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期待②
しおりを挟む「は、あ……っふ……」
「はぁ、堪らないね」
「っひぅ、ん……も、いまイッちゃ、っあぁ……」
「あー……声も可愛い。我慢しないで、もっとイッて」
「ぅあ、っひ……やだ、恭弥く、あぁっ、も、離して……」
「ん、あと少しだけ」
その「あと少し」がどれくらいの時間なのか、私には分からないのだ。
こんなに気持ち良くて恥ずかしいこと、もうこれ以上は続けられない。
「っむり、も、少しもやだ……」
「気持ち良さそうだし、痛くないね。このままいっぱい慣らそうか」
「ひっ……」
舌がクリトリスに触れたまま、恭弥くんの指がナカに入ってきたのが分かる。
きゅうっと指を締め付けてしまい、入ってくるのを待っていたような反応をしてしまった。
恭弥くんの指が、ゆっくりと根元まで沈んでいく。しばらく馴染ませると本数を増やされ、その度に私の膣内は嬉しそうに恭弥くんの指を咥えた。
痛くないし、気持ち良い。
お腹の内側、頭がおかしくなる一点を優しく撫でられているようで、頭の中がどんどん真っ白に染まっていく。
「うっ、うう、ン、ぃく……」
「はぁ……ほんと、可愛いね。ちゃんと教えてくれるんだ」
本当に、どうしてこんな恥ずかしいことを、私はいちいち宣言しているのだろうか。頭がおかしくなっているとしか思えない。
これはいったい何だろう。一方的に私が感じているだけで、なんのためにしている行為なのだろうか。
気持ち良くて頭がおかしくなりそうで、これ以上はやめてほしい。
ただの性欲処理だと思い込むのは、もう私には難しい。
「っも、や、だめ……」
「うん?」
「抜いて、もうやだ……いや……」
子供を作れと言われた時の練習だと思うには、あまりにも無理があるすぎる。
こんなにも甘い声を至近距離で溢され、たくさん触られ、気持ち良くさせられている。
それで特別な意味を求めてはいけないなんて、そんなのもう、私には無理だ。
「若菜?」
「もうこんな、やだ、もうやだ……」
「……何が嫌? 優しくしてるつもりなんだけど」
これ以上に優しくされたら、私の心が壊れる。
こういう触り方をするなら、私だけにして欲しい。そんな浅ましい気持ちが、また湧いてきてしまう。
一度出てきてしまった欲は、簡単には消えてくれない。
同じことを他の人にもしているのだと、本命にはこれ以上に優しく触れるのだと考えだしてしまうと、もう本当に耐えられなくなる。
「こんな、触り方……恭弥くんが触るの、やだ。全部いや、こわい……も、やだ」
小学生が使うような単語の連続で、私が言いたいことが伝わるわけがないだろう。
それでも様子のおかしくなった私を気遣ってくれているのが、恭弥くんは一旦指を抜いてくれた。
「若菜、少し話そう」
「っもう、私いやなの……恭弥くんに触られるの、怖くて……」
「あー……うん。そうだね、分かった。昨日もしたからって、少し強引だった。若菜はどこまでなら怖くない? ちゃんと教えて」
「……え」
「無理に進めてごめんね。いいよ、ゆっくりで。キスは? してもいい?」
性急だったから怖いわけではなく、優しくされるのが問題なのだ。
こういう私を気遣うような話し方も、キスも、全部がして欲しくない部類に入ってしまう。
キスも嫌だ。したくない。
ふるふると首を振ると、恭弥くんは困ったように眉を寄せたまま笑う。
「ごめん、ちょっと急ぎすぎた。痛かったら言ってくれていいから、少しずつ……」
「ち、違う。痛いわけじゃなくて、優しい触り方されると、ほんとに、自分がおかしくなりそうで、それが怖くて……」
痛い方がずっとマシなのだと、言いかけた言葉が思わず止まる。
勢いで顔を上げてしまったことを後悔した。
私を見る恭弥くんの目の奥が、違う。僅かに色が変わって、一拍置いて緩む。
嬉しそうに微笑む表情が綺麗で、色っぽく。それと同時にぞくりと肌が粟立つほどに怖くて、息が止まりそうになった。
「……ああ、なんだ。そういう怖い?」
「あ、え……きょ、うやくん……?」
「んー……ふふ、やばいなぁ。そういう風に思ってくれてるなら、僕としては嬉しいよ。おかしくなって欲しいから、若菜はそのままで大丈夫。未知の感覚で怖いだけなら、もう途中でやめてあげない」
「え……」
詰められた距離に、逃げる隙すらなかった。
押し倒されて唇が触れ、舌が絡まる。
呼吸を奪うように食べられて、油断した隙に足が持ち上げられてしまった。
ぐずぐずに溶けた中心に、硬く、熱いものが沈んでいく。
「っは……」
「本気で怖がられてたら嫌だなって思ってたけど、でも、そういうわけじゃないなら慣れてもらうしかないよ」
「あ、あ……っん」
「ほんと、可愛い。気持ち良くて怖かった?」
至近距離で落とされる声音が、びっくりするほど甘ったるい。
耳から送られる音に直接脳を溶かされるようで、甘い衝撃が背中を駆ける。
密着した肌が汗ばみ、本能的にこれはまずいと感じた。
昨日より、ずっと深いところに恭弥くんが入っている感じがする。お腹の奥が熱くて、内壁を擦れる度にじわじわと何かが迫り上がってくる。
「んっ、んんっ、は、ぁ、っひぅ」
「息して。大丈夫だから」
「あ、イクのやだ、やっ……んんっ、ひ、ぁ、やだ、それやだ、恭弥く、やめて」
「気持ち良くて怖いだけなら大丈夫だよ。そのまま感じてて、イッて」
言われた瞬間、びくりと自分の身体が跳ねる。
ただ偶然タイミングが重なっただけなのに、こんなの恭弥くんに命令された達してしまったみたいだ。
嬉しそうに細められた瞳が、とろりと溶けて私を映す。
「……ん、いいこ。っは、すごい可愛い」
「う、あ、あっ……や、イク、またいく……っ!」
今度はぎゅっと指先に力が入り、恭弥くんの腕を思い切り掴んでしまう。
視界に入るもの全部が暴力的で優しくて、本当に頭がおかしくなりそうだ。
私が与える痛みを、恭弥くんは愛おしそうに受け入れる。
「あ、っふ……はぁ……」
「あー……すごいね。本当に可愛い。大好き。ねえ、僕もイッていい?」
「うっ……あ、はっ、はぁ……」
「若菜、返事して?」
苦しい。嫌だ。助けて欲しい。
こんなことをしながら、私の名前を呼ばないで欲しい。
初めて言われた好きという言葉に、じわじわと心が侵食される。
恭弥くんに片思いを続けて募らせた気持ちと、どうせ本命にはなれないのだから諦めるべきだと決心した気持ち。恭弥くんの好きな人の顔と、今の恭弥くんが私に向けてくれる表情。全部がぐちゃぐちゃに混じって、熱に溶かされて、言葉にできない複雑な感情がそのまま涙に変わって落ちる。
急に泣き出した私を前に、恭弥くんは驚いたように動きを止めた。
「……若菜?」
「も、ほんと……や、恭弥くんのこと、こわ、し、信じられない……」
「は……?」
「なんで私、恭弥くんとこんな、こんなことして……わか、分からないの……」
「え……? は、若菜、なに」
生理的な涙を流しているだけとか、そんなレベルではない。
ぼろぼろと落ちる涙を自力で止めることができず、恭弥くんの前でみっともなく泣き顔を晒してしまう。
高校生の時にも、こんなことがあった。裸で組み敷かれている今と随分状況は違うけれど、泣いて困らせているという点に関してはあの時と同じだ。
子供みたいに泣くことでしか気持ちを外に出せないのだから、数年前から私はちっとも成長していないのかもしれない。
そして、あの時から変わらず、恭弥くんは私よりずっと冷静で落ち着いている。
「分からないって何が?」
一度抜かれて、ベッドの上で座るように上半身を起こされた。
ゆっくりとした恭弥くんの話し方に、少しだけ安心する。
「僕とすることの何に納得がいかないの? 気にしてることがあるなら全部言って」
優しくなった声で訊ねられ、一度小さく息を吸った。
私が気にしていること、全部。話をしようと思うと、彼女の顔ばかりが頭に浮かぶ。
声を出そうとする度にまた泣いてしまって、必死に言葉を紡ごうとした涙交じりの声は、ひどく聞きづらいものになってしまう。
「っほ、他に、好きな人、いるのに……なんで、恭弥くんと私、こんなことして……」
「は?」
一気にひりついた空気に、続けるはずだった言葉が喉に貼りついてしまった。
こんな時に彼女の顔を思い出させるようなことを言って、確かにデリカシーがなかったかもしれない。
好きな子じゃなくても恭弥くんはこんなことができるんだねと、そんな嫌味に取られてしまっても仕方ない言葉だった。
しかし、一度でも口にしてしまった言葉は消えない。
最初から私がいなければ、恭弥くんは彼女と結婚できたかもしれないのだ。
「ご、ごめん、こんな時に……。でも、わ、私が婚約してたせいで、結婚できなかった本命の人が……っい!」
本命の人が恭弥くんにはいるのに、と。そう続けるはずが、出来なかった。
最後まで言い切る前に強く肩を掴まれ、ベッドに押し戻された衝撃で、私の声は悲鳴に変わる。
戸惑いながらも私を慰めてくれていた人が、この一瞬で目の前から消えてしまった。
覆い被さるように私を見下ろす恭弥くんが、すぅっと短く息を吸う。
恭弥くんの瞳に影が落ち、一気に冷たいものに変わった。
「ああ、もういいや。そういうの諦めて」
「……え」
「それだけはどうにもしてあげられない。君にそういうこと言われるのも嫌だから、二度と言わないで」
私の肩を掴んでいた手が、首筋をなぞりながら移動する。最後に濡れた頬に触れ、涙を拭うように恭弥くんの指が動いた。
恭弥くんの彼女について私が話題に出したのは、今回が三度目になる。
初めては、私とたくさん会ってくれるようになった時期に「もう会わないの?」と聞いてしまった時。
二回目はひと月前、裏門で彼女と鉢合わせてしまった後の、「私以外と結婚したい?」という会話。
三回目が、今だ。
こんなにも長い間、ずっと恭弥くんが一番に思い続けている女の人。
そのことに、私からはもう二度と触れてはいけないのか。
「き、気にしてることあるなら言ってもいいって、恭弥くんが……」
「若菜」
強い語気で止められ、それ以上はもう言えなかった。
硬くなった声音に、恭弥くんの苛立ちを感じる。
「そういう話聞きたくないから。本当、こんな時にする話じゃないよね?」
こんな時じゃなくても、好きな人のことなんて夫婦間でするような話ではない。
最初から歪なのだ、私たちは。
「……ご、めん。でも、恭弥くん優しくて、聞いてくれるみたいだったから……話し合ったら何か、変わらないかなって期待……して……」
「ああ、何か期待させたならごめんね。このまま変わらないよ。今さら手放せない」
冷たい声に、喉の奥がきゅっと狭くなる。
嫌な汗が手のひらに滲み、苛立ちを隠しもしない恭弥くんを、本能的に怖いと感じた。
「……あ、っその」
「それでも僕と結婚したの君でしょ? 若菜が何言ってきても無理だから、全部諦めて」
学生時代に何人も関係を持った人がいるとか、今でもその中の一人と付き合っているとか、私は全部知っている。知っていて、恭弥くんの婚約者としてここまできたのだ。
今さら話をして、何を変えられると思ったのだろう。
「は……」
「……挿れるね。続きしよう。もう馬鹿みたいな話で止めないで」
私の悩み。晴れない心の原因。
恭弥くんにとっては、それは馬鹿みたいな話で、今さら持ち出す必要のない話題なのだ。
恭弥くんに本命がいると知った上で、婚約を続けるかと聞かれた。すべてを知った上で結婚を受け入れた。結婚という契約には、夜の相手も含まれている。それだけのこと。
あの時に断れなかった私がすべて悪い。
「あ……の、ごめんなさい。も、変なこと、言わないようにする、から」
怖いから優しくして。期待するから優しくしないで。
どちらの言葉も選ぶことができず、閉口する。
涙まじりの私の発言は、深いキスによって塞がれた。
「……ん」
昨日よりもずっと激しくなった触れ方に、ただ息を乱しながら耐える。
数回は出し入れをされたと思うが、避妊具越しに吐き出された精は、最後まで私の膣内に触れることはなかった。
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