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28 宿で密談1

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 アダムが出ていった後、ケリーはその場で膝をついたまま呆然としていた。
 涙が出ていることさえ気づいていない。
 アダムの軽蔑した視線、口を拭う場面がケリーの頭の中を何度も駆け巡っていた。

 しばらくして……。

「——お待たせ……」

 そう言いながら部屋に入ってきたサラは、ケリーの様子を見て固まる。

「ケリーさん、一体どうされたのですか!?」

 慌てて駆け寄ってきたサラにケリーは抱きついた。

「うっ……サラさん……もうダメです。アダムに……うっ……嫌われました」

 ケリーは誰かにすがらないとどうにかなりそうだった。

「サラさん……もう、私……無理です……」

 サラは優しく抱きしめた。

「ここは大きな声を出しても部屋の外に漏れませんわ。我慢せず泣いてください。私はずっと側にいますから」

 ケリーはその言葉で一気に涙腺を崩壊させる。
 今までの苦悩を一緒に吐き出しながら声を上げて泣いた。





 涙が収まってきたケリーは、ようやくサラから体を離した。

「サラさん、長い時間すみませんでした……」

 サラは首を横に振った。

「お気になさらず。私はケリーさんの力になりたいだけですから」

 サラの優しい表情を見たケリーは再び涙を溢れさせる。
 そんなケリーの両手をサラは両手で優しく握った。

「ケリーさん、今夜はこのレストランに併設された宿に泊まりませんか? 明日は休日ですし。宿もここと同じように情報漏洩しないよう管理が徹底されたところですわ。いかがですか?」

 ケリーは涙をふきながら、「……はい」と小さな声で返事をした。





 その後、2人は宿へ移動した。

「——ここが、私たちの部屋ですわ」

 サラは魔法扉を開け、先にケリーを中へとおす。
 短い廊下を進み、ケリーがその先の扉を開けた。
 部屋は暖色の間接照明が数個ついているだけで薄暗かった。
 レストラン同様に豪華な装飾品や家具が置かれている。

 ケリーは正面の大きな窓を見て足を止めてしまった。

 胸の傷がひどく疼く。

 ——アダムが好きだと言っていた夜景……。

 美しい景色は、徐々に涙で歪んでいく。

 アダムを連想させるものは、今までのケリーにとって嬉しいものだった。
 しかし、今は辛い感情がどうしても勝ってしまう。
 アダムに嫌われた場面しか思い浮かばない。

 サラはすぐに夜景を遮るようにケリーの前に立ち、魔法でカーテンを閉める。

「ここは応接室ですわ。左右にそれぞれある扉は、寝室に繋がっていますの。もう寝室でお休みになりますか?」

 ケリーは首を横に振った。

「眠れそうにありません……。今は1人でいるのが辛くて……話を聞いて貰えませんか?」

 サラはゆっくり頷いた。

「もちろんです。何時間でもお付き合いしますわ。そちらのソファーに座りましょうか?」
「はい」

 サラが指し示した部屋の中央には、5、6人が座れるL字ソファーとガラスのローテーブルがあった。
 その上には、冷えた飲みものや果物などの軽食が置かれている。

 ソファーに座ったケリーは、涙で失った水分を補給しようとグラスに水を注ぎ、一気に飲み干した。
 サラは後に続いて静かにソファーに座る。

「……アダムはぐっすり眠っていると思っていました——」

 ケリーは話し始めるとすぐに目を潤ませ、時折言葉を詰まらせた。

 サラは最後まで聴き終えると、ため息をつく。

「アダムの態度は、ケリーさんにとってとても辛いものでしたね……。そんな態度をとってしまったのは、2つの理由があると思いますの」

 ケリーは涙目でサラを見つめる。

「1つ目は、エバさんを裏切った、という思いを抱いたことが原因ですわ」

 ケリーは黙って頷く。

「2つ目の理由は、3年前のある出来事です。アダムはある1人の男性にしつこく言い寄られていたことがあるのですわ——」
「え?」

 ケリーは思わず声を漏らす。

「——アダムは友人としてその男性から好意を抱かれているだけだ、と思っていたのです。しかし、その男性の想いは違ったようで……。ある日、その男性の家にアダムは招かれました。2人きりでお酒を飲んでいたのですが、その時にしつこく交際を迫られたようですわ。それがトラウマになったようで……」

 ケリーは眉間にしわを寄せ、その男性に怒りを覚えた。
 嫉妬、嫌悪……いろんな感情が渦巻く。
 自分もアダムにとって同罪なのはわかっているが……。

「それ以降、アダムは誰に対しても警戒するようになりまして……。ちなみに、ケリーさんは私の知り合いとして紹介しましたから、大丈夫だったようです。アダムは私の吸血鬼の素質を信用してくれていますから」
「でも、結局嫌われました……」

 ケリーはうなだれる。

「……残念ながら、これ以上アダムとの親交を深めることは難しいでしょう。アダムは重度の人間不信に陥っていますから。生活していくため、仕事上の付き合いは我慢している状況です。『ただ1つの目的』を支えにしてアダムはかろうじて生きているのですから」

 サラはケリーの中を覗き込むよう見つめていた。
 中にいるエバの魂に話しかけるように。

 ケリーはそれを理解して大きく頷いた。

「アダムの人生は苦労の連続だったんですね……。私……本当に取り返しのつかないことを……」

 ケリーは後悔に苛まれながら、ポロポロと涙をこぼす。

「アダムも大変でしたが、ケリーさんだって同じでしょう? ケリーさんはずっといろんなことを我慢していました。ここまで頑張ってこれたケリーさんは本当にすごいですわ。どれほどアダムを愛しているか、嫌という程伝わってきますもの。キスしたくなるのも理解できます。どうか、こんなことになっても、アダムを諦めないでください」

 ケリーは涙が堪えきれず、両手で目を覆う。
 サラの言葉はエバの魂に響き、今までの苦労が少し報われた気がした。

「……サラさんが側にいてくれて、本当によかったです」
「アダムはこれからもエバさんしか愛さない、と断言しています。ですから、提案があります——」

 ケリーは涙を拭きながら顔を上げた。

「——ケリーさん、新しい女性として生まれ変わりませんか?」
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