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女神の愛し子と薊の祝福
4.最終回
しおりを挟む「なんで…… 駄目だろ…… そんなの危険で不合理な事。前線で魔力切れ起こして物資も無かったらどうするんだ?! かたくななままじゃ生き延びられないぞ?」
だから魔法士の服務規程にも非常時の性処理に関する項目があるのだ。どんな戦場も生き延びる手段があるなら功利を天秤にかけても、必要ならやるべきだからだ。
「かまわない」
「かまえよ!!!! 」
興奮のままセオドアの膝に乗り上げたフェンガリが、両手で病衣の胸倉をつかんで叫んでいた。
「だって、そんな俺をフィーは嫌うだろう。許そうとして許せなくて苦しむだろう? 」
「お、おれ? 俺の事なんか、気にする必要ないだろ……! 」
どうせ傍にも居られない、セオドアにとって役立たずなフェンガリなんて捨てていいから生き延びてと、胸倉をつかんでいた指は、今はもう縋りつくように心もとなくセオドアの胸元へと伸ばされて、フェンガリの瞳からは朝焼けの雨のように、ぽろぽろととめど無く涙がこぼれた。
万が一、例え命の瀬戸際にあろうとも、フェンガリの為にセオドアは性処理を拒否するというのだ。己の命とはかりにかけてフェンガリの心を取るなどど、迷いの無い目でいいきるのだ。
幼いころ、ほんの一時心を通わせただけで、酷い別れかたをした従兄弟の事などを、そんなに気にかける必要はないじゃないかと、セオドアの胸に縋りながら、フェンガリが涙ながらに訴える。
魔法士とともに生きることは、フェンガリには出来ない。セオドアの前で嘔吐の発作を起こして、また傷つけるなんて、それこそ自分が許せない。
何より、この世界にセオドアがいないなんて、想像でも耐えられない。
だから、傍ににいる事も叶わない役立たずのフェンガリの心などより、セオドアが生きてくれることの方が、何万倍も大切な事なのに。
例え二度と触れる事さえ叶わないとしても、いいや、理由なんて本当はどうでもいいのだ。フェンガリが、ただセオドアに生きていて欲しいのだ。そして、できれば笑っていて欲しい。
とても我儘で単純な願いだった。けれど、フェンガリが真実願うのは、本当にただそれだけだった。
「いやだよ、テディ、俺の為に死なないで、傷つけても良いから生きていて」
お願いだからと譫言のように呟く、フェンガリの頬をしとどに濡らしていく涙を、親指で拭おうとしたセオドアだったが、片腕はまだ点滴の管に繋がれていて、それは叶わなかった。
自由な腕を回して、フェンガリの泣きぬれた白い頬を引き寄せると、セオドアは躊躇いがちにそっと唇で瞼の雫をぬぐう。
優しく啄ばむように、両の瞼を拭ってから、こぼれた雫を丁寧に辿れば、頬から顎を経由した涙の跡の終着点は薄く開かれ淡く色づく唇だった。
「んっ!……、や、ダメ、俺、発作が、んっ」
吐くからやめてと、言いかけた言葉は、涙ごと、優しいのに引く気のないセオドアの唇に飲み込まれていった。
頬を包み込む手のひらは、決してフェンガリを拘束しない。ただそっと壊れものに触れる慎重さで、フェンガリの頬を撫でるだけ。
振り払うべきなのに出来ないのは、それはもうフェンガリの心が望んでしまっているからだ。
――ああ、お助け下さい女神様、どうかどうか彼の前でもう発作を起こしませんように。
小さなテディは泣けたけれど、大きくなったセオドアは泣かずに笑うのです。それがどれだけ傷を深くする事か。
どうか俺の大切なテディを、愛しいセオドアを、二度と俺のせいで傷つけないよう、どうかどうかご加護を賜りますよう、御力をお貸し下さい。
どうか。どうか。どうか。
フェンガリの頬を濡らす涙は、祈りと共にとめどなく滴りつづけて、重なりあう二人の唇も濡らしていく。
「……ふっ…… んっ…テディ…… 好き、大好き」
「フィー、おれのフィー、愛してる、俺の全て」
