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 二人で何か話している事が分かるくらいで、その内容までは聞こえてこない。
 手錠を引っ張っても手首が痛むだけで、外すことはできなかった。外れたところで、出ていくのが正解なのかは分からないけれど。

(でも、ここで大声出すのも違う気がする……)

 助けを呼びたいわけではないし、逃げると誤解される行動もとりたくない。
 逃げるかもしれないと思われていること自体が不本意だけど、アルファとオメガの力関係を持ち出されると何も言えなくなってしまう。

 番のアルファに命じられて私がおかしな行動をするかもしれないと、東条さんが疑ってしまうのも分かるのだ。
 疑う、というか、ただ不安なだけなのかもしれない。
 東条さんの気持ちを勝手に決めつけて他の人と番になって、不安にさせてしまう行動をしてしまったのは私だ。

 せめて東条さんがこれ以上不安にならないように動きたいのに、その程度の事さえ上手に出来ていない気がする。
 私が昨日伝えた東条さんを好きだという気持ちは、ちゃんと正しく伝わっているのだろうか。

 ぐるぐるとそんな事を考えているうちに、いつの間にか会話が終わっていたらしい。
 足音が近付いていることに気付くと同時に扉が開き、機嫌が悪いのを隠しもしない東条が顔を出した。

「由莉」
「東条さ……」

 近付こうとした由莉の動きを、ガチャっと音をたてながら手錠が咎めた。
 東条さんの姿を見て、一瞬手錠のことが頭から抜けていた。普通に動くつもりで思い切り引っ張ってしまい、その動きを見た東条が分かりやすく眉を寄せる。

「ごめん、すぐ外す。痛くなってない?」
「だ、大丈夫です。間違って引っ張っちゃっただけで……」

 話している最中に優しく腕を取られ、意外にもあっさりと東条さんは手錠を外してくれた。
 この行動をどう受け取ればいいのか分からず、じっと東条さんと視線を合わせる。
 
「あの、いろいろ話してたみたいですけど、この部屋だとあんまり聞こえなくて……。話終わって、もう帰った……?」
「いや、いるよ。君に会わせろって言ってる」
「へ……」

 この部屋を出る前は会わせたくないって言っていたのに、何か考えが変わったんだろうか。
 会わせるつもりで手錠を外してくれたと、そう思っていいのか分からない。

 三人で話しても大丈夫だと思ってくれる何かがあったなら、それは良い事なんだけど。それにしては、東条さんの表情は硬いままだ。

「会わせる前にちゃんと聞いておきたい。由莉はアイツと番解消してもいい?」
「え……?」

 一体、どういう話をしてきたのだろう。
 だけどこんなことを聞かれるという事は、私はまだ何か試されているんだろうか。

 結婚するって言ったのも好きって言ったのも、ちゃんと本気なのに。
 東条さんが触ってくれるのを嫌だって思わない状態に戻れるなら、番だって解消したい。

 だけどそれは、私が一生引きずるヒートを東条さんが許してくれるならという条件付きの話になってしまう。

「東条さんがダメって言わないなら、番の解消してくれるようにお願いしたいって思ってます」
「俺はさっさと解消してほしいよ。だけど一度番を失ったオメガは誰とも番えないし、その後に俺が番えるわけじゃないから苦しむのは君だけになる」
「私は別に……」
「ちゃんと由莉が考えて出した結論がそうなら俺は嬉しいけど、俺が望んでることを押し付けてるだけになるなら違うだろ」

 東条さんが私のことを思って言葉を選んでくれているのは分かる。
 だけど勝手に勘違いして番になると決めたのは私で、東条さんに責任はないのだ。

 苦しむのは私だけって東条さんは言ったけれど、そんなの気にする必要ない。
 このまま東条さんと一緒にいたいと思うなら、他の人との番関係なんてない方がいいのだ。また拒むようなことを言って、東条さんに嫌な思いをさせたくない。

「今まで以上にヒートが重くなる可能性があるから、それで迷惑かけるかもしれないのは怖いです。でも東条さんが触ってくれるの嫌だって思いたくないし、できるなら東条さん以外の人との関係切りたい」
「君のヒートで俺が迷惑だと思うことなんてないよ」
「私も、東条さんの意見を押し付けられたなんて思ってません」

 ここまで言ってようやく、東条さんに伝わったのだろうか。
 一度大きく息を吐いた後、薄い唇がゆっくりと言葉を紡いでいく。

「向こうが、条件飲めば番解消するって言ってる」
「へ……」
「俺と子供を作れって、君が苦しいだけの条件。できる?」
「ど、どういうこと……?」

 それは本当に凪くんが出した条件なんだろうか。
 言われた意味が全く分からず、どういう意図があるのか微塵も読めない。

「君が拒否する状態で何回も俺に抱かれて耐えられるなら諦めてもいいとか、どこまで本気か分からない条件出してきた」
「は……」
「大事な子が他の男に触られて平気でいられる神経なんて俺には理解できないけど、アイツはそう言ってる」
「……なん、え? なんで……」
「俺が昨日やったこと、君が何回耐えられるか試してみろって話。……そんな話、君は聞きたい?」

 嫌な話し方もされると思うけど、と。心配を滲ませながら東条さんが言ってくれる。
 だけど嫌な事を言われるくらい、何も問題じゃない。

「……聞きたいよ、ちゃんと」

 番ったばかりなのに、番をやめたいですって伝えることになってしまう。
 こんな条件を出すあたり、凪くんは私と番でいる事にこだわりはないのだろう。それでも私の都合で振り回している事に変わりはない。

 苦しんで罰を受けた後でなら解除するという意味なら、その通りにするのが筋だと思う。
 罵倒されても仕方ない我儘を通そうとしているのだ。
 私はちゃんと凪くんに会って、謝らないといけない。


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