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一日①
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◇ ◇ ◇
だるさの残る身体を動かし、ゆっくりと上体を起こす。
今、何時になったのだろうか。
時間を確認しようとするが室内に時計が見当たらない。
「……服、着てる」
カラカラに渇いた喉から発された声は掠れていて、身体が重たい原因を思い出す。
昨夜、恭弥くんとしたいろいろ。たくさん触って、キスをして、頭の中もお腹の奥もどろどろにされて、どれほどの時間をかけて何回したのかも分からない。
自分で着替えた覚えはないから、下着もパジャマも恭弥くんが着せてくれたのだろう。
私の最後の記憶は、恭弥くんに抱きしめられながら疲れて目を閉じたところで途切れている。
きっと一緒に眠ったはずなのに、カーテンの隙間から明かりが差し込むこの時間、恭弥くんはもう私の隣からいなくなっていた。
「……っ」
身体よりも、心の方が痛くて重い。
泣いて拒んで、その割には気持ち良くて、ぐずぐずになりながら恭弥くんに縋った。
初めてである私の相手をするのは相当に面倒臭いものだっただろうし、ただ必死に耐えるだけの私が相手で、恭弥くんがちゃんと満足できるのか不安だった。
そして、恭弥くんがベッドからいなくなっていることが、その答えである気がしてならない。
掛け布団をぎゅっと握り、俯く。
もう、何が正解なのかも分からなかった。
あまりにも必死で、どんなことをしたのか細かく覚えているわけではない。最後の方は何回も達してしまった後で、特に記憶が曖昧だ。
気持ち良いとか、気持ち良くて怖いとか、私は思ったことをそのまま口から出していただけな気がする。
そんな中でも、恭弥くんがすごく色気のある表情で私に触れていたことや、服を着ていない状態がどういう姿だったのかは脳裏に残っている。
行為中の恭弥くんを私はしっかりと見てしまっていて、あまりにもいやらしい自分が嫌になった。こんなことだけしっかりと覚えていて、本当に変態みたいだ。
好意なんてない、ただの性欲処理だった。ちゃんと分かっているつもりなのに、私に向けてくれていた恭弥くんの目を思い出すと苦しくなる。思い出すだけでゾクゾクして、嬉しくなってしまいそうで、嫌だ。
比べて、私はどんな顔をして恭弥くんに抱かれていたのだろうか。とんでもない顔を晒してしまったと思うし、もう今すぐに忘れて欲しい。
「……はぁ」
もう一度だけ溜息を落とし、ゆっくりとベッドから足を下ろす。
子供が必要だと言われたら、いつかそういう行為をするかもしれないと覚悟はしていた。
しかし実際に経験してみると、想像していたより何百倍も激しい初夜だった。恭弥くんが何を考えているのか分からなくて怖かったし、一晩経った今も、どんな表情で恭弥くんと顔を合わせればいいのか分からない。
それでも、いつまでも寝室でぼーっとしているわけにはいかないのだ。
昨日から三日間の休みを取っていると恭弥くんは言っていたから、まだ今日は休日なのであろう。しかし専業主婦に休みはないし、旦那様を支えるのが結婚した私の役割なのだ。やることがたくさんある。
とりあえずの形でベッドを整えて、静かにドアを開けて寝室を出た。
最初に朝食の用意をしてそこから家の中の片付けを始めようと、そんな計画を頭の中で立てながらリビングの扉を開ける。
その瞬間にふわりと、美味しそうな匂いが鼻に届いて硬直した。
焼けたトーストの香りが広がった室内。キッチンに立つ恭弥くんの両の目が、扉を開いた私に向けられた。
「ああ、起きた? おはよう」
「お、おはよう……? あの、え、ごはん……」
「そろそろ起きる時間だろうから用意してた。コーヒーでいい?」
