【完結・R18】初恋相手との愛のない結婚生活が予想外に甘い

堀川ぼり

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買い物

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 食器を洗い終えてから身支度を整え、恭弥くんと二人で買い物に行くため家を出る。
 向かうのは、車で三十分ほどの場所にある百貨店だ。
 必要なものは少しずつ揃えていけばいいと恭弥くんは言ってくれたけれど、私のセンスで選んだものを恭弥くんが気に入ってくれるかは分からない。
 今後こういった機会があるかは分らないし、二人で出かける今日のうちに必要なものはできる限り揃えておきたい。
 そんな半分後ろ向きな気持ちを抱えたままで百貨店に到着し、とりあえず目当てのフロアに真っ直ぐ向かう。気になった食器や調理器具を購入し、そのあとはインテリア用品を恭弥くんと並んで歩きながら見て回った。
 とりあえずカーテンだけは買うつもりでいたのだが、気がついたらスリッパやクッションなど、可愛いと思った雑貨が手荷物として増えていく。
 これいいな、好きだな、と思って手に取って見ていると、そのまま恭弥くんが購入してしまうのだ。
 断ろうとしても、「僕も気に入ったし、今のままだと家の中が寂しいでしょ」と言われてしまうと、恭弥くんも気に入ったのならいいかとつい引き下がってしまう。
 少し前の私だったら、こんなの絶対に浮かれていた。
 今だって、普通に買い物を楽しんでいる自分を、どうにか必死に押さえつけているだけなのだ。
 普通の、どこにでもいるような恋人同士みたいな会話。同棲を始めたばかりの二人が買い物をしているような現状。
 少し油断すると、楽しいと思っていることが表情から漏れそうになってしまう。
 お揃いの指輪を薬指に填め、リビングのソファにはこういう物が合いそうだなんて会話をしている。新居に飾るものを選んでいる私たちは、周りの人からは仲睦まじい新婚夫婦に見られていることだろう。
 実際には、そんなに綺麗な関係ではないのに。
 昨日の結婚式でも、私たちの関係が良好なものだと思っている人ばかりだった。しかし、本当に良好で健全な夫婦であるなら、そもそも今日の買い物だって必要のないものであろう。
 結婚後に私が住むところは、恭弥くんによって何の相談もなしに急に決められたのだ。
 私は就職をしていないし、職場までの距離がどうとかを気にする必要はない。しかし、勤め先ではないとはいえ、私にとってそれに近い感覚の場所は恭弥くんの実家にあたる。
 どういう基準で選ばれたのか分からない新居は、生活するのに困ることはないような便利な土地にある。
 交通の便がよく、徒歩圏内で普段の買い物や生活に必要な施設は事足りるような住みやすい地域だ。しかしそこは、加賀家の本邸や加賀庵に行こうと思うと、結構な距離のある場所だった。

 加賀家に関わる人達と親しくならないように距離を置け。
 いつでも離婚できるように、私の生活が大きく変わるような環境には置かないようにしよう。
 言外にそう言われているようで、裏に込められた新居に住む意味を考えると苦しくなった。
 もしかしたら恭弥くんはほとんど帰ってくるつもりがないのではと、そんなことまで考えたくらいだ。
 ――いや、明日からも恭弥くんが帰ってきてくる保証なんて、実際はどこにもないのだけれど。

「疲れた? そろそろ帰ろうか」

 数時間の買い物の末、両手にいくつもの紙袋を下げた恭弥くんが私に尋ねる。
 一通り必要なものは買い揃えられただろう。これだけの荷物を持ち歩いているのだから、疲れているとしたら私ではなく恭弥くんの方だ。

「あ……うん、もう帰ろうか。えっと、最後にご飯の材料だけ買って帰りたいかな。恭弥くんは何か食べたいものある?」

 栄養バランスも含めて献立を考えるように言われてきたが、一日くらい好きなものを食べても構わないだろう。
 せっかく恭弥くんが一緒にいるのだし、食べたいものがあるなら応えたい。
 専用の器具がなければ作れないようなものでなければ、ある程度の家庭料理は作れるように仕込まれている。どんなリクエストがきても問題はないだろう。
 んーと声を出しながら、恭弥くんの視線が上に向いた。ちゃんと考えてくれているのだと分かり、適当に会話を終わらせたりしない恭弥くんに、また好意を寄せてしまいそうになる。

「あー……それじゃあ、オムライス? 前に若菜が作ってくれたの好きだった。また食べたい」

 意外なリクエストに少しだけ驚きつつも、前に作ったという恭弥くんの言葉に無性に嬉しくなった。
 結婚前の私が恭弥くんに料理を振る舞ったのは、ほんの数回だけ。私が料理を習う日に恭弥くんが実家にいたら完成品を食べてもらうと、そういったことが数回あっただけなのだ。
 しかし恭弥くんの言うオムライスは、花嫁修行とは関係なく、私が作りたくて遊び半分で作ったものである。
 お昼寝中の熊の形に盛られたチキンライスと、布団のようにかけられた卵のオムライス。
 加賀家で料理を習っている時には、決して作らないような料理だった。
 花嫁修行と称して料理を習う際に作るものは、ほとんどが和食ばかりである。私が見た目重視のワンプレートを作りたくなったのは、その反動だったのかもしれない。
 オムライスは私が大学在籍時、ネットで流れてきたその可愛い料理の写真を見て、思わず衝動的に作ってしまったものだった。
 恭弥くんがたくさんデートをしてくれて、深いキスまでしてくれるようになり、私が調子に乗っていた時期の話だ。たまにはこういうのもいいかと思って……なんて浮かれたことを言いながら、恭弥くんに振る舞ってしまった手料理である。

「……オムライス、あの時みたいな形がいい?」
「うん? ああ、作るの楽しそうだったよね。いいんじゃない?」

 どうやら恭弥くんの方は、あの形に思い出があるわけではないらしい。
 ただ純粋にオムライスが食べたいだけなのだろう。思い返してみると、外に食事に行く際も、恭弥くんはどちらかというと和食より洋食を好む。
 実家では和食が中心だったから、時折そういうものを食べたくなるのだろうか。
 このリクエストに、特に深い意味は感じられない。

「そっか、分かった。オムライスにするね」

 特に形に指定がないのなら、普通の形の方が恭弥くんに食べてもらうのに相応しいだろう。
 付け合わせのメニューと必要な材料を頭の中に並べながら、私たちは食品売り場に移動した。
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