祓魔師の後悔

野良にゃお

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第一幕)始まりの終わり

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 此処は、とある町の教会に併設された小さな施設の小さなリビング。とはいうものの、仕切りが曖昧なのでダイニングキッチンと形容すべきなのかもしれない感じのリビング。台所とか浴室とかトイレとかは別として、各名称の各空間それぞれに応じたあれやこれやを厳密に的確に配置しているワケではないし、そう決められているワケでもないので、此処に限らずごった煮ごった返しでダブリも意味不明もなんやかんやでセットされている。の、だけれど。そんなこんなアレやコレや何かしらの文字数稼ぎみたいな脳内独り言はさておきまして。

「夢人くん。主は裁くのみです」
 併設する教会の神父さんであり、祓魔師さんでもあり、尚且つこの施設の代表代理であり、併設する護身術という名目の実践格闘系道場の主でもあるテメェーちゃんが、アロハな軽装でカウンター越しに僕をそう優しく諭す。遅い朝食を準備しながら。因みに、今回は合計四人分となっております。
「ですから、何かしていただけるなどと期待してはいけませんよ。御加護というのはそういう事ではありません」
 サラサラのブロンド髪を後ろにキュッと纏めているひょろりとした長身の彼は、整った顔立ちの穏やかな三十一歳の外国人。日本での生活が長いので日本語は頗る堪能と表現しても大袈裟ではなく、独特と言うか特有と言うか所謂ところのイントネーションもあまり変ではないと言えなくもない範疇。それでも敢えて言うとするならば、丁寧な言葉を遣う際の言葉のチョイスに何となく違和感を覚える時があるくらい。今の日本人はって言うか若者さん達はそんな言葉をチョイスしないと思うよいいやもしかすると知らないんじゃね? っていう言葉を敢えてなのかどうなのか使うので、何処で習ったのか覚えたのかつまるところそこの日本語教室どうなってんの? みたいな。けれど、でも。堪能だし達者だし、日本生まれの日本育ちで残念ながら海外に知り合いはおりません的な巧さなのは間違いなく、なので逆にここまでなると母国語の方が激しくヤバいのでは? と、勝手な想像を挟んでしまうくらいに………あ、そういえばテメェーちゃんって何処の国で生まれ育った人だったんだっけ? 覚えがないなぁ………って、そこらあたり事は一度も訊いていなかったのかもしれない。それともう一つ。丁寧な言葉遣いがデフォの人でした。あらヤダそれだと前言のアレやコレを撤回しなくては………兎にも角にも。実際のところは祓魔師としての能力が超がつくくらい有能で有名なテメェーちゃんなので、その活動は日本に留まらず海外至る所に引っ張りだこ。故に、日本語のみならず幾つかの言語に明るい人だったりする。って、ただの脳内独り言にしてはまるで誰かに向けて説明しているような感じなのだけれど。

 それも、兎も角として。

「だったらテメェーちゃんさぁー、それなら宗教って何よ? 何もシテくれないクセに崇めないとすぐに罰あててくるから奉っておこう、って事? 昔と今が違う部分って、生け贄を捧げないくらいのもんじゃね? オレ等はさ、そんな事をされる為にこの世にいるの?」
 出身地その他はさておき、僕は十歳も年上の彼にトゲを含む。けれど、否定する気は全くないし、寧ろ存在していてほしいし存在していると思っているし存在しているので、言葉の汚さとは裏腹に口調は穏やか。の、つもり。ま、昼食いいや遅い朝食を待つ間の暇潰し的で雑談テイストな言葉遊びだからね。神という存在、若しくは概念とかにではなく、神の記述を残した者に対しての苦言を殊更に呈したかっただけなんです。それは僕なんかでは生意気だし、失礼なのだけれどそれでも、どうしても。神を逆にマイナス方向へと思わせようとしているように見えてしまうょうな構成だから。昔と今では文化と言うか何と言うか、常識? ってヤツが異なるからそうなんだという部分はあるのだろうけれど、でも。つまり、その、怖いとかじゃなくてさ、うん。この場合、何て言えばイイんだろうか………あっ、愛を全く感じないスパルタ塾って感じ? 町を焼くとか、洪水を起こすとか、言葉を通じなくするとか、親族を差し出せと要求するとか、同じく生け贄を求めるとか、信じる者だけ助けたるでぇー、とか。実のところ表記上では悪魔よりって言うか比較にならないくらいの数の生き物を殺しているし。そうする前にまず説教してあげればイイのにさ、記述どおりだとするとパッとお出でになられるや否や問答無用の怒髪天な鼻息ふんがぁーさんでそこまでしちゃうし、けれど忠実な下僕としてワタシを崇めるオマエだけは可愛いから助けてやるぜっていう書き方をしているような、さ。でもね、でも、神ってそんな無慈悲で残酷な事なんかしないもぉおおおーん! ←駄々っ子なんです、僕って。あ、因みに。テリー・メーリンソンさんだから、テメェーちゃんね。

