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39 ※隆一視点
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一つ年上の姉はいわゆる政略結婚というもので、大学卒業と同時に親の決めた相手と結婚した。
幸運な事にかなり気が合う相手だったらしく、政略結婚だと思えないほど普通に仲良く生活しているが、結婚相手を紹介されたばかりの頃は相当荒れていたのを覚えている。
「十も年上のよく知りもしない男との結婚なんて完全に身売りよね」と、何度も俺の前で溢していた。
家の都合で決められた、アルファ同士の結婚。
俺にもいくつかそういう話がきているのは知っていたし、恋愛結婚をするつもりもあまりなかったので、利になる相手との結婚で構わないと思っていた。
その考えが一瞬で吹き飛んだあの時の衝撃は今でも忘れられない。
初めて目を合わせた時に「好き」や「可愛い」よりも先に、「絶対に俺のだ」という訳の分からない感情に脳が支配された。
そう感じてくれたのは相手も同じだったようで、戸惑った表情で俺を見ながら、不安そうに口を引き結んでいるのが可愛かった。
人並みに経験はあるが、こういう感情が湧いたのは恐らく初めてで、完全に浮かれていたと思う。
相手の気持ちを確認する前にスムーズに話が進むようにと手を回して、仕事終わりに彼女から連絡が来たら、その後はそのまま付き合うものだと当然のように思っていた。
両親経由で俺の婚約を聞いたらしい姉から、「新卒の女の子に立場が上の男が迫るのセクハラっていうの知ってる?」と電話で指摘されるまでは、本気で自分の行動が嫌がられる可能性を考えていなかったのだ。
確かに、好きとか付き合うとかいう話をした訳ではない。
運命の番だと分かると言ってくれただけで、まともに会話さえしていないのだ。
新卒の女の子が、勤め先の重役だと紹介された男に連絡先を渡されたら「あとで連絡します」と言うしかないだろう。
(バース性云々の前に女性の方が受け入れるリスクは大きいし、番になる選択を出会った初日に決めろと言うのは流石に酷か)
運命の番という存在を彼女がどういう風に捉えているかも分からない。
番の存在はオメガのメリットになるとはいえ、恋人や好きな男がいたら疎ましいと思われる可能性もゼロではないのだ。
とりあえず一度食事しながら話して様子を見て、嫌がっている感じがなければキスくらいはしておくか、と。
そう思っていたのに、恋人どころか今まで一度も経験がないと言われて内心頭を抱えた。
勿論こっちは軽い気持ちなんて微塵もない。
遊びで手を出したいと考えている訳ではないし、婚約すると言ってくれたのだからその約束を覆すつもりもなかった。
それでも流石に、出会ったばかりの男にいきなりキスされるのは可哀想だろという理性は働いた。
手を出していいタイミングが分からないまま何度もデートのような事をして、距離が縮む度に自分の欲をどこまでぶつけていいのか分からなくなる。
普通の基準がよく分からない。
触れたいと思うのはどこまでが正常で、どこまでなら許してくれるんだろうか。
キス程度ならもう許してくれるのかもしれないが、一度許されたらそのまま雰囲気に任せて最後までしてしまいそうで怖いとも思った。
自分のしたい事を全て彼女にぶつけたら、恐らく異常な行動になる。
それならもういっそ、彼女の方から番になりたいと思ってくれるまで何もしない方が安心か。
ヒート期間は一緒に過ごすと最初に話したし、それまでには覚悟を決めてくれるだろう。
最初のヒートが来るまでに極力会う機会を設けて、彼女が心を許してくれる関係になるまで距離を縮めるつもりだった。
結局、番になるという決定打をもらえないままヒートの期間が近付き、彼女の本心はよく分からない状態でその日を迎えた。
誘ったら緊張した顔をしながらも俺の家に来てくれたから、ヒート期間を俺と過ごすつもりがある事にとりあえず安心したが、まあ彼女は、俺と交わした「ヒート期間は俺の家で過ごす」という約束を反故にすることができなかっただけなのだろう。
ヒートになったのに声を殺して一人で慰めている現場を見て、俺に頼る気が全くなかったことに気付いて指先が冷たくなった。
扉越しでも甘ったるい匂いを感じて、何をするか分からないからと一応抑制剤を飲んでおいて本当に良かったと思う。
何度も謝罪の言葉を口にする彼女にイカせて欲しいと手を伸ばされても、どうにかギリギリ理性を保っていられた。
ヒートに浮かされて、本人の意思とは関係なく求めてしまうのだろう。
このまま抱きたいし噛みたい。だけどそれをしてしまったら、ヒートが終わった時に彼女はどう思うだろうか。
嫌われたくないし彼女の意思で選んで欲しいと、一緒に過ごす中で思ってしまった欲が消えない。
このままヒートを言い訳に抱いて番にしてしまっても、きっと彼女は俺の事を責めないだろう。
だけどこのまま噛んで、一生この子が気持ちを隠したままになるかもしれないのは無理だ。
それなら、苦しくても待つしかないだろ。
せめてヒートの時に、ちゃんと甘えてもらえる存在になるまでは。
(……番うのはちゃんと、由莉の口から求められた時が良い)
抑制剤は使わせたくないから、ヒート期間は絶対に俺が付き合う。
だけど一度でも俺がしたい触れ方をしたら、理性なんて簡単に溶けるのは目に見えている。
嫌われている感じはしないし、時間をかければ大丈夫だろうと、他の奴が近付かないようにだけ気を付けて由莉の気持ちが整うまで待つつもりだった。
こんなに苦しそうな顔をさせるために待ったわけじゃないのに。