予想外の行動をしていた旦那様に、さっと血の気が抜ける感覚がした。こんなこと、もしお義母様に知られたら絶対に怒られてしまう。
「え、あの、ご、ごめんなさい! 初日からこんな……」
「うん? なにが?」
「だって、朝は私がご飯作らないと駄目だったのに、起きるの遅くなったせいで恭弥くんが……」
「別に。起きてこなくても仕方ないと思ってたよ。無理させたの分かってるし、後半、あんまり優しくしてあげられなかった」
恭弥くんの中にしっかりと昨夜の記憶が残っていることが分かり、思わず唇を引き結んだ。
代わるねと言っても恭弥くんは引いてくれず、結局二人並んでキッチンに立つことになる。
恭弥くんがコーヒーを用意してくれている横で、私はオーブンからパンを取り出し皿に乗せる。
二人分のシンプルな白い丸皿とマグカップ。あとはシルバーのスプーンにフォーク。箸と茶碗が二つずつと、食器棚に入っていたのはそれだけだった。
初日の食事で困らないように、とりあえず揃えておいてくれたものなのだろう。
深い藍色のマグカップにコーヒーを注ぎながら、おもむろに恭弥くんが口を開く。
「食器、早めに買い揃えていかないとね。君が気に入ったの買えばいいと思って、最低限しか置いてない」
「あ……うん。そうなんだ。分かった、また買ってくるね」
「早い方がいいし、今日か明日出掛けようか。一緒に店回りたい」
「っえ……?」
ぎこちない声を上げた私の手が、スプーンに当たり皿とぶつかる。
新婚夫婦のような会話に分かりやすく動揺してしまい、食器同士がぶつかる音が大袈裟に部屋に響いた。
まともに食事の用意すらできないと思われたらどうしよう。みっともなくて、本当に恥ずかしい。
恭弥くんには「身体つらいなら座ってていいよ」とまで言われてしまい、どんな顔をしていいのか分からなかった。
俯きながら大丈夫だよと口にして、テーブルに皿とカトラリーを運ぶ。
恭弥くんはどういう気持ちでいるのだろう。そして私は、どういう反応をするのが正解なのだろうか。
だるさの残る身体を動かし、ゆっくりと上体を起こす。
今、何時になったのだろうか。
時間を確認しようとするが室内に時計が見当たらない。
「……服、着てる」
カラカラに渇いた喉から発された声は掠れていて、身体が重たい原因を思い出す。
昨夜、恭弥くんとしたいろいろ。たくさん触って、キスをして、頭の中もお腹の奥もどろどろにされて、どれほどの時間をかけて何回したのかも分からない。
自分で着替えた覚えはないから、下着もパジャマも恭弥くんが着せてくれたのだろう。
私の最後の記憶は、恭弥くんに抱きしめられながら疲れて目を閉じたところで途切れている。
きっと一緒に眠ったはずなのに、カーテンの隙間から明かりが差し込むこの時間、恭弥くんはもう私の隣からいなくなっていた。
「……っ」
身体よりも、心の方が痛くて重い。
泣いて拒んで、その割には気持ち良くて、ぐずぐずになりながら恭弥くんに縋った。
初めてである私の相手をするのは相当に面倒臭いものだっただろうし、ただ必死に耐えるだけの私が相手で、恭弥くんがちゃんと満足できるのか不安だった。
そして、恭弥くんがベッドからいなくなっていることが、その答えである気がしてならない。
掛け布団をぎゅっと握り、俯く。
もう、何が正解なのかも分からなかった。
あまりにも必死で、どんなことをしたのか細かく覚えているわけではない。最後の方は何回も達してしまった後で、特に記憶が曖昧だ。
気持ち良いとか、気持ち良くて怖いとか、私は思ったことをそのまま口から出していただけな気がする。
そんな中でも、恭弥くんがすごく色気のある表情で私に触れていたことや、服を着ていない状態がどういう姿だったのかは脳裏に残っている。
行為中の恭弥くんを私はしっかりと見てしまっていて、あまりにもいやらしい自分が嫌になった。こんなことだけしっかりと覚えていて、本当に変態みたいだ。
好意なんてない、ただの性欲処理だった。ちゃんと分かっているつもりなのに、私に向けてくれていた恭弥くんの目を思い出すと苦しくなる。思い出すだけでゾクゾクして、嬉しくなってしまいそうで、嫌だ。
比べて、私はどんな顔をして恭弥くんに抱かれていたのだろうか。とんでもない顔を晒してしまったと思うし、もう今すぐに忘れて欲しい。
「……はぁ」
もう一度だけ溜息を落とし、ゆっくりとベッドから足を下ろす。
子供が必要だと言われたら、いつかそういう行為をするかもしれないと覚悟はしていた。
しかし実際に経験してみると、想像していたより何百倍も激しい初夜だった。恭弥くんが何を考えているのか分からなくて怖かったし、一晩経った今も、どんな表情で恭弥くんと顔を合わせればいいのか分からない。
それでも、いつまでも寝室でぼーっとしているわけにはいかないのだ。
昨日から三日間の休みを取っていると恭弥くんは言っていたから、まだ今日は休日なのであろう。しかし専業主婦に休みはないし、旦那様を支えるのが結婚した私の役割なのだ。やることがたくさんある。
とりあえずの形でベッドを整えて、静かにドアを開けて寝室を出た。
最初に朝食の用意をしてそこから家の中の片付けを始めようと、そんな計画を頭の中で立てながらリビングの扉を開ける。
その瞬間にふわりと、美味しそうな匂いが鼻に届いて硬直した。
焼けたトーストの香りが広がった室内。キッチンに立つ恭弥くんの両の目が、扉を開いた私に向けられた。
「ああ、起きた? おはよう」
「お、おはよう……? あの、え、ごはん……」
「そろそろ起きる時間だろうから用意してた。コーヒーでいい?」
予想外の行動をしていた旦那様に、さっと血の気が抜ける感覚がした。こんなこと、もしお義母様に知られたら絶対に怒られてしまう。
「え、あの、ご、ごめんなさい! 初日からこんな……」
「うん? なにが?」
「だって、朝は私がご飯作らないと駄目だったのに、起きるの遅くなったせいで恭弥くんが……」
「別に。起きてこなくても仕方ないと思ってたよ。無理させたの分かってるし、後半、あんまり優しくしてあげられなかった」
恭弥くんの中にしっかりと昨夜の記憶が残っていることが分かり、思わず唇を引き結んだ。
代わるねと言っても恭弥くんは引いてくれず、結局二人並んでキッチンに立つことになる。
恭弥くんがコーヒーを用意してくれている横で、私はオーブンからパンを取り出し皿に乗せる。
二人分のシンプルな白い丸皿とマグカップ。あとはシルバーのスプーンにフォーク。箸と茶碗が二つずつと、食器棚に入っていたのはそれだけだった。
初日の食事で困らないように、とりあえず揃えておいてくれたものなのだろう。
深い藍色のマグカップにコーヒーを注ぎながら、おもむろに恭弥くんが口を開く。
「食器、早めに買い揃えていかないとね。君が気に入ったの買えばいいと思って、最低限しか置いてない」
「あ……うん。そうなんだ。分かった、また買ってくるね」
「早い方がいいし、今日か明日出掛けようか。一緒に店回りたい」
「っえ……?」
ぎこちない声を上げた私の手が、スプーンに当たり皿とぶつかる。
新婚夫婦のような会話に分かりやすく動揺してしまい、食器同士がぶつかる音が大袈裟に部屋に響いた。
まともに食事の用意すらできないと思われたらどうしよう。みっともなくて、本当に恥ずかしい。
恭弥くんには「身体つらいなら座ってていいよ」とまで言われてしまい、どんな顔をしていいのか分からなかった。
俯きながら大丈夫だよと口にして、テーブルに皿とカトラリーを運ぶ。
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