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あたらよ⑤
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それすらも、恭弥くんを苛立たせる要因になる。
「っあ、あの……」
「どうして泣くの? 意味ないから、別に怒ったりしないよ。過去のことなら」
「え……」
「現在進行形で繋がってる奴がいるなら話は別だけど。どっち?」
何故だか分からないが、私が浮気していること前提で話が進んでいく。
現在進行形どころか、どれだけ過去に遡っても、私には恭弥くんを好きだった記憶しかないのだ。他の人と関係を持つなんてあり得ない。
さっきまであんなに幸せだったのに、今はまた不安な気持ちがぶり返してしまう。
この空気になるきっかけを作ったのは私かもしれないけれど、疑われる心当たりが本当に一つもない。
思い返すと「不意打ちで好きな奴にでも会った?」とも訊かれていたし、恭弥くんの方こそ誰かに変な入れ知恵をされているのではないだろうか。
「きょ、恭弥くんとしたの初めてで……他の人とか、何も、私はしたことない……」
「へえ? 何もしたことない相手をいつ好きだって思ったの? どういう繋がりだったのか教えてよ」
「つ、繋がりも何もない……。なんでそんな風に言うの?」
恭弥くんと結婚したいから本邸に通って、恭弥くんの隣にいても恥ずかしくないようにと勉強をして、恭弥くんが他の人と付き合っていても諦められなかった。
恭弥くん以外の男の人と積極的に関わりを持った覚えもない。
どうしてこんなことを言うのかと考えて、今になってまた思い出す。
キスもセックスもお付き合いも、恭弥くんの初めての相手はどれも私ではないのだ。
恭弥くんがどんな人達と付き合っていたのかを、私は詳しく知らない。しかし、婚約者がいても別にいいよと言って恭弥くんに告白した人だっているだろうし、すぐに別れに至るような軽薄なお付き合いだってあっただろう。
そういう経験に基づいて出した結論なのだとしたら、どう覆せばいいのだろうか。
女はみんな軽いとか浮気をするとか、そういう風に思われていたら、私一人でその意識を変えてもらわないといけないのだ。
「……っ、恭弥くんはいろんな人とき、キスとかいろいろしてたから、だから、私も同じことしてるんじゃないかって疑うの?」
「は……やめてよ。昔のこと持ち出されると、本当に負い目感じて何も言えなくなる」
負い目? と聞き返す前に抱き留められ、恭弥くんの腕の中で言葉を止めてしまう。
抱きしめられていると恭弥くんの表情が見えない。
それでも、耳元で落ちる声色と私に触れる腕の力から、恭弥くんの必死さはしっかりと伝わってしまう。
「若菜のこと泣かせるまで本気で自覚してなかったんだよ。若菜のこと好きになってるって気付けなくて、早く婚約破棄にでもなればいいと思ってわざと傷付けるような真似してた。……デート中だよねって震えながら言ってた時の顔、今でも思い出して嫌になる」
婚約破棄と言われたことにショックを受けると同時に、私が逃げ出したら結婚はなかったことになっていたのだろうと思うと怖くなる。
恭弥くんが好きだからという気持ちがなければ、私はここまで頑張れていない。
「……やっぱり私と婚約したの、恭弥くんにとって迷惑だった?」
「いいように使われて可哀想だったから、早く解放してあげたかっただけ。最初から、若菜のことは別に迷惑とは思ってなかったよ」
少し距離が空けられ、ようやく恭弥くんと目が合う。
苦々しく笑いかけられ、言いづらいことを言わせてしまっているのだと分かった。
「いい縁談の話がなかった時に困るから、その時までの保険として若菜を婚約者にしておこうとか、そんな形で決められた婚約だった。こっちが圧倒的に優位に立てる家が相手じゃないと後から婚約破棄を言い出した時に揉めるからって、あの呉服屋程度ならちょうどいいとかいう胸糞悪い理由」
「そ……だったんだ……」
「僕に惚れてるみたいだからそのまま繋いでおけとか、万が一本当に結婚することになっても今から手解きしておけば恥ずかしくない嫁に仕上げることができるとか、勝手なことばっかり言われてた。それなのに当の本人はこんな婚約受け入れた上に、何も知らずに嬉しそうに花嫁修行に通ったりするし、本当は早く解放してあげたかったよ。……途中から、絶対に手放さないって決めたけど」
「あ……」
最後の一言でがらりと雰囲気が変わり、再度詰められた距離に息が詰まりそうになった。
片手で顎を持ち上げられ、絶対に目を逸らせない状態にされてから、恭弥くんの質問が降ってくる。
「聞きたくないから話すなって言ったけど、他に好きな人がいるって若菜に言われたことずっと気にしてた」
「えっ、と……?」
「どんな奴でどういう関係で、若菜はどこまで許したんだろうって考えて、最悪のところまで考えたら頭おかしくなりそうだったよ」
怒らないから教えて。今でも繋がってるなら本当に切ってと、そこまで訴えられたところで、本気で何を言われているのか分からず、小さく首を振る。
おずおずと溢した「知らない……」という私の言葉に、恭弥くんの顔が間近に迫る。
「僕にまだ彼女がいると思ってただの当てつけのつもりで言っただけならそれでいいよ。でも違うよね? 本気で僕に抱かれるのを嫌がって泣いてた」
「当て付けも何も……そんな、好きな人がいるなんて私は言ってない……」
「言われたよ。好きな人がいて、僕と婚約してるせいで結婚できなかったって」
「……? それは、全部恭弥くんの話で」
「は?」
「泣いたのは恭弥くんに恋人がいると思ってたからで……私は当て付けとか、そんなの嘘でも絶対に言わない。本当に嘘もついてないし、私はずっと恭弥くんしか好きじゃなかった」
子供の頃は無邪気に伝えていた好意を、久しぶりに口に出した気がした。
他に好きな人がいるから告白なんて虚しいだけとか、言っても困らせるだけだとか、そんな風に自分を制してずっと閉じ込めていた言葉だ。
届いた瞬間に分かりやすく、恭弥くんの瞳が揺れる。
は、と短く吐かれた息に、恭弥くんの感情全部が乗っている気がした。
「若菜」
名前を呼ばれて唇が触れる。
お互いに服を着ていないままだったと、今になってようやく思い出した。
触れるだけのキスを交わして一度、恭弥くんとの間に距離が空く。
張り詰めていた糸が、ぷつりと切れたように感じた。
「っあ、あの……」
「どうして泣くの? 意味ないから、別に怒ったりしないよ。過去のことなら」
「え……」
「現在進行形で繋がってる奴がいるなら話は別だけど。どっち?」
何故だか分からないが、私が浮気していること前提で話が進んでいく。
現在進行形どころか、どれだけ過去に遡っても、私には恭弥くんを好きだった記憶しかないのだ。他の人と関係を持つなんてあり得ない。
さっきまであんなに幸せだったのに、今はまた不安な気持ちがぶり返してしまう。
この空気になるきっかけを作ったのは私かもしれないけれど、疑われる心当たりが本当に一つもない。
思い返すと「不意打ちで好きな奴にでも会った?」とも訊かれていたし、恭弥くんの方こそ誰かに変な入れ知恵をされているのではないだろうか。
「きょ、恭弥くんとしたの初めてで……他の人とか、何も、私はしたことない……」
「へえ? 何もしたことない相手をいつ好きだって思ったの? どういう繋がりだったのか教えてよ」
「つ、繋がりも何もない……。なんでそんな風に言うの?」
恭弥くんと結婚したいから本邸に通って、恭弥くんの隣にいても恥ずかしくないようにと勉強をして、恭弥くんが他の人と付き合っていても諦められなかった。
恭弥くん以外の男の人と積極的に関わりを持った覚えもない。
どうしてこんなことを言うのかと考えて、今になってまた思い出す。
キスもセックスもお付き合いも、恭弥くんの初めての相手はどれも私ではないのだ。
恭弥くんがどんな人達と付き合っていたのかを、私は詳しく知らない。しかし、婚約者がいても別にいいよと言って恭弥くんに告白した人だっているだろうし、すぐに別れに至るような軽薄なお付き合いだってあっただろう。
そういう経験に基づいて出した結論なのだとしたら、どう覆せばいいのだろうか。
女はみんな軽いとか浮気をするとか、そういう風に思われていたら、私一人でその意識を変えてもらわないといけないのだ。
「……っ、恭弥くんはいろんな人とき、キスとかいろいろしてたから、だから、私も同じことしてるんじゃないかって疑うの?」
「は……やめてよ。昔のこと持ち出されると、本当に負い目感じて何も言えなくなる」
負い目? と聞き返す前に抱き留められ、恭弥くんの腕の中で言葉を止めてしまう。
抱きしめられていると恭弥くんの表情が見えない。
それでも、耳元で落ちる声色と私に触れる腕の力から、恭弥くんの必死さはしっかりと伝わってしまう。
「若菜のこと泣かせるまで本気で自覚してなかったんだよ。若菜のこと好きになってるって気付けなくて、早く婚約破棄にでもなればいいと思ってわざと傷付けるような真似してた。……デート中だよねって震えながら言ってた時の顔、今でも思い出して嫌になる」
婚約破棄と言われたことにショックを受けると同時に、私が逃げ出したら結婚はなかったことになっていたのだろうと思うと怖くなる。
恭弥くんが好きだからという気持ちがなければ、私はここまで頑張れていない。
「……やっぱり私と婚約したの、恭弥くんにとって迷惑だった?」
「いいように使われて可哀想だったから、早く解放してあげたかっただけ。最初から、若菜のことは別に迷惑とは思ってなかったよ」
少し距離が空けられ、ようやく恭弥くんと目が合う。
苦々しく笑いかけられ、言いづらいことを言わせてしまっているのだと分かった。
「いい縁談の話がなかった時に困るから、その時までの保険として若菜を婚約者にしておこうとか、そんな形で決められた婚約だった。こっちが圧倒的に優位に立てる家が相手じゃないと後から婚約破棄を言い出した時に揉めるからって、あの呉服屋程度ならちょうどいいとかいう胸糞悪い理由」
「そ……だったんだ……」
「僕に惚れてるみたいだからそのまま繋いでおけとか、万が一本当に結婚することになっても今から手解きしておけば恥ずかしくない嫁に仕上げることができるとか、勝手なことばっかり言われてた。それなのに当の本人はこんな婚約受け入れた上に、何も知らずに嬉しそうに花嫁修行に通ったりするし、本当は早く解放してあげたかったよ。……途中から、絶対に手放さないって決めたけど」
「あ……」
最後の一言でがらりと雰囲気が変わり、再度詰められた距離に息が詰まりそうになった。
片手で顎を持ち上げられ、絶対に目を逸らせない状態にされてから、恭弥くんの質問が降ってくる。
「聞きたくないから話すなって言ったけど、他に好きな人がいるって若菜に言われたことずっと気にしてた」
「えっ、と……?」
「どんな奴でどういう関係で、若菜はどこまで許したんだろうって考えて、最悪のところまで考えたら頭おかしくなりそうだったよ」
怒らないから教えて。今でも繋がってるなら本当に切ってと、そこまで訴えられたところで、本気で何を言われているのか分からず、小さく首を振る。
おずおずと溢した「知らない……」という私の言葉に、恭弥くんの顔が間近に迫る。
「僕にまだ彼女がいると思ってただの当てつけのつもりで言っただけならそれでいいよ。でも違うよね? 本気で僕に抱かれるのを嫌がって泣いてた」
「当て付けも何も……そんな、好きな人がいるなんて私は言ってない……」
「言われたよ。好きな人がいて、僕と婚約してるせいで結婚できなかったって」
「……? それは、全部恭弥くんの話で」
「は?」
「泣いたのは恭弥くんに恋人がいると思ってたからで……私は当て付けとか、そんなの嘘でも絶対に言わない。本当に嘘もついてないし、私はずっと恭弥くんしか好きじゃなかった」
子供の頃は無邪気に伝えていた好意を、久しぶりに口に出した気がした。
他に好きな人がいるから告白なんて虚しいだけとか、言っても困らせるだけだとか、そんな風に自分を制してずっと閉じ込めていた言葉だ。
届いた瞬間に分かりやすく、恭弥くんの瞳が揺れる。
は、と短く吐かれた息に、恭弥くんの感情全部が乗っている気がした。
「若菜」
名前を呼ばれて唇が触れる。
お互いに服を着ていないままだったと、今になってようやく思い出した。
触れるだけのキスを交わして一度、恭弥くんとの間に距離が空く。
張り詰めていた糸が、ぷつりと切れたように感じた。
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