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 ヒート中は隆一さんを拒むような反応にならないといいなと、そう考えていただけだった。
 それなのに目を覚ましたら見知らぬベッドの上にいて、どういう状況なのか分からなくなる。

「……なに、ここ……?」

 消毒液の匂いと、真っ白な天井。
 由莉の右腕には点滴が繋がれていて、部屋の雰囲気や匂いからも、ここが病院の個室である事は容易に想像できる。
 だけど、病院に運ばれるような状態になった覚えが由莉には全くない。

 予定通りの周期でヒートを迎えて部屋に籠ったと、そこまではちゃんと覚えている。
 隆一さんにヒートになった事を伝えたら「ああ、そっか。本当に俺はもう何も感じないんだな」と、悲しそうな声で言われた事は絶対に夢ではないだろう。
 そのあと一緒に寝室に入った気がするけれど、記憶が上手く繋がらない。
 一体、どういう流れでこうなったんだろうか。

「……誰か呼んだ方がいいのかな?」

 ナースコールを押すだけで怒られたりはしないだろうし、とにかく今は説明が欲しい。
 普通に動ける程度には元気だけど、勝手に病室を出る訳にもいかないだろうと、由莉は枕元に置いてあるスイッチを押した。
 それから一分程で扉がノックされ、由莉が返事をすると同時に入り口が開く。

「ああ、思っていたよりずっと元気そうな顔で良かったです」

 ふわりと笑いながらそう言った眼鏡の男性が、由莉を診てくれた医者なのだろうか。
 名札に「春川」と書いてあることを確認しながら小さく会釈すると、「意識もはっきりしているみたいで安心しました」と笑顔で返された。
 自分がそこまで重症ではなさそうなことが分かり、少しだけ安心する。

「あの、私あんまり覚えてなくて……ここって病院ですよね? どうやって来たのかも全然……」
「こちらで分かっている事はちゃんと説明しますから。まずは由莉さんがどこまで覚えているのか教えていただけますか?」
「え、あ……もちろんです」
「ありがとうございます。では最初に、倒れた時の状況を教えてください」

 優しい声色で告げられたことの意味が、一瞬よく分からなかった。
 倒れたって、それは私の事だろうか。

「……ど、どこかで倒れてたんですか? 私……?」
「付き添いの方からは部屋の中で気を失っていたと聞いています。意識がない状態で運ばれてきたので、ご本人からも状況を教えていただきたいのですが……はっきりと覚えていないみたいですね」

 その言葉に由莉が頷くと、何かを考え込むようにして春川が口元に手を当てる。
 由莉の表情を確認するように視線を動かした後、内緒話でもするように春川が静かに声を発した。
 
「失礼な事をお聞きしますが、番ではないアルファと同居しているのは由莉さんの意思でしょうか」
「へ……?」
「隆一とは旧知の仲なので、彼が言っていたことを疑いたくはないのですが……。いくら友人でも、誘拐してきたオメガを監禁しているなら人として助けない訳にはいかないので」
「ちゃ、ちゃんと私の意志で一緒にいます……! 番じゃないのには色々と事情があって……」
「ああ、いえ、無理やり何かされている訳ではないのでしたら良かったです。番の件も隆一から聞いているので、そんなに必死に説明しようとしなくても大丈夫ですよ」

 ほっとしたように春川が表情を変え、変な誤解をされなかったことに由莉も安心した。
 しかし安心すると同時に、病室に誰もいなかったことが気になってしまう。
 ここまで連れてきてくれた人が東条であることは間違いないのだろうが、もう帰ってしまったのだろうか。
 意識がなかった自分が悪いのだが、なんだか置いていかれたようで不安になってしまう。

「あ、あの、隆一さんって今は……?」
「別室にいますが……そう、ですね。一緒に話をした方がいいでしょうし、由莉さんの体調に問題がなければ呼びましょうか」

 春川にそう言われ、東条が病室にいなかった理由を由莉はなんとなく察してしまった。
 ヒートになって、番以外のアルファを身体が拒んだのだろう。
 嫌だ怖い触らないでと何度も口にした記憶をぼんやりと思い出し、指先が冷たくなっていった。
 熱と疼きに耐えながら東条と最後にした会話は、そうとう酷い内容だったような気がする。

 自分から誘うような事を言ったくせに、ベッドの上で少し触られただけで身体が震えて止まらなかった。
 している最中に怖いと感じるのはいつもと同じはずなのに、そんなの比じゃないくらいに何も受け入れられなくて、少し髪に触れられた段階でボロボロ泣いて隆一さんを困らせた記憶がある。

 気を失ったのは、その後に起きたことなのだろうか。
 震えながら泣いていたら隆一さんは一旦距離を置いてくれて、そこからの記憶が完全に無い。

 あれだけ嫌な思いをさせた後に一人で倒れたのかと思うと頭が痛くなる。私はどれだけ隆一さんに迷惑をかけたら気が済むんだろう。

「あ、あの……隆一さん、怒ってましたか?」
「そんなまさか。慌ててここに由莉さんを連れてきた時は、憔悴しきって酷く思い悩んだ顔をしていましたよ。大事な恋人が急に倒れたら心配するのは当然でしょうけど、隆一はその原因が自分だと分かっているみたいでしたから」
「は……?」

 倒れた原因があるとしたら、そんなのは自分の体調さえ把握できていなかった私のせいだ。
 ただでさえ普段から私を気遣って行為の回数を減らしたりしていたのに、隆一さんが原因であるわけがない。

「もう大丈夫そうですし、とりあえず彼を呼んできますね」

 そう言って春川が出て行った後、一人残された病室で由莉は大きく息を吐いた。
 ちゃんとした説明はまだ聞けていないけれど、自分が最悪な事に変わりはない。

 隆一さんが来たら、まずは迷惑をかけたことを謝りたい。
 それからヒート中に酷い態度をとった事に対する謝罪をして、ヒート期間が終わったらまた抱いてくださいってお願いして、私にできることがあったらもっと頑張るからって伝えてあとは……あとは、どうしよう。
 何をしたら、隆一さんに許してもらえるんだろうか。
 嫌われる要素だけがどんどん募っていってる今、何を言われるのか想像すると怖くて堪らない。

 ぐちゃぐちゃと考えていると再びドアが開き、春川の後ろを着いてくる形で東条も病室にやってきた。
 顔を合わせたら直ぐに言おうと思っていた謝罪の言葉は、東条の顔を見た途端に消えて、由莉は何も話せなくなってしまう。

 憔悴しきって思い悩んだ顔をしていたと春川は教えてくれたが、その言葉を由莉は軽く捉えすぎていたのかもしれない。
 病室に入ってきた東条は、由莉が想像していたよりもずっと酷い顔をしていた。

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