桜清明

東雲夕

文字の大きさ
上 下
10 / 24

でんかいほすいえきの ごご

しおりを挟む
「カズさん、クルぴた貼り替えよ」

 まだ熱いねえと桂が覗き込んでくる。その心配そうな顔を見上げて熱い息をこぼすと、一寿は熱に潤んだ瞳を閉じた。

 体温と同じにぬるまったシートがそっと剥がされる。取り替えられた冷却シートの冷たさが額に心地よい。

 「水分補給もしよ」

 身を起こすとくらりと軽い眩暈がする。口元にペットポトルが差し出され、普通なら、しょっぱいだけの経口補水液がやけに甘くて美味しかった。明らかに脱水している証拠だ。だるくて熱い背中をささえる桂の手に甘えたまま、一寿はごくごくと500mlボトルの半分を一気に飲み干していた。



 一寿が風邪をひいた。
 懐に潜り込んで来た桂につられて炬燵で二度寝したのが原因だ。

 あの日、再び一寿が目覚めた時には日は既に低く傾き、雪見障子に落ちる陰には夕暮れの気配が濃厚で、炬燵の滞在時間に比して、一寿の喉は見事に乾涸び、声もすっかりガサガサに涸れてしまっていた。

 もともと一寿は気管支が弱い。高校に上がるくらいまでは良く熱を出していたなと、久しぶりに感じる全身の倦怠感に、やっちまったと反省しつつまた起きる気配のない桂もゆり起こして、大丈夫かと様子をきいてみる。

 「うわ、俺も喉からから~」

 まだねむい~と寝ぼけ眼を擦りながら、するりと家猫のようなしなやかさで、一寿の横から抜け出した桂は、慣れた様子でトテトテと台所の冷蔵庫からミネラルウォーターを取って戻ってきた。

 若さだろうか。
 長時間と同じ姿勢で寝返りも打てなかった一寿の筋肉は、強張って直ぐには起き上がれそうもないのに、桂は何でも無いようにひょいと歩いていってしまった。

 「…… つめたいよ ……」

 うつ伏せになり、固まった血流を背中に流している一寿の頬に、よく冷えた水のボトルを押し当てる桂は、もう反応薄いよと口を尖らせたのだった。




 いつの頃からか、一寿には高熱を出すと必ず見る夢があった。それは悪夢と呼んでしまうにはやけに懐かしい誰かが出てくるのに、夢のその人の輪郭は酷く朧げで、けれど胸が締めつけられるような切ない痛みで、いつもうなされた自分の声で目覚めるのだ。

 目覚めてしまえば夢の記憶はまるでグラスにそそがれたサイダーの泡のように、甘く弾けて消えてしまう。
 ただ胸苦しくも懐かしい、曖昧な誰かの面影だけがふわふわと熱い瞼の裏で、ずっとチラチラと消えないのだ。

 そして、その人の声が白く塗りつぶされた光の中から一寿に問いかけてくる。

ーー さくらは、好きか?

 好きですと答えたいのに、そう言ってしまうと取り返しのつかない怖い事が起こるのを夢の中の一寿はなぜか知っている。

 こわくて悍ましいのに泣きたくなるほど懐かしいその声は、何度も繰り返し問いかけてくる。そして早く目覚めなければと夢の中で焦燥にかられながら、このいつまでも苦しい夢の続きを、あともう少しだけで良いので見ていたくなるのだ。

ーー かず、好きか?

 「あ、…… さくら、す、き」

 小さく応えたその瞬間に、圧を感じるほどに濃厚だった白い闇は突然に弾けて、無数の花弁になると夢の中の一寿を覆い尽くしていく。

 そして一寿の意識も、花嵐となり一斉に散っていく花弁の白さに飲み込まれるように途切れていくのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

向日葵と先生と僕~試し読み~

枝浬菰
BL
*あらすじ ‪α‬校でも有名な学校に入学した隠れΩの陽向 向日葵と出会ったのはβの櫻井先生。 櫻井先生は過去にΩを‪α‬に取られてしまった過去を持ち、もうΩと恋はしないと思っていたのに陽向に恋をしちゃうお話になります! ですが2年になった頃‪α‬の松本がなんと! 陽向のことを好きになってしまいます。 だけど、まだ陽向がΩということは知らず、櫻井先生に懐く先輩が…。 続きは本編にて………… →完結 -------------*-----------------------*-----------------------------*--------------------*---------- ★作品を書こうと思ったきっかけ オメガバース作品です。結構オメガバース作品書いてますね! ※文章の無断転載禁止。

気になるあの人は無愛想

山猫
BL
___初恋なんだ、絶対振り向かせるぞ! 家柄がちょっと特殊な少年が気になるあの人にアタックするだけのお話。しかし気になるあの人はやはり普通ではない模様。 CP 無愛想な彫師兼……×ちょっとおバカな高校生 _______✂︎ *地雷避けは各自でお願い致します。私の好みがあなたの地雷になっている可能性大。雑食な方に推奨。中傷誹謗があり次第作品を下げます、ご了承ください。更新はあまり期待しない方がいいです。クオリティも以下略。

黄色い水仙を君に贈る

えんがわ
BL
────────── 「ねぇ、別れよっか……俺たち……。」 「ああ、そうだな」 「っ……ばいばい……」 俺は……ただっ…… 「うわああああああああ!」 君に愛して欲しかっただけなのに……

僕のおじさんは☓☓でした

林 業
BL
両親が死んだ。 引取ってくれる親戚がいないということで、施設に入る直前だったとき、絶縁状態だった母の兄に引き取られた。 彼には一緒に住んでいる人がいると言う。 それでもという条件で一緒にすむことになった。

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

ひとしづくの、愛。

秋野
BL
β×Ω 運命に逆らう事は出来るのか…。 表紙▶︎誠羅さん

君を変える愛

沙羅
BL
運命に縛られたカップルって美味しいですよね……受けが嫌がってるとなお良い。切なげな感じでおわってますが、2人ともちゃんと幸せになってくれるはず。 もともとβだった子がΩになる表現があります。

あいつと俺

むちむちボディ
BL
若デブ同士の物語です。

処理中です...