「ユメ、それ言い過ぎ」
 そんな僕の発言に際し、テーブルを挟んで僕の正面に座っている翠子が宣告するかのように明瞭な口調で諫める。それはそうと、夢人くんとかユメとは当然ですが僕の事です。遅ればせながら、たぶんなんとなく誰かに向けて言うならばかなり遅ればせながら、荻原夢人。オギハラ・ユメト。で、翠子というのは僕よりも一歳年上の女性。萩原翠子。ハギワラ・ミドリコ。荻原と萩原。漢字で書くと苗字が激似で、更には幼なじみ。そう、子供の頃からずっと一緒に育ってきた。
 自分語りをすれば、僕は………まだ記憶も定かではないくらいに幼い頃、両親を一度に亡くしてしまった。父と母が亡くなった理由は敢えて未だ知らないままだし、両親との思い出も何一つ覚えてはいないし、それどころか二人の顔すらも覚えてはいなかったりするのだけれど、テメェーちゃんの義理の親父さんであるところのドリーのオッサンから聞いた話しによると、僕の父とテメェーちゃんはテメェーちゃんが父の事を兄と慕うほどの仲だったらしく、母の方はと言うとなんとテメェーちゃんにとって憧れの女性だったらしい。で、なんだか青春ドラマのような毎日を妄想してしまいそうな関係と思えなくもないそんな縁で、僕はこの施設に引き取られる事になって現在に至る。
 そして。一方の翠子はと言うと、翠子も僕と同じく幼い頃にドリーのオッサンが神父をしている………していた? に、なるのかな。兎にも角にもこの教会に預けられた。けれど、翠子の両親も僕の両親と同じく、なのかどうかは判然としないのだけれど、つまるところ再び戻ってくる事はなかった。
 こうして僕等は、翠子と僕はそれぞれそれ以来この施設が生活の基盤となっていて、言ってみればお陰様で僕等はこうして元気に生きてこられた。生きていられた。生きる事ができた。この施設はそういった事情の子供達が暮らす施設で、つまるところ僕等は孤児という身の上なのだ。そんなワケで殆ど毎日のように連んでいたからか、今でも実の姉弟だとよく誤解されるし、苗字が苗字だから誤解したままの人も沢山いるだろうけれど、実際のところ本当に姉みたいな感覚だし母親代わりのような存在とも言える。呼び捨てでタメ口なのだけれど、ね。←どんまい。

「むむ、む………む」
 で、その翠子の横で先程からずっと眉間に皺を寄せつつ瞳を、きょろきょろ。真剣な表情で沈黙しているのが、茶屋七色。チャヤ・ナナイロ。先程、四人分の~と告げたその中の最後の一人が彼女で、この施設の隣にある教会でうら若きシスターをしている。翠子と僕は、只今絶賛売り出し中の祓魔師としてテメェーちゃんの助手のような形でそれなりに忙しく飛び回る生活をしており、なんとなく既出のような気がする音色とこの七色は共に、この教会でドリーのオッサン達と教会の仕事に勤しんでいる。
 ここでまたまた因みに、祓魔師とは所謂ところのエクソシストの事で、エクソシストとは所謂ところの悪魔祓いをする人をいう。悪魔を祓う人。だから、祓魔師。読み方は、ふつまし。依然として現実離れした話しだと世間では言われ続けていたりもするのだけれど、実のところ居るんですよこれが。悪魔って存在。見た目を人間と同じ姿に変える、って言うかターゲットに入り込んで内から操作したりもするもんだから判別が面倒なだけで、そこかしこにチラホラ、と。ほら、アナタが知っているアノ人も実は………って、誰だよアナタって。

 ま、ただの戯れ言ですから。

 なので………と、表現するとおもいっきり失礼なのかもしれないいや激しく失礼極まりないのだけれど、その対極でもある天使もまた当然の如く存在しているワケで、そうなると主である神もいらっしゃる。ざ・三段論法? いいえ三位一体ですから、って違うか。

 だから、うん。

 それこそ、なので。と、表現すべきなのだけれど先程、言葉遊びと言ったワケです。あと、これも余談になってしまうかもしれないのだけれど、先程から何度か名前のみ上がっているドリーのオッサンことドリー・メーリンソン氏は神父として、そしてオッサンの養子でもあるテメェーちゃんは神父及び祓魔師として、先程説明したとおり知る人ぞ知る世界ではあるもののかなり有名な御仁さんだったりする。

 以上、閑話休題終了。
 で、七色の話しです。

 元々は饒舌なのだけれど、自分なりに言われた事を消化する事に時間がかかるからか結果的に返答を待ってもらえない故に人前では無口になってしまう彼女は、きっとたぶんではあるものの僕等の話しを聞きながら自身の考えを模索しているのか、実はこっちの方が確率お高めなのだけれどお腹が空きましたんという思いで満載なんだと思う。間違いなくそのどちらかですよ。付き合い長いんで。七色も同じ施設で共に暮らす家族だからね。

 それと、もう一つだけ。

 この施設育ちで現在はこの施設の朝食と夕食を手伝ってくれているおばさんのトコの養子になった大切な家族がもう一人いる。それが音色なのだけれど、お察しのとおり今は此処には居ない。

 以上、続報を待て。

「じゃあさ、天使って何よ? 悪魔って何なのさ? それぞれがそれぞれに身勝手ではない程度の勝手さでヤッてまぁーすって感じ? 彼等の存在意義はオレ等への恐怖なの? それとも畏怖か? つまるところ、自分の事は自分でヤレよ何もシテやんないよでも崇めないと罰はあてたるから覚悟しとけよって事だろ? オレ等の存在価値はオモチャみたいなモノなの? それともモルモットか? それなら心の優しい人こそ、人に限らずそういう生き物全てを天使と呼ぶべきだぞ。あっ、つぅ~事は、さ。翠子や音色やナナやテメェーちゃんや、ドリーのオッサンも、うん。天使だな」
 合致してしまった高揚感の方に支配された僕は、脳内独り言だけの事ならまだしも会話においても閑話休題すら逸脱しかねない脱線ぶりをヤラかす。

 の、だ、けれど。

 そんな事は全くお構いなし。テメェーちゃんの話しによると天使にも性別とやらはあるとの事だし、性別があったら困るというワケでもないのだから。

「それは光栄です。ですが、夢人くん。私には身に余り過ぎて背負いきれませんので、その栄誉につきましては謹んで辞退させていただきますね」
 翠子と七色がそれぞれにそれぞれな興味深い反応を見せてもいたのだけれど、話し出したのはテメェーちゃんだった。僕の行き当たりばったりなしでかしに際して、テメェーちゃんが穏やかにそう返す。そして、先程から手際よく調理していた料理を出来上がった順に丁寧にカウンターに並べながら、これまた優しく微笑む。流石は神に仕える人。人間がデキております。神父としても心優しく、祓魔師としては橙色という唯一無二、加えて容姿端麗。実は僕、かなり尊敬していたりします。恥ずかしいから口に出しては言わないけどね。

「流石はテリー神父。相変わらずの殊勝さなんだからぁー」
 僕の代わりに。と、いうワケではないのだけれど、僕のヤラかしに乗ってかどