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やっぱり処理とか無理ですよ
獣になれない獣たち
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「なんだコレ、最高か!?」
姉が担当した査問の婚約破棄の文言が凄い。
―― 誰に突っ込んだか分からんような汚いちんぽ俺に入れる気だったとか、もげろ!
爆笑する部下でもある弟を一瞥した姉は、くたびれたように監査官のローブを脱いだ。
「立会人の従兄弟さんがいい仕事したみたいね」
ひと回りも年が離れた弟のように可愛い青年。添いたい人が出来たと相談された時、お相手だと紹介された魔法士の男に違和感があったそうだ。
子爵とはいえ裕福な家の三男である青年は、良くも悪くも箱入りで、貞節の誓いを結びたいという魔法士の言葉に嬉しそうに笑っていた。本当に守れるのかという言葉を飲み込んで、ではせめて万が一の時に青年の力になれればと、立会人を買って出たのだという。
「予感なんか外れた方が良かったって」
「愛されてるね、彼」
良かったと、既視感のある、つぶやきをこぼした弟に、たまらない愛しさが込み上げる。
被害者の青年を、幼い頃から見守ってくれた、兄のような優しい従兄弟。
自分が従兄弟の彼に、どれだけ大切にされていたか気づけた事は、破られた誓約のおかげかもしれません。と報告に訪れた監査官の紫紺のローブ姿の姉の前で、寄り添って笑い合う二人がいた事は、今回何よりの救いかもしれない。
「真実の愛、なんて胡散臭いだけだよねー」
今回の魔法士も戦闘系で、青年は自分にとって「真実の愛」をささげる相手であり、汚すべきではないと思った。などと証言しており。
「これだから、脳筋は嫌いよ」
うんざりと背もたれに深く腰を埋めた姉に、はい、とコーヒーを差し出した弟が、そのままぽすんと横に座った。
どっこいしょとブーツを脱ぎ、行儀悪くソファーにあぐらを組む。
人前では決して見せない、その緩んだ弟の姿にお気に入りのコーヒーの薫りを深く吸い込んだ姉が、愛し気に目を細めた。
二人だから生きてこられた。半分しか血のつながりがないけれど、半身のようなかけがえのない大切な家族。
「母さまは? 」
「ん? 今夜は店でるってー」
マグワイアの悲劇には続きがある。
父親の魔力暴走で娼館を含む一帯は灰燼にきしかけた。直後に母の聖魔法が覚醒、時まで巻き戻すという全力の回復魔法で、全ての事象が元に戻っていたそうだ。
父親の血筋が魔法士なら母方は曾祖母には聖女がおり、家系的には神殿に入る者が多い回復魔法の血筋であった。
そのまま母は聖女として神殿に迎えられ、娼婦としてはその時に上がっているが、今でも時折店には出ている。恩ある店であるし、母と面会して話だけでもと願う、王弟殿下のような客が今も絶えない為である。
父親の行方は知らない。
母に聞けばわかるのだろうが、二人とも興味が無かった。風の噂では、破壊神になりかけた罰を受けて、生涯辺境の守護につかされているとも、処理の意味を自覚して不能になったとか、噂なのでよく分からないけれど、とにかく王都には居ないらしかった。
姉弟は血筋により魔力は充分に持ち合わせていたが、二人とも魔法士はゴメンだと、そうそうに神殿に入り母の元で聖魔術師になってしまった。
更に父親の血を身体から抜きたいと、一時期は二人で寝食を忘れる勢いで研究に励んでいた。
そのおかげで、うっかり魔力による親子鑑定なんてものを体系立ててしまい、うっかり神殿での地位も母の七光以上に盤石にしてしまったりしている。
やらかした父親の子供として多少肩身が狭かったのだが、鬼気迫る研究中の様子で、何だかみんな優しくなっていて、すこしだけ解せない気分になったりしたが、おおむね居心地は良くなった。
結局父親の血は抜けそうもない。
しかし、足掻けるだけあがいてみたおかげで、それなりに気の済んだ二人は、もういい加減いいかーと思うようにもなっている。
あの父親は今でも正直馬鹿だと思うし、万が一でも会ってしまうと、弟は吐くし、姉は気絶すると思う。それぐらい精神に瑕疵を刻んだあの人は、逃れようもなく彼らの父親であり、もう忘れることこそを諦め始めている。
母は、そもそも恨んでいるのだろうか。
そう言えば聞いたこと無かったと、姉が呟く。
あの頃は母の傷口に塩を塗るようで聞けなかったのだが、もうそろそろ話してみようか。
――馬鹿なのよ、本当にあの人は、どうしようも無く馬鹿な人なの。
そう言って苦笑する母の幻を同時に幻視して、姉弟は母さまらしい、とあの頃の幼い自分達の為に、どちらからとも無く腕を述べると、笑いながら抱きしめあう。
母は、父親のどうしようもない性分は、とっくに理解して許しているのだろう。覚悟して婚姻を結び理解し合いたいと願っていた。
俺たちの両親は間違いなく愛し合っていた。それでも、母が家を出て、父親の側を離れる事を選んだのは、自分たちを守るためだった事に、姉弟はとうに気づいていた。
理性を失った父親は恐ろしかった。
魔法士は畏怖と嫌悪の対象に堕ちた。
幼い二人にとって、自分たちもいずれはアレに成るのかと、思うだけで息ができなくなるほどの底なしの恐怖をもたらした。
そんな子ども達を守るため、母は選んでくれたのだ。あの純粋過ぎて、いつまでも大人になれない歪な子どものような父親から、逃して守ってくれたのだ。
聖女にもなるはずだ。
母の献身を思うと、生きなければと二人は思う。
世界は恐ろしく、人は醜く、死んだ方がましに思えてしまう時、そんな時二人は最愛の母に祈る。
そうすると、ほんの少しだけ、生きることが楽になる気がするから。
性に対する忌避感は、今はもう固く二人を縛る鎖のようで、そういう意味では、お互い以外、誰も求める事もできないけれど。
ずっと二人で生きて、これからも二人なら多分生きていける。
真実の愛。
なんて大袈裟なもので無くても、自分たちには両手で抱きしめられる位の、この最愛で十分なのだ。
大嫌いな父親の血で結局離れ難く結ばれている姉と弟は、それぞれの半身の魂の幸福を願う。
あたたかな互いの心臓の鼓動に耳をすますと、幼いあのころのように固く手を繋いだ姉と弟は、だだ幸せそうに微笑み合うのだった。
*******
「でもやっぱり、脳筋でヤリチンはもげろ! って思うし」
「まんこは腐れ! って思うよねー」
母さまおかえりなさいと! 抱きつきながら、幼い頃のように膝の上で、今日一日のアレコレを話す姉と弟を、聖女であり母でもある女は、あらあらお口が悪いわねー、と微笑みながら聞いている。
娼婦を仕事に選んだ母への嫌悪感が全く無かったのは、そこに嘘や偽りが一欠片も無かったからだ。
全て隠さず話してくれた。
子どもだと侮らずに、相談してくれた。
ーー 母さま大好き!
妻で女である事より、母である事を選んだ聖女は、眠りについた愛し子を、その両の腕にいだくと、やすらかな二つの額に優しく口づけを落とす。
そして今宵も、魂の地獄で果てなき慟哭を続けているであろう、かつての最愛に向けて、就眠の祈りを捧げ、ひと時の安眠を願うのだった。
Satyricon cara persona
姉が担当した査問の婚約破棄の文言が凄い。
―― 誰に突っ込んだか分からんような汚いちんぽ俺に入れる気だったとか、もげろ!
爆笑する部下でもある弟を一瞥した姉は、くたびれたように監査官のローブを脱いだ。
「立会人の従兄弟さんがいい仕事したみたいね」
ひと回りも年が離れた弟のように可愛い青年。添いたい人が出来たと相談された時、お相手だと紹介された魔法士の男に違和感があったそうだ。
子爵とはいえ裕福な家の三男である青年は、良くも悪くも箱入りで、貞節の誓いを結びたいという魔法士の言葉に嬉しそうに笑っていた。本当に守れるのかという言葉を飲み込んで、ではせめて万が一の時に青年の力になれればと、立会人を買って出たのだという。
「予感なんか外れた方が良かったって」
「愛されてるね、彼」
良かったと、既視感のある、つぶやきをこぼした弟に、たまらない愛しさが込み上げる。
被害者の青年を、幼い頃から見守ってくれた、兄のような優しい従兄弟。
自分が従兄弟の彼に、どれだけ大切にされていたか気づけた事は、破られた誓約のおかげかもしれません。と報告に訪れた監査官の紫紺のローブ姿の姉の前で、寄り添って笑い合う二人がいた事は、今回何よりの救いかもしれない。
「真実の愛、なんて胡散臭いだけだよねー」
今回の魔法士も戦闘系で、青年は自分にとって「真実の愛」をささげる相手であり、汚すべきではないと思った。などと証言しており。
「これだから、脳筋は嫌いよ」
うんざりと背もたれに深く腰を埋めた姉に、はい、とコーヒーを差し出した弟が、そのままぽすんと横に座った。
どっこいしょとブーツを脱ぎ、行儀悪くソファーにあぐらを組む。
人前では決して見せない、その緩んだ弟の姿にお気に入りのコーヒーの薫りを深く吸い込んだ姉が、愛し気に目を細めた。
二人だから生きてこられた。半分しか血のつながりがないけれど、半身のようなかけがえのない大切な家族。
「母さまは? 」
「ん? 今夜は店でるってー」
マグワイアの悲劇には続きがある。
父親の魔力暴走で娼館を含む一帯は灰燼にきしかけた。直後に母の聖魔法が覚醒、時まで巻き戻すという全力の回復魔法で、全ての事象が元に戻っていたそうだ。
父親の血筋が魔法士なら母方は曾祖母には聖女がおり、家系的には神殿に入る者が多い回復魔法の血筋であった。
そのまま母は聖女として神殿に迎えられ、娼婦としてはその時に上がっているが、今でも時折店には出ている。恩ある店であるし、母と面会して話だけでもと願う、王弟殿下のような客が今も絶えない為である。
父親の行方は知らない。
母に聞けばわかるのだろうが、二人とも興味が無かった。風の噂では、破壊神になりかけた罰を受けて、生涯辺境の守護につかされているとも、処理の意味を自覚して不能になったとか、噂なのでよく分からないけれど、とにかく王都には居ないらしかった。
姉弟は血筋により魔力は充分に持ち合わせていたが、二人とも魔法士はゴメンだと、そうそうに神殿に入り母の元で聖魔術師になってしまった。
更に父親の血を身体から抜きたいと、一時期は二人で寝食を忘れる勢いで研究に励んでいた。
そのおかげで、うっかり魔力による親子鑑定なんてものを体系立ててしまい、うっかり神殿での地位も母の七光以上に盤石にしてしまったりしている。
やらかした父親の子供として多少肩身が狭かったのだが、鬼気迫る研究中の様子で、何だかみんな優しくなっていて、すこしだけ解せない気分になったりしたが、おおむね居心地は良くなった。
結局父親の血は抜けそうもない。
しかし、足掻けるだけあがいてみたおかげで、それなりに気の済んだ二人は、もういい加減いいかーと思うようにもなっている。
あの父親は今でも正直馬鹿だと思うし、万が一でも会ってしまうと、弟は吐くし、姉は気絶すると思う。それぐらい精神に瑕疵を刻んだあの人は、逃れようもなく彼らの父親であり、もう忘れることこそを諦め始めている。
母は、そもそも恨んでいるのだろうか。
そう言えば聞いたこと無かったと、姉が呟く。
あの頃は母の傷口に塩を塗るようで聞けなかったのだが、もうそろそろ話してみようか。
――馬鹿なのよ、本当にあの人は、どうしようも無く馬鹿な人なの。
そう言って苦笑する母の幻を同時に幻視して、姉弟は母さまらしい、とあの頃の幼い自分達の為に、どちらからとも無く腕を述べると、笑いながら抱きしめあう。
母は、父親のどうしようもない性分は、とっくに理解して許しているのだろう。覚悟して婚姻を結び理解し合いたいと願っていた。
俺たちの両親は間違いなく愛し合っていた。それでも、母が家を出て、父親の側を離れる事を選んだのは、自分たちを守るためだった事に、姉弟はとうに気づいていた。
理性を失った父親は恐ろしかった。
魔法士は畏怖と嫌悪の対象に堕ちた。
幼い二人にとって、自分たちもいずれはアレに成るのかと、思うだけで息ができなくなるほどの底なしの恐怖をもたらした。
そんな子ども達を守るため、母は選んでくれたのだ。あの純粋過ぎて、いつまでも大人になれない歪な子どものような父親から、逃して守ってくれたのだ。
聖女にもなるはずだ。
母の献身を思うと、生きなければと二人は思う。
世界は恐ろしく、人は醜く、死んだ方がましに思えてしまう時、そんな時二人は最愛の母に祈る。
そうすると、ほんの少しだけ、生きることが楽になる気がするから。
性に対する忌避感は、今はもう固く二人を縛る鎖のようで、そういう意味では、お互い以外、誰も求める事もできないけれど。
ずっと二人で生きて、これからも二人なら多分生きていける。
真実の愛。
なんて大袈裟なもので無くても、自分たちには両手で抱きしめられる位の、この最愛で十分なのだ。
大嫌いな父親の血で結局離れ難く結ばれている姉と弟は、それぞれの半身の魂の幸福を願う。
あたたかな互いの心臓の鼓動に耳をすますと、幼いあのころのように固く手を繋いだ姉と弟は、だだ幸せそうに微笑み合うのだった。
*******
「でもやっぱり、脳筋でヤリチンはもげろ! って思うし」
「まんこは腐れ! って思うよねー」
母さまおかえりなさいと! 抱きつきながら、幼い頃のように膝の上で、今日一日のアレコレを話す姉と弟を、聖女であり母でもある女は、あらあらお口が悪いわねー、と微笑みながら聞いている。
娼婦を仕事に選んだ母への嫌悪感が全く無かったのは、そこに嘘や偽りが一欠片も無かったからだ。
全て隠さず話してくれた。
子どもだと侮らずに、相談してくれた。
ーー 母さま大好き!
妻で女である事より、母である事を選んだ聖女は、眠りについた愛し子を、その両の腕にいだくと、やすらかな二つの額に優しく口づけを落とす。
そして今宵も、魂の地獄で果てなき慟哭を続けているであろう、かつての最愛に向けて、就眠の祈りを捧げ、ひと時の安眠を願うのだった。
Satyricon cara persona
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