【完結】聖女の息子は加護という名の呪いを撃ちまくる

東雲夕

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幼馴染という呪い

3.

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 ベンジャミン(仮名)を名乗っていて心底良かったと、恒例になりつつある食堂のテーブルに懐いたフェンガリは思う。

 任務明け(だからやってたんだろう)のセオドアが、あれからやたら近寄って来ようとするので、避けるのに無駄に気力を使わされた。おかげで終わらせたかったノルマの三分の一以上が残っている。
 明日は一日神殿に使いたいのに、全く忌々しい事だ。

 「こりゃ徹夜かなー」

 ぼやくフェンガリの顔の前に影が射したと思ったら、コトンと湯気の立つ器が置かれた。

 ミルクの甘い匂いが鼻腔をくすぐり、フェンガリはテーブルに懐いたまま行儀悪く顔を上げると、そこには訳知り顔のマッツが立っていた。差し入れだと、ミルクがゆを指さすと「お疲れ」と隣の椅子を引いて腰を下ろした。

 「今日は飯食えてないそうじゃないか。料理長が心配してたぞ」

 それは、セオドアの顔を思い出すたび吐き気がするからだ。

 奴=魔法士と脳が認定したらしい。おかげで食欲は全く無い。昼には、せっかく料理長が奢ってくれると出してくれた焼きたてのミートパイも、喉を通りそうもなくて遠慮してしまったのだ。

 ミルク粥の湯気の向こうに料理長の顔が浮かぶ。なんなら立ち上がって振り返れば、心配そうな顔でフェンガリを見ていそうだ。

 良い人だ、とても善良な良い人間だ。少しでも彼の役に立てたとしたら、それだけでも此処に来た甲斐はあったのかもしれない。

 のろのろと手を伸ばしたフェンガリは、スプーンを手にとった。

「…… うま」
「よかったな」

 テーブルに頬をつけたままで、粥を口に運ぶフェンガリを、マッツは穏やかな顔で見守っている。

「行儀悪くてごめんね」
「今夜ぐらいいいさ」

 食べやすい体勢でいいから、食っちまえと、頬にこぼれたミルクの滴を拭うマッツの指先が優しい。

「マッツさん、好き」
「そうか、ありがとよ。俺も頑張り屋のお前が好きだぜ」

 でも、あんまり一人で無理すんな。
 真剣な声で言われて見上げたマッツの顔は、硬い声とは裏腹にフェンガリを労わるような穏やかな笑みを浮かべていた。

 「何のために俺たちが一緒に来たと思ってる。調査なんざ手分けしてやりゃ良いだろ」

 カロッタを外したマッツの手が、フェンガリの頭を直接優しく撫でる。

 「でも」
 「残ってるのは南翼の端か。こっちは俺とカルロでやっとくから」
 「お父さん、ありがとうぅぅ…… 」

 嬉しくて抱きついたマッツのマントからは、一日分の埃と汗の匂いがした。労働の匂い。安心できる匂い。

 「おお、まかせろよ」

 そんでそれカルロにも言ってやれ、喜ぶからとフェンガリの頭を優しく撫でたマッツが、丁寧な仕草でカロッタを被せてくれた。
そのままズレた眼鏡と前髪を整える様子からは父性が溢れるようだ。

 それも今回の同行者の第一優先事項が「父性」であった所以である。フェンガリは父親というものを酷く憎み、また同じ強さで無意識に求めている。

 成長とともに隠すのが上手くなっても、ひとりの女性が妻であり母である事を超越し、聖女に至るほどの精神的な葛藤を、直ぐそばで見て体験してきた子供が心に負った傷が、女神が加護を与えようと見染めるほどの傷が、そうそう簡単に癒えるはずが無いのだ。

 その痛みは、子を持つ親として想像するにも余りある。

 それでも日々を懸命に生きようとするフェンガリ達姉弟をマッツは健気だと思う。

 同行にあたりフェンガリが精神的にストレスを溜め込む可能性とその際のメンタルケアも含めて、任務の依頼を受けている。

 彼の姉は苦渋の決断という表情で「頼む」とマッツとカルロに頭を下げた。彼女が弟を溺愛しているのは有名な話だ。それでも必要だと判断したから今彼はここにいるのだろう。

 詳細は聞かされていない。それでもこの健気な姉弟の力になりたい。そう思ったから同行を承知したのである。

 フェンガリのストレスの元は金髪の魔法士か。見事な金の髪はフェンガリの父親だった、マグワイアの金獅子と呼ばれた男を連想させる。

 調べてみれば間違いなかった。フェンガリの従兄弟である魔法士の名はセオドア・アンガーミュラー。マグワイアの本家は凋落激しく、中央では見る影もないが、逆に分家のアンガーミュラーが魔法士の一族として、新たに台頭して来ている。

 セオドアは三男だが、こんな辺境にいるには惜しい人材である。今回の任務とフェンガリの派遣、そしてマッツ達「父親枠」の同行は皆関連があるのだろう。

 マッツは魔術師だ。古来寄りの術式を分析、解析しつつより最適化を目指して再構築する。もしくは時代と共に移りゆく新しい魔術の可能性を探す。理論に特化した魔術師と前線で戦う事を求められた魔法士は、成り立ちからして異なる職業だが、魔力を行使するという一点で理を同じくしていた。
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