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でんかいほすいえきの ごご
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「カズさん、クルぴた貼り替えよ」
まだ熱いねえと桂が覗き込んでくる。その心配そうな顔を見上げて熱い息をこぼすと、一寿は熱に潤んだ瞳を閉じた。
体温と同じにぬるまったシートがそっと剥がされる。取り替えられた冷却シートの冷たさが額に心地よい。
「水分補給もしよ」
身を起こすとくらりと軽い眩暈がする。口元にペットポトルが差し出され、普通なら、しょっぱいだけの経口補水液がやけに甘くて美味しかった。明らかに脱水している証拠だ。だるくて熱い背中をささえる桂の手に甘えたまま、一寿はごくごくと500mlボトルの半分を一気に飲み干していた。
一寿が風邪をひいた。
懐に潜り込んで来た桂につられて炬燵で二度寝したのが原因だ。
あの日、再び一寿が目覚めた時には日は既に低く傾き、雪見障子に落ちる陰には夕暮れの気配が濃厚で、炬燵の滞在時間に比して、一寿の喉は見事に乾涸び、声もすっかりガサガサに涸れてしまっていた。
もともと一寿は気管支が弱い。高校に上がるくらいまでは良く熱を出していたなと、久しぶりに感じる全身の倦怠感に、やっちまったと反省しつつまた起きる気配のない桂もゆり起こして、大丈夫かと様子をきいてみる。
「うわ、俺も喉からから~」
まだねむい~と寝ぼけ眼を擦りながら、するりと家猫のようなしなやかさで、一寿の横から抜け出した桂は、慣れた様子でトテトテと台所の冷蔵庫からミネラルウォーターを取って戻ってきた。
若さだろうか。
長時間と同じ姿勢で寝返りも打てなかった一寿の筋肉は、強張って直ぐには起き上がれそうもないのに、桂は何でも無いようにひょいと歩いていってしまった。
「…… つめたいよ ……」
うつ伏せになり、固まった血流を背中に流している一寿の頬に、よく冷えた水のボトルを押し当てる桂は、もう反応薄いよと口を尖らせたのだった。
いつの頃からか、一寿には高熱を出すと必ず見る夢があった。それは悪夢と呼んでしまうにはやけに懐かしい誰かが出てくるのに、夢のその人の輪郭は酷く朧げで、けれど胸が締めつけられるような切ない痛みで、いつもうなされた自分の声で目覚めるのだ。
目覚めてしまえば夢の記憶はまるでグラスにそそがれたサイダーの泡のように、甘く弾けて消えてしまう。
ただ胸苦しくも懐かしい、曖昧な誰かの面影だけがふわふわと熱い瞼の裏で、ずっとチラチラと消えないのだ。
そして、その人の声が白く塗りつぶされた光の中から一寿に問いかけてくる。
ーー さくらは、好きか?
好きですと答えたいのに、そう言ってしまうと取り返しのつかない怖い事が起こるのを夢の中の一寿はなぜか知っている。
こわくて悍ましいのに泣きたくなるほど懐かしいその声は、何度も繰り返し問いかけてくる。そして早く目覚めなければと夢の中で焦燥にかられながら、このいつまでも苦しい夢の続きを、あともう少しだけで良いので見ていたくなるのだ。
ーー かず、好きか?
「あ、…… さくら、す、き」
小さく応えたその瞬間に、圧を感じるほどに濃厚だった白い闇は突然に弾けて、無数の花弁になると夢の中の一寿を覆い尽くしていく。
そして一寿の意識も、花嵐となり一斉に散っていく花弁の白さに飲み込まれるように途切れていくのだった。
まだ熱いねえと桂が覗き込んでくる。その心配そうな顔を見上げて熱い息をこぼすと、一寿は熱に潤んだ瞳を閉じた。
体温と同じにぬるまったシートがそっと剥がされる。取り替えられた冷却シートの冷たさが額に心地よい。
「水分補給もしよ」
身を起こすとくらりと軽い眩暈がする。口元にペットポトルが差し出され、普通なら、しょっぱいだけの経口補水液がやけに甘くて美味しかった。明らかに脱水している証拠だ。だるくて熱い背中をささえる桂の手に甘えたまま、一寿はごくごくと500mlボトルの半分を一気に飲み干していた。
一寿が風邪をひいた。
懐に潜り込んで来た桂につられて炬燵で二度寝したのが原因だ。
あの日、再び一寿が目覚めた時には日は既に低く傾き、雪見障子に落ちる陰には夕暮れの気配が濃厚で、炬燵の滞在時間に比して、一寿の喉は見事に乾涸び、声もすっかりガサガサに涸れてしまっていた。
もともと一寿は気管支が弱い。高校に上がるくらいまでは良く熱を出していたなと、久しぶりに感じる全身の倦怠感に、やっちまったと反省しつつまた起きる気配のない桂もゆり起こして、大丈夫かと様子をきいてみる。
「うわ、俺も喉からから~」
まだねむい~と寝ぼけ眼を擦りながら、するりと家猫のようなしなやかさで、一寿の横から抜け出した桂は、慣れた様子でトテトテと台所の冷蔵庫からミネラルウォーターを取って戻ってきた。
若さだろうか。
長時間と同じ姿勢で寝返りも打てなかった一寿の筋肉は、強張って直ぐには起き上がれそうもないのに、桂は何でも無いようにひょいと歩いていってしまった。
「…… つめたいよ ……」
うつ伏せになり、固まった血流を背中に流している一寿の頬に、よく冷えた水のボトルを押し当てる桂は、もう反応薄いよと口を尖らせたのだった。
いつの頃からか、一寿には高熱を出すと必ず見る夢があった。それは悪夢と呼んでしまうにはやけに懐かしい誰かが出てくるのに、夢のその人の輪郭は酷く朧げで、けれど胸が締めつけられるような切ない痛みで、いつもうなされた自分の声で目覚めるのだ。
目覚めてしまえば夢の記憶はまるでグラスにそそがれたサイダーの泡のように、甘く弾けて消えてしまう。
ただ胸苦しくも懐かしい、曖昧な誰かの面影だけがふわふわと熱い瞼の裏で、ずっとチラチラと消えないのだ。
そして、その人の声が白く塗りつぶされた光の中から一寿に問いかけてくる。
ーー さくらは、好きか?
好きですと答えたいのに、そう言ってしまうと取り返しのつかない怖い事が起こるのを夢の中の一寿はなぜか知っている。
こわくて悍ましいのに泣きたくなるほど懐かしいその声は、何度も繰り返し問いかけてくる。そして早く目覚めなければと夢の中で焦燥にかられながら、このいつまでも苦しい夢の続きを、あともう少しだけで良いので見ていたくなるのだ。
ーー かず、好きか?
「あ、…… さくら、す、き」
小さく応えたその瞬間に、圧を感じるほどに濃厚だった白い闇は突然に弾けて、無数の花弁になると夢の中の一寿を覆い尽くしていく。
そして一寿の意識も、花嵐となり一斉に散っていく花弁の白さに飲み込まれるように途切れていくのだった。
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