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恋人はありえへん奴でした
しおりを挟む桐真はおかしい。
黙ってすべてを聴き終えた姉が、初めに思わずといったように落とした一言。
「そもそも、それはおかしくないか」
何がというより、桐真がいわゆる後継ぎなのは最初からわかっていた事だ。犀太が男なのも、子供が産めないのも、そう。
全てわかっていたはず。
それなのに「しあわせにするから」と口説いて今のコレかと、それで愛しているとはどの口が言うのか。
全くもって理不尽だし、誠意が無さ過ぎて意味がわからない。
更に婚約者と無事に子作りできるかを、犀太に相談までしていると、つまり同時に婚約者とも関係を持つつもりだと知った姉が、たまらず絶句したあと、怒りを抑えて細く絞り出すように履き捨てたのが。
「あんたの彼氏、まともじゃないよ」
であった。
弟のために激怒している姉がいる。
そんな姉の姿に犀太も目が覚めた。
「あんたは昔から素直で真面目な子だった。だから、彼氏の婚約者を、まるで騙しているかのような、今のこの状況がストレスなのよ」
あんたナンニモ悪く無いのに、酷いよと、姉が悲しそうに眉尻を下げて言う。
自覚が無いならなおのこと、罪悪感は桐真でなく犀太にもたらされている。
知っていてなお関係を続ける事の異様さに、犀太の心が悲鳴をあげているのだ。
この時の犀太は姉の言葉に、まるで頭の中の霧がはれたように感じていた。本当だ、このままではいけない。結婚して家の後を継ぐという桐真が犀太と別れるのは決まった事だ。
それなら半年などといわず、今すぐにこの異常な三角関係を終わりにするべきだろう。
決心して桐真と暮らす部屋に帰ると、そこここに酷い違和感。
見慣れないスキンケア用品が風呂場に、洗面所には犀太の物では無い歯ブラシもある。
犀太の留守の間にこの部屋に、当たり前のように婚約者を呼んでいた。普通の同居人にだって、もう少し気をつかうもんだろう。
桐真には罪悪感など勿論無い。
挙げ句の果てに夜の営みのお役立ちアイテムにされているとか、どれだけ犀太を馬鹿にするつもりなのだろう。
「愛してる、ってなんなんだろうな」
このままだと愛という言葉そのものが地雷になりそうだ。
桐真はおかしい。
多様性をうたう世間だって倫理観の破綻した関係は認めない。
それに気づかなかった犀太もおかしかった。
でも、もういい。
もう、どうでもいい。
捨てる。
トラウマになる前に、全て捨ててとっとと逃げ出す事にする。
通話をぶち切る前の会話から、桐真はこれから婚約者の実家にお泊まりだそうだ。さっきの要件は、だから荒らした部屋を片してくれという、頭のおかしいものだった。
最後まで聞かなかったので了解はしていない。
というか、これはチャンスだと犀太は思った。あえて説明などする必要は、もう無い。桐真の留守のうちに、簡単でも引越しを済ませてしまおう
ある意味「片付ける」事にはなる。それが桐真の思う物とは違うだろうが、犀太には知ったことでは無かった。
未練も情も綺麗さっぱり片付けられそうで、屑な元彼氏に感謝だなと、旅行用の大型のスーツケースどこにしまったかな。と、私物の優先順位の算段を始める犀太の顔には、帰省する前の思い詰めた様子はかけらも無くなっていた。
愛なんて言葉を免罪符にして、犀太を幸せにできない桐真なんか、もういらないのだから。
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