桜清明

東雲夕

文字の大きさ
上 下
20 / 24

あられやさんちの きょうだい

しおりを挟む

 —— ちゃぷん。

 乳白色のお湯は眠気を誘う少しぬるめの温度だった。
 広いバスタブの中で、ぐんと足を延ばした一寿は、そのまま弛緩した体をゆったりと倒す。
 背後から柔らかく受け止められた背中に、穏やかな鼓動が重なるのと、固い腕に抱きよせられのは同時だった。

 控え目な桜の、柔らかい香りに濃厚なサンダルウッドが甘く混ざりあう。それが裸の背中を抱きしめられるより、いっそ羞恥を煽って、一寿は知らず切ないため息をこぼした。

 身じろぐと、ちゃぷりとお湯が揺れ、また爽やかな甘い香りが一寿を包み込むようににおい立つ。

 後から抱きしめる腕に、ぴったりとふれあった肌の隙間を縫うようにまといつくお湯が、かえって素肌だという事を一寿に意識させる。 

 それでも羞恥よりも心地よい安堵に身を任せたい欲求に素直に従った一寿は、ゆっくりを瞳をとじると、背後のしっかりと存在感のある温かい体に身を寄せてみる。

 何よりこの腕の中は一寿にとって、どこよりも居心地がいい。

 「…… 眠ったのか」

 吐息のような柔らかなバリトンが耳朶をかすめて、愛し気に唇を寄せてくる気配がする。一寿はその唇に応えようと自然とおとがいをあげていた。








 ぐったりと廊下に延びている一寿を見つけて、配達帰りで休憩に入ろうとした桂が腰を抜かしかけた。

 「え? うそ! わーっ!!??? かずさん!!!! 何? なに具合わるいの? やだよ、しっかり?!!! 」

 「しんじゃやだー!!! 」と縋りつく桂の声にも、ふがふが言いつつ一寿は目を覚まさない。

 「兄貴、こんなとこで寝てると踏むぞ」
 「はっ? あれ、つっくん? おかえり~」

 なんかお風呂に入ってる夢見てたわと、廊下になついたまま告げる一寿に、具合悪いんじゃないの? と取り乱す桂を、寝てただけだから、よくあるからと宥めているのは、霰屋家の次男、嗣寿(つぐとし)である。

 この4月から都内の大学に進学したのに合わせて一人暮らしを始めて家を出ていたので、桂とはこれが始めましてになる。大型連休に合わせて帰省してきたらしい。五月の第二日曜は花屋の稼ぎ時でもあるし、貴重な戦力として招集されたとも言う。

 「兄貴、いつもの熱出てるって? そろそろ治まる頃かと思ったけど」

 まだみたいだなと、慣れた仕草で廊下に落ちている兄を小脇に抱えた弟は、猫の子のように軽々と抱えられている兄より、頭一つ分以上大きい。

 一寿は嫁いできた母親に似て華奢で線が細い。対して姉と弟は父親に似て、がっしりと骨太なしっかりとした体をしている。

 似てない兄弟だとよく言われるが、並べてみると目元や輪郭、耳の形がそっくりで、祖父曰く「同じ製造ライン」で作られたとはっきりわかるらしい。

 「ここにいるなら、兄貴が廊下に落ちてるくらいで泣くな」

 次男に回収されていく長男を、口をあけて見送っていた桂の目元を、一寿を抱えていない方の腕を伸ばした嗣寿が指先で拭う。

「えっ……」
「こするな、赤くなる」
「え、やだ、何このイケメン」
「うちの自慢の弟だぞ~」

 へらりと笑う一寿とかも桂には新鮮すぎる。

嗣寿つぐとし、19だ。よろしく」
「あ、えと、山中 桂やまなか けいです。16歳です。よろしくお願いします」

 ご丁寧にどうもと、正座のまま礼をする桂は、やはりとてもお育ちがよろしいのだなぁ、とぽやーっとした頭のまま、一寿は弟と弟(暫定)のやりとりを微笑ましく眺める。


 そんな兄を弟は慣れた様子で、部屋で寝るか? 炬燵いく~、と当たり前のように小脇に抱えて歩いていく。

 兄弟特有の親密な空気感の中での、独特のゆるいやりとりを、疎外感でなく感嘆の眼差しで見送った桂は、やたら火照って熱い頬を抑えて廊下に蹲った。

 もしやこれがあの「推しが尊い」という気持ちだろうか!? 心臓がばくばくしすぎて痛いくらいだ。オタクの友人、里中君に今すぐ相談したい。
 そして推しがいる暮らし、最高かもって言ったらなんていうかな。

 友人の趣味の世界を少しだけ垣間見れたかもしれない、そして何より心のメモリーディスクに、レアなカズさんを沢山保存できた、とご機嫌な桂は、軽くスッキプしながら二人を追いかけて居間に入っていった。

 「つっくん……」
 「なんだ? 」
 「人をダメにするソファーで俺もダメになりたいよ」
 「兄貴はもう十分ダメになっている気がするが、わかった」
 「ありがとうー、つっくん大好き~」
 「////////~! 兄貴! そういうとこだぞ! 」
 
 桂がのぞいた居間には、ダメになるシリーズを各種取り揃えた中でも、一番大きいダメになるソファーへ、本人の要望のまま兄を埋める弟がいた。

 「極楽だーい」と見たことがない位にリラックスしている兄。

 それを「よかったな」と見守る弟は無表情に見えて、その実見えない尻尾が千切れんばかりな気配です。ああ、小型犬になつく大型犬の微笑ましさよ。

 一寿に好きと言われて赤面する弟さん、尊い。本物の弟の破壊力はむげんだいだった。有難う黄金週間! 彼を帰省させてくれた全てのものに感謝して、俺カーネーション頑張って売るわ! 推しがいれば活力がみなぎるって本当だね里中くん! 今すぐ君と語り合いたい。友達って素晴らしい。

 少々おかしなテンションになりつつも、霰屋あられや兄弟箱推ししたいかも、という自分の性癖に気づけた桂は幸せだった。

 推し二匹(間違い二人)が久しぶりの親睦を図る様を、にこにこと目を細めて見守る。

 壁や天井になりたい気持ちも近々理解できそうな桂であった。




ーーーーーーーーーーーーー

百合回避(゚∀゚)

夢の人は一寿の例のアレです。
ねこちゃん達のいちゃいちゃも好きなので
これからも積極的にはからませたい

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

とろとろ【R18短編集】

ちまこ。
BL
ねっとり、じっくりと。 とろとろにされてます。 喘ぎ声は可愛いめ。 乳首責め多めの作品集です。

嘘の日の言葉を信じてはいけない

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
嘘の日--それは一年に一度だけユイさんに会える日。ユイさんは毎年僕を選んでくれるけど、毎回首筋を噛んでもらえずに施設に返される。それでも去り際に彼が「来年も選ぶから」と言ってくれるからその言葉を信じてまた一年待ち続ける。待ったところで選ばれる保証はどこにもない。オメガは相手を選べない。アルファに選んでもらうしかない。今年もモニター越しにユイさんの姿を見つけ、選んで欲しい気持ちでアピールをするけれど……。

俺の番が変態で狂愛過ぎる

moca
BL
御曹司鬼畜ドS‪なα × 容姿平凡なツンデレ無意識ドMΩの鬼畜狂愛甘々調教オメガバースストーリー!! ほぼエロです!!気をつけてください!! ※鬼畜・お漏らし・SM・首絞め・緊縛・拘束・寸止め・尿道責め・あなる責め・玩具・浣腸・スカ表現…等有かも!! ※オメガバース作品です!苦手な方ご注意下さい⚠️ 初執筆なので、誤字脱字が多々だったり、色々話がおかしかったりと変かもしれません(><)温かい目で見守ってください◀

僕は巣作りが上手くできない

しづクロ
BL
巣作りが壊滅的に下手くそなΩの話

ひとりぼっちの180日

あこ
BL
付き合いだしたのは高校の時。 何かと不便な場所にあった、全寮制男子高校時代だ。 篠原茜は、その学園の想像を遥かに超えた風習に驚いたものの、順調な滑り出しで学園生活を始めた。 二年目からは学園生活を楽しみ始め、その矢先、田村ツトムから猛アピールを受け始める。 いつの間にか絆されて、二年次夏休みを前に二人は付き合い始めた。 ▷ よくある?王道全寮制男子校を卒業したキャラクターばっかり。 ▷ 綺麗系な受けは学園時代保健室の天使なんて言われてた。 ▷ 攻めはスポーツマン。 ▶︎ タグがネタバレ状態かもしれません。 ▶︎ 作品や章タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。

【BL R18】欠陥Ωの淫らな記録

カニ蒲鉾
BL
 玩具、媚薬、ハメ撮り、睡眠姦…作者の思いつく限りのありとあらゆるエロシチュエーションを作者のエロ文章向上の為だけに綴っていくエロ縛りの短編集です。  深い事は考えず、エロが読みたいそんな時のお供になれば幸いです。 受け至上主義スパダリ年下α × フェロモンを感じない体質の美人系年上Ω  主な登場人物は本編『欠陥Ωのシンデレラストーリー』の2人ですが、ここだけでも完結するよう書いております。もし2人のことを詳しく知って頂ける場合は本編も覗いていただけますと嬉しく思います。 《欠陥Ωシリーズ》 【第1章】「欠陥Ωのシンデレラストーリー」 【第2章】「欠陥Ωのマタニティストーリー」 【第3章】「欠陥Ωのオフィスラブストーリー」 【SS】「欠陥Ωの淫らな記録」

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

処理中です...