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31 吸血鬼の村

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 三人はイリヤの家の前に到着すると、玄関の扉が突然開いた。

「——どうぞ中へお入りください」

 中から若い男の声が聞こえたが、姿は見えなかった。

「二人とも、行くぞ」
「はい」
「うん」

 三人が中に入ると、こぢんまりとしたリビングスペースが広がっていた。

「狭いですが、そちらにお座りください」

 イリヤはカップが乗ったトレーを抱えながらそう言った。
 ポセは一人用ソファーに、ロディユとミカエルは二人用のソファーに並んで座った。
 イリヤはお茶が入ったカップをそれぞれの前に置いた後、テーブルを挟んでポセの前に座った。

「ここはルシファー様が提供してくださった擬似異界です。ここに来てから数百年経ちますが、今まで発見されたことはありません。潜伏先としては申し分ないかと」
「我らを受け入れてくれたこと、感謝する」

 ポセは頭を下げた。
 後に続いてミカエルとロディユも頭を下げた。

「構いませんよ。ルシファー様に少しでもご恩をお返ししたいですから」

 イリヤは微笑を浮かべ、自分の前に置かれていたグラスを手に取る。
 そして、その中に入っている真っ赤な液体を一口飲んだ。

 ロディユはその様子を見て、ゴクリと唾を飲み込む。

「御察しの通り、これは血液です。ですが、ご心配なく。あなたたちの血を求めることはありません。今は技術が発展して血液が作れますので」

 ロディユはホッとしたように頷いた。

「我々の食事は血液だけです。残念ながら、あなたたちが好むような食物は提供できません。ですので、食材調達や調理はご自身でおこなってください」

 三人は黙って頷いた。

「1つ聞きたいことがあるのだが……」

 そう言ったのはポセだった。

「なんでしょう?」
「吸血鬼は強大な力を持っていると聞く。なぜ、ずっと隠れて暮らしているのだ?」
「誰もが気になっていることでしょうね。理由は、身を守るためですよ」
「ん?」

 意外な言葉にロディユは首を傾げる。

「世間には知られていませんが、多くの吸血鬼たちは神域に連れて行かれ、実験動物として利用されていたのです。辛くも逃げ出した私がそう言うのですから、間違いありません」
「そんな……」

 ロディユは非道な内容にショックを受ける。
 それを知らなかったポセとミカエルは、神域に対して憤りを感じ、怒りに満ちた表情を浮かべていた。

「神域の神は、私たちの不老不死を調べるためにさらったようです。不老不死と謳われる神がそれを調べるなんて、おかしいと思いましたが……。どうやら、高い権力を持つ神の中で、その能力を持たない者がいるようです。あなたたちはすでにご存知のようですが……?」
「——ゼウスです」

 イリヤはロディユの言葉で大きく頷く。

「やはり……。ヘラが秘密裏に行なっているようでしたので、その線しか考えられませんでした。吸血鬼は現在、絶滅の危機にあります。私は生き残った者たちを守らなければならない……」
「吸血鬼は子孫を残せないのか?」

 ポセは疑問を投げかけた。

「吸血鬼は不老不死という能力を獲得した代償に、子孫を残すことができません。別の種族に血を分け与えれば、その者も吸血鬼の力を持つこともあるのですが……。完全な吸血鬼とは程遠い人種に成り下がるだけでした」
「そうなのか……」
「まあ、今は種族の危機についてはこれくらいにしましょう」

 イリヤは一旦間をおいた。

「私たち吸血鬼は微々たる人数ですが、今回の戦いに参加するつもりです」
「感謝する」

 ポセの言葉に合わせて、ロディユとミカエルも深く頭を下げた。





 三人はイリヤと話した後、途中の街で調達していた天幕を村のはずれに建て、食事をとっていた。

「——二人は、吸血鬼が神域にさらわれていたことは知っていたの?」

 ポセとミカエルは首を横に振る。

「知っていれば、すぐにでもやめさせていた」
「私も知らなかった……。神域がここまで腐りきっている場所だとは……」

 ミカエルは眉間にしわを寄せていた。
 
 二人の怒りに気づいたロディユは、悲しい表情を浮かべる。

「今の状況は良くないと思うんだ。みんな、怒りに満たされてしまってる。報復のためではなく、安心できる世界を取り戻すために戦うべきだよ」

 怖い顔をしていた二人は、はっとしてロディユの方を見る。

「今の言葉は、亡くなった母親から言われたんだ。怒りで満たされた力は、正しく使えない。僕たちがこれからやろうとしていることは、正義と言えるかどうかわからないけど……。それでも、憎悪で満たされたゼウスを倒すには、それがいいと思うんだ」
「さすが、マスターエルダーの意思を継いだ男だな。ロディユの言う通りだ。我々はそうあるべきだ。姉上がよく言っていた、どんな場面でも『高潔であれ』と」

 ミカエルも同意するように、大きく頷いた。





 翌朝。

 ロディユたち三人は、イリヤの家を再び訪ねていた。

「——御用とは?」
「僕を鍛えていただきたいのです」

 イリヤは吹き出し、目を細める。

「人間が? 笑わせるな」

 イリヤは、先ほどとは正反対の横柄な態度に変わった。
 ロディユは一瞬尻込みするが、そんなことで屈するわけにはいかない。

「僕をただの人間と思ってもらっては困ります。見た目は人間ですが、マスターエルダーの子孫ですよ?」
「子孫が存在するだと? まさか……」

 イリヤはロディユの言葉が信じられず、視線が鋭くなっていた。

「一滴だけ、血をもらっていいか? 嗜好のためではない。種族を確認するためだ」

 イリヤは棚に置かれていた小皿に視線を向け、魔法でテーブル上へ移動させた。

「構いません……」

 ロディユはカバンからナイフを取り出し、指先を傷つけた。
 そこから血を絞り出し、一滴分を小皿に落とす。

 イリヤは小皿を手に取り、香りを嗅ぐ。
 そして、舌でその血を舐め、しばらく目を瞑った。

「ふっ……ふははははっ! 面白い、本当に竜の血だ。竜人ではなく、純粋な竜の血だ! いいだろう、修行をつけてやる!」
「ありがとうございます!」
「具体的に、何を求める?」
「血の扱い方です。なにせ、僕はこの力を目覚めさせたばかりですから」
「なるほど。では、最初に体内の血の使い方を教えてやろう」
「ありがとうございます!」
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