13 / 31
買い物
しおりを挟む
食器を洗い終えてから身支度を整え、恭弥くんと二人で買い物に行くため家を出る。
向かうのは、車で三十分ほどの場所にある百貨店だ。
必要なものは少しずつ揃えていけばいいと恭弥くんは言ってくれたけれど、私のセンスで選んだものを恭弥くんが気に入ってくれるかは分からない。
今後こういった機会があるかは分らないし、二人で出かける今日のうちに必要なものはできる限り揃えておきたい。
そんな半分後ろ向きな気持ちを抱えたままで百貨店に到着し、とりあえず目当てのフロアに真っ直ぐ向かう。気になった食器や調理器具を購入し、そのあとはインテリア用品を恭弥くんと並んで歩きながら見て回った。
とりあえずカーテンだけは買うつもりでいたのだが、気がついたらスリッパやクッションなど、可愛いと思った雑貨が手荷物として増えていく。
これいいな、好きだな、と思って手に取って見ていると、そのまま恭弥くんが購入してしまうのだ。
断ろうとしても、「僕も気に入ったし、今のままだと家の中が寂しいでしょ」と言われてしまうと、恭弥くんも気に入ったのならいいかとつい引き下がってしまう。
少し前の私だったら、こんなの絶対に浮かれていた。
今だって、普通に買い物を楽しんでいる自分を、どうにか必死に押さえつけているだけなのだ。
普通の、どこにでもいるような恋人同士みたいな会話。同棲を始めたばかりの二人が買い物をしているような現状。
少し油断すると、楽しいと思っていることが表情から漏れそうになってしまう。
お揃いの指輪を薬指に填め、リビングのソファにはこういう物が合いそうだなんて会話をしている。新居に飾るものを選んでいる私たちは、周りの人からは仲睦まじい新婚夫婦に見られていることだろう。
実際には、そんなに綺麗な関係ではないのに。
昨日の結婚式でも、私たちの関係が良好なものだと思っている人ばかりだった。しかし、本当に良好で健全な夫婦であるなら、そもそも今日の買い物だって必要のないものであろう。
結婚後に私が住むところは、恭弥くんによって何の相談もなしに急に決められたのだ。
私は就職をしていないし、職場までの距離がどうとかを気にする必要はない。しかし、勤め先ではないとはいえ、私にとってそれに近い感覚の場所は恭弥くんの実家にあたる。
どういう基準で選ばれたのか分からない新居は、生活するのに困ることはないような便利な土地にある。
交通の便がよく、徒歩圏内で普段の買い物や生活に必要な施設は事足りるような住みやすい地域だ。しかしそこは、加賀家の本邸や加賀庵に行こうと思うと、結構な距離のある場所だった。
加賀家に関わる人達と親しくならないように距離を置け。
いつでも離婚できるように、私の生活が大きく変わるような環境には置かないようにしよう。
言外にそう言われているようで、裏に込められた新居に住む意味を考えると苦しくなった。
もしかしたら恭弥くんはほとんど帰ってくるつもりがないのではと、そんなことまで考えたくらいだ。
――いや、明日からも恭弥くんが帰ってきてくる保証なんて、実際はどこにもないのだけれど。
「疲れた? そろそろ帰ろうか」
数時間の買い物の末、両手にいくつもの紙袋を下げた恭弥くんが私に尋ねる。
一通り必要なものは買い揃えられただろう。これだけの荷物を持ち歩いているのだから、疲れているとしたら私ではなく恭弥くんの方だ。
「あ……うん、もう帰ろうか。えっと、最後にご飯の材料だけ買って帰りたいかな。恭弥くんは何か食べたいものある?」
栄養バランスも含めて献立を考えるように言われてきたが、一日くらい好きなものを食べても構わないだろう。
せっかく恭弥くんが一緒にいるのだし、食べたいものがあるなら応えたい。
専用の器具がなければ作れないようなものでなければ、ある程度の家庭料理は作れるように仕込まれている。どんなリクエストがきても問題はないだろう。
んーと声を出しながら、恭弥くんの視線が上に向いた。ちゃんと考えてくれているのだと分かり、適当に会話を終わらせたりしない恭弥くんに、また好意を寄せてしまいそうになる。
「あー……それじゃあ、オムライス? 前に若菜が作ってくれたの好きだった。また食べたい」
意外なリクエストに少しだけ驚きつつも、前に作ったという恭弥くんの言葉に無性に嬉しくなった。
結婚前の私が恭弥くんに料理を振る舞ったのは、ほんの数回だけ。私が料理を習う日に恭弥くんが実家にいたら完成品を食べてもらうと、そういったことが数回あっただけなのだ。
しかし恭弥くんの言うオムライスは、花嫁修行とは関係なく、私が作りたくて遊び半分で作ったものである。
お昼寝中の熊の形に盛られたチキンライスと、布団のようにかけられた卵のオムライス。
加賀家で料理を習っている時には、決して作らないような料理だった。
花嫁修行と称して料理を習う際に作るものは、ほとんどが和食ばかりである。私が見た目重視のワンプレートを作りたくなったのは、その反動だったのかもしれない。
オムライスは私が大学在籍時、ネットで流れてきたその可愛い料理の写真を見て、思わず衝動的に作ってしまったものだった。
恭弥くんがたくさんデートをしてくれて、深いキスまでしてくれるようになり、私が調子に乗っていた時期の話だ。たまにはこういうのもいいかと思って……なんて浮かれたことを言いながら、恭弥くんに振る舞ってしまった手料理である。
「……オムライス、あの時みたいな形がいい?」
「うん? ああ、作るの楽しそうだったよね。いいんじゃない?」
どうやら恭弥くんの方は、あの形に思い出があるわけではないらしい。
ただ純粋にオムライスが食べたいだけなのだろう。思い返してみると、外に食事に行く際も、恭弥くんはどちらかというと和食より洋食を好む。
実家では和食が中心だったから、時折そういうものを食べたくなるのだろうか。
このリクエストに、特に深い意味は感じられない。
「そっか、分かった。オムライスにするね」
特に形に指定がないのなら、普通の形の方が恭弥くんに食べてもらうのに相応しいだろう。
付け合わせのメニューと必要な材料を頭の中に並べながら、私たちは食品売り場に移動した。
向かうのは、車で三十分ほどの場所にある百貨店だ。
必要なものは少しずつ揃えていけばいいと恭弥くんは言ってくれたけれど、私のセンスで選んだものを恭弥くんが気に入ってくれるかは分からない。
今後こういった機会があるかは分らないし、二人で出かける今日のうちに必要なものはできる限り揃えておきたい。
そんな半分後ろ向きな気持ちを抱えたままで百貨店に到着し、とりあえず目当てのフロアに真っ直ぐ向かう。気になった食器や調理器具を購入し、そのあとはインテリア用品を恭弥くんと並んで歩きながら見て回った。
とりあえずカーテンだけは買うつもりでいたのだが、気がついたらスリッパやクッションなど、可愛いと思った雑貨が手荷物として増えていく。
これいいな、好きだな、と思って手に取って見ていると、そのまま恭弥くんが購入してしまうのだ。
断ろうとしても、「僕も気に入ったし、今のままだと家の中が寂しいでしょ」と言われてしまうと、恭弥くんも気に入ったのならいいかとつい引き下がってしまう。
少し前の私だったら、こんなの絶対に浮かれていた。
今だって、普通に買い物を楽しんでいる自分を、どうにか必死に押さえつけているだけなのだ。
普通の、どこにでもいるような恋人同士みたいな会話。同棲を始めたばかりの二人が買い物をしているような現状。
少し油断すると、楽しいと思っていることが表情から漏れそうになってしまう。
お揃いの指輪を薬指に填め、リビングのソファにはこういう物が合いそうだなんて会話をしている。新居に飾るものを選んでいる私たちは、周りの人からは仲睦まじい新婚夫婦に見られていることだろう。
実際には、そんなに綺麗な関係ではないのに。
昨日の結婚式でも、私たちの関係が良好なものだと思っている人ばかりだった。しかし、本当に良好で健全な夫婦であるなら、そもそも今日の買い物だって必要のないものであろう。
結婚後に私が住むところは、恭弥くんによって何の相談もなしに急に決められたのだ。
私は就職をしていないし、職場までの距離がどうとかを気にする必要はない。しかし、勤め先ではないとはいえ、私にとってそれに近い感覚の場所は恭弥くんの実家にあたる。
どういう基準で選ばれたのか分からない新居は、生活するのに困ることはないような便利な土地にある。
交通の便がよく、徒歩圏内で普段の買い物や生活に必要な施設は事足りるような住みやすい地域だ。しかしそこは、加賀家の本邸や加賀庵に行こうと思うと、結構な距離のある場所だった。
加賀家に関わる人達と親しくならないように距離を置け。
いつでも離婚できるように、私の生活が大きく変わるような環境には置かないようにしよう。
言外にそう言われているようで、裏に込められた新居に住む意味を考えると苦しくなった。
もしかしたら恭弥くんはほとんど帰ってくるつもりがないのではと、そんなことまで考えたくらいだ。
――いや、明日からも恭弥くんが帰ってきてくる保証なんて、実際はどこにもないのだけれど。
「疲れた? そろそろ帰ろうか」
数時間の買い物の末、両手にいくつもの紙袋を下げた恭弥くんが私に尋ねる。
一通り必要なものは買い揃えられただろう。これだけの荷物を持ち歩いているのだから、疲れているとしたら私ではなく恭弥くんの方だ。
「あ……うん、もう帰ろうか。えっと、最後にご飯の材料だけ買って帰りたいかな。恭弥くんは何か食べたいものある?」
栄養バランスも含めて献立を考えるように言われてきたが、一日くらい好きなものを食べても構わないだろう。
せっかく恭弥くんが一緒にいるのだし、食べたいものがあるなら応えたい。
専用の器具がなければ作れないようなものでなければ、ある程度の家庭料理は作れるように仕込まれている。どんなリクエストがきても問題はないだろう。
んーと声を出しながら、恭弥くんの視線が上に向いた。ちゃんと考えてくれているのだと分かり、適当に会話を終わらせたりしない恭弥くんに、また好意を寄せてしまいそうになる。
「あー……それじゃあ、オムライス? 前に若菜が作ってくれたの好きだった。また食べたい」
意外なリクエストに少しだけ驚きつつも、前に作ったという恭弥くんの言葉に無性に嬉しくなった。
結婚前の私が恭弥くんに料理を振る舞ったのは、ほんの数回だけ。私が料理を習う日に恭弥くんが実家にいたら完成品を食べてもらうと、そういったことが数回あっただけなのだ。
しかし恭弥くんの言うオムライスは、花嫁修行とは関係なく、私が作りたくて遊び半分で作ったものである。
お昼寝中の熊の形に盛られたチキンライスと、布団のようにかけられた卵のオムライス。
加賀家で料理を習っている時には、決して作らないような料理だった。
花嫁修行と称して料理を習う際に作るものは、ほとんどが和食ばかりである。私が見た目重視のワンプレートを作りたくなったのは、その反動だったのかもしれない。
オムライスは私が大学在籍時、ネットで流れてきたその可愛い料理の写真を見て、思わず衝動的に作ってしまったものだった。
恭弥くんがたくさんデートをしてくれて、深いキスまでしてくれるようになり、私が調子に乗っていた時期の話だ。たまにはこういうのもいいかと思って……なんて浮かれたことを言いながら、恭弥くんに振る舞ってしまった手料理である。
「……オムライス、あの時みたいな形がいい?」
「うん? ああ、作るの楽しそうだったよね。いいんじゃない?」
どうやら恭弥くんの方は、あの形に思い出があるわけではないらしい。
ただ純粋にオムライスが食べたいだけなのだろう。思い返してみると、外に食事に行く際も、恭弥くんはどちらかというと和食より洋食を好む。
実家では和食が中心だったから、時折そういうものを食べたくなるのだろうか。
このリクエストに、特に深い意味は感じられない。
「そっか、分かった。オムライスにするね」
特に形に指定がないのなら、普通の形の方が恭弥くんに食べてもらうのに相応しいだろう。
付け合わせのメニューと必要な材料を頭の中に並べながら、私たちは食品売り場に移動した。
91
お気に入りに追加
772
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた
宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる