上 下
4 / 30
蜘蛛はのろくないけど呪い

1.

しおりを挟む
 以前、最後の神官長が離任するおりに、砦併設の神殿も祭祀場も術的に閉めたはずだから、この砦に女神様の濃い加護が感じられないのは仕方ない。

 砦から歩いて三十分ほどの村にも神殿はあるから、穢れの浄化やちょっとした祈祷なんかは、そこで受けられる。つまりその程度で足りる任務しかないと判断されて砦併設の神殿は閉めらている。

 そもそも低木が中心のなだらかな丘陵地で、隣国の国境も近く、両方向から警備の目が効いている。
 さらに生息するのもワーム型の魔獣が中心で、危険度も低い。その為、騎士団も魔法師団も新兵が経験値稼ぎに配置される事が多く、熟練者についてはぶっちゃけ左遷がメイン。人材の墓場的な異動先であり、つまり防衛拠点としての重要度は低いのである。

 今までは。

 今年ここを三十数年ぶりの旱魃かんばつが襲った。近隣に王領が控えてるこの地域は、すぐに国からの救援が入ったので、人々の暮らし的にはそれほど困窮してないのは流石である。

 日照りにあてられて、地面に埋めるタイプの卵が孵らないので、魔獣の出没も少なく、砦は常にない平和な夏を迎え、明らかに油断して士気は緩んでいた。
 夏が終わるとともに、雲も戻ってきて雨も十分に降った。

 おかげで森の恵みは今年も変わりなく実ってるらしい。そう聞いたフェンガリも薬草採取のついでに、キノコやらベリーなんか詰めるんじゃないかと楽しみにして来たのだ。

 人の手が入ってない自然の恵みは滋味が一味もふた味も上等なので是非とも採取したい。

 フェンガリお手製のマジックバックは時間経過も止まるやつだから、しまっておけば調理前にとりたてのを使える優れものである。備品として支給するやつを、自分用にいじってもはや別物の次元まで改造済みなので使い勝手は抜群だ。

 髪留めに結界術式しこむとか、アクセサリーや小物の細工はフェンガリが得意とするところなのであった。

 とはいえこの平和な風景も、実は嵐の前の静けさなのであるが、砦を預かる大隊長どの以下魔法士団まで、まるで危機感がないのが問題だった。

 麓の村の村長に古老、はては村在任の神官長からも警告がなされたというのに、言い伝えなど信じるのかと、鼻で笑って一向に備える気配がない。 

 言い伝えはおとぎ話でなく、先人の知恵であり警告である。訪れる事がほぼ確定の危機に備え無いのは愚か者の所業であると、平和ボケした砦の部隊に、豪を煮やした村長から神殿経由で訴えが上がってきた。状況から事態を重く見た王都上層部が、来月本格的な視察を入れる事になった。

 おそらくこの、その視察が終わった後には強めの人事異動があるだろう。大きな危機に備えるには、今の砦の面子では難しい。

 乾期の間、夏に孵るはずだった卵は休眠状態に入る。ワーム種は単純な命だが、だからこそ生命力も強い。今年孵らなかった卵はそのまま冬を越し、気温と湿度が最適になった時に孵化する。

 一方在来の成虫も個体数の一時的な減少により、潤沢になった食糧の恩恵を受ける。そして熟された個体は種の保存の本能に則り、減少した個体を補うように通常より2~3倍の産卵をするのだ。

 そしてその卵は来年の夏一斉に孵化し、森を食べ尽くした群れは食糧を求めて移動を開始する。

 そうなればスタンビートの始まりであった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

もしかして俺の人生って詰んでるかもしれない

バナナ男さん
BL
唯一の仇名が《 根暗の根本君 》である地味男である< 根本 源 >には、まるで王子様の様なキラキラ幼馴染< 空野 翔 >がいる。 ある日、そんな幼馴染と仲良くなりたいカースト上位女子に呼び出され、金魚のフンと言われてしまい、改めて自分の立ち位置というモノを冷静に考えたが……あれ?なんか俺達っておかしくない?? イケメンヤンデレ男子✕地味な平凡男子のちょっとした日常の一コマ話です。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

従兄弟

Hazuki
BL
同い年の従兄弟。 同じ都内に住んでて、友達みたいに仲がいい。 映画を観に行った日の話。

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

処理中です...