桜清明

東雲夕

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あのときたすけてもらった

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「カズさん、ただいま! 」
「……  おかえり」

 いや、ただいまって、と思いながらもお帰りと答えてしまう。相変わらず流されやすい自分に、一寿はため息をつく。
 
 すっかり懐かれてしまった彼は、あの日助けた鶴、ではなくΩの少年だ。恩返しに、でなくて、御礼にと一寿の元を訪れたのは、あの出来事から一週間後の事であった。





 山中桂やまなか けいと名乗った少年から、酷く恐縮しながら菓子折りを渡された。商店街の老舗の和菓子屋のきんつばは、一寿の家族の好物である。戸惑いつつも有り難く受け取っていると、配達から帰った義兄の声が聞こえる。

「いらっしゃいませ! 奥様、わざわざお越し頂きまして、ありがとうございます」

 人好きのする義兄の柔らかな挨拶に応えて、奥様と、呼ばれたお客様が店内に顔を覗かせる。すかさず山中桂君が頬を膨らませた。

「今日は、孫がお世話になった御礼に伺ったの」
「おばあちゃん、俺きちんと一人で御礼したいって言ったじゃん」
「そうだったわね、ごめんなさい」

ふふと柔らかく笑った「奥様」は桂の膨れた頬をつつく。

「山中様って…… 」

 山中家は古くは城代家老も勤めたという、地元の名家であった。霰屋の家としても長く懇意にして貰っている上得意様でもある。

「そうなの、この子がその時に売り物の百合を駄目にしてしまったから、お詫びと、それから助けて頂いた御礼に伺いたいって」

 ね? と圭の顔を覗き込んだ奥様は、まだ膨れた桂の頬をむにむにと摘んでいるが、餅のようにみよんと延びる頬と、そのままふくれっ面を続けている孫の顔を見て、堪らずという感じで噴き出した。

 それに、もうー! と圭が不満げに口を尖らせている。祖母と孫息子の仲の良いじゃれ合いの微笑ましい様子に、つられて一寿の緊張も自然と緩んで来る。

「仕方ないじゃない、霰屋さんとは古いお付き合いで、我が家にとっても大切なお宅なのよ」

 また膨らんでしまった孫の頬を、こりずにつつきながら奥様は、だから外で待ってたでしょ、今度は私が御礼の順番! と、桂を押しやると一寿に頭を下げた。

「奥様!! やめてください、俺、いや私はそんな大した事はしていないので…… 」

 救急車や警察を呼んでくれたのも、騒ぎに気付いた商店街の面々だし、一寿としては、桂の横でうろたえていた、自分的には不甲斐ない記憶しかない。

 百合の花も、開ききってしまう前に、自宅用にでも楽しんで貰えればと並べてあった、お勤め品なので、桂が気にやむ事は無いと慌てて説明する一寿を、黙って聞いていた桂が強い声で遮って来た。

「そんな事ない! あの時俺を庇ってくれたじゃん! 」

 確かに思い返せば怯える桂の頭ごと、咄嗟に抱き込んでしまったが、初めて経験するαの威圧に対しての無意識の反射的行動なので、一寿としては助けたと言われても正直ピンとこないのだが、桂に取ってはそうでは無いようだった。

 黒目がちの大きな瞳を潤ませ力説する桂との気持ちの温度差に、戸惑うばかりの一寿に、立ち話も何だから奥でお茶でもどうぞ、といつの間にか姿を消していた義兄が、母屋に続く扉から声をかけてくれた。
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