26 / 46
26 アダムの授業
しおりを挟む今日はケリーが待ち望んだ日。
そう、アダムの授業見学の日だ。
朝早くに出勤して仕事をほとんど片付けたケリーは、昼食を軽く済ませて教育学部棟へ向かっていた。
——久しぶりの生アダム~。緊張するな~。でも、私の顔を見たら……アダムはどんな顔をするかな……?
アダムの辛い表情が頭をよぎる。
——授業の時だけは考えないようにしよう。せっかくの機会なんだから、人気教員アダムの授業に集中しないと!
ケリーは講義室に到着し、扉の小窓からアダムを探す。
学生がたくさんいるものの、アダムの姿は見えなかった。
——廊下で待っていようかな。
しばらく待っていると、遠くから廊下を駆ける音が。
ケリーは顔を動かさず、視線だけをそちらへ移動させる……。
アダムの姿が視界に入り、鼓動が一気に早まる。
——アダムだ! 緊張してきたー!
「——ケリーくん、ごめん! 時間ギリギリだね。1番後ろの席、あけておいたから適当に座ってくれる?」
「はい、ご迷惑おかけします。今日はよろしくお願いします」
「うん」
アダムは優しい笑みをケリーに向けた。
——癒される~!
「じゃあ、入って」
「はい」
ケリーはアダムの後について講義室に入り、最後尾中央の席に座った。
端末を立てて机に固定し、撮影機能を起動する。
角度などを調整し、アダムと講義に使用する巨大画面が端末画面に映し出された。
そして、録画を開始する。
これはアダムから許可が出ているので、盗撮ではない。
——あ~、毎日見ちゃうだろうな~!!!
ケリーはニヤケを堪えながら、端末に映るアダムと実物のアダムを交互に見つめていた。
今回の講義は『魔法陣学』。
アダムの専門外だったが、前任者の引退を機に昨年からアダムが担当している。
アダムは教育学部で講義を最も多く抱えているため、断ってもいい状況だったのだが……。
アダムがこの講義を進んで引き受けたのには、理由があった。
「前任者に頼まれたから断れなかった」というのは建前で、本当は暇な時間を作らないようにするためだった。
何かに没頭していないと、過去の辛い記憶を思い出してしまう。
アダムはそれが怖くて仕方なかった。
しかし、これがきっかけで、魔法陣に使われている古代図形や古代文字の研究にアダムはのめり込み、これまで解読不可能とされていた可動性立体魔法陣——通称、『動く魔法陣』の解析を成功させた。
現在、魔法歴史が浅いこの国において、アダムは貴重な人材となった。
その甲斐あって、強大な権力をもつジョーゼルカ家でさえアダムに圧力をかけられない状況に陥っている。
『——今日は魔法陣解読の続きからです。では、魔術書の——』
アダムは前の巨大画面に魔法陣を映し出した。
普段見ないアダムの凛々しい表情や仕草に、ケリーは見惚れる。
——初めて見るアダムだ~! かっこいい……。
『——この文字は、現代文字とよく間違われるから注意してほしい』
——あー、本当にかっこいい~。声もいい~。こんなアダムを毎回見られる学生さんが羨ましい~。
ケリーにはアダムがキラキラと輝いて見えた。
『——じゃあ、次はこの魔法陣について』
アダムは『いびつな形の平面魔法陣』と『球体の魔法陣』を並べて巨大画面に映し出した。
『この2つの魔法陣は同じものだけど、平面魔法陣には何かが欠けているんだ。平面から球体へ戻すには、どうすればいいと思う? これは古代魔法陣修復士を目指す人には、絶対知っておいてほしい内容だよ』
ケリーはその話に反応し、口角を上げた。
——昔から定番の問題だね。今年の学生さんは答えられるかな?
アダムは講義室全体を見回す。
学生全員が難しい表情を浮かべており、誰も声を発しようとしない。
『うーん……今日の授業でかなりヒントを出してたんだけどなー。一度見返してみて。少し考える時間を設けるから。ちなみに、この難問は前任のニコラス先生が毎年出していたんだけど、今まで答えられた学生さんは1人だけらしいよ』
一部の学生から「そんなの無理だよー」など、諦めの声が漏れた。
実は、その答えられた人物はエバだった。
思わぬところで自分の話題が出て、ケリーは目を丸くする。
——アダムの口から私の話をしてくれるなんて……嬉しいな。
『——アダム先生ー。僕には無理でーす! もう少しヒントくださーい』
『えー、これ以上はダメだよー。僕の授業をちゃんと理解していたらできるはず。がんばってー』
アダムは弱音を吐いた学生にニコリと笑いかけた。
ケリーはその笑顔に胸をときめかせる。
——たまら~ん!!!
『えー! 先生のけちー!』
『ははははっ』
学生と笑顔で会話するアダムに、ケリーの顔が緩む。
——和やかな雰囲気の授業はアダムらしいな。学生さんに好かれてるのは一目瞭然だよ。
その後、学生は周りと相談しながら考えたが、時間内に答えを導き出した者はいなかった。
『——残念、時間内に解けた人はいなかったね。じゃあ、答えを……。せっかくだから僕が解説する前に、後ろで見学しているアボット先生に答えを聞いてみようかな』
アダムがそう言うと、学生全員が後ろを振り向く。
全員の視線がケリーの方へ向いていた。
「え!?」
ケリーは突然のことに目を見開いたまま固まる。
ケリーはアダムへ弱気の表情を見せると、アダムは可愛い笑みを返してきた。
——悪戯っぽいあの笑み……可愛すぎる~。もう、答えるしかない状況になってるよね……? まあ、いいかっ。
「……わかりました。前の画面を使って説明してもいいですか?」
「もちろん!」
アダムはケリーに笑顔を向けた。
——ご褒美だー!!!
ケリーは巨大画面の隅に書かれた1つの図式を指差した。
「えーっと、この平面魔法陣は、全く違う視点で考えないと修復できないようになってます。この式にこの文字を当てはめると——」
ケリーは数分かけて説明した。
「おぉー!」
説明を終えると、拍手が鳴り響いた。
「——アボット先生、ありがとうございました。とても簡潔でわかりやすかったです。僕の補足説明はいらないですね」
アダムは拍手しながらケリーを絶賛した。
「いえいえ、アダ……スコット先生のヒントがあったおかげですよ」
ケリーはアダムの笑顔を見て、転生前の出来事を思い出す。
それは当時魔法学院2年だったエバが、ニコラス教授が出した難問に答えた時のことだった——。
「——いやー、嬉しいよ。答えられる学生がついにでたね。エバくんが第1号だ! みんな、拍手を送ってくれ!」
ニコラス教授の言葉で、講義室にいた全員がエバに拍手を送った。
エバの隣に座っていたアダムは、満面の笑みで拍手を送っている。
「エバ、すごいよ! 誇りに思う! 今日はお祝いしようね!」
「ありがとう。うれしい」
エバは顔を真っ赤にして礼を言った。
その日の夜、2人は夜景が綺麗なレストランで食事をしていた。
平民のエバにとって、何もかもが初体験だ。
「アダム、こんな素敵な場所を用意してくれてありがとう。私にはもったいないよ」
「そんなことないよ。まだ祝い足りないくらいだよ?」
「え? 十分すぎるよ~」
エバは眉尻を下げる。
「お祝いは、まだあるから楽しみにしてて」
アダムは悪戯な笑みを浮かべた。
エバはその笑顔にドキドキが止まらなかった。
帰りの馬車。
アダムからエバへ、もう1つのお祝いが渡された。
それは、2人にとって初めての経験。
——甘い、甘いファーストキスだった。
2人にとって、忘れられないキスとなった。
*
「——この難問に関して、僕の解説は必要ないね。今日の講義はここまでにするよ」
アダムの言葉でケリーは我に返った。
学生たちは立ち上がり、講義室から出て行こうとしていた。
「ケリーくん、もう少し時間いい? この問題でいくつか聞きたいことがあるんだ」
「構いませんよ」
学生が出て行った後、アダムが話を切り出す。
「あのヒントで学生さんが答えられなかったのは、どうしてだと思う?」
「アダムさんが最初に出したヒントですけど……この式を足せばよかったかな、と思います。1人くらいは答えられたかもしれませんよ?」
「なるほど……。じゃあ——」
その後、2人の議論は白熱した。
「——あ、もう1時間経ったみたい」
アダムは講義室の壁にかけられた時計を見ていた。
「そろそろ出ようか。今日中に終わらせないといけない仕事があるんだ」
ケリーは肩を落とす。
恋愛感情を抜きにしても、この時間はとても充実していて楽しかった。
「はい。今日はありがとうございました」
「今夜、時間ある? アーロン教授の授業とかも比較しながら、もう少し話しをしないかい? 講義が始まる前、サラから誘いの連絡が入ってね。どうかな? 彼女も講義をいくつか担当しているから、意見交換したいみたいだよ」
「はい、喜んで!」
思わぬ誤算にケリーは満面の笑みで返事した。
——サラさん、ありがとう~!!!
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
騎士団寮のシングルマザー
古森きり
恋愛
夫と離婚し、実家へ帰る駅への道。
突然突っ込んできた車に死を覚悟した歩美。
しかし、目を覚ますとそこは森の中。
異世界に聖女として召喚された幼い娘、真美の為に、歩美の奮闘が今、始まる!
……と、意気込んだものの全く家事が出来ない歩美の明日はどっちだ!?
※ノベルアップ+様(読み直し改稿ナッシング先行公開)にも掲載しましたが、カクヨムさん(は改稿・完結済みです)、小説家になろうさん、アルファポリスさんは改稿したものを掲載しています。
※割と鬱展開多いのでご注意ください。作者はあんまり鬱展開だと思ってませんけども。
その悪役令嬢、復讐を愛す~悪魔を愛する少女は不幸と言う名の幸福に溺れる~
のがみさんちのはろさん
恋愛
ディゼルが死の間際に思い出したのは前世の記憶。
異世界で普通の少女として生きていた彼女の記憶の中に自分とよく似た少女が登場する物語が存在した。
その物語でのディゼルは悪魔に体を乗っ取られ、悪役令嬢としてヒロインである妹、トワを困らせるキャラクターだった。
その記憶を思い出したディゼルは悪魔と共にトワを苦しめるため、悪魔の願いのために世界を不幸にするための旅に出る。
これは悪魔を愛した少女が、不幸と復讐のために生きる物語である。
※カクヨム・小説家になろう・エブリスタ・pixiv・ノベルアップでも連載してます。
※ノベルピアで最終回まで先行公開しています。※
https://novelpia.jp/novel/693
好きでした、さようなら
豆狸
恋愛
「……すまない」
初夜の床で、彼は言いました。
「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」
悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。
なろう様でも公開中です。
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました
平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。
クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。
そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。
そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも
深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
私の婚約者は6人目の攻略対象者でした
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
王立学園の入学式。主人公のクラウディアは婚約者と共に講堂に向かっていた。
すると「きゃあ!」と、私達の行く手を阻むように、髪色がピンクの女生徒が転けた。『バターン』って効果音が聞こえてきそうな見事な転け方で。
そういえば前世、異世界を舞台にした物語のヒロインはピンク色が定番だった。
確か…入学式の日に学園で迷って攻略対象者に助けられたり、攻略対象者とぶつかって転けてしまったところを手を貸してもらったり…っていうのが定番の出会いイベントよね。
って……えっ!? ここってもしかして乙女ゲームの世界なの!?
ヒロイン登場に驚きつつも、婚約者と共に無意識に攻略対象者のフラグを折っていたクラウディア。
そんなクラウディアが幸せになる話。
※本編完結済※番外編更新中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる