【完結・R18】初恋相手との愛のない結婚生活が予想外に甘い

堀川ぼり

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出会い③

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 そこからの私は、何も分からないなりに精一杯のアピールを頑張った。
 加賀庵の本店には祖母と一緒に頻繁に買い物に行ったし、知ってる顔を見つけたらニコニコと挨拶に行った。
 また何か加賀家がイベントを行う時は積極的に参加したし、その際にはお手伝いなどもかってでた。
 どこで誰がどんな話をしているか分からないし、他人から悪いようには言われたくない。
 学校の勉強もして、たくさん本も読んで、どこに紹介されても恥ずかしくない優等生になれるようにと振る舞った。
 きっと検討外れの努力もしていただろうし、私の頑張ったこと全てが加賀家に届いているわけではないだろう。
 何が効いたのか、どういう経緯でそうなったのかは、正直今でも分からない。

 私が中学一年生になりたての、四月中旬。
 私を恭弥くんの婚約者にという話が加賀家から入り、一瞬呆けた私は夢のような気持ちでその話を受けた。
 両親は少し心配そうな顔をしていたが、これまで私が加賀庵に通っていたことも知っている。絶対に断りたくないと言えば、笑って応援してくれた。
 加賀家の嫁になるのならば、早いうちから教育が必要だ。恭弥くんのお母さんにそう言われ、私の花嫁修行はその時から始まっている。
 週に二日、放課後に学校から直接加賀家の本邸に向かい、恭弥くんに相応しいお嫁さんになるための指導を受けた。
 基本的な礼儀作法の勉強や、家事全般の修行。加賀庵の歴史や経営に関することを学んだり、他にもいろいろ。茶道や華道は専門の先生を外部から呼んでくれていて、加賀家の本気度に少しだけびっくりした。
 私が婚約者になったことは、恭弥くんの両親が勝手に決めたことだ。高校一年生の恭弥くんから見て、中学一年生の私なんてまだまだ子供に見えるのだろう。
 恋愛の対象ではないけれど、家が決めた相手だから存在だけは知っていると、そのような認識をされているようだった。

 加賀家に通うようになって何度か恭弥くんと顔を合わせることもあったが、声をかけても無表情で「ああ、うん」「へぇ、頑張って」程度の返事をされるだけ。
 婚約者になりたての頃は、あまり快くは思われていないようだった。
 そんな中でも花嫁修行にいそいそと通う私に、恭弥くんも一応は慣れてくれたのか、それとも逃げ出さないことを悟って諦めたのか。次第に私への態度は軟化し、私の高校生活が終わる頃には随分優しくしてくれるようになったように思う。
 私が一度ぼろぼろと恭弥くんの前で泣いてしまった日からは、殊更に気を遣われているようだった。
 終ぞ好きだと言われるようなことはなかったけれど、「頑張ってるの知ってるよ」と言ってくれたし、何度かデートのようなこともしてくれたのだ。
 認めてくれた、受け入れてくれたと、単純な私が浮かれて撮ったデートの写真は、披露宴のオープニングムービーに使われている。何も知らずに嬉しそうに笑っている私は馬鹿みたいで、楽しかったデートの思い出も色褪せて見えた。
 優しかったなぁとか、嬉しかったのになぁと思うと、虚しさだけが心に残る。
 今となってはそんな優しさなくてもよかったのにとさえ思うけれど、当時は少しずつ心が通っているようで嬉しかったのだ。
 思い出を積み重ね、距離が縮まっていると私が勘違いを募らせた思い出たっぷりのムービーを見て、またいろいろと思い出す。
 恭弥くんに伝えてきた拙い愛の言葉を思い出し、恥ずかしさに殺されそうになった。

***

 こうして、「幸せ」という皮を被った披露宴を無事に終え、恭弥くんと二人で新居に帰った現在。
 オートロックのエントランスを抜け、エレベーターで十一階まで上がる。
 新生活のために用意された真新しい家に、私は今日、初めて足を踏み入れた。

 恭弥くんが用意してくれたマンションの一室。
 必要最低限の家電は揃っており、恭弥くんが事前に買ってくれていたことが分かる。
 細かいものはまだあまり置かれていないようだが、テーブルやソファ、カップボードなどの必要最低限の家具はリビングに運び込まれている。
 家具のカタログを見せられた際、「こういうデザイン好きだなぁ」と、私が口にしたものだった。
 新居の相談なんてされていないし、どうしてこの場所に住むことになったのかも分からない。
 二人きりでマンションに住むからと、恭弥くんにそう言われたのは、結婚式を挙げる三日前だった。
 最新の家電が揃った新築。広めの2LDK。
 二人で暮らしていくのに文句のつけようもない新居だ。
 しかし、これも聞いていた話とは違う。
 加賀家の本邸には住まわせてもらえず、加賀庵の本店から随分と離れた場所に位置するマンションにしか帰れない時点で、私の存在価値が測れる気がした。
 恭弥くんの大切な場所に、私を近寄らせたくもないのだろう。結婚したというのに随分な扱いだ。

「疲れた?」
「え……?」
「式の間ずっと気を抜けなかったと思うし、今日は早めに休もうか。お風呂入っておいで」

 苦い顔をしてリビングの入り口で立っている私を、疲れているだけだと恭弥くんは判断したらしい。「沸かす?」と訊ねられ、「シャワーで大丈夫だよ」と小さく首を振った。
 もう誰の目も無い場所に来たのに、一応は気にかけてくれるのか。
 そんなことを思いながらも、決して口には出さない。

「あの、それよりも家の中ひと通り見せて欲しいな。そのあとはシャワーして、そのあと特にすることがないならそのまま寝てもらって大丈夫だから」

 どこが誰の部屋で、私の入室が許されるのはどこまでなのか。それさえ教えてもらえたら、あとは放っておいてくれて構わない。
 結婚式で疲れているのは恭弥くんも同じであろう。最低限の説明さえしてもらえれば、それ以上に手を煩わせるつもりはなかった。
 私はみっちりと花嫁修行を受けているし、恭弥くんが一から教えてくれなくとも、しっかり妻として務めることができるだろう。
 出張り過ぎずに恭弥くんの生活をサポートするのが私の役割。ちゃんと弁えているから、人の目がないこの場所では、恭弥くんも好きに過ごせばいい。
 自然に話したり気にかけたり、そういう「らしい」夫婦を演じるのは、人の目がある場所だけで十分である。

「ああ、そう? そんなに広い造りじゃないけど、それなら簡単に見て回ろうか」

 そう言った恭弥くんの後ろをついて歩き、リビング、キッチン、脱衣所と、一つずつ部屋の中を見て回る。
 共用部の説明が終わって再び廊下に戻ると、玄関に近い方の扉の前で恭弥くんが足を止めた。
 まだ案内されていない部屋は残り二つで、そのうちの一つのドアを恭弥くんが開く。
 室内に家具はなく、私が預けた段ボール箱が五つ積んであるだけの八帖ほどの洋室だ。二つある窓にはカーテンもかかっていない。

「この部屋はまだほとんど荷物入れてないし、好きに使っていいよ」
「あ……うん。分かった」

 つまりは、ここが私の私室なのだろう。
 ということは、もう一つの洋室が恭弥くんの部屋になるわけで、家の案内はこれでおしまいになる。

「あの、案内ありがとう。段ボールのまま置いておくのも気になるし、少し荷解きしようかな。恭弥くんは先にお風呂とか」
「どうして? まだ全部の部屋入ってないよ?」

 お風呂でもどうぞと言って、ルームツアーは終わる予定だった。
 まだしっかりと荷物を入れてはいないだろうが、恭弥くんのプライベートな空間にむやみやたらとお邪魔するつもりはない。

「え、あの、でも……?」
「荷解きは僕も手伝うよ。とりあえず最後まで見ておいた方がいいんじゃない?」

 結婚したのだから、すべての家事は私の仕事となる。恭弥くんが許してくれるのならば、部屋に入って掃除をすることもあるだろう。
 触って欲しくないもの等の説明があるのなら、今の時点で聞いておかなくてはならない。

「あ、それじゃあ最後まで……」
「うん」

 私が最後まで言い切る前に恭弥くんは動き出し、その背を追う形で私も殺風景の自室を出る。
 ただ隣の部屋に移動をしただけなのに、恭弥くんの部屋に入れてもらえるのだと思うと少し緊張した。加賀家の本邸には何度もお邪魔しているけれど、私が恭弥くんの部屋に入った回数はほんの数回だ。
 加賀家本邸にあった部屋と別物だとは分かっているけれど、それでも少しだけ複雑な気持ちになる。

「ほら、入りなよ」
「……あ、お邪魔します」

 小さな声でそう口にしてから、室内に足を踏み入れる。先程入った部屋と同じ広さの洋室は、私の知っている恭弥くんの部屋とは全く違うものだった。
 家具や雑貨は、一通り新しく買い揃えたのであろう。
 大きなサイズのベッドと、その横に置かれたシンプルなサイドテーブル。無地のアイボリーで揃えられた寝具やカーテン。木製のゴミ箱と、三段のオープンシェルフ。
 ぐるりと室内を見渡せば、その全てが真新しいものだと一目で分かる。

「ここが僕たちの寝室」
「……っえ?」

 何を言われたのか分からず、一瞬反応が遅れてしまった。
 僕たちの、と言われても、何を言っているんだろうと思ってしまう。
 これは政略結婚で、家の中でまで無理に夫婦らしく振る舞う必要はない。部屋だってちゃんと二つあって、お互いの部屋として使うものだとばかり思っていた。
 それなのに、二人が並んで寝ても十分な広さであろうベッドには、同じ形の枕が二つ並んで置かれている。
 部屋に備え付けられているウォークインクローゼットの中まではまだ見ていない。しかし、恭弥くんの私室だと思っていたこの部屋には、あまりにも恭弥くんの物が少なかった。
 本当に寝るだけのために用意されているような、そんな部屋だ。夫婦の寝室だと言われれば、誰もが納得するだろう。

「い、一緒に寝るの……?」
「そうだよ。ここにしかベッド置いてない」

 喉の奥で、ひゅっと空気の漏れる音がする。
 恭弥くんの気持ちを知って、これはただの政略結婚だと割り切った。
 もう諦めた初恋の人と一緒のベッドで寝る覚悟なんて、私はまったく出来ていない。
 
 
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