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性欲処理とか無理でした

マグワイアは俺たちの旧姓です

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 その日も父親は仕事の合間を縫うように、母の店にやってきていた。
 その頃になってもまだ、父親は会って話さえできれば、母を取り戻せると思っていたようだ。
 その認識の違いからでも、二人が夫婦として生きるには、致命的に何が足りていないと分かる。
 わからないのは当の父親だけだった。
 そして受付に来た客と番頭の会話で、今日の母の客が、かつての恋敵である王弟殿下だと知ると、店のものの静止を振り切り乗り込んだのだった。
 
 今思えば父親なりの方法で母を真実愛していたのだとは分かる。
 けれども母に寄り添うには、父親には圧倒的に想像力が足りなかった。
 
 父親が踏み込んだ時、母はちょうど風呂から上がったところで、しどけない濡れ髪を今夜の客である男の手に委ね微笑んでいた。
 男の髪も濡れていたので一緒に入っていたのだろう。愛しげに何度も髪をすく男が母の顎を指先ですくい口づけを落とせば、振り返って男の頭をかき抱いた母から深く唇を重ねていく。薄い絹の夜着は絶妙な透け感で、男の手に揉みしだかれた豊かな乳房が、薄紅色にその先端を色づかせ立ち上がったのが分かる。若草を思わせる柔らか色は男の瞳の色だと気づいて、父親の血液は一気に沸騰した。
 
 王族を迎える事も可能なように、張り巡らされていた結界は父親の腕の一振りで消し飛ぶ。

―― 何をしている

 激情が突き抜けて、逆に感情が抜け落ちた父親の声に顔上げた母は、眉を顰めると、全身で客である王弟を庇い、かつての最愛をきつく睨みつけた。

「接客中です。出ていって。私に用なら予約を入れてください」

―― 客として。

 つんと顎を上げた母が毅然と告げる。

 「客、だと。俺の前に何人いる、その全てと寝るというのか? 」

 そんな不誠実な。

 信じられないと呟く父親に、あなたがそれを? と心外だと肩をすくめた母が呆れたように言った

「それが、私の大切な仕事ですから。」

――ねえ、仕事なのだから浮気ではないでしょう。ましてや不誠実であるはずもありませんわよね。

 母が仕事の為に他の男に抱かれている。
 娼館にいるときいても客をとっていると聞いても、その時まで父親は母が自分以外に抱かれる事などあるはずがないと身勝手に信じていた。
 妻としての母は、父親がそう信じ続けるに足るくらい、貞淑な良妻であった。
 では、その妻を変えてしまったのは。

―― 俺か。

 父親は、ここに至って初めて己が妻に与え続けていた痛みのほんの一端を知ったのだった。

 どんな必然があろうとも、耐えがたい愛による痛みを身をもって知る。臓腑が千切れるような激しい嫉妬が、胸を焼き、真っ青な顔で崩れ落ちた父親に、母は眉を顰めた。
 体も心も愛以外の全てで、お客様をおもてなしするのが、今の母の仕事なのである。
 店のものをよぼうと上げた母の手は、背後から抱きしめてきた男の腕に柔らかくとめられる。

「馬鹿なやつだ」

――君を腕に抱いていたのに、ほかに目をやるなどと、信じられん、愚か者だな。

 愛し気にうなじを吸いながら、憐みのまなざしが父親にそそがれた。
 王弟殿下もまた、すでに妻帯し後継ぎに恵まれて、幸せな家庭をもっている。
 この店に来るのは、ひと時の癒しを求めてのこと。お妃さまは、強すぎる夫の性欲の解消を逆に喜んでいるという。その癒しのひと時を台無しにしてしまった事に、母はため息をおとした。

「ごめんなさいね、フィー」

 母と過ごすこの一時だけは、王弟殿下はそう呼ばれることを好む。
 今の母は一時の夢の女、男のぞむままその胸に甘く寄り添うと、今宵の客である王弟殿下の愛称を優しく呼んだ。
 その、かつての逢瀬を思わせる呼称に、嫉妬に狂った父親の脆すぎる理性は、あっという間に決壊した。

 そして暴走した魔力により、一瞬で娼館は瓦礫の山と化したのだった。

 これが魔術史に悪名高い「マグワイアの悲劇」である。

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