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(あ、これ、だめだ……)
インターホンの音と一緒に微かに感じる、近付く度に強くなる匂い。
これが分かるのは私だけなんだろうか。少し体温が上がって、心臓の音が早くなる感じがして落ち着かない。
ドア越しにいるのが誰なのか、見なくても肌で感じてしまう。
「由莉?」
「え……あの、えっと……」
こういう時、事実をそのまま伝えてもいいものだろうか。
そんなことを考えてしまい、一瞬言葉が詰まった。
分かりやすく表情を曇らせた由莉を見て、東条もすぐに察したのだろう。
目の前で落とされた低い声は、聞いたことがないほど冷たかった。
「ああ、君のこと襲った奴か」
「……っ」
玄関の方に視線を向けながら、ぽつりと落とされた声が由莉の鼓膜を揺らす。
否定をしなかったから、そのまま肯定と受け取られたのだろう。
ピクリと反応してしまった由莉をベッドに残したまま、ゆっくり立ち上がった東条が部屋から出て行く素振りを見せた。
「え、や、あの、東条さんが出るんですか?」
「放っておいてもどうせ帰らない。君が出るよりいいだろ」
「え……でも」
「どうせ近いうちに俺の方から行くつもりだったんだ。話してくるから君は絶対に部屋から出ないでくれ」
「あの、東条さ」
「二度と君に会わせたくない。……頼むから、ここにいて」
そんなに苦しそうな顔でお願いされたら、「はい」以外の返事ができなくなってしまう。
私は東条さんが嫌がることを、本当にこれ以上したくないのだ。
だけど、だからこそ、このまま行かせて二人で話をさせてもいいのかって考えてしまう。
全部東条さんに任せて押し付けて、ここで声を殺して待つことが本当に良い事なんだろうか。
これは、私が選んで間違えたことなのに。
「……一緒にいくの、どうしても駄目ですか?」
訊ねる声が震える。
そういうつもりは一切無いけれど、会いたいって言ってるように受け取られてもおかしくない。
ちゃんと分かってもらえるように、今は言葉を尽くすしかないけれど。
「私も一緒に出て行かないと、やっぱり駄目だと思います。閉じ込められてるとか思われたら納得してもらえないかもしれないし、東条さんのこと悪く思われてるなら私からも説明して分かってもらうから、交渉するならその後でしませんか?」
「悪く思われていても別にいい。説明して何か変わると思うか?」
「……番う気がないのに、運命だからとりあえず近くにおいてるだけって思われてたから……。そんなことなかったって説明したら、誤解なくなると思います」
説明したからといって、確実に番を解消する気になる訳ではないと思う。
それでも、嫌な奴だと誤解されたままよりは、東条さんも話をしやすいんじゃないだろうか。
そう思って訴えた由莉の言葉は、「駄目」という東条の一言で全部なかったことにされてしまう。
真っ直ぐ見下ろされると声が出せない。
強い言葉を使われたわけではないのに、なんだか責められているように感じてしまう。
「君は出さない。相手にどう思われてようと関係ないしどうでもいい」
「え、あの、なんで……」
「どっちにしろ俺はソイツの敵になるよ。大事な番と引き剥がして、君のこと奪おうとしてるんだから」
敵、なんて、随分と物騒な言い方だ。
凪も東条も悪人な訳ではないし、話せば分かってもらえることかもしれないのに。
「……話してみないと分からないじゃないですか」
「話さなくても分かる。わざわざ俺のところに来るんだから、向こうも相当面倒臭い奴だろ」
「……? どういう……?」
不思議そうに眉を寄せた由莉に近付き、東条の手が由莉の腕を掴む。
そのまま軽く引っ張られたかと思うと、ガシャンという音と共に、ベッドフレームと由莉の右腕が手錠で繋がれた。
「……へ?」
過去のヒート中にも数回使用したことがある、ただのアダルトグッズの手錠だということは分かる。
しかし使われた経験があるからといって、すぐに状況が受け入れられる訳ではない。
「あ、あの、なんで急に……」
「アルファとオメガの力関係、君も知ってるだろ」
「え……?」
「今の君がどう考えてくれていても、番のアルファが強く命じたら無意識で君は従う可能性が高い。だから会わせたくないんだ」
「え、あ、あの……」
「帰したらちゃんと外すから。ごめん、少しだけこのまま我慢して」
それだけ言って出て行こうとする東条さんを止めようとしたが、ベッドから離れることすら出来ない私に出来ることなんてほとんど無い。
扉が閉まる様子をただ見ることしかできなくて、一人残された部屋で大きく息を吐いた。
……どうしよう。
凪くんが東条さんを誤解してるから説明したいと思っただけなのに、こんな状態で置いていかれるとは思わなかった。
万が一こんな現場を見られたら、絶対に、もっと悪化する。
本当に監禁されてると思われたりしたら、もう誤解を解くことなんて出来なくなるんじゃないだろうか。
インターホンの音と一緒に微かに感じる、近付く度に強くなる匂い。
これが分かるのは私だけなんだろうか。少し体温が上がって、心臓の音が早くなる感じがして落ち着かない。
ドア越しにいるのが誰なのか、見なくても肌で感じてしまう。
「由莉?」
「え……あの、えっと……」
こういう時、事実をそのまま伝えてもいいものだろうか。
そんなことを考えてしまい、一瞬言葉が詰まった。
分かりやすく表情を曇らせた由莉を見て、東条もすぐに察したのだろう。
目の前で落とされた低い声は、聞いたことがないほど冷たかった。
「ああ、君のこと襲った奴か」
「……っ」
玄関の方に視線を向けながら、ぽつりと落とされた声が由莉の鼓膜を揺らす。
否定をしなかったから、そのまま肯定と受け取られたのだろう。
ピクリと反応してしまった由莉をベッドに残したまま、ゆっくり立ち上がった東条が部屋から出て行く素振りを見せた。
「え、や、あの、東条さんが出るんですか?」
「放っておいてもどうせ帰らない。君が出るよりいいだろ」
「え……でも」
「どうせ近いうちに俺の方から行くつもりだったんだ。話してくるから君は絶対に部屋から出ないでくれ」
「あの、東条さ」
「二度と君に会わせたくない。……頼むから、ここにいて」
そんなに苦しそうな顔でお願いされたら、「はい」以外の返事ができなくなってしまう。
私は東条さんが嫌がることを、本当にこれ以上したくないのだ。
だけど、だからこそ、このまま行かせて二人で話をさせてもいいのかって考えてしまう。
全部東条さんに任せて押し付けて、ここで声を殺して待つことが本当に良い事なんだろうか。
これは、私が選んで間違えたことなのに。
「……一緒にいくの、どうしても駄目ですか?」
訊ねる声が震える。
そういうつもりは一切無いけれど、会いたいって言ってるように受け取られてもおかしくない。
ちゃんと分かってもらえるように、今は言葉を尽くすしかないけれど。
「私も一緒に出て行かないと、やっぱり駄目だと思います。閉じ込められてるとか思われたら納得してもらえないかもしれないし、東条さんのこと悪く思われてるなら私からも説明して分かってもらうから、交渉するならその後でしませんか?」
「悪く思われていても別にいい。説明して何か変わると思うか?」
「……番う気がないのに、運命だからとりあえず近くにおいてるだけって思われてたから……。そんなことなかったって説明したら、誤解なくなると思います」
説明したからといって、確実に番を解消する気になる訳ではないと思う。
それでも、嫌な奴だと誤解されたままよりは、東条さんも話をしやすいんじゃないだろうか。
そう思って訴えた由莉の言葉は、「駄目」という東条の一言で全部なかったことにされてしまう。
真っ直ぐ見下ろされると声が出せない。
強い言葉を使われたわけではないのに、なんだか責められているように感じてしまう。
「君は出さない。相手にどう思われてようと関係ないしどうでもいい」
「え、あの、なんで……」
「どっちにしろ俺はソイツの敵になるよ。大事な番と引き剥がして、君のこと奪おうとしてるんだから」
敵、なんて、随分と物騒な言い方だ。
凪も東条も悪人な訳ではないし、話せば分かってもらえることかもしれないのに。
「……話してみないと分からないじゃないですか」
「話さなくても分かる。わざわざ俺のところに来るんだから、向こうも相当面倒臭い奴だろ」
「……? どういう……?」
不思議そうに眉を寄せた由莉に近付き、東条の手が由莉の腕を掴む。
そのまま軽く引っ張られたかと思うと、ガシャンという音と共に、ベッドフレームと由莉の右腕が手錠で繋がれた。
「……へ?」
過去のヒート中にも数回使用したことがある、ただのアダルトグッズの手錠だということは分かる。
しかし使われた経験があるからといって、すぐに状況が受け入れられる訳ではない。
「あ、あの、なんで急に……」
「アルファとオメガの力関係、君も知ってるだろ」
「え……?」
「今の君がどう考えてくれていても、番のアルファが強く命じたら無意識で君は従う可能性が高い。だから会わせたくないんだ」
「え、あ、あの……」
「帰したらちゃんと外すから。ごめん、少しだけこのまま我慢して」
それだけ言って出て行こうとする東条さんを止めようとしたが、ベッドから離れることすら出来ない私に出来ることなんてほとんど無い。
扉が閉まる様子をただ見ることしかできなくて、一人残された部屋で大きく息を吐いた。
……どうしよう。
凪くんが東条さんを誤解してるから説明したいと思っただけなのに、こんな状態で置いていかれるとは思わなかった。
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