起きないでと願うのに、フェンガリの頸に薊の紋章が鮮やかに咲いていく、神聖力とともに女神の権能が顕現する。
「テディ、ごめん、ごめんね」
俺は君を傷つけてばかりなのに、今この唇を離したく無いんだ。
縋るようにかき抱いたセオドアの髪を、フェンガリは切なくかき乱した。涙の味の唇はすっかり互いの体温がうつって、もはや境界も不明な一つのつがいの貝のようだ。
「ふっ、フィー、お前の首に咲く薊に俺は誓おう」
ひと時も離れたく無いと、触れ合った唇の隙間から囁くようにセオドアが甘く告げた。
「女神の神璽たる薊の花よ、俺セオドア・アンガーミュラーは最愛であるフェンガリ・ヘリオスコープに永遠の愛を。
魔法士の心臓を捧げてここに誓う。
我が最愛は我が唯一。
この誓いを違える時はこの心臓をもって贖おう」
その瞬間セオドアから迸る魔力が光の粒となり、フェンガリの頸に集まる。包み込むように女神の神璽たる薊が咲き誇り、中心から雌蕊に押し出されるようにフェンガリの神力が溢れ出し、セオドアの魔力の光と交じって行く。
「凄い…… まるで受粉だ」
「うう、見えないけど、なんか恥ずかしい事になってるのは感じる」
首の後ろで神聖力と魔力が、熱を伴いながら混ざり合っていく気配がする。
その濃厚な気で熟していく力の渦は、例えるならばまるで疑似性交のようだと、思い浮かんでしまったフェンガリは、真っ赤になった顔を隠すように、セオドアの首筋に顔を埋めた。
「ああ、綺麗に咲いた」
ほら、と差し出されたセオドアの手首の内に、フェンガリと対になるように、一輪の薊の花が咲き誇っていた。
魔法士であるセオドアから感じるはずのない神聖力の気配がする。それは間違いようもなく、女神からの言祝ぎだった。
「セオドア大好き」
うっとりと呟いて大きく息を吐く。愛しい人の首筋からは清潔な消毒の匂いと僅かな汗の香りがする。
喉元に込み上げる発作はもう起きない。
セオドアがフェンガリの唯一であり伴侶だと、魔法士の心臓たる魔力器官を捧げる価値のある誓いだと、女神の愛し子の伴侶として認められた証である。
戻ったら姉上に報告しなくては。
でも、きっと何もかもご存知なのだろう。
まずは最愛の俺のセオドアをこの辺境から取り返さないと。
母上にもご助力を賜ろう。そして親族への挨拶回りという名の根回しと、それからそれから。
転移、いや召喚の魔法陣か魔道具を喫緊で開発する。他の誰にも任せられないなら、セオドアが求める時にフェンガリがそこに行けばいいのだ。
愛しい旦那様の魔力器官のメンテナンスは、今この時から、他人に決して譲れないフェンガリの一生の仕事になった。
「忙しくなってきたなー」
くふふと笑うフェンガリを少し不機嫌なセオドアが抱きしめる。
あと一時間もすればまた暫くは離ればなれだ。いっそここの施設で対応できないレベルの重症になれば、ともに王都へ搬送されるかと不穏な事を夢想するセオドアだが、フェンガリが悲しむから無理だなと、すっぱり諦める。
この腕の中の愛しい温もりを守る為ならなんでも出来る。
額と額をすり合わせてお互いの鼻先を擦り付ける。
愛しさで心臓が軋むようだ。
甘い痛みに薊の神璽が咲き誇り、魔力器官の暴走を抑えていく。
女神の愛し子の伴侶たる魔法士は、最愛に再び巡り合えた喜びの感謝の祈りを捧げると、最愛たる暁の愛し子に、何度目かになる誓いの口付けを、幾度も繰り返して贈るのだった。
聖女の息子の最愛である魔法士には、咲き誇る対の薊とともにある限り、加護という名の女神の呪いは、二度と降りかかる事はないのだった。
Fin
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ひとまず完結です。
ここまでお読みくださり有難うございます。
18禁タグはモブ専用になり、主人公たちはラストまで清らか(?)なままだった事をここにお詫びしておきますね∑(゚Д゚)スマヌ。
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