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25 式神との戦い5
しおりを挟む伊月は椿と激しい戦いを繰り広げていた。
椿が憑依している国王は長い青髪、赤黒い皮膚、黄色の目——完全に妖魔化してしまい、攻撃力は格段に上がっていた。
それは『雷系の妖術を得意とする妖魔』と『炎系妖術を得意とする国王』の融合体であるため、水系妖術のみを得意とする伊月は明らかに分が悪かった。
それでも、伊月は上空からずっと俯瞰し続けているため、どうにか致命傷を負わずに済んでいる。
「——口ほどにもない。威勢を張った割には、私に傷1つ与えていないぞ。ふふふっ、そろそろ妖力がなくなってきているんだろう?」
椿の言う通りだったが、伊月は焦っていなかった。
「あなたは勝てない。ここで滅びる運命よ」
傷だらけの伊月は余裕の笑みを浮かべた。
「強がりだな。この状況で勝てるわけがないだろ?」
「すぐにわかるわ」
伊月は額の目であるものを捉え、口角を上げた。
「花奈はすでに掌握している。万が一花奈が加勢したとしても、花奈の植物系妖術は炎の最強術者——お前の父親には敵うまい」
「あなたは姉上を何も理解してないのね。父上もそうだった」
伊月はそう言った直後、自分を水で覆った。
そして、椿の視界が霞み始める。
「まさか……」
椿は慌てて鼻と口を抑えるが、手遅れだった。
花奈の『植物毒術』だと気づいた時には痺れた体をよろめかせ、両膝と両手を地面についていた。
花奈が椿に発動した妖術は、植物が生み出す毒性物質を複数組合わせて花粉に付着させ、鼻や口から吸収させる術だ。
伊月はそれから身を守るため、水で自分を覆っていた。
椿はどうにか立ち上がろうとするが力は入らず、意識はどんどん遠くなっていく。
憑依した体——国王は着実に死に近づいていた。
「花奈……どうやって……葵から逃れた……」
地面に倒れこんだ椿は花奈を睨みつけた。
「あなたに教える必要はないわ。父上の体を返しなさい!」
花奈は憑依解除術を椿へ放った。
すると、真っ白のペラペラな式神——椿の本体がするりと国王の体から出てきた。
「伊月! お願い!」
「はい!」
花奈の合図を受けた伊月は自分を覆っていた水を消し去り、両手剣で式神を切り刻んだ。
「これで全て倒したわ」
花奈の言葉を聞いてホッとした伊月は、地面に倒れていた国王へ駆け寄った。
「——父上!」
花奈は伊月の側で立ったまま辛そうに見ている。
「グル……」
妖魔化した国王は息も絶え絶えで、目が虚ろになっていた。
しかし伊月と花奈を見た瞬間、ある映像が頭に流れ込んでくる——。
『——将聖様、元気な女の子ですよ』
国王・犬神将聖は、最愛の妻・彩帆が抱きかかえる赤子——花奈を見て胸を熱くさせていた。
『2人とも元気で何よりだ——』
その後、花奈と伊月の幼少期の顔が次々に浮かび、式神によって抑えられていた2人への愛情が一気に溢れてくる。
妖魔化した国王には、3人のこともその感情も理解できなかった。
しかし、なぜか勝手に涙が溢れだす。
そして——。
国王は穏やかな表情で目を閉じる。
まもなくして灰と化し、消滅した。
「姉上……」
伊月は花奈に抱きついて泣き出す。
花奈は黙って伊月を強く抱きしめた。
*
「——花奈! モモ!」
花奈は伊月を連れて夕翔が待っている場所へ転移してきた。
モモは夕翔の胸に飛び込み、夕翔に抱きしめてもらう。
「ゆうちゃん、もう大丈夫。全てが終わったから」
色々と聞きたい夕翔だったが、花奈が悲しみをこらえているように見えたので、今はそっとしておくことにした。
「ゆうちゃん、紹介するね。私の妹、伊月だよ」
「はじめまして、伊月と申します」
伊月は夕翔に向かって深く頭を下げた。
ここへ来る前に山小屋へ立ち寄り、花奈が用意した服を着ていたので、嗣斗はその横で控えていた。
「えっと……はじめまして、夕翔です」
夕翔は急に妹を紹介されたので戸惑っていた。
「とりあえず、ゆうちゃんの家に帰ろっか。そこで詳しい話をするから」
「わかった。あ、小屋にいた人たちは?」
「大丈夫。それは対処しておいたから」
「そっか。この荒れた山は?」
「徐々に修復されるようになってるから大丈夫だよ。それまで結界は消えないから」
「よかった」
「ちょっと妖力補給するね」
花奈は上着ポケットからクッキーを出してガリガリと食べ、手に持っていた水筒のお茶で流し込んだ。
「転移するから私に掴まって!」
夕翔と伊月は花奈の両腕にそれぞれ掴まる。
そして、3人は夕翔の家へ転移した。
*
昼過ぎ。
夕翔の家、リビング。
3人は犬神山から帰って睡眠をとった後、カップ麺を食べていた。
一度消えた花奈の式神たちは再召喚され、花奈の後ろでモモと一緒にくつろいでいる。
伊月の式神たちは部屋の隅でおとなしく座って見守っていた。
「——そういうわけで、私の世界から来た悪い式神は全部倒したの」
花奈は父親のことを伏せた状態で夕翔に昨晩の説明をしていた。
「俺が掴まったのは、花奈と繋がっていたからなんだな?」
「そうだよ、逆手に取られちゃった。そのせいで私は感情の制御ができなくなって、一時的に完全に乗っ取られたの。式神が消えたのはそれが原因。モモが残ってて助かったよ」
「かなりギリギリでしたね」
伊月の発言で花奈は眉根を寄せた。
「本当に……」
「それにしても、結婚前に契りを結ぶなんて……」
伊月は困り顔で花奈と夕翔を交互に見る。
花奈は平然としているが、夕翔は顔を真っ赤にしていた。
「なるほど……姉上がけしかけたようですね。夕翔様、姉上に手綱を握られないようお気をつけください」
「うん、気をつける」
夕翔は深く頷いた。
「ちょっと、2人とも私をなんだと思ってるの?」
「じゃじゃ馬……いや、馬じゃないか……。しつけができてない野良犬……かな」
「いい例えですね……。姉上は言うことを聞かないわがままな人でしたから」
花奈の式神たちは深く頷いた。
「ゆうちゃん!? 伊月まで!?」
「ふふふっ」
「はははっ」
花奈はふてくされて頬を膨らます。
「それで姉上、2つの世界が繋がっている状態をどうするおつもりですか?」
「2人が寝ている間に時空の狭間を見てきたけど、方法は1つしかないと思う」
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