ありえへん世界の恋人へ

東雲夕

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ありえへん世界の恋人へ

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 「あ、姉ちゃん。うん、引越し終わったよ。うん、オーナーのおかげ。俺、何もしてない、退院して身一つで転がり込んでる。

 え? ああ、ありえへん彼氏、じゃなくて元彼氏の言質もとってくれたよ。

 そう、オーナーがね。そうなんだよ、恩返ししようにも、何でも持ってる人でしょ。せめて仕事頑張って、体で返してかないとだよ。

 ほんと、一生かかっても返し切れないかも、うん、命の恩人だし、オーナー」

 落ち着いたら引越し祝いをしよう、そう言と姉はオーナーである四十住あいずみによろしくと通話を終えた。

 新居のベランダからは、天気の良い日には富士山も見える。あの日床の上で瀕死の状態から救ってくれたのは、犀太の勤務先のオーナーである四十住あいずみだった。

 午後の仕込みを終えて、四十住は犀太がその日、自宅アパートのシェア解消を恋人だった男に告げると言っていたのを思い出した。  
 犀太の特殊な事情に驚きはしたが、それだけで嫌悪感は不思議と覚えなかった。

 人としての犀太を、自分の店に誘う程度には信用も信頼もしていた。
 それでも性嗜好による個人の感情は別物である。犀太が同性と恋愛関係にあると言うのは、四十住も素直に驚いたし、少なからずショックでもあった。

 それでも包み隠さずに話してくれた、犀太の気持ちも素直に嬉しかった。
 仕事のパートナーとして申し分無いのは勿論のこと、プライベートでも犀太と過ごす時間を四十住は気に入っている。

 勘がいい。舌がいい。また知識に貪慾であり、知らないことは知らないと素直に言い教えをこえる。

 そんな犀太を四十住はそばに置きたいと思った。だから声をかけて店に誘った。犀太の少し人よりハードなプライベート事情を聞いた後でも、四十住のその気持ちには全く変わりは無かった。

 コール音が重なるばかりで出る気配が無い。タイミングが悪かったか、掛け直すかと思いながら、妙な胸騒ぎがして四十住は通話を切らずに呼び続けた。

 そろそろ留守電に切り替わりそうだと焦る頃ようやっと繋がった。『明池あかいけ君? 』呼びかける四十住に酷く掠れて聞き取りづらいが確かに犀太の声だった『ねえちゃん、ごめん、』

 たすけて……。

 そのまま呼びかけても応答が無くなった。
 心臓を掴まれたような悪い予感に、急かさせれた四十住は、コックコートのまま店を飛び出していた。





 「コーヒー入ったよ」
 色違いの大ぶりのカップを両手に持って現れたのは、オーナーこと四十住あいずみ柊太郎しゅうたろうである。

 あの、ありえへん日に姉だと思った電話は四十住からで、異変を察知してくれた四十住が、管理人経由で警察を立合わせて鍵を開けてくれたのだ。
 仕事用スマホで通話していた為、自動録音されていた、犀太の声も功を奏した。

 助けて、という、今にも命が消え入りそうなか細い声に、これはまずいと迅速に救護救出体制を取って貰えたのだ。

 冷たい床の上に長時間放置されていた犀太は、激しい性交と更にその後の嘔吐のせいで、特に脱水症状が酷かった。何より肛腔内に残された精液の為に腸もひどい炎症を起こし高熱を発していた。

 凄惨なレイプ現場にしか見えない部屋の状況に、同行していた警察官は直ぐに動いてくれた。
 まずは被害者である犀太を救護班に預けて、自分は応援を呼んで証拠の保全に努めてくれた。

 『現行の法律では性別に関係なく不同意性交等罪つまり強姦罪は適用されます。例え知人や友人同士であっても同意がなされなければ、それは強姦なのです』

 ただし普通はその「同意の有無」の確認が難しい。しかし命の危険を伴うレベルで放置された犀太のこの状況は、間違いなく犯罪レベルである。DVも視野に入れる必要もありそうだ。

 救急隊員とともに犀太に付き添う四十住にむけて、まだ不惑を迎えていなそうな警察官が、迷いのない目でそう告げた。犀太はそれ程に酷い容態だった。

 そして、結果から言うと桐真は逮捕された。

 
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