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栗にとってはある意味呪い

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 フェンガリは両親とも古い血筋の魔法士と聖魔術の一族の子として生を受けた。
 魔法師団長を幾人も輩出しているマグワイアは父親の一族である。
 フェンガリは五歳で家を出るまで、母と姉とマグワイヤの本邸で暮らしていた。

 父親と母の歴史にまで残ってしまった壮大な痴話喧嘩の末、母の実家であるヘリオスコープの子になれたのは、フェンガリのそう長くもない人生で紛れもなく僥倖だったと思う。あの時の母の決断が無ければ今のフェンガリ達は無い。

 マグワイヤの屋敷で暮らした記憶はとても朧げだ。

 それは脳の防衛機能の一つだと、祖父に連れられて訪れた神殿の医局長がいっていた。

――忘れていいんだよ。

 抱え切れない辛い記憶や出来事は、そうやって傷跡にするのだと、罪悪感にうつむくフェンガリの頭を撫でて、ミントミルクの飴を含ませてくれた。

 いつでも栗の花のような匂いが充満していたあの屋敷。盛んな性欲は力の強さの証。
魔法士にとっては名誉な事と、あえて性臭を匂わせる栗の木を植えるのが、名門の家格にも繋がっていると、見事な栗林のある、あの頃の我が家は。

 母と姉と、秋にはそのイガイガの実を踏みわって、沢山の栗を集めたあの家は。

 今はもうただ自分と姉にとって忌まわしいだけの場所になってしまったのだと、記憶を無くす事で、改めて実感した幼いフェンガリは静かに涙をこぼした。

 鼻に抜けるミントの爽やかな刺激が更に涙を誘って、甘いミルクの味とゆっくりと頭を撫でる手のひらが心地よくて、そのまま赤ん坊のように泣きながら眠ってしまった恥ずかしい記憶なのに、思い出すたび胸の奥がいつもほんのり温かいのだった。

――彼に最後に会ったのもその頃だったな。

 設備と備品の確認をとやってきた小部屋からは、また海狗 オットセイ(偽)の鳴き声がする。

 防音の結界を、安価かつ簡易に張れる魔道具の改良は急務かもなと、三日目にしてすでに順応しているフェンガリは躊躇いなく扉を開けて、盛っている獣二匹に魔光石を押し付けて強制的に魔力を満タンにしてやった。

「ちゃんとお仕事しましょーねー」

 暗に給料分働けよと告げて、賢者タイムに入った元海狗達に、きっちりチェック項目を埋めた板挟みを振ったフェンガリは、次の部屋に向かうのだった。


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