2 / 31
出会い①
しおりを挟む
◇ ◇ ◇
私が恭弥くんと初めて出会ったのは、小学四年生の夏休みだった。
お盆前の、八月一週の頭。夏休みに開催される小中学生向けのイベントがあるのだと母親に教えられ、私はそれに参加することになったのだ。
天候にも恵まれ、蝉が哭き叫ぶ午前中。集合場所まで私を車で送ってくれた母親は、世話係の大人に挨拶をしてそのまま自宅に帰っていった。
集合場所は大きな日本家屋で、参加者の年齢は小学四年生から中学二年生までバラバラであった。
バラバラといっても、参加者のほとんどは中学生だ。
男女合わせて二十名ほどの子供がいたが、その中に小学生は五人だけ。それも高学年の子ばかりで、私は参加者の中で唯一の小学四年生だった。
今となっては昔の話で、細かいことはよく覚えていない。
ただ、大きな日本家屋だと思っていたそこは加賀家の本邸で、そこに集められた子供達は、加賀庵取引先の令息と令嬢ばかりだったらしい。
表向きはお得意様へのサービス、且つ、加賀家の跡取りと関係会社の後継者候補達が仲良くなるためのイベント、といったところだろう。
しかし実のところ、加賀家跡取りの婚約者候補を選ぶという目的もあったらしい。これは、私もあとから知った話だ。
詳細を知らずに楽しく遊ぶイベントだと思って参加した私は、年上ばかりの中に放り込まれて少しだけ怖気付いていた。
私だけがそうだったのか、集まった他の子達も何も知らなかったのか、その辺りのことはよく分からない。
しかし少なくとも、そのイベントに参加していた加賀家の次男は、このイベントの目的を知っていたのだろう。
会場についた私を見た時、呆れたような口調で「びっくりした。こんな子供も来てるんだ」と冷めた目をして言い放った。
「え……」
婚約者候補云々のことなどまったく知らなかった私は、自分より年上の男の子から向けられた冷たい言葉がショックだった。
こんなことを言ってくるのは彼だけだと思いたかったが、周りの様子を見ているとだんだんと不安が募っていく。
広い和室にどんどん集まってくる参加者はほとんどが中学生で、自分よりもずっと大きな存在に見えた。
目の前で私に冷たい言葉を吐いた男の子も、背の高い中学生である。そんな中に私のような小学生が混じっていたら、思いっきり楽しめないと思われたのかもしれない。
年齢が違えば学力も違い、体力的な差だってある。
何をするのか詳しくは聞かされていなかったが、遊ぶつもりで来たのは間違いだったのだろうか。
もしチームに分かれて球技をしましょうなどと言われたら、私のいるチームは確実に不利になるだろう。
目の前の少年の吐いた冷たい言葉は、私の不安をさらに煽ったのだ。
「あ……あの、みんなで楽しく遊ぶだけって聞いてきたから……迷惑になるとか分かってなくて、私……」
そう言った私の声は、若干震えていたと思う。
冷たい視線を私に向けていた男の子は、一瞬驚いたように目を見開いた。
「え? ああ、なんだ。ごめん。別にそういう意味で言ったわけじゃないから、普通に楽しんでいきなよ。遊びに来ただけって認識の子がいると思ってなかったから」
「あ、でも……私が楽しんで、他の人もちゃんと楽しめるのかな?」
不安そうな声で訊ねた私に、主催側の人間として彼も思うところがあったのだろう。
軽く膝を折って目線を合わせてくれた彼に、少しだけ不安な気持ちが和らいだ。
「ごめん、大丈夫だから。自己紹介からしておこうか? 僕は加賀恭弥」
「青柳若菜……四年生で、あの」
「うん、分かった。君がそんな不安な顔しないように、僕の方でちゃんと気にかけておくから」
なんだか、発言が引率の先生のようだ。
随分と大人びたことをいう人だと思った。
「あ、えっと、恭弥くん……?」
幼い呼び方をした私に「ああ、何かあったらそうやって呼んで」と恭弥くんは言ってくれた。
今思うと、初対面の人に対して馴れ馴れしい呼び方をしてしまったなと思う。しかし、加賀という姓の人が多数いる場所で呼ぶなら名前の方がいいと、幼い私なりにいろいろと考えたのだ。
そう呼んでと許可をもらえた瞬間から、私の中で彼は「恭弥くん」という男の子だった。
この時はまだ、彼がこの大きな日本家屋の持ち主の息子だということを、私は意識すらしていなかったのである。
私が恭弥くんと初めて出会ったのは、小学四年生の夏休みだった。
お盆前の、八月一週の頭。夏休みに開催される小中学生向けのイベントがあるのだと母親に教えられ、私はそれに参加することになったのだ。
天候にも恵まれ、蝉が哭き叫ぶ午前中。集合場所まで私を車で送ってくれた母親は、世話係の大人に挨拶をしてそのまま自宅に帰っていった。
集合場所は大きな日本家屋で、参加者の年齢は小学四年生から中学二年生までバラバラであった。
バラバラといっても、参加者のほとんどは中学生だ。
男女合わせて二十名ほどの子供がいたが、その中に小学生は五人だけ。それも高学年の子ばかりで、私は参加者の中で唯一の小学四年生だった。
今となっては昔の話で、細かいことはよく覚えていない。
ただ、大きな日本家屋だと思っていたそこは加賀家の本邸で、そこに集められた子供達は、加賀庵取引先の令息と令嬢ばかりだったらしい。
表向きはお得意様へのサービス、且つ、加賀家の跡取りと関係会社の後継者候補達が仲良くなるためのイベント、といったところだろう。
しかし実のところ、加賀家跡取りの婚約者候補を選ぶという目的もあったらしい。これは、私もあとから知った話だ。
詳細を知らずに楽しく遊ぶイベントだと思って参加した私は、年上ばかりの中に放り込まれて少しだけ怖気付いていた。
私だけがそうだったのか、集まった他の子達も何も知らなかったのか、その辺りのことはよく分からない。
しかし少なくとも、そのイベントに参加していた加賀家の次男は、このイベントの目的を知っていたのだろう。
会場についた私を見た時、呆れたような口調で「びっくりした。こんな子供も来てるんだ」と冷めた目をして言い放った。
「え……」
婚約者候補云々のことなどまったく知らなかった私は、自分より年上の男の子から向けられた冷たい言葉がショックだった。
こんなことを言ってくるのは彼だけだと思いたかったが、周りの様子を見ているとだんだんと不安が募っていく。
広い和室にどんどん集まってくる参加者はほとんどが中学生で、自分よりもずっと大きな存在に見えた。
目の前で私に冷たい言葉を吐いた男の子も、背の高い中学生である。そんな中に私のような小学生が混じっていたら、思いっきり楽しめないと思われたのかもしれない。
年齢が違えば学力も違い、体力的な差だってある。
何をするのか詳しくは聞かされていなかったが、遊ぶつもりで来たのは間違いだったのだろうか。
もしチームに分かれて球技をしましょうなどと言われたら、私のいるチームは確実に不利になるだろう。
目の前の少年の吐いた冷たい言葉は、私の不安をさらに煽ったのだ。
「あ……あの、みんなで楽しく遊ぶだけって聞いてきたから……迷惑になるとか分かってなくて、私……」
そう言った私の声は、若干震えていたと思う。
冷たい視線を私に向けていた男の子は、一瞬驚いたように目を見開いた。
「え? ああ、なんだ。ごめん。別にそういう意味で言ったわけじゃないから、普通に楽しんでいきなよ。遊びに来ただけって認識の子がいると思ってなかったから」
「あ、でも……私が楽しんで、他の人もちゃんと楽しめるのかな?」
不安そうな声で訊ねた私に、主催側の人間として彼も思うところがあったのだろう。
軽く膝を折って目線を合わせてくれた彼に、少しだけ不安な気持ちが和らいだ。
「ごめん、大丈夫だから。自己紹介からしておこうか? 僕は加賀恭弥」
「青柳若菜……四年生で、あの」
「うん、分かった。君がそんな不安な顔しないように、僕の方でちゃんと気にかけておくから」
なんだか、発言が引率の先生のようだ。
随分と大人びたことをいう人だと思った。
「あ、えっと、恭弥くん……?」
幼い呼び方をした私に「ああ、何かあったらそうやって呼んで」と恭弥くんは言ってくれた。
今思うと、初対面の人に対して馴れ馴れしい呼び方をしてしまったなと思う。しかし、加賀という姓の人が多数いる場所で呼ぶなら名前の方がいいと、幼い私なりにいろいろと考えたのだ。
そう呼んでと許可をもらえた瞬間から、私の中で彼は「恭弥くん」という男の子だった。
この時はまだ、彼がこの大きな日本家屋の持ち主の息子だということを、私は意識すらしていなかったのである。
96
お気に入りに追加
767
あなたにおすすめの小説
年下の彼氏には同い年の女性の方がお似合いなので、別れ話をしようと思います!
ほったげな
恋愛
私には年下の彼氏がいる。その彼氏が同い年くらいの女性と街を歩いていた。同じくらいの年の女性の方が彼には似合う。だから、私は彼に別れ話をしようと思う。
【R18】英雄となった騎士は置き去りの令嬢に愛を乞う
季邑 えり
恋愛
とうとうヴィクターが帰って来る——シャーロットは橙色の髪をした初恋の騎士を待っていた。
『どうしても、手に入れたいものがある』そう言ってヴィクターはケンドリッチを離れたが、シャーロットは、別れ際に言った『手に入れたいもの』が何かを知らない。
ヴィクターは敵国の将を打ち取った英雄となり、戦勝パレードのために帰って来る。それも皇帝の娘である皇女を連れて。——危険を冒してまで手に入れた、英雄の婚約者を連れて。
幼馴染の騎士 × 辺境の令嬢
二人が待ちわびていたものは何なのか
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
色々と疲れた乙女は最強の騎士様の甘い攻撃に陥落しました
灰兎
恋愛
「ルイーズ、もう少し脚を開けますか?」優しく聞いてくれるマチアスは、多分、もう待ちきれないのを必死に我慢してくれている。
恋愛経験も無いままに婚約破棄まで経験して、色々と疲れているお年頃の女の子、ルイーズ。優秀で容姿端麗なのに恋愛初心者のルイーズ相手には四苦八苦、でもやっぱり最後には絶対無敵の最強だった騎士、マチアス。二人の両片思いは色んな意味でもう我慢出来なくなった騎士様によってぶち壊されました。めでたしめでたし。
【完結】誰にも相手にされない壁の華、イケメン騎士にお持ち帰りされる。
三園 七詩
恋愛
独身の貴族が集められる、今で言う婚活パーティーそこに地味で地位も下のソフィアも参加することに…しかし誰にも話しかけらない壁の華とかしたソフィア。
それなのに気がつけば裸でベッドに寝ていた…隣にはイケメン騎士でパーティーの花形の男性が隣にいる。
頭を抱えるソフィアはその前の出来事を思い出した。
短編恋愛になってます。
大事な姫様の性教育のために、姫様の御前で殿方と実演することになってしまいました。
水鏡あかり
恋愛
姫様に「あの人との初夜で粗相をしてしまうのが不安だから、貴女のを見せて」とお願いされた、姫様至上主義の侍女・真砂《まさご》。自分の拙い閨の経験では参考にならないと思いつつ、大事な姫様に懇願されて、引き受けることに。
真砂には気になる相手・檜佐木《ひさぎ》がいたものの、過去に一度、檜佐木の誘いを断ってしまっていたため、いまさら言えず、姫様の提案で、相手役は姫の夫である若様に選んでいただくことになる。
しかし、実演の当夜に閨に現れたのは、檜佐木で。どうも怒っているようなのだがーー。
主君至上主義な従者同士の恋愛が大好きなので書いてみました! ちょっと言葉責めもあるかも。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる