまり、N-9-19は外部からのアップデートなく能力を向上させられる。しかも、人間をはるかに上回る高精度でだ。

 そして、それらのサブシステムを統合する最上位システムが人格AIだ。この開発には開発チームの主任が自ら関わり最後まで調整を続けてきた、言わば、主任の分身のようなシステムだ。それだけに、今日の最終試験に対する主任の意気込みは並々ならぬものがあった。

 「人格AI、起動完了しました」

 研究員の声に反応したかのように、N-9-19がゆっくりと体を起こした。そして、ボディの動作チェックをするかのように体の各部分を軽く動かし、立ち上がり、研究員の方へと視線をやった。

 「おはよう、N-9-19。今日は最終試験だ」
 「はい、指揮官殿」

 主任が声をかけるとN-9-19は感情の薄い声で返事をした。コンピューターで合成された平均的な人間の顔を持つアンドロイドは、その整った顔立ちのために一層反応の無機質さが目立つ。だが、その無機質さも戦場に行けば冷静さという美徳となるだろうだろう。

 「あれが新型か? あんな華奢なボディで大丈夫なのか?」
 「あんなのが戦場に出てきたらまるで狼の群れに紛れ込んだ子羊みたいなものだな」
 「あれだけの時間と金を使ってできたものがこれでは……」

 試験場に連れて出すと、観客席のお偉い様方の中からは、N-9-19の姿を見ただけで不信感を露わにする方もいたけれど、主任は意にも介しなかった。どうせ試験が始まればすぐにあの口を閉じることになるのだ。

 最終試験は最初に身体能力の試験から始まった。N-9-19は短距離走、中距離走、幅跳び高跳び、砲丸投げ、重量挙げ、などなど、各種陸上競技を1人で淡々とこなしていった。

 N-9-19の最大出力は10万馬力。ジャンボジェット機B777と同じくらいの出力がある。あるいは鉄腕アトム。もちろん、最大出力を維持できる時間はジャンボジェット機とは比べ物にならないほど短いが。

 とにかく、それだけの出力を持つのだから普通の陸上競技のルールでは計測不可能となりかねない。なのでルールに若干の変更が加えられている。例えば、短距離走は背中に300kgの重り(N-9-19より一回り大きいサイズの鉄塊)を背負ったり、砲丸投げでは砲丸の代わりに自動車(約1トン)を投げたり、というようにだ。

 最後に水中での活動に支障がないことを示すため、プールに移動して水泳を行い、身体能力のテストは終了した。

 軽量化したとは言え比重3近くもあるボディはそのままでは水に浮くことはできないが、SFMCの特性を生かして手足をヒレのように変形させ、浮袋を作って浮力を増やして水中を自在に泳ぐことができる。もちろん、重さを利用して水底に降りて走ることも可能だ。

 次に行われたのは、武器の使用や乗り物の操縦のテストだ。アンドロイドは素手で戦うだけでなく、武器を携帯したり車両や飛行機を使って敵地に侵入したりして作戦行動に従事することもあるので、身体能力の高さと同等以上に重要な試験項目だった。

 先の身体能力試験とは異なり、この試験では出力の大きさよりも繊細な力加減の方が意味を持ち、各運動系を適切に制御できるAIの能力が重視される。N-9-19は高性能なディープラーニングAIによってこれらの技能獲得についてN-8シリーズに比べて著しい進歩を見せていて、あらゆる課題を極めてスムーズにやりのけた。

 その習得技能は多岐に渡り、武器ならば通常の銃火器のみならず、伝統的な剣、槍、弓などの武器、さらには吹き矢やヌンチャクのような特殊な武器まで使いこなして見せた。乗り物も、通常の四輪車、二輪車に加え、飛行機、ヘリコプター、小型船舶などの陸上以外の乗り物、ショベルカー、クレーン車のような特殊車両、もちろん戦車も操縦した。

 さらに、最後に見せたN-9-19のパフォーマンスが立ち合いの偉い方々を沸かせた。それは、ボディに内蔵された特殊兵装の試験をした時のことだ。

 N-9-19には3つの特殊兵装が内蔵されている。1つ目はスタンガン。これは両手両足に高電圧静電気をため、接触した瞬間に電気ショックを与えるものだ。

 2つ目はスタングレネード。口内で可燃性ガスと金属粉を生成混合し、薄いSFMCの膜で覆った簡易手榴弾を生成できる。これは何かにぶつけるか、狙撃することで爆発し、閃光と爆発音で周囲の人間の感覚器官や機械のセンサーを一時的に使用不能にすることができる。

 3つ目が電磁砲ガウスガン。片腕を伸ばし、それに沿って強磁界を発生させ、その磁界を使って口内で形成した銃弾を加速させ発射するという機構で、機関銃並みの発射速度を実現したのだ。

 「これであれば通常兵器の携行は不要になるのでは?」
 「弾数制限は?」
 「原料の鉄が供給される限り体内で製造可能です。1kgの鉄から200発の銃弾を生成できます」
 「これは、戦場の常識が変わるぞ」

 300kgの重りを背負って陸上競技ができるアンドロイドにとって1kgの鉄の携行など訳もない。いや、それがその10倍に増えたところで、500mlペットボトル2本半程度のサイズに過ぎないのだ。それで2000発の銃弾になり、さらにそれを使い切っても石ころを拾って投げるだけで殺傷能力のある武器となるなど敵にとっては悪夢でしかない。

 最初に見た時に子羊のようだと侮っていた偉い方々も、今となってはN-9-19を侮るものは一人もいなくなっていた。
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