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冬③

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 昼過ぎから来る予定だと言っていた学生バイトの子が早めに来てくれたこともあり、思ったよりもスムーズにケーキの受け渡しは進んでいる。
 来店する人は多いけれど、列の進みは随分と早い。並ばせた状態で長く待たせてしまうということもなく、忙しくしているうちに、あっという間に時間は過ぎた。
 もう少しで、私の退勤の時間になってしまう。
 確かに忙しくて大変だったけれど、チームプレイで動く仕事というのも楽しいものだなと、そんな呑気なことを考えている最中だった。
 並んでいるお客さんの中、見知った女性を見つけてしまい、ひゅっと私の喉が鳴る。
 クリスマスなのだから、ケーキくらい買いにくるだろう。
 しかし、恭弥くんの彼女であるはずのその女性は、恭弥くんでない男の人と手を繋ぎながらそこに立っているのだ。
 クリスマスイブに二人で遊びに行くなんて、特別な関係なのではないかと思わず勘繰ってしまう。クリスマスや誕生日のような特別な日は、普通なら恋人と過ごすものではないのだろうか。
 隣にいる人が誰なのかが分からない。

「……お待たせいたしました。お次のお客様、こちらへどうぞ」

 列が進み、彼女がレジの前まで足を進める。ちょうど空いたのが運悪く私のレジだったせいで、思い切り顔を合わせることになってしまった。
 この距離まで来ると、さすがに彼女の方も私の存在に気付いたようだ。いらっしゃいませと声をかけると、驚いたように彼女は大きく目を見開く。

「え? あれ……? え? ウソ、ここで働いてるの? 予約した時はいなかったけど、短期のバイトかなにか?」
「あ、えっと、まあ……そんな感じです」
「え、働いてるってことは恭弥と離婚した? 私それ、連絡もらってないなぁ。約束と違う」
「は……?」

 あまりにも酷い発言に放心すると同時に、デート中なのに大丈夫かと心配になってしまう。
 隣に恋人らしき男性がいるのに、こんなにも堂々と恭弥くんのことを言ってしまっていいのだろうか。
 まだ私は離婚を言い渡されていないし、彼女が連絡をもらっていないのは当然だ。しかし、もし私が恭弥くんとお別れしていたら、この人は隣にいる男性をこの場で振っていくつもりなのだろうか。

「あの、離婚はしてないです。働くのは今日限定で、ただのお手伝いみたいなものなので……」
「ああ、そうなの。なぁんだ、違うのね」

 分かりやすくガッカリした声に、すうっと心が冷えていく。
 気になることはたくさんあるけれど、彼女の後ろにもまだ列は続いているのだ。私から話しかけて、こんな個人的なことで他の人を待たせるわけにはいかない。

「……4号のストロベリータルトですね。少々お待ちください」

 私がケーキを取りにレジから少し離れた隙に、隣にいた男性が「知り合い?」と訊ねている声が聞こえた。

「あー……うん。ちょっといろいろあって、ユウトにはあとで説明するね」

 呼び方や、話す時の距離。今日を一緒に過ごしていること。
 私の希望を抜きにしても、友達よりもずっと親しい男女の距離だと、俗っぽいことを思ってしまう。
 そんな会話をする二人に、予約されていたケーキを手渡す。嬉しそうにケーキを受け取った二人は、ふたたび手を繋いで私の前から去っていった。
 そこから数人のお客さんの相手をしたところで、店主の奥さんが私に声をかける。

「お疲れ様。時間になったしあがっても大丈夫よ」
「え……? っあ、はい」
「これ今日の日当、手渡しでごめんね。本当に助かったわ。ありがとう」
「いえ、忙しかったけど楽しかったです。こちらこそ、ありがとうございました」

 時計を確認すると、ちょうど十四時になったところだった。
 時間通りに仕事をあがらせてもらい、お礼を言ってから私もケーキを購入して店を出た。
 数分前のことなのに、まだ頭の中で処理ができない。私が店で話をしたのは、本当に恭弥くんの彼女だったのだろうか。
 モヤモヤした気持ちが消えず、彼女のことばかりを考えながら家路につく。
 冷たい空気を顔で受け止めながら、自分の手にあるケーキの箱をぼんやりと見つめた。
 恭弥くんと二人で食べられるサイズにしようと思い、私が購入したのは4号サイズのホールのショートケーキだ。種類は違うけれど、彼女が予約していたものも、これと同じサイズのクリスマスケーキだった。
 恭弥くんが今日家に帰らないという話は聞いていない。事前の連絡なしに恭弥くんが帰らないことはないし、いつも通りの時間に帰ってきてくれるだろう。
 それならやはり、あのケーキは彼女と一緒に来ていた男性と、これから二人で食べるのだろうか。

「……恭弥くんは知ってるのかな」

 ぽつりと落とした独り言は、誰の耳にも入らず消えてしまう。
 もし恭弥くんにこれが聞かれていたら、どうなっていたのだろうか。
 恭弥くんが彼女のことをずっと好きでいるように、彼女の方も一途に恭弥くんだけを想って待っているのだと、当然のように私は思い込んでいた。
 恭弥くんと彼女の間でどんな取り決めがあるのかは知らない。しかし、恭弥くんはずっと彼女のことだけを好きなのに、こんなのは酷い裏切りのように思えてしまう。いや、私なんかと結婚している時点で、恭弥くんの方が先に裏切ったことになるのだろうか。もう分からなくなってきた。
 長く続いた純愛で、障害の多い恋だけれど、言ってしまえば不倫になるのだ。
 本命の彼女がいることを分かっていたのに籍を入れて、恭弥くんにとって私はただの悪者なのではないかと思うと苦しかった。しかし、私よりも彼女の方が、ずっと傷付いて悩んでいたのかもしれない。
 愛されているから余裕があるとか、そんな単純なものではないのだ。他の女と結婚した恋人を信じ続けるのは、どれほど難しいのだろう。
 恭弥くんは、私と離婚したら連絡すると話していたという。つまり、彼女が他の男の人と仲良くしていることを知らない可能性が高い。

「あー……はぁ、こんなこと思っちゃうの、本当に性格悪くて嫌だなぁ……」

 恋敵が苦しんでいると知ったばかりでも、ライバルとして讃える気持ちは微塵も湧いてこない。
 代わりがいるなら恭弥くんと離れて欲しいと、そんなことを考えてしまう。
 今日のことを私が話したら、恭弥くんはどのくらい信用してくれるのだろうか。少しは亀裂が生じるのではないかと、そんな仄暗い気持ちが肺の中でぐるぐると回った。
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