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初夜②

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「ま、待って……」

 もう、何を話せばいいのかも分からない。
 ただ待って欲しい、止まって欲しいと、それだけで頭がいっぱいで他の言葉は出てこない。
 二人分の体重が掛かると、ベッドのスプリングが軋んだ音を立てる。
 ベッドの端に腰掛けたような状態で、おろおろと視線を彷徨わせた。恭弥くんの手は、いまだに私の右手と繋がれたままだ。

「ねぇ、なにが不安? どれだけ時間が掛かっても痛くないように気をつけるし、ちゃんと優しくするよ」

 優しいセックスの定義がよく分からないし、そもそも私はしたくないのだ。
 時間を掛けるというその宣言も、私はまったく嬉しいと思えない。別に痛くても構わないから、せめてさっさと終わらせて欲しいとすら思ってしまう。

「……じ、時間ってどれくらいかかるの?」
「さあ? 君次第で大分変わると思うけど、何? 明日なにか予定でもある?」

 スケジュール帳に記すような予定は特にない。しかし、予定があればしないで済むと言うのなら、無理にでも予定を入れていた。

「よ、予定とかはない、けど……したいことはいろいろとあって」
「そう。じゃあ別に時間気にする必要もないね」
「え、あ……うそ、や、待って……」

 恭弥くんに顔を近づけられ、慌てて身体を後ろに引く。肘がシーツに沈み、あとほんの少しでも動いたら背中までマットレスに触れてしまう体勢となった。これ以上崩れたらもう逃げ場はない。

「……っ」

 距離が近くて、鼓動が早くなる。
 夜の行為から逃げられないのはもう仕方がないとして、早く終わってもらうにはどうすればいいのだろう。
 掛かる時間は私次第と言われても、本当に何も経験がないのだ。スムーズにおこなえるとも思えず、恭弥くんの手をわずらわせることは目に見えている。
 セックス以外は頑張るから、どうにか今夜は手加減してもらえないだろうか。
 私がしてきた花嫁修行は、しっかりと旦那様を支えるためのものばかりなのだ。こんな行為よりも、ずっと恭弥くんのためになることが出来るという自信がある。
 義務的なセックスに付き合うより、しっかり眠って早起きして、完璧な朝食を作ってから恭弥くんを起こしたい。

「あの……ちゃんと、明日から恭弥くんの奥さんとして頑張りたいから」
「そっか、うん。じゃあ今から頑張って」

 あ、と思った時には、すでに唇が触れていた。
 後頭部に回された手に頭を支えられ、数秒唇を食まれてから距離が開く。
 シャワーを浴びたばかりなのは私も同じなのに、恭弥くんからは私よりも、ずっといい匂いがした。

「硬くなりすぎだよ。どうして? キスは初めてじゃないのに」

 至近距離で訊ねられ、思い出して頬に熱が溜まる。
 そうなのだ。今とはまったく違う状況ではあったけれど、キスは以前にも何度かしてしまっている。

「きょ、恭弥く……」
「もっと力抜いて。こんなにガチガチですることじゃない」
「っん、ぁ……ふ」

 再び唇が潰されると、今度は長い時間離れてくれない。角度を変えて何度も触れ合い、時折混じるリップ音にじわじわと熱が上がっていく。
 腕で上半身を支えることができず、気付いたら完全に背中がベッドに付いてしまっていた。
 私に覆い被さる形で恭弥くんが上にいて、首の後ろに添えられた手によってキスの角度を変えられる。
 そうするのが当然かのように、薄く開いてしまった隙間から恭弥くんの舌が差し込まれた。

「っ、は……ふ、ぁ」
「ん、開けてて」
「は……ぁ、やら、っあ」

 長い舌に上顎を舐められ、シーツを握り締める手にぎゅっと力が篭った。
 ――こんなキスを、私は知らない。
 触れて離れるだけのキスをした時でさえ、私は胸がいっぱいになったのだ。
 舌を入れるキスに変わった時も、ここまで丁寧なやり方ではなかったと記憶している。
 知らないキスのやり方を、恭弥くんはどこで覚えてくるのだろう。私がおかしくなるラインを、恭弥くんは簡単に越えてしまう。

「っふ……ぅ」

 ゆっくりと口内を撫でる舌の動きに、直接触られたわけでもないのにお腹の奥がじんと疼く。
 遠慮なく舌同士が絡み合い、閉じられない私の口の端からは、だらしなく唾液が溢れた。
 そんなに大きな音ではないはずなのに、ちゅく、ちぅっという水の音がやけに響く。音の発生する場所が聴覚に近い所為だろう。口の中で鳴る小さな音でさえ鮮明に耳が拾ってしまう。
 恭弥くんが息を吐く音が時折混ざるのも、馬鹿みたいに私の心臓をうるさくさせた。
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