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あたらよ②

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「……あ、あの」

 しばらく待っても返事がもらえず、不安になった私はじっと恭弥くんの目を見つめる。
 焦るでも困るでもなく、ただ何かを考えているような恭弥くんの表情を見て、じわりと手の平に汗が滲んだ。
 やはり私は、おかしなことを言ってしまったのだろうか。
 結婚してからの二ヶ月間、私の方から積極的に何かをしたことがなかったし、今の発言で引かれてしまったのかもしれない。
 こんなことを言ってしまったけれど、別に私は恭弥くんがしたくないと思うことを無理強いしたいわけではないのだ。
 ただ何でもいいから反応はして欲しくて、泣きそうになりながらも返事を催促してしまう。

「きょ、恭弥くんは、もうこういうの私とはしたくない……?」
「したいよ? だからあんまり軽い気持ちで誘わないで欲しいんだよね」
「へ……?」

 即答されたことに驚きつつも、したいと言ってもらえたことに安心してしまった。
 それと同時に、恭弥くんもしたいなら早く触ってくれたらいいのにと思ってしまう。
 すでに私はこんな格好をしているのだ。軽い気持ちでないことくらい分かって欲しい。
 あと一枚脱いだら、上半身はすべて恭弥くんの前で晒すことになる。ただのノリや勢いで、私はこんなことをしない。

「あの、じゃあ今からし、しよう……?」

 言った瞬間に溜め息を落とされ、また不安になってしまう。
 なんだかすごく恥ずかしいことをしている気がして、ちっともいい雰囲気を作れない自分が惨めに思えた。

「そういう誘い方は可愛いけど、本当に思いつきで話すのやめた方がいいよ。僕が何しても止まらなくなったら若菜が困るでしょ」
「なんで……そんなの、私からしたいって言ったのに困るわけ……」
「僕にどんなことされたか忘れたわけじゃないよね? あれより酷いことしそうだけど、本当に大丈夫?」
「え……?」

 舐めて吸われて、ぐりぐりと奥を潰すように動かれて、何回イッたか分からないほどにぐずぐずにされたことを思い出す。恥ずかしい声をいっぱい出して、ベッドシーツも少し汚してしまった。
 一瞬、それよりも酷いことになるのかと想像してしまい、迷う気持ちが声に滲んでしまう。
 そういう私の些細な表情の変化を、恭弥くんは見逃してくれない。

「ああ、大丈夫じゃなさそうだね」
「ちがっ……! あの、思い出して、少し恥ずかしくなっただけだから……。恭弥くんとエッチしたいの、本当で……」
「……分かった。じゃあ若菜からキスして」
「え……えぇ?」
「キスしてる時の顔見て最後までするか決めるから。どう? してよ」

 キスもセックスもずっと受け身で、私から何かをするなんてしてこなかった。
 上手なやり方なんて分からない。ただ、私が本当に欲しがっていると分かってくれないと、きっと恭弥くんは何もしてくれないのだ。
 私が無理だと言えば、恭弥くんも「それならやっぱり止めておこうか」と言うだけである。
 私は、ここで止めて欲しくはない。

「う……じゃあ、あの、するよ……?」
「うん、どうぞ」

 僅かに目を細めるだけで、恭弥くんは目を瞑ってはくれなかった。
 私も薄く目を開けたまま、恭弥くんに顔を近付け唇を触れさせる。

「……ん」

 恭弥くんの方からキスをしてもらった時より、何倍も緊張してドキドキする。
 触れて、少し距離を空けて、角度を変えて、またくっつける。
 そんな軽いキスを何度か続けたあと、薄く開いてくれている唇にゆっくりと舌を差し入れた。
 私が舌を入れても、まだ恭弥くんの方からは動いてくれない。恭弥くんがしてくれたキスの仕方を思い出しながら、おそるおそる舌を動かしてみる。
 ここが、恭弥くんに舐められて、すごく腰がゾクゾクしたところだ。同じような上手さではないけれど、下手くそなりに頑張って真似をして、恭弥くんの口の中をゆっくりと舌でなぞった。

「ふっ……は……」

 息をするタイミングもちゃんとできている気がせず、これが変ではないか心配になる。
 恭弥くんが何を思っているかは分からない。それでも、私はこれで気持ち良かった。
 キスをしたまま少しずつ身体も密着させていき、最終的には恭弥くんの腰元に跨る形になって唇を触れされる。
 今までは恭弥くんの舌が私の口の中に入ってきて、その動きに応えるだけで精一杯だった。受け身でいることしかできないと思っていたけれど、実際に自分からやってみると本能のように身体が動く。
 舌同士を触れ合わせるようにして動かし、もっともっとと深く絡ませる。
 恥ずかしいと思う気持ちは、もうほとんど解けていた。

「っん、ふ……ぁ、っ」
「若菜、舌、こっち。……ん、上手」
「は……ぁ、っは」

 恭弥くんの声に混じる息に、少しずつ熱が帯び始めていくことが分かる。
 私の方もキスだけで気持ちが良くて、何故こんなことをしているのか忘れそうになっていた。
 私のお尻に、恭弥くんの硬くなった熱が服越しに触れている。
 そんなことにも気付けないまま、キスに夢中になっている間に、少しずつ体勢が後ろに倒されていった。

「……え」

 私の背中がベッドに付き、そこでようやく状況を理解して声を上げる。
 形勢が逆転していて、いつの間にかベッドに押し倒される形になっていた。
 思えば、いつの間にかキスも恭弥くんの方から動いてくれていたと、この体勢になって今更のように気付く。

「……してくれるの?」
「うん、そうだね。そろそろ我慢できなくなってきた」

 今度は恭弥くんの方から口付けられ、私の口の中で舌が絡む。さっきまでも同じことをしていたはずなのに、今してもらっているやり方の方がずっと気持ち良くて眩暈がしそうだ。

「っん、ぁ、なんか……やっぱり恭弥くんに触ってもらえる方が、嬉しくて、っは、気持ち良い」
「あー……ほんと、煽るのやめて」
「っは、ぁ……」

 本当に余裕のなさそうな声が上から降ってきて、何度も繰り返しキスが落とされる。
 下から見上げる恭弥くんの表情は、いつも以上に色っぽかった。

「ん、きょうやく…….」
「若菜が好きだよ。他の相手なんて考えたくなくて、若菜が欲しくて結婚した」
「は……」
「離婚を考えてるようなこと、もう冗談でも言わないで」

 急な告白に、私の口から声にならない悲鳴が漏れる。
 一瞬、自分の心臓が止まったような気さえした。
 そのくらいの破壊力と衝撃に、ぐらりと脳が揺れる。
 まるで即効性の麻薬のように、恭弥くんの声が、じわじわと心を侵食していった。
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