祓魔師の後悔

野良にゃお

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終幕前)えぴろーぐの前

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 玄関のドアを開けて一歩、続けざまに二歩、更には三歩、と。外気にこの身を晒した途端に、無意識で無自覚に吐いた息がその姿形をやんわりとではあるのだけれど露わにする。

「あう、う。寒いよぉー」
 と、反射的にぽつり。そんな当たり前でしかない感想を声にする私。そして、それが合図となって脳内で独り言が始まる。

 え、寒いですって? そりゃそうですおー。だって今は、January略してJanなんですもん。真冬ド真ん中ッてヤツ。そりゃ、寒いに決まってんじゃんJanだけになんちゃってあはは。

 はは、は………。

 その結果として、内側からも寒くなってしまいましたとさ。あ、ううん違う。言い直しましょうね。寒くなってきた、じゃん? です。えっ、と。あ、じゃんじゃん飲もぉー! えっと、えっと、じゃあね、じゃあね、あっ、そうだ! じゃじゃじゃじゃあーん………じゃ、じゃんぷ? はいそうです勿論ですとも全て不発です若しくは自爆ですけれどでも何か?

「………っ!」
 と、脈絡のない思いつきを思いつくまま流れるままに紡いだ結果、最終的にはくだらないダジャレの連射という形で幕が下りる。いつもそう。で、慌てて視界をグルリ。と、見回してみる。更に、見渡してもみる。よ、よし、誰一人として見当たらない。
「せぇえええーっふ!」
 って、脳内での事なのだから気づかれないのだけれど。けれど、でも。照れ隠しで自分自身に遠回しの喧嘩を売ってみた感じ。これもまた、いつもと同じ。ここまでワンパック。形を変えたワンパターン。

 待て、よ。

 誰に対しての照れ隠しなのだろう? うむむむ。言い訳が思い浮かばないくらいにヒドすぎて動揺→自分自身に逆ギレ→誤魔化そうと試みる。って事なのかな。あうう、いつものところでヤメておけばイイのに自己分析みたいな事をしちゃったりするもんだから、虚しくなっちゃったです。全く、ですよ。屈折してるというか自信がないというか、面倒な女なんですよねきっと私。けれど、私ではない誰かから見れば今の私ってどこからどう見たってさ、うん。無表情でただただてくてくと歩いてるだけのどこぞの小娘でしかない。今の私にタイトルをつけるとするなら、『黙って歩いている女』ですよ。それなのに、脳内では賑やかに独り言の独り遊びを独り、然したる意味もなく失敗もしつつそれなりに楽しんでたりする。しかもたぶん、見た目とのギャップが強いテンションの高さで。そしてたぶんきっと、ネコをかぶった私しか知らない人達がそんな私を知れば、その途端に呆然となるか唖然とするか、少なくともそんな人だとは思わなかったですって引いちゃうんだろうなぁー。ま、仕方ないのだけれど。人間なんて誰もがそういうもの。度合いの差や程度の差こそ様々で色々なのだけれど、多かれ少なかれ隠してる事や自重してる事は沢山ある筈。晒す事を拒否して上着というお洋服で隠し、更にその下にはご丁寧に下着というお洋服まで重ねてるくらいですからね。それと同じように心や脳だってそうで、始まりは厚い壁で覆い隠してる。そして、時間を経て徐々に何もかもを晒け出していき、或いは晒け出す事になってしまい、結果的に少しずつ触れてもらうものなのです。それはとてもとても恥ずかしい事なのだけれど、受け入れてもらえたら嬉しいし、それによって安心してしまえば凄い気持ちイイ。詰まるところ、全ては自分次第。されど相手次第。だから人間は、誰かを強く求めたがるのだろうし………判ってもらいたいが故に。だから人間は、時として神経質なくらいに隠そうとするのでしょう。

 嫌われたくないが為に。
 ………なんちゃってね。

 朝っぱらから哲学もどきかよ! と、ツッコミを入れてみましょう。勿論それも、脳内だけなのだけれど。私は一人何役もこなしながら私に個性を与え、漸く私を動かしてるのです。それによって、私自身の日々の暮らしに彩りを与えれてるのかどうかは別として。それによって、私自身が日々の暮らしに充実感を得られてるのかどうかも別として、ね。人生ってヤツはなかなかどうして、思いどおりにはいかないものですし。尊敬してやまない歌姫さまがこう申しておりました。『人生は二番目の夢だけが叶うものなのよ。だって、ほら、アノ人は私に残らない』って、ね。けれどもしもそうだとするならば、私の場合はどうなのだろう? 未来永劫、何度生まれ変わっても、アノ人は私だけのモノでいてくれるのでしょうか? 漸く掴んだそのきっかけ。やっと手繰り寄せたこのきっかけ。それなのにいつか私は、アノ人を失ってしまうのかなぁー。

「そんなの」
 ヤダよ。なんとか成功したというのに、フリダシになんか戻りたくない。これがアガリであってほしい。だって、スタート線に再び立てるなんていう保証は何処にもないし、ゴール線を越えたという確証もまた何処にもないのだから。更に言えば、この先どうなるのかを知る術もない。見当たらない。判らない。けれど、離れたくない。棄てられたくない。じゃあ、どうすればイイの? まとわりつくの? しがみつけばイイ? お願いしちゃう? 土下座とかしちゃう? それとも、二人きりになれるまでその他の全員を一人残らず殺し続ける? 完全犯罪祭りを開催しちゃう? って、完全犯罪を続けるなんて無理。いつかは絶対にバレてしまうに決まってます。そんな事したらその時こそ、完全に嫌われちゃうよね。うううだから却下!

 そんなの却下却下却下!
 激しく却下ですよぉー!

「………」
 私がこれからするべき事は一つ、それは何か判ってる。愛してもらえるように頑張る事。そして、愛し続けてもらえるように頑張る事。なのだけれど。そんなの判っているのだけれど。けれどやっぱり、それなのにやっぱり、じゃあそうなる為に私がすべき事は何? と、なると。どうすればそうしてもらえるのかが判んない。何でも言うとおりにする? そんなのは簡単だよ。何だってします。そんなの当然の事なんだし。イヤな事なんて何一つないもん。オマエなんかいらない目障りだオレの傍から永遠にいなくなれっていう命令以外なら、どんな事だって………。でもアノ人は優しい人だから、命令なんてしないどころかたっぷり甘えさせてくれる筈。ううん、甘えさせてくれる。なので、迷惑をかけないようにしなくては………うん。今日だってそう。迎えに行くよって言ってくれた。『行こうか?』じゃなくって、『行くよ』って。遠いのにさ。わざわざこの町まで来て、また戻る。そんな面倒な事まで当たり前のようにしてくれようとする。いつだって温めてくれる。当たり前のように癒やしてくれる。だから元気になれた。笑顔でいれた。出逢ってなければ私なんてきっと、とっくの昔にこの世から消えてただろう。自身のこの手で、若しくはこの足で自ら、私自身が私という存在に宿る命の鼓動を止めてただろう。例えそれが………私を見てくれてるワケじゃなくても。

 でも、それでも。
 構わないんです。

 過去、私は何度も救われた。救ってくれた。助けてくれた。守ってくれた。包んでくれた。癒やしてくれた。支えてくれた。それなのに、それでもアノ人は言う。オレだけじゃない筈だよ、と。オレなんかより優しい人は沢山いるんだよ、と。アノ人は、アノ人は、私の気持ちをさらりと受け流すかのように………でも、そういう事ではないのです。少なくとも、私にとっては。だって、アノ人が初めてだったんだもん。アノ人が一番最初だったの。アノ人が手を差し伸べてくれてなかったら、その時点で私はもうこの世に存在してなかった。だから違うの。特別なの。不変なの。そして、アノ人ありきなの。だから私、あんな事までしてこんな事になって………それほどまでに恋焦がれてしまうんだもん。

「………」
 って、誰に聞かれてるワケでもないのに、誰に覗かれてるワケでもないのに、それなのになんだか凄い恥ずかしくなってきたよぉー、はうう。もう何時間かしたら会えるのに、それから先は傍に居られるのに、幸せな毎日までもうすぐなのに、それなのに今すぐにでも会いたくてたまらない。ギュッてシテもらいたくて仕方がない。

 声が聴きたいです。
 笑顔が見たいです。

 身体に触れたいの。
 全身で感じたいの。

 それで、アノ人を。
 アノ人、を………。

「あ、そっか」
 迎えに来てもらっていれば、こうして向こうに行くこの時間だけ早く、そして多く、アノ人の傍でアノ人と共に過ごせたのかぁ………。失敗したな。やっぱりあの時、甘えちゃえば良かった、っ! て、バカ! バカバカバカ! そんな事を考えちゃうだなんて私のバカ! 大バカ! あと何時間かしたら会えるんだよ? あとほんの何時間かの我慢なんだよ? 今までの事を思えば、それだけで済むんだよ? 充分すぎるくらい幸せな事なんだよ? ねぇ、そうでしょ? 比べるまでもないでしょ?

 反省しなさい!

「あうう、そうですたゴメンなさい」
 これはもうお仕置きですね。お仕置きしちゃいましょう。どんなお仕置きがイイかしら? そうね………あっ、こんなのはどう? まずは、この場で服を全て脱いで裸になりなさい。そして、座って足を広げるのよ。勿論、おもいっきりね。でもほら、そんな事しちゃうと丸見えになっちゃうよ? ねぇ、どう? どうなの? 恥ずかしい? ねぇ、恥ずかしいの? でも、変ね。イヤそうには見えないよ? そうなんでしょ? だって、アナタは。
「はう、う………」
 それならさ、丸見えになったそこを指で弄びなさいよ。そう、果てちゃうまでね。えっ、恥ずかしい? でも、望んでいるんでしょ? 実は、たまんないんだろ? だから、すぐに果てちゃうんだろ? なぁ、恥ずかしさより勝っちゃうんだろ? それとも、アノ人にシテもらいたいのか? でもそれだと、すぐ傍まで近寄らないとだぞ? すぐ近くで見られながら果てる方が興奮するのか? そうか、それならどんな表情で果てるのか見てもらいなよ。ほら、言ってごらん。ホントはどうしてほしいのか、その口でさ。アノ人にお願いしてみなよ。ほら、ほら、早く。

「いっぱいシテくださ、っ!」

 あ、あううおおおお!
 ヤバいヤバいですお!

 声になってしまいますたぁー!

「あうっ! ううっ! どどど」
 どうしよう! 慌ててキョロキョロ、周りを見回し見渡す。私、絶体絶命の大ピンチれすおぉおおおー!
「って、誰もいないですね」
 此処が閑静な田舎町でホントにホントにホントに良かったぁー! しかも、季節は冬が真っ盛り中ですから、早起きさん達もお家の中。故に………。
「せぇえええーふっ!」
 私、助かりますた! 無事に生還ですおー。いやはやですよ全く。ついつい妄想してしまいますた。しかも、途中からアノ人を。ゴメンなさい! また私、淫らで不埒な妄想にキャスティングしてしまいますた。許してください! 正直に言うと実は私、昨夜も一昨日も………って、自分で触るようになってから今日までの約十年間、キャスティングしなかった事なんて一度たりともなかったですねあはは、はは、は。でも、でも、それはですね、その、一途って事ですと言えなくもないですし、うん。それだけ好きなんだって事ですから。それに、ほら、私ってアノ人しか知らないんだから、だから、そうなっちゃうのは当たり前の事だよね、ですよね、ね、ね、うん、そうだよ。そうれすよあははそそそうだよねそうアノ人がおあずけ続けるからだからですよあはは、ははは、はは、は………やっぱり私ってド変態さんなのかな。バレちゃった時はみんなシテると思うよってアノ人、受け止めてくれたですけど………女の子が自分でシテるなんて話し、聞いた事ないですし。そんなの訊けないから知らないだけなのかなぁ………ううん。それは、私にとって都合の良い解釈なだけ。こんな事シテるのは私くらいの………でも、でも、みんなシテなくても問題ないよとも言ってくれたし。だから、だから………。

 アノ人がイイなら良し!

 人間なんて生き物は脳内世界を覗いてみればみんなみんなみぃ~んな変態さんだもん! だから、私は変態さんですけど何か問題ありますか? ってな感じですお、おほほほ!

「はうっ………」
 あ、ヤバいかも。バッチリな感じでスイッチが入っちゃったから下着が、その、ひんやりしてるみたいです。

 あう、うっ。
 どうしよう。

 自分の身体だけに、自身の事だけに、どういう状況になってるのか簡単に想像がつく。推測どころか実感している。妄想しただけでこんなにまでなっちゃうなんて、驚きですよ全く私ときたら………って、いつもそうですた。

「はう、う」
 駅に着いたらおトイレに直行して、それでイジっちゃおっかな。あっ、それか、電車ん中でも。朝早いからもしかしたら他に誰もいないかもだし、おトイレだと途中で邪魔が来るかもだし。って、いくら私がド変態さんでもさすがにそこまでは出来ませ、んっ、あっ、はんっ。ダメ、ヤバいよぉー!こうして、歩い、て、る、だけ、で、刺激が………なんて事だっ、もうこの際このまま歩きながら、うん。誰もいないし、声が出ちゃうのさえ我慢すれば………バレなければイイだけだし。

 って、落ち着け!
 落ち着くのよ私!

 あ、そ、そうだ!

 イヤな事を思い出そうよ! 虐待にイジメ、沢山あるイヤな記憶を。なんなら全てがバレて棄てられちゃう想像とか沢山あるし………って、思ったら。

 それだけで、完全に。
 収まっちゃいますた。

 これで性的なトラウマまで経験してたら私、ケータイ小説もビックリな悲劇ですな。思い浮かべただけで泣きそうになってきちゃった。ホント、忙しい女だよ。

「………」
 よ、よし、それならアノ人の事を考えよう。もうすぐ会える。もうすぐ会えるんだ。一緒に暮らせるんだ。だから頑張れ。だから負けるな。私にはアノ人がいる。私は頑張れる。だから頑張れる。私はヤレばデキる子です!
「………でも」
 バレたら棄てられちゃうかな。もしかしたらもうバレているかもしれない、とか。ううん。大丈夫。大丈夫。大丈夫。今度こそ大丈夫!
「大丈夫です」
 言い聞かせながら歩き続けてると、いつの間にやら駅に到着していました。よし、券売機で切符を買ったら、いざ、鎌倉ですおー!

 って、切り替えの早い女だよ。

 さてさてそんなこんなで。ホームに独り、パンパンのボストンバッグを置く。ボスンという音がした途端、両腕が軽くなる。

「あ、ボスンとバッグが」
 うん、ヤメようか。

「ううっ、くっ、ふぅ~」
 ぐぐぅーっと腕を広げ、ういーっと胸を張って背筋を伸ばす。見上げれば、雲一つない青空。澄みきった青色だけの世界が、私の視界を独占する。
「うわぁー」
 自然と、表情が微笑みという形態に変わる。その時、少し遠くの方に、私を幸せの世界へと運んでくれる列車らしき影が見えてきた。見えた。近づいてくる。来た。お迎えご苦労である!
「よっしゃあー!」
 と、私は気合いを入れてバッグを持ち上げる。すかさず、両腕にズッシリ。でも、このバッグの存在理由を思えばなんともない。なんでもない。へっちゃらさんですおこんなの。更にアノ人の事を想えば、『とぼとぼ』そんな擬音を添付したくなるような横揺れの歩き方も、『うきうき』という擬音が似合う縦揺れの歩き方に変わる。うん、流石です。

 やっぱり効果絶大ですおー!

「………」
 ちらり。駅の壁にかかってる時計を見てみると、時刻は朝の六時九分を過ぎたあたり。

 こちらは本日、
 頗る快晴なり。

「さて、と」
 これより私は本格的に、私を棄てて音色ちゃんになるのです。

『お、いっ、ナナ、な、何をす………』

 ナナ?

 いいえ、
 私は音色ちゃんです。

 さよなら、七色。もうアナタは私には必要ないの。私に必要なのは唯一人、アノ人だけなのだから。だから、私が誰かなんてどうでもイイ。アノ人を独り占め出来るのならば、私が誰かなんてどうでもイイんです。

「ボスぅー」

 アノ人に、
 早く会いたいなぁー。


 ………。

 ………。

 ………。



              終幕前) 完
          祓魔師の後悔 終わり
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