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クローゼットから出ました
しおりを挟む「良く、知ってるね……」
えっ、と思わず声を上げていた。ヒヤリとした悪寒が背筋を走る。不意に桐真の顔が浮かんで、一気に食欲が失せる。箸を置いて姉の前に移動する。母の心づくしはラップをかけて冷蔵庫に入れた。
ダイバーシティ&インクルージョン
人種や性別、年齢などの外見的な違いはもちろん、宗教や価値観、性格、嗜好など、個々の「違い」を受け入れ、認め合い、生かしていくことだと、前職の研修で犀太も知っている。
「会社でもね、最近何でも多様性とかって言いだしてね、最初どっかのタワマンの事かと思ったんだよね」
近頃なんでも英語なんだもん、3Qってなんだよ第三四半期って言えよと話が脱線し始めるのが姉クオリティである。
幼いころと変わらないその姿に、犀太の心も自然と昔に戻っていく。
「姉ちゃんは、その、偏見とか、ないの?」
ゲイとかに……。と後半を濁してしまった犀太を、不思議そうに見やった姉が笑いながら肩を叩いてくる。
「今はLGBTQっていうんでしょ? 偏見かぁ、ないのと聞かれるとどうかなぁ。結局は相手次第な気もする」
「相手次第?」
「仲良かった人が勇気を出して告白してくれたって事ならさ、それに応えられる自分でいたいよ、私はさ」
なんかいい事言っちゃった? やだー恥ずかしいじゃん! とバシバシ叩かれた肩の痛みが遠い。
そうだ、姉はそういう人だった。傷つけたくないからと、知らされない事に傷つく人でもあるのに。
頼っていいのだろうか、愚痴を聞いてもらってもいいのだろうか。
幼いころ、姉の後を追いかけては遊んでほしくて、活発な姉は内向的な犀太と遊ぶのはつまらなかったろうに、外へ行こうよと言いながらも、家で遊びたがる犀太に付き合って傍にいてくれた。そんな姉に甘えてもいいのだろうか。
黙ってしまった犀太を不思議そうに見ている姉に「どした? なんかあった? 」と覗き込まれて、ぽろりと口から出た。。
「姉ちゃん、おれ、おとこめかけ、なんかヤダよぉ……っ! 」
そのまま決壊したように涙が溢れてきた。
そうだ、桐真のあの態度は犀太に「愛人になれ」と暗に言っているかのようだった。
伴侶は女性だが、愛しているのは恋人である犀太だけだと。そんな都合のいい相手として傍にいろと。
古風な表現は視聴中の番組の影響か。
「おとこめかけ……? えっ? 男妾……え、えぇぇ???」混乱しつつおろおろと手をさ迷わせていた姉が、それでも久しぶりに見る弟の泣き顔に、慌てて膝立ちになって頭を抱き込んでくる。
小さな弟が泣くと、そうして小さな胸に抱えてくれた、大好きな姉。
この人に後ろめたい自分には、絶対になりたくないのだ。
そんな気持ちが涙と一緒にあふれてくる。そのためには、あの毒を持った蜜のような地獄から抜け出さないと。
もう桐真には、犀太を幸せになんか出来るはずもない事は明白で、今この瞬間にだって、犀太は間違いなく桐真のせいで不幸なのである。
姉の腕の中は懐かしい香りがした。
とめどない涙とともに、出会ってから事あるごとに「愛している」と告げられ、降り積もるように大切に受け止めていた桐真への思いが、すっかり綺麗に洗い流され、跡形もなくなっていく。その分犀太の心は浄化されていくのがわかる。
本当は毎日ただ苦しかったのだ。あれが桐真の愛なら犀太はもう愛なんて欲しくないのだ。告げないで、呼ばないで欲しいのだ。だから、理不尽な恋人である桐真も、もういらない。
本当は、もうずっとそうしたかったのだ。傷つけられすぎて自覚もできなかった致命傷の痛みが、家族からの無償の愛情という慰撫で癒されて気づけた。
自分がもう一秒だって桐真の傍にいたくない事に。
幸せにすると言ったくせに。
あの残酷で嘘つきな桐真の傍になんて。
「お別れする」そう告げる弟を、姉は「うんうん」と何も聞かずにただ労わるように撫でていてくれた。
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