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16 腐食の森1
しおりを挟むロディユとポセは、冥界から地上へ戻ってきていた。
「案内してくれる冥界人がどこかにいるはずなんだけど……。ポセさん、見える?」
「いや、我にも見えないな……」
二人がそんなことを話していると、地面から白い手がにゅるっと突き出てきた……。
「うわーーーー!!!」
その手は、迷いなくロディユの足首を掴んでいた。
『どうも~! また、お会いしましたね~! クレアでーす!』
クレアが手を振りながら、地面から体を現した。
「そういう姿の現し方、やめてよ! 悪意しかないよね!?」
ロディユは顔を真っ赤にして怒りをあらわにしていた。
『え~? そうかしら? 死霊の楽しみの一つなのに~』
ロディユは「だから腐食の森ができたんだよ」と心の中でぼやき、クレアへ冷たい視線を送る。
『もう、そんな怖い顔しないでよ。腐食の森の案内役になったんだから~』
「案内役ってクレアさんだったの? まあ……よかったよ。他に怖い死霊だったらどうしよう、と思っていたから……」
『本当に怖がりなのね? そういうところ、好きよ』
クレアは冷たい指先でロディユの頬を突いた。
ロディユはあまりの冷たさに顔をしかめる。
『そうだ、案内役を任された時、ハデス様に怒られなかったわ。坊やはあのことについてうまく誤魔化してくれたみたいね~。ありがとう!』
ロディユは笑みを返しながら、ハデスが言っていたことを思い出す——。
『——クレアが原因で腐食の森ができたことはわかっていた。意図してやったことではないから、特に言及しなかった。その代わり、腐食の森の監視役に任命したのだ』
ハデスの発言に、ロディユは納得するように頷いた。
『すべてわかっていたんですね。冥界へ連れてきてくれたクレアさんに恩を返そうと、弁護をするつもりでしたが……』
『必要ない。冥界人でも失敗はするからな。地上で死者が出ていないことを考慮しての判断だ』
『お前は昔から身内には甘い。だからこそ、冥界人から好かれているのだろうが——』
ポセは、ハデスとの会話を思い出していたロディユの肩に手を乗せた。
「ロディユ、ぼーっと突っ立ってないで、腐食の森専用の防御壁を展開してくれ」
「あ、ごめん。ちょっと待ってね……」
ロディユはカバンの中へ手を突っ込む。
中から魔法陣が描かれた布二枚、二種類のクリスタル花を色違いで三本ずつ取り出した。
それらは全て、ハデスからもらったものだ。
「アクア、ローブの内側で大人しくしてろよ? 危ないから」
「キュー!」
ロディユの肩に乗っていたアクアは、干し肉をたんまり両腕に抱え、嬉しそうにローブの中へ飛び込んだ。
「ポセさん、花と布を」
「うむ」
ロディユとポセはそれぞれ、赤と緑の花を片手に握りしめた。
足元には魔法陣が描かれた布が置かれている。
そして、二人は布へ魔力を流し込んだ——。
握っていた花が頭上に浮かび上がり、それぞれの体を囲むように『完全無毒化防御壁』が展開された。
次に、ポセは先端の刃が三つに分かれた矛を左手に出現させ、刃が上になるように立てる。
それにも同じよう防御壁を展開した。
矛の先端には二輪の花が浮かんでいる。
『あら、頭の上に花が二つ、それに矛にも……フフフッ、可愛いわね』
クレアは二人の防御壁を見ながらケラケラ笑っていた。
「もう少し我にふさわしい装飾にできなかったのだろうか……。武器にも花とは……格好がつかん」
ポセは唇を突き出し、頬を赤くさせていた。
「ハデス様が教えてくれた方法だから諦めるしかないよ」
「ハデスめ……。わざとじゃないのか?」
ポセは憤りを感じながら、ハデスに教えてもらった『腐食の森対策』を思い出していた——。
「——腐食の森には、森の主がいる。通常の物理攻撃や魔法攻撃では倒せない。そして、緑の石がその体内にあることがわかっている」
ポセはハデスの説明を聞いて口角を上げた。
「場所が判明したのは幸運だ。我らは最優先でその石を回収するつもりだ」
「そう簡単にはいかないぞ。森の主は強固な防御壁で自分を囲んでいる。実体を消せる死霊ですら、通り抜けられない特殊な壁だ」
「むぅ。どうやってそれを攻略するのだ?」
ハデスは、クリスタルの花束を二人の前に出現させた。
色は緑と赤の二種類だ。
「これを使え。森の主が持っている緑の石は、その少年の額にある石と正反対の性質だった。そして、この緑のクリスタル花も緑の石と正反対の性質だ。その質の違いを利用すれば石の力を相殺できる」
ハデスは魔法陣が描かれた布を花束の横に出現させた。
「この魔法陣と二種類のクリスタル花、そして少年の石の力を利用すれば、毒を無毒化しながら森の中を移動できる。緑の花は無毒化効果を持ち、赤の花は毒胞子を焼き払う力を持つ。少年の石はその二つの効果を持続するために使え」
ロディユは頷いた。
「そして、ポセイドン、同じ防御壁をお前の武器の周りにも展開しておけ。一撃では無理だろうが、何度も攻撃すれば森の主の硬い防御壁を壊せるはずだ」
「防御壁を武器として使うのか。面白いやり方だ」
「お前ならすぐに使いこなせるだろうな」
ポセは「当然だ」と自信満々に答えた。
「ハデス、森の主に最短距離で会いにいくにはどうすればいい? 道筋を教えてくれ」
「せっかちなやつだな。そう言うと思っていた。だが、生憎地図などないわ。代わりに、詳しい者を同行させよう」
「助かるぞ!」
*
3人は腐食の森の対策を再度確認した後、クレアは胸の前で両手をパチンと鳴らした。
『二人とも準備万端のようね。じゃあ、付いてきて~』
クレアは死精霊たちに囲まれながら、フワフワと前進を始めた。
「ロディユ、背中に乗ってくれ。防御壁の管理は任せた」
「移動と戦闘はポセさんにお任せしまーす」
「うむ。任せておけ!」
ポセは久しぶりに猛者と戦えることが楽しみで、笑みをこぼしながら飛行を開始した。
『——私が作り出したあの妖川を越えたら、毒胞子があなたたちを襲ってくると思う。スピードをあげて進むわよ!』
「わかった!」
クレアは一気にスピードを上げ、ポセもそれに追随する。
そして予告通り、毒胞子の嵐が襲ってきた。
『——来たわよ! 私が霊水で援護するわ!』
クレアは霊水を霧状に放出した。
それを浴びた毒胞子は、攻撃対象を見失ったかのように動きを鈍らせ、嵐が一時的に緩和される。
『今のうちに、森の中へ突っ込むわよ!』
「ふはははっ! いいぞ!」
ポセは、混乱したこの状況を楽しみながら森へ向かった。
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