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あられやさんちの きょうだい
しおりを挟む—— ちゃぷん。
乳白色のお湯は眠気を誘う少しぬるめの温度だった。
広いバスタブの中で、ぐんと足を延ばした一寿は、そのまま弛緩した体をゆったりと倒す。
背後から柔らかく受け止められた背中に、穏やかな鼓動が重なるのと、固い腕に抱きよせられのは同時だった。
控え目な桜の、柔らかい香りに濃厚なサンダルウッドが甘く混ざりあう。それが裸の背中を抱きしめられるより、いっそ羞恥を煽って、一寿は知らず切ないため息をこぼした。
身じろぐと、ちゃぷりとお湯が揺れ、また爽やかな甘い香りが一寿を包み込むようににおい立つ。
後から抱きしめる腕に、ぴったりとふれあった肌の隙間を縫うようにまといつくお湯が、かえって素肌だという事を一寿に意識させる。
それでも羞恥よりも心地よい安堵に身を任せたい欲求に素直に従った一寿は、ゆっくりを瞳をとじると、背後のしっかりと存在感のある温かい体に身を寄せてみる。
何よりこの腕の中は一寿にとって、どこよりも居心地がいい。
「…… 眠ったのか」
吐息のような柔らかなバリトンが耳朶をかすめて、愛し気に唇を寄せてくる気配がする。一寿はその唇に応えようと自然と頤をあげていた。
ぐったりと廊下に延びている一寿を見つけて、配達帰りで休憩に入ろうとした桂が腰を抜かしかけた。
「え? うそ! わーっ!!??? かずさん!!!! 何? なに具合わるいの? やだよ、しっかり?!!! 」
「しんじゃやだー!!! 」と縋りつく桂の声にも、ふがふが言いつつ一寿は目を覚まさない。
「兄貴、こんなとこで寝てると踏むぞ」
「はっ? あれ、つっくん? おかえり~」
なんかお風呂に入ってる夢見てたわと、廊下になついたまま告げる一寿に、具合悪いんじゃないの? と取り乱す桂を、寝てただけだから、よくあるからと宥めているのは、霰屋家の次男、嗣寿(つぐとし)である。
この4月から都内の大学に進学したのに合わせて一人暮らしを始めて家を出ていたので、桂とはこれが始めましてになる。大型連休に合わせて帰省してきたらしい。五月の第二日曜は花屋の稼ぎ時でもあるし、貴重な戦力として招集されたとも言う。
「兄貴、いつもの熱出てるって? そろそろ治まる頃かと思ったけど」
まだみたいだなと、慣れた仕草で廊下に落ちている兄を小脇に抱えた弟は、猫の子のように軽々と抱えられている兄より、頭一つ分以上大きい。
一寿は嫁いできた母親に似て華奢で線が細い。対して姉と弟は父親に似て、がっしりと骨太なしっかりとした体をしている。
似てない兄弟だとよく言われるが、並べてみると目元や輪郭、耳の形がそっくりで、祖父曰く「同じ製造ライン」で作られたとはっきりわかるらしい。
「ここにいるなら、兄貴が廊下に落ちてるくらいで泣くな」
次男に回収されていく長男を、口をあけて見送っていた桂の目元を、一寿を抱えていない方の腕を伸ばした嗣寿が指先で拭う。
「えっ……」
「こするな、赤くなる」
「え、やだ、何このイケメン」
「うちの自慢の弟だぞ~」
へらりと笑う一寿とかも桂には新鮮すぎる。
「嗣寿、19だ。よろしく」
「あ、えと、山中 桂です。16歳です。よろしくお願いします」
ご丁寧にどうもと、正座のまま礼をする桂は、やはりとてもお育ちがよろしいのだなぁ、とぽやーっとした頭のまま、一寿は弟と弟(暫定)のやりとりを微笑ましく眺める。
そんな兄を弟は慣れた様子で、部屋で寝るか? 炬燵いく~、と当たり前のように小脇に抱えて歩いていく。
兄弟特有の親密な空気感の中での、独特のゆるいやりとりを、疎外感でなく感嘆の眼差しで見送った桂は、やたら火照って熱い頬を抑えて廊下に蹲った。
もしやこれがあの「推しが尊い」という気持ちだろうか!? 心臓がばくばくしすぎて痛いくらいだ。オタクの友人、里中君に今すぐ相談したい。
そして推しがいる暮らし、最高かもって言ったらなんていうかな。
友人の趣味の世界を少しだけ垣間見れたかもしれない、そして何より心のメモリーディスクに、レアなカズさんを沢山保存できた、とご機嫌な桂は、軽くスッキプしながら二人を追いかけて居間に入っていった。
「つっくん……」
「なんだ? 」
「人をダメにするソファーで俺もダメになりたいよ」
「兄貴はもう十分ダメになっている気がするが、わかった」
「ありがとうー、つっくん大好き~」
「////////~! 兄貴! そういうとこだぞ! 」
桂がのぞいた居間には、ダメになるシリーズを各種取り揃えた中でも、一番大きいダメになるソファーへ、本人の要望のまま兄を埋める弟がいた。
「極楽だーい」と見たことがない位にリラックスしている兄。
それを「よかったな」と見守る弟は無表情に見えて、その実見えない尻尾が千切れんばかりな気配です。ああ、小型犬になつく大型犬の微笑ましさよ。
一寿に好きと言われて赤面する弟さん、尊い。本物の弟の破壊力は∞だった。有難う黄金週間! 彼を帰省させてくれた全てのものに感謝して、俺カーネーション頑張って売るわ! 推しがいれば活力がみなぎるって本当だね里中くん! 今すぐ君と語り合いたい。友達って素晴らしい。
少々おかしなテンションになりつつも、霰屋兄弟箱推ししたいかも、という自分の性癖に気づけた桂は幸せだった。
推し二匹(間違い二人)が久しぶりの親睦を図る様を、にこにこと目を細めて見守る。
壁や天井になりたい気持ちも近々理解できそうな桂であった。
ーーーーーーーーーーーーー
百合回避(゚∀゚)
夢の人は一寿の例のアレです。
ねこちゃん達のいちゃいちゃも好きなので
これからも積極的にはからませたい
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