8 / 31
初夜④
しおりを挟む「気持ち良かった?」
「……っ」
「ナカでイッてくれると思わなかったな。よかった」
言われたことを理解して顔全体が熱くなる。
中も外も分からないけれど、私は相当に恥ずかしいことをしてしまったのではないだろうか。
「挿れていい? もう大丈夫だと思うから」
は、と小さく息を落とし、恭弥くんの腰元にゆっくりと視線を落とした。
もう恭弥くんの顔を見ていられない。
指だけでこんなにもおかしくなった。これ以上に続けられたら本気で心臓が壊れそうだが、挿れないと終わらないのだ。
何一つ大丈夫ではないけれど、私に選択肢なんてない。
「……ん、して」
弱々しく言葉を発し、ちらりと恭弥くんの表情を覗き見る。
ほとんどゼロになった距離で、恭弥くんと視線が絡んだ。
切れ長の瞳が、その瞬間に優しく細まる。
「ふ、ありがと。痛くならないようにするから、嫌だったら教えて」
布の擦れる音がやけに大きく聞こえる。ズボンと下着は脱がないつもりなのか、硬くなった性器だけを恭弥くんは取り出した。
悲鳴を上げそうになって、すぐに顔を逸らす。それでも、初めて男の人のそこを見てしまったことに変わりはない。
動画だとモザイクがかけられているし、漫画では色も形も曖昧にしか分からなかった。
保健体育の教科書に書かれていたのはシンプルなイラストだけで、目の前にあるモノがそれと同じだとは思えない。
淡い肌色で描かれたイラストとは違う、濃い色。太さ、形、匂い。知っている知識なんて、本当になんの参考にもならないのだと身に沁みて分かる。
私の身体のどこまで入ってくるのだろう。そんなことをぐるぐると考えていると、恭弥くんが避妊具を取り出しパッケージを破る。
慣れた手付きでゴムを被せる恭弥くんを見て、「え?」と、数秒遅れて間の抜けた声が私の口から飛び出た。
「え、え……? あれ……」
「うん? どうかした?」
どうして恭弥くんは、コンドームなんて用意しているのだろうか。
夫婦なのにどうして避妊をするのかと、その理由を考えていくと、嫌なことに気付いてしまう。
――セックスをする目的は、人によって様々だ。
しかし、政略結婚により夫婦となった私達が性行為をする理由なんて、子作り以外にないだろう。
そして、子供を作ることを目的とするなら、こんなに時間をかけて触れる必要なんてない。
最低限の露出で、挿れて出して、必要なのはそれだけ。
胸を触ったり、キスをしたり、お互い裸になったりする必要は一切ないはずだ。そんなことをしなくてもセックスは出来る。
小さく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。うるさかった心臓がすうっと冷えていく。
子供を作るためじゃないなら、何のために私はこれに耐えていたんだろう。なんて、考えていて虚しくなる。
性欲処理という四文字が頭に浮かび、耐えきれずに口を開いた。
「っや、やめて……」
「……怖い? 時間あるし、不安ならもう少し指で慣らしても」
「ちが……っ、も、そういうのも、恭弥くん慣れてて、こんな、全部やだ……」
逃げるように身体を後ろに引き、恭弥くんと距離を取る。胸の前でぎゅっと両手を組んで身体を隠すと、恭弥くんの眉間に僅かに皺が寄った。
「は……?」
「意味ないなら、こんな、我慢したくない。怖いもん、いやだよ。恭弥くんは全然、他の人とだって出来るのに、それなら私はするのいや……っふ」
噛み付くようにキスをされ、最後まで言わせてもらえなかった。
再び近付かれた距離のまま、不快だとでも言いたげに恭弥くんが声を出す。
「黙って」
「え、あ……なに、っや」
無理やり開かされた足の間、そこに触れたものが何かなんて、簡単に想像ができた。
先端が埋められ、私の膝を押さえたままで恭弥くんが腰を動かす。
「は……、あ、っや、やだぁ」
「結婚したらするって言ったよね。ここまでしておいて嫌なんて聞いてやれない。今さら逃げないで」
「っは、あ……あ、待って! や、っひぅ……」
「は、まだ全然入ってない。奥入れたい、力抜いて」
指とは比べ物にならない質量に押し広げられ、ぼたぼたと涙が落ちる。
苦しくて怖い。少し前まで優しかった恭弥くんの声も、今は怖くて堪らない。
「やだ、っひ、ぁ、恭弥く……」
「ちゃんと息して、変に力入れないで。手こっち、……っく、はぁ」
恋人が繋ぐように指を絡ませ、右手がシーツに縫い付けられる。空いている恭弥くんの手は私の膝を押さえていて、足を閉じることすらできなかった。
ゆっくりと深いところに沈んでいき、最後まで入ったところで恭弥くんが動きを止める。
まるで、お腹の中から潰されているみたいだ。入っている形が分かるくらいに狭くて、苦しい。
「……っふ、ぁ、やだ……」
「はー……せま……。はっ、きもち……」
気持ち良さそうに吐かれた息に、ぞくりと肌が粟立つ。
こんなの嫌なのに、なんで。嬉しいとか気持ち良いとかそんなのおかしいのに、消えない。早く捨てたい感情を、私はいつまで引きずるつもりなんだろう。
「も、やだ……」
「ん? なにが嫌?」
「もう、これやだ……抜いて、や……ふっ」
拒絶の言葉はキスで封じられ、全部が恭弥くんに食べられる。
目を細めて息を吐く恭弥くんの姿が色っぽくていやらしい。
恭弥くんの顔を見て私はドキドキしているし、気持ち良いとも思ってしまう。
本当に、惨めで嫌だ。
「きょ、やくん……」
「あー……ごめん、少し動くよ」
「あっ、あ……ぅあ、アッ……」
指で慣らされた時の何倍もの刺激に眩暈がする。
頭の中がぐちゃぐちゃで、気持ち良いのが逃がせない。
キスをして絡む舌も、繋がって擦れる部分も、私の理性を容赦なく溶かしていく。
一度達して感じやすくなっている私が耐えられるはずもない。
「っあ、ぃく……きちゃう、っん、あ、あぁ……っン」
「はっ……ん、っはぁ……」
私が達してしばらくしてから、恭弥くんも避妊具越しに精を吐き出した。
一度抜かれて放心したのも束の間。新しいコンドームに着け変えた陰茎がまた私の中に戻ってきて、その感覚に「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。
「ぁ、なに……なんで、いま終わって……」
「まだするよ。やっと馴染んできたから、もっと気持ち良いの覚えて」
「は……」
一度乾いたはずの涙が、またじわりと視界を滲ませる。
いつになれば終わるのか分からない行為に指先が震え、乱れた呼吸のままで、また何度も嬌声を上げた。
子供扱いするのはやめてほしいと、そう言って恭弥くんに縋ったのは、いったい何年前だっただろうか。
いくつになっても歳の差は埋まらないし、出会ったのは子供の頃。恭弥くんが中学生の時に私は小学生で、恭弥くんが高校生になったら私は中学生だった。
長い間、相手になんてしてもらえなかったのだ。
子供だという印象が変わらないままで、恭弥くんは私に対して欲なんて湧かないものだと思っていた。
しかしいつの間にか、性欲の処理に使える程度には、私の身体は女として成長していたということだろう。
政略結婚だと割り切ったつもりでいたけれど、やっぱり虚しいと思ってしまう。
抱ける程度に私が成長したと、ただそれだけのことだ。気持ち良ければ誰でもよくて、同じ家に住んでいるから手軽にできてちょうどいいだけ。
夫婦になれたからといって、私が恭弥くんの特別になれるはずもない。
恭弥くんには昔から変わらずに想っている人がいるのだと、私は最近知ったばかりなのだ。
96
お気に入りに追加
777
あなたにおすすめの小説

忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。

女騎士と文官男子は婚約して10年の月日が流れた
宮野 楓
恋愛
幼馴染のエリック・リウェンとの婚約が家同士に整えられて早10年。 リサは25の誕生日である日に誕生日プレゼントも届かず、婚約に終わりを告げる事決める。 だがエリックはリサの事を……

結婚して5年、初めて口を利きました
宮野 楓
恋愛
―――出会って、結婚して5年。一度も口を聞いたことがない。
ミリエルと旦那様であるロイスの政略結婚が他と違う点を挙げよ、と言えばこれに尽きるだろう。
その二人が5年の月日を経て邂逅するとき
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

最悪なお見合いと、執念の再会
当麻月菜
恋愛
伯爵令嬢のリシャーナ・エデュスは学生時代に、隣国の第七王子ガルドシア・フェ・エデュアーレから告白された。
しかし彼は留学期間限定の火遊び相手を求めていただけ。つまり、真剣に悩んだあの頃の自分は黒歴史。抹消したい過去だった。
それから一年後。リシャーナはお見合いをすることになった。
相手はエルディック・アラド。侯爵家の嫡男であり、かつてリシャーナに告白をしたクズ王子のお目付け役で、黒歴史を知るただ一人の人。
最低最悪なお見合い。でも、もう片方は執念の再会ーーの始まり始まり。

皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。

一日5秒を私にください
蒼緋 玲
恋愛
1.2.3.4.5…
一日5秒だけで良いから
この胸の高鳴りと心が満たされる理由を知りたい
長い不遇の扱いを受け、更に不治の病に冒されてしまった少女が、
初めて芽生える感情と人との繋がりを経て、
最期まで前を向いて精一杯生きていこうと邁進するお話。
その他外部サイトにも投稿しています
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる