桜清明

東雲夕

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おめがのけい 5

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 そして脱兎する予定が、連れ込まれた体育倉庫の中ですなう。
 更に更に目の前にリアル悪役令息(暫定)がいます。

 すごいよ、実在したんだ悪役令息。
 この前陰キャでオタクの里中くんが「山中氏これは中々良い「ざまぁ」ですので、大変おススメです」と貸してくれたラノベの登場人物のようだ。

 悪役令息(暫定)は実在した。

 桂はオタクにも偏見はない。彼らにも特に気にせず普通に話しかけるため、本来なら避けられがちなリア充な勝ち組Ωなのだが、陰キャの皆さまからは「彼は陰キャに優しいリア充だから近寄っても安全」認定を公式にされていた。

 そして陰キャから見ても、桂のは羨ましく無い感じのリア充っぷりなので、密かに同情もされている。

 もともと自分がΩなどという特殊な性別な上、その中でもさらに特殊な先天的にフェロモンを受け付けない体質だったりした関係で、世の中には色んな人がいて、みんな違ってみんないい、と達観しなければ生きて来れなかったというのもある。

 里中君に見せたら喜ぶとだろうなぁと脳内で逃避する桂は、逃避したくなる程度には絶賛ピンチ中であった。

 意外に手回しのよかった悪役令息(暫定)の手下が倉庫の外で見張っていたようで、瞬足を活かせぬまま捕獲されてしまったのだ。

 体育倉庫の中は、気絶するレベルで臭かった。発情ヒートしたΩとそれに引きずられたαがラットを起こして、そこかしこで乱交が始まろうとしていた。

 これは気を失うわけにはいかないと、桂は気合を入れると、マスクのノーズに仕込んだ薬を潰す。緊急避難用の揮発性の緩和剤は即効性で、脳を刺すような激臭がみるみるひいていく。
 
 正気を失った表情で交わる人の中に、クラスメイトを見つけた桂は、彼が先週嬉しそうに、卒業したら番になっくれる人が出来たとはにかんでいた笑顔を思い出し、たまらなく悲しくなった。彼は悪役令息(暫定)の一族の会社に親が勤めていると言っていた。
 そのせいで今日ここにいるのだとしたら、何て気の毒な事だろう。

 フェロモンに当てられて理性を失ったαとΩが哀れだった。心を持った人間なのに、まるで獣のように、今はただ交わる事しか頭に無くなっている。彼らはやがて正気に戻る。その時の事を思うと桂は哀しい。
 
 「なにが恵のΩだ。ちやほやされていい気になってられるのも今日までだよ。これからは彼らの性奴隷として生きてくんだから、分不相応にあの人を誑かした罰だ。たっぷり可愛がってもらうといいよ」

 しんみりと項垂れる桂の姿を、怯えていると誤解した悪役令息(暫定)が吠える。いや、とんでもない事言い出してるよこの子とドン引きする桂は、悪役令息は暫定でなく確定だったなと認識を改めた。

 緊急の緩和剤を使った桂の鼻は、何も嗅ぎ取らなくなっているが、今この狭い体育倉庫の中はΩのヒート臭とαのラット臭でフェロモンが大変な匂いになっているはずである。

 それであるので、桂に向かって「たっぷりと可愛がって貰え」と言っていた悪役令息(確定)本人の腰が、かなり濃い目のフェロモンに当てられて今にも砕けそうである。

 いや、この中に君までいたらダメなんじゃ…… と他人事ながら心配になるレベルで残念な悪役令息(確定)様である。

 普通の中学生からしてみたら割と衝撃的なαとΩの乱交なのだろうが、山中の家では中等部に上がる際、きっちりと性教育もされる。その中でこれは「駄目なαとΩの交わり」に該当するなと桂は眉を顰める。
 この人達のお里が知れるわねと、桂の脳内ではお婆さまが、残念な奴等だと首を振って駄目だししていた。

 結局、匂いテロにやられていない桂だけが無事に逃げ切り、悪役令息はじめ手下の皆さんは、桂の警戒警報を受けて救助に来てくれた、上位のαの皆さんと警備員さんに連行されて行った。後日聞いたところによると、漏れなく全員放校になったそうだ。

 少しヤバいお薬も使ってしまっていたらしい。そんなもの真っ当に生きてたら、どこで手に入れるのかとんと分からない。
 つまり真っ当に生きてなかったらしい彼らの実家も、必然的に芋づる式でピンチになっているそうだ。ちょっと良いとこのお家だと思ってたけど、危機管理が甘過ぎる。山中の家だったら有り得ないねと桂は肩をすくめた。

 乳母日傘おんばひがさで何もできない令嬢令息は、大体新しい時代の成金である。西洋で言うところのノブリスオブリージュを継承する支配階級から続く家なら、子供には身の回りの一切を自分で熟るように仕込むからだ。

 古の昔、家の為に人質として他家に預けられていた名残りだという。

 現在そこまでする家は少ないとは思うが、山中の家は夏休みには子供達が集められて、系列のホテルで研修をして、きっちりベッドメイクからトイレ掃除まで仕込まれるのだ。
 従兄弟従姉妹が一堂に会する合宿のような研修は、厳しいけれど山中の子供達の、楽しみな夏の風物詩でもあるのだった。



 フェロモンから解放されて、人生最大に体が軽い。嗅覚と引き替えに手に入れた自由な体で、なんかの汁まみれの手から身軽に逃げ回る桂が、横目に確認できた範囲でも悪役令息は手下のαに「食われちゃって」いた。後で聞いたら頸まで噛まれて番にされていたらしい。本当に何やってんだ。

 
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