桜清明

東雲夕

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あられやのこに

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「カズさん、ただいま!」

 たい焼き粒あんで良かったよねー? と言いながら障子を開けると、出かける前と同じ格好で、一寿が人をダメにするソファーに埋まっていた。

「兄貴、大丈夫か? 」

 ホームセンターの大袋を下げた嗣寿が、桂の肩越しに顔を出した。眉間に皺を寄せて兄である一寿を覗き込む。怖い顔は心配している顔である事を、ここ数日を共に過ごした桂はもう知っている。

 強いから無駄吠えしない大型犬のような嗣寿に、桂はもうすっかり懐いていた。
 さらに嗣寿からする藤の花のような柔らかく甘い匂いも桂は気に入っていた。

 βの一族だという霰屋の人々は不思議だ。αやΩのフェロモンでは無い。それなのに植物のような心地良い体臭を持っている。
 そしてそれは過敏症の桂にとっても、とても好ましい香りなのだ。

 霰屋の兄弟は不思議だ。桂に知らない安らぎや幸せな気持ちをくれる。
 先日、一寿にこれからどうしたいのかと問われて、それからずっと考えていた。
 一寿が好きだ。そばにいたい、出来れば一生。桂は山中の特殊なオメガだから、ダイナミクスにかかわらず、β同士に劣らない確率で子を成せるらしい。

 それはとても幸運な事だと胸が騒ぐ。Ωに産まれて良かったと初めて思えた。
 長い間、己の第二の性を疎んで生きてきた桂にとっては、エポック的とも言える心理的な変化であった。

 一寿に自分との性交は難しいだろうと言われたけれど、どうしてもしたいかと、問われれば、どうだろう? 多分しなくても平気だ。ただここに、一寿のそばに居られれば自分は満足なのだ。

 霰屋あられやのうちの子になりたい。

 桂の心の深淵からゆらりと浮かび上がってきた言葉をすくいとる。

 家族に、なりたい。

 一寿と嗣寿と霰屋の皆んなと家族になれたら。山中の家も大好きなので、やはりそれは桂にとっては結婚して家族が増えるという感覚が一番近いようだった。

 いつかそうなれたら。
 桂には嗣寿のそばも、一寿に負けず劣らず心地良い。
 

 そして、その生まれたばかりの小さな願いは、桂にとっては長らく倦んでいたΩの自分を許して受けとめる、大切な切っ掛けをくれた、人生の転機にとなっていったのだった。







「桂ねちゃったの? 」
風呂上がりの一寿が髪を拭きながら尋ねる。
「ああ。今日は催事場との往復で疲れたんだろう」
 毛足の長いラグに埋まるように佳が眠っている。そのお腹にブランケットを掛けた嗣寿は、冷蔵庫から麦茶を取ってきて一寿に渡してくる。
 無口で、感情を表に出すのが得意では無いが、その分行動で表せる。一寿の弟の嗣寿は、そんな少し不器用な所はあるが優し奴だった。

 「つぐも有難うな」

 一寿が本調子ではない為、ショッピングモールの催事場への品出しや補充は、嗣寿がメインで動いてくれている。今年の春免許を取ったばかりの弟に、配達の全てを任せていることを一寿はとてもすまなく思っている。
 
 なんでよりによって今熱が出るかなぁと、自分の体質を恨めしく思い、ちょっぴり落ち込んでもいた。
 家族は、一寿にとって何ものにも変え難い、大切なもの。その大変な時に役に立てない事がとても残念で自分にガッカリしている。

 「いや、兄貴が桂つけてくれたから助かってる」

 そんな兄の心の機微などお見通しの弟は、ふわりと笑って桂を見ている。

「カズさんメモ」
「ああ、頑張ってとってたな」

 本調子でない一寿の代わりを務めると、桂は張り切って仕事を聞いてきた。
 一寿の言葉を丁寧にメモをとり、迷った時は確認しているし、祖父の蘊蓄混じりの専門的な話は、わざわざ録音して分からない所を調べているらしい。

「なんか一所懸命で、ほっとけない子だな」

 兄貴が面倒見てる意味が分かるよと、眠る桂の頭を撫でた。無意識だったらしい。びくっ、と柔らかな髪の感触に驚いたように手を引いた嗣寿は「風呂入ってくる」と慌てて立ち上がった。
 弟の耳が赤い。一寿の背後で襖の角に小指をぶつけて悶絶している気配がする。

 あんなに動揺している嗣寿を見るのは、一寿の失恋騒動(誤解)以来かも。

 桂はぷーぷーと気持ち良さそうに寝息をたて出した。
 嗣寿は風呂場でも何か盛大にぶちまけた音を出している。

 弟二人の未来が何やら楽しいことになりそうだなと、楽しそうな笑みを浮かべた一寿も、手を伸ばすと、ふわりと桂の頭を撫でたのだった。



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一年間のごぶさたでした🙇‍♂️
のんびりですが完結目指してがんばります
  
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