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 東条とその恋人に何を言われても大丈夫なように心構えはしてきたつもりだが、脱衣所を出た瞬間に話す準備なんてしていない。
 こんな所で二人きりになっても、何を言えばいいのかなんて分からなかった。
 しかも自分はこんな気の抜けた格好で、色々と失礼な気がしてしまう。

「ま……待たせてしまってごめんなさい。しかもこんな格好で……」
「ちょうど良かった。来なさい」
「え、え……?」

 まともに会話をする前に腕を取られ、脱衣所の前から寝室まで引き摺られる形になった。
 部屋に入ると扉を閉められ、いきなり二人きりになってしまった事にどうしていいか分からない。
 
「あ、あの……」
「ああ、さっきはごめんね。普通はあんなの人に見られたくないわよね」
「え……? あ、いえ、そんな……むしろ私の方が……」

 助けてくれてありがとうございましたと、そんな事を言いそうになったのはおかしいだろうか。
 修羅場を想像していたのに全く相手からの敵意が感じられず、変な事を言ってしまいそうになる。

「改めまして、隆一の姉の西宮一華(にしみやいちか)です。初めまして」
「へ……」
「ああ、もしかして私のこと何も聞いてなかった? 家族に合わせるなんてプレッシャーかけるみたいで嫌とか言って、アイツほとんど貴女のこと家に連れてこないものね。うちの親と会ったのも数回だけでしょ?」
「あ、お姉さんが一人いるっていうのは、一応聞いてましたけど……」

 それがまさかこの人だとは、正直全く思ってなかった。
 そもそも、嫁にいってあんまり帰ってこないし会う必要はないと東条さんに聞かされていたのだ。
 あまり話したがらないから仲が良くないのかと思っていたし、こんな形で顔を合わせる事になるなんて想像できる訳がない。

「あの、どうして家に……?」
「話があるから今日の夜実家に顔出せって言っておいたのよ。それなのに時間になっても来ないし電話しても出ないから、実家に預けてあった鍵持ってわざわざこっちから出向いてやったの。まさか泣いてる女の子襲ってるとは思ってなかったけど」

 嫌悪の滲んだ表情に、由莉がひゅっと喉を鳴らす。
 思わず口から漏れた「ごめんなさい」という弱々しい謝罪に、一華が深く溜め息を吐いた。

「二人で話したいって言われてリビング追い出されたところだったけど、先に話せて良かったわ」
「え……」
「落ち着いたって本人は言ってたけど、自分が囲ってたオメガを他に奪われたアルファが平気な訳がないの。最初から番にしなかったアイツが馬鹿なだけだから、どう言いくるめられそうになっても嫌ならちゃんと断りなさい」
「え、あの、言いくるめって……?」
「結婚するって言ってたわよ」
「は……?」

 結婚って、一体誰と誰の話をしているんだろうか。
 確かに私は東条さんの婚約者だったけれど、他の人と番った状態で結婚に話が進むわけがない。

 もしかしてこれは、新しく結婚する人が決まったという報告だろうか。
 もしそうなら私に文句を言う資格なんてないけれど、そんな事はわざわざお姉さんが二人きりになってまで伝えるような話ではない気がする。

「無理矢理なにかされそうになったら大声出して呼んで。隣の部屋にいるから」
「……はい?」
「一度気が済むまで話さないとどこまでも追ってくると思うから、とりあえず話だけは今してきなさい」

 怪訝そうに眉を寄せる由莉を見て、「やっぱり一緒にいた方がいい?」と一華が訊ねる。
 あまりにも心配そうに声をかけられたため一瞬戸惑ったが、由莉は小さく首を振った。

「だい、じょうぶです……。私も二人で話したいって思ってたので……」

 隣の部屋に一華がいるのなら、流石にもう服を脱ぐような事にはならないだろう。
 今の東条が落ち着いていてもいなくても、普通に話ができる状態なら大丈夫だ。

 それに、とりあえず二人きりで話したいという事に関しては、由莉も東条と同意見である。
 踏み込んだ話になるだろうし、姉である一華が同席していたら少し話し辛い。

「あの、さっきは止めてくださってありがとうございました。東条さん待ってると思うので、とりあえず話してきますね」

 一華が東条の恋人ではないことが分かったので、今度は素直にお礼が言える。
 小さく頭を下げてから二人一緒に寝室を出て、由莉だけが東条の待つリビングに向かった。

 未だに「東条さん」なんて他人行儀な呼び方をする子が、よく二年もあの弟に付き合えたものだと一華は溜息を落とす。
 確実に外堀を埋めながら婚約者を囲っていく様を、一華は由莉自身よりも多く見ている。
 近くに人がいるとはいえ、あんな目に遭った後でよく二人きりになる勇気があるなと、不安そうに眉を寄せたまま一華は由莉を見送った。

 
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