桜清明

東雲夕

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けい と つぐとし

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 はらはらと白い花弁が舞い落りる。

ーー 空に知られぬ雨ぞふりける。

 そう言って微笑む美丈夫に、一寿も自然と手を差し伸べた。

 美しい春の宵、美しい男が光をまとい微笑む。空に知られぬ雨のように、一寿の周囲では桜の花びらが舞い狂う。

 天に地に、すべてを包んで満ちる桜の香り。そして幽玄に微笑む桜の化身のように美しい男。

いつかは知らぬ、一寿も知らぬ夢の記憶である。







「…さん、かずさん、コンビニ行くけど欲しいものある?」
「シロ〇マ…… シロ〇マ食べたい、棒の奴」

 うめくように言う一寿は、ラグでうたた寝をしてしまったせいで、起きようとしたが背中が攣りそうである。

「棒のが無かったらカップでもいい? 」

 お爺ちゃんみたい、大丈夫と覗き込みながら桂が笑っている。

 実際、本物の祖父母は還暦を迎えても尚、矍鑠かくしゃくとしていて隠居所の花卉かき農園では、いまでも梯子を軽やかに上り下りしている為、一寿の方がよっぽどひ弱ではある。
 うーんと腕を伸ばした一寿は、平気だよと桂の柔らかい髪を撫でた。
 ぐしゃぐしゃと、わざと混ぜる様に撫でる一寿から、大げさに逃げる仕草をして桂が「やーめーてー」ときゃらきゃらと笑う。

 桂は笑っている方がいい。

 夜間の警報音に怯えているのに、大丈夫と笑う。そんな寂しい笑顔でなくて。

「じゃあ、俺いってくるね」
「つぐから離れないように、あとこれ」

 いててと、背中を伸ばすついでに、備品用の三段ボックスからライトを取り出して、桂の首にかけてやる。檸檬色のネックライトは一寿の母親が父親と二人で習慣の早朝のウォーキング用に使っていたものだ。

 花屋の朝は早いので、姉夫婦に店の切り盛りを任せてから始めた夫婦二人の習慣である。最近はヘッドライトを装備したと言って、嬉しそうにネックライトは置いていった。
 昔からギミック系が好きな母なのだが、見せられたヘッドライトは、かなり本格的なもので、すれ違った人が逆に驚きそうな、でもすれ違いざまの車両相手への注意喚起的には丁度いいのかもしれない。

 田舎の夜道は外灯もまばらで暗闇の方が多い。徒歩五分とはいえ足元を照らす灯りは、防犯や事故防止の観点からも必要なのである。

 「つぐは?」
 弟の姿を探していると桂がそわそわと言う。

 「先に玄関出てるって」
 「そっか。桂、お店つくまでつぐから離れないでね」

 そう心配げに告げる一寿に、桂は少しだけ驚いたように目を見張った。そして照れくさそうに「うん」と頷くと「行ってくるね」と靴を履いた。俯いた耳が赤い。

 最近の桂は嗣敏といるのが本当に楽しそうだ。そう笑う一寿に、照れくさそうに鼻をかいた桂は「楽しい」と頬を染めて見せた。

 なんだか心配で本当なら付いて行きたい気持ちがあるが、今は桂を嗣敏と二人にさせてやりたいという「兄心」に従う事にする。

 はにかんで手を振る背中を見送ってから、居間に戻った一寿は、炬燵の後に設置した大き目のカウチに、ぽすんと腰を下ろすと、そのままゴロンと横になる。
 まだ少し体のダルさが残っていて、ほんの少しだけ体が熱を持っている感じがする。

 「はやく元気にならないと、また桂が心配しちゃうなぁ」

 そう呟いて目を閉じる。
 近い将来本当の弟になりそうな桂が、一寿は以前よりももっと、可愛くて大切になっている。嗣寿と二人でいる姿が本当微笑ましい。

ーー恋とはどんなモノかしら。

 一寿にはついぞ縁がない感情であるが、桂を見ていると、いつか自分も知れたらいいなぁという気持ちになって、そんな自分に驚く。けれど、それは決して嫌な驚きではない。

「恋とはどんなものなのかねぇ」

 口に出してみるとやけに擽ったくて、あの白ゆり姫のような健気な子が、本当に霰屋の子になったら嬉しいなぁ。嗣寿がんばれと、一寿は自分はもう頑張って桂には好かれてるからね、と不思議な優越感で、弟の健闘を祈るのだった。

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