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初恋の人
3-8.今のあなたが好きな人
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空気が重い。声が震える。
だけど、ここから順を追って説明しないと、ダニスには絶対に伝わらない。
ただ「婚約をなかったことにしたい」としか、まだ伝えられていないのだ。今のままでは、ダニスがずっと好きだった相手に急に振られたような構図になってしまう。
「き、気になることがあって、家に探し物をしに……帰りました」
「そう。なんでそんな勝手なことするの?」
「え……? や、あの、大事なことで、今知らないと間に合わないと思って…….」
「間に合わないって、急がないと俺と結婚させられそうで困るってこと?」
いつもの優しい声色が嘘みたいだ。
低くなった声にはどこまでも温度がなくて、淡々とした話し方からダニスの苛立ちが伝わる。
ダニスの前髪が目元に影を落とし、表情が一層険しく見えた。
こんな風に、離れること恐れる必要なんてないのに。自分はダニスに惜しまれるような相手ではないのだ。
「……まず、誤解を解きたくて。私が子供の時に約束した相手、ダニス様じゃないんです」
「はっ……なに? 急に」
「急でこんな、ごめんなさい。でも、その……結婚の約束をした子と交わした契約書を片付けた場所、思い出したので探しに行きました。書いてあったの、ダニス様の名前じゃなかった……」
告げた瞬間、数秒の間が空いた。
黙ったまま図々しく寝室まで来て、騙していたと思われただろうか。恐ろしくて、ダニスの顔を見ることができない。
「……ああ、そう。それで? リーシャは何か思い出した?」
「え? あ、だか、だから……こんなことをしてもらう権利、私にはなくて」
「権利がないわけないよね? 君は俺と結婚するんだから」
「は……」
押し倒されて唇が塞がれる。一度止まったはずの涙がじわじわと湧いてきて、また溢れたそれが頬を伝った。
どうしてベッドに押し倒されているのか分からない。今の説明でちゃんと伝わらなかったのだとしたら、これ以上どう言えばいいのだろう。
リーシャが結婚の約束をしたのはダニスではない人で、つまりダニスが結婚の約束をした相手はリーシャではないのだ。
子供の頃からずっと好きで、プロポーズまでして、何年も待っていた相手は別にいる。
間違った相手にキスをしていると、ダニスは分かっていないのだろうか。
「なんで……」
「そっちこそなに、今更。もう何回もリーシャは俺に抱かれてるのに」
言ったことがちゃんと通じていないのかと不安になる。ダニスの想い人はリーシャではないと伝えたはずなのに、上手く伝わっている感じがしない。
声が冷たくて、空気が震える。無表情で見つめられると怖くて、なんだかダニスが知らない人みたいだ。
「あの、違う人なんです。好きな人は他に……」
「急に態度変わるんだね。びっくりする。それやめてくれる?」
「っんぁ…….」
顎を掴まれ、言葉を封じるように唇が奪われる。捩じ込まれた舌が口内を這い、ゾクゾクしたものが背中を駆けた。
触られてキスをされると身体が反応して、勝手に気持ちよくなってしまう。
話す機会は今しかないかもしれないのに、このまま進めてしまったら駄目だ。婚約パーティー当日になってしまったら、それこそもう取り返しがつかない。正式に公表される前なら、まだ身内の中の話で片付けられる。
「や、やだ……っ、ちが、もっ、聞いてください。今ならまだ間違いだったって言えて」
「間違ってたとしてなにか問題ある? リーシャは約束の相手とか関係なく、今の俺を好きになってくれたんでしょ? 違った?」
「はっ……」
信じられないくらいの強い力で押さえつけられ、ダニスの腕を振り解くことができない。
恐怖で息が上がり、いつも以上に呼吸が苦しい。服を乱す手が荒々しくて、ダニスの行動の全てが分からなくなる。