こうなるくらいなら嫌がられてでも無理やり番にしておけばよかったと、抱く度に思ってしまう。
幸運な事にかなり気が合う相手だったらしく、政略結婚だと思えないほど普通に仲良く生活しているが、結婚相手を紹介されたばかりの頃は相当荒れていたのを覚えている。
「十も年上のよく知りもしない男との結婚なんて完全に身売りよね」と、何度も俺の前で溢していた。
家の都合で決められた、アルファ同士の結婚。
俺にもいくつかそういう話がきているのは知っていたし、恋愛結婚をするつもりもあまりなかったので、利になる相手との結婚で構わないと思っていた。
その考えが一瞬で吹き飛んだあの時の衝撃は今でも忘れられない。
初めて目を合わせた時に「好き」や「可愛い」よりも先に、「絶対に俺のだ」という訳の分からない感情に脳が支配された。
そう感じてくれたのは相手も同じだったようで、戸惑った表情で俺を見ながら、不安そうに口を引き結んでいるのが可愛かった。
人並みに経験はあるが、こういう感情が湧いたのは恐らく初めてで、完全に浮かれていたと思う。
相手の気持ちを確認する前にスムーズに話が進むようにと手を回して、仕事終わりに彼女から連絡が来たら、その後はそのまま付き合うものだと当然のように思っていた。
両親経由で俺の婚約を聞いたらしい姉から、「新卒の女の子に立場が上の男が迫るのセクハラっていうの知ってる?」と電話で指摘されるまでは、本気で自分の行動が嫌がられる可能性を考えていなかったのだ。
確かに、好きとか付き合うとかいう話をした訳ではない。
運命の番だと分かると言ってくれただけで、まともに会話さえしていないのだ。
新卒の女の子が、勤め先の重役だと紹介された男に連絡先を渡されたら「あとで連絡します」と言うしかないだろう。
(バース性云々の前に女性の方が受け入れるリスクは大きいし、番になる選択を出会った初日に決めろと言うのは流石に酷か)
運命の番という存在を彼女がどういう風に捉えているかも分からない。
番の存在はオメガのメリットになるとはいえ、恋人や好きな男がいたら疎ましいと思われる可能性もゼロではないのだ。
とりあえず一度食事しながら話して様子を見て、嫌がっている感じがなければキスくらいはしておくか、と。
そう思っていたのに、恋人どころか今まで一度も経験がないと言われて内心頭を抱えた。
勿論こっちは軽い気持ちなんて微塵もない。
遊びで手を出したいと考えている訳ではないし、婚約すると言ってくれたのだからその約束を覆すつもりもなかった。
それでも流石に、出会ったばかりの男にいきなりキスされるのは可哀想だろという理性は働いた。
手を出していいタイミングが分からないまま何度もデートのような事をして、距離が縮む度に自分の欲をどこまでぶつけていいのか分からなくなる。
普通の基準がよく分からない。
触れたいと思うのはどこまでが正常で、どこまでなら許してくれるんだろうか。
キス程度ならもう許してくれるのかもしれないが、一度許されたらそのまま雰囲気に任せて最後までしてしまいそうで怖いとも思った。
自分のしたい事を全て彼女にぶつけたら、恐らく異常な行動になる。
それならもういっそ、彼女の方から番になりたいと思ってくれるまで何もしない方が安心か。
ヒート期間は一緒に過ごすと最初に話したし、それまでには覚悟を決めてくれるだろう。
最初のヒートが来るまでに極力会う機会を設けて、彼女が心を許してくれる関係になるまで距離を縮めるつもりだった。
結局、番になるという決定打をもらえないままヒートの期間が近付き、彼女の本心はよく分からない状態でその日を迎えた。
誘ったら緊張した顔をしながらも俺の家に来てくれたから、ヒート期間を俺と過ごすつもりがある事にとりあえず安心したが、まあ彼女は、俺と交わした「ヒート期間は俺の家で過ごす」という約束を反故にすることができなかっただけなのだろう。
ヒートになったのに声を殺して一人で慰めている現場を見て、俺に頼る気が全くなかったことに気付いて指先が冷たくなった。
扉越しでも甘ったるい匂いを感じて、何をするか分からないからと一応抑制剤を飲んでおいて本当に良かったと思う。
何度も謝罪の言葉を口にする彼女にイカせて欲しいと手を伸ばされても、どうにかギリギリ理性を保っていられた。
ヒートに浮かされて、本人の意思とは関係なく求めてしまうのだろう。
このまま抱きたいし噛みたい。だけどそれをしてしまったら、ヒートが終わった時に彼女はどう思うだろうか。
嫌われたくないし彼女の意思で選んで欲しいと、一緒に過ごす中で思ってしまった欲が消えない。
このままヒートを言い訳に抱いて番にしてしまっても、きっと彼女は俺の事を責めないだろう。
だけどこのまま噛んで、一生この子が気持ちを隠したままになるかもしれないのは無理だ。
それなら、苦しくても待つしかないだろ。
せめてヒートの時に、ちゃんと甘えてもらえる存在になるまでは。
(……番うのはちゃんと、由莉の口から求められた時が良い)
抑制剤は使わせたくないから、ヒート期間は絶対に俺が付き合う。
だけど一度でも俺がしたい触れ方をしたら、理性なんて簡単に溶けるのは目に見えている。
嫌われている感じはしないし、時間をかければ大丈夫だろうと、他の奴が近付かないようにだけ気を付けて由莉の気持ちが整うまで待つつもりだった。
こんなに苦しそうな顔をさせるために待ったわけじゃないのに。
こうなるくらいなら嫌がられてでも無理やり番にしておけばよかったと、抱く度に思ってしまう。
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