ダニスと結婚する権利があるのは、ダニスがずっと想ってきた女の子だけなのだ。そして、それは決してリーシャではない。
「す、好きな人がいたのに、こんな……」
「あのね、好きな人とかそんな昔話、今さら持ち出されても困るんだよね。リーシャが今の俺を好きになってくれたならもういいでしょ? 子供の時に約束した相手と違うからって、それが何?」
「ちが、だって……ダニス様は私とは違って、ずっと……」
「ずっと覚えて引き摺ってたよ? でも、俺が誰のことをどんな風に好きでいても関係ないよね? そんなのリーシャが気にすることじゃない」
「き、気にしないなんて、そんなの無理で……」
「あー……うん。リーシャが嫌だって思うなら態度に出さないようにするよ。ずっと好きだったとか言わないから、それでいい? 距離感を間違えないようにする」
「っやだ、だめです、ねえ…….っひぅ」
噛み付くように首筋を吸われ、直接空気に触れる肩が小さく震える。
話しながらどんどん服が抜き取られていき、身を隠すものがもう何もない。
ダニスとこんな形で肌を合わせることになるなんて、昨日までは思ってもいなかった。
「駄目って言われても無理。リーシャが欲しい。どうすればいい? 教えてよ」
「やっ……」
ずっと想い続けていた女の子との可能性を捨ててでも魔力のある血筋を欲しがるなんて、ダニスはそんなに余裕のない状態だったのだろうか。
確かに国王陛下には、少しだけクリスを優遇するような言動があったかもしれない。それでもクリスに次期国王の座を狙うような素振りはなかったし、ダニスが王位を継承することに反対する国民だっていないはずだ。
少し冷静になれば、リーシャが必要ないことなんて分かってくれるはずなのに。
「い、要らないです、ほんと……ちゃんと考えて、っひぅ」
「ああ、嫌だな。ずっと抑えられてたのに」
「まっ、あ……」
「拒まれると、どうしていいか分からなくなる」
遠慮なしに全力で腕を掴まれ、ダニスの指が食い込んだ箇所が痛む。
こんなにも乱暴な触れ方をされるのは初めてで、ダニスの特別な存在じゃなくなった瞬間にこうなるのだと思うと、ただただ呼吸が苦しくなった。
だけど、ここから順を追って説明しないと、ダニスには絶対に伝わらない。
ただ「婚約をなかったことにしたい」としか、まだ伝えられていないのだ。今のままでは、ダニスがずっと好きだった相手に急に振られたような構図になってしまう。
「き、気になることがあって、家に探し物をしに……帰りました」
「そう。なんでそんな勝手なことするの?」
「え……? や、あの、大事なことで、今知らないと間に合わないと思って…….」
「間に合わないって、急がないと俺と結婚させられそうで困るってこと?」
いつもの優しい声色が嘘みたいだ。
低くなった声にはどこまでも温度がなくて、淡々とした話し方からダニスの苛立ちが伝わる。
ダニスの前髪が目元に影を落とし、表情が一層険しく見えた。
こんな風に、離れること恐れる必要なんてないのに。自分はダニスに惜しまれるような相手ではないのだ。
「……まず、誤解を解きたくて。私が子供の時に約束した相手、ダニス様じゃないんです」
「はっ……なに? 急に」
「急でこんな、ごめんなさい。でも、その……結婚の約束をした子と交わした契約書を片付けた場所、思い出したので探しに行きました。書いてあったの、ダニス様の名前じゃなかった……」
告げた瞬間、数秒の間が空いた。
黙ったまま図々しく寝室まで来て、騙していたと思われただろうか。恐ろしくて、ダニスの顔を見ることができない。
「……ああ、そう。それで? リーシャは何か思い出した?」
「え? あ、だか、だから……こんなことをしてもらう権利、私にはなくて」
「権利がないわけないよね? 君は俺と結婚するんだから」
「は……」
押し倒されて唇が塞がれる。一度止まったはずの涙がじわじわと湧いてきて、また溢れたそれが頬を伝った。
どうしてベッドに押し倒されているのか分からない。今の説明でちゃんと伝わらなかったのだとしたら、これ以上どう言えばいいのだろう。
リーシャが結婚の約束をしたのはダニスではない人で、つまりダニスが結婚の約束をした相手はリーシャではないのだ。
子供の頃からずっと好きで、プロポーズまでして、何年も待っていた相手は別にいる。
間違った相手にキスをしていると、ダニスは分かっていないのだろうか。
「なんで……」
「そっちこそなに、今更。もう何回もリーシャは俺に抱かれてるのに」
言ったことがちゃんと通じていないのかと不安になる。ダニスの想い人はリーシャではないと伝えたはずなのに、上手く伝わっている感じがしない。
声が冷たくて、空気が震える。無表情で見つめられると怖くて、なんだかダニスが知らない人みたいだ。
「あの、違う人なんです。好きな人は他に……」
「急に態度変わるんだね。びっくりする。それやめてくれる?」
「っんぁ…….」
顎を掴まれ、言葉を封じるように唇が奪われる。捩じ込まれた舌が口内を這い、ゾクゾクしたものが背中を駆けた。
触られてキスをされると身体が反応して、勝手に気持ちよくなってしまう。
話す機会は今しかないかもしれないのに、このまま進めてしまったら駄目だ。婚約パーティー当日になってしまったら、それこそもう取り返しがつかない。正式に公表される前なら、まだ身内の中の話で片付けられる。
「や、やだ……っ、ちが、もっ、聞いてください。今ならまだ間違いだったって言えて」
「間違ってたとしてなにか問題ある? リーシャは約束の相手とか関係なく、今の俺を好きになってくれたんでしょ? 違った?」
「はっ……」
信じられないくらいの強い力で押さえつけられ、ダニスの腕を振り解くことができない。
恐怖で息が上がり、いつも以上に呼吸が苦しい。服を乱す手が荒々しくて、ダニスの行動の全てが分からなくなる。
ダニスと結婚する権利があるのは、ダニスがずっと想ってきた女の子だけなのだ。そして、それは決してリーシャではない。
「す、好きな人がいたのに、こんな……」
「あのね、好きな人とかそんな昔話、今さら持ち出されても困るんだよね。リーシャが今の俺を好きになってくれたならもういいでしょ? 子供の時に約束した相手と違うからって、それが何?」
「ちが、だって……ダニス様は私とは違って、ずっと……」
「ずっと覚えて引き摺ってたよ? でも、俺が誰のことをどんな風に好きでいても関係ないよね? そんなのリーシャが気にすることじゃない」
「き、気にしないなんて、そんなの無理で……」
「あー……うん。リーシャが嫌だって思うなら態度に出さないようにするよ。ずっと好きだったとか言わないから、それでいい? 距離感を間違えないようにする」
「っやだ、だめです、ねえ…….っひぅ」
噛み付くように首筋を吸われ、直接空気に触れる肩が小さく震える。
話しながらどんどん服が抜き取られていき、身を隠すものがもう何もない。
ダニスとこんな形で肌を合わせることになるなんて、昨日までは思ってもいなかった。
「駄目って言われても無理。リーシャが欲しい。どうすればいい? 教えてよ」
「やっ……」
ずっと想い続けていた女の子との可能性を捨ててでも魔力のある血筋を欲しがるなんて、ダニスはそんなに余裕のない状態だったのだろうか。
確かに国王陛下には、少しだけクリスを優遇するような言動があったかもしれない。それでもクリスに次期国王の座を狙うような素振りはなかったし、ダニスが王位を継承することに反対する国民だっていないはずだ。
少し冷静になれば、リーシャが必要ないことなんて分かってくれるはずなのに。
「い、要らないです、ほんと……ちゃんと考えて、っひぅ」
「ああ、嫌だな。ずっと抑えられてたのに」
「まっ、あ……」
「拒まれると、どうしていいか分からなくなる」
遠慮なしに全力で腕を掴まれ、ダニスの指が食い込んだ箇所が痛む。
こんなにも乱暴な触れ方をされるのは初めてで、ダニスの特別な存在じゃなくなった瞬間にこうなるのだと思うと、ただただ呼吸が苦しくなった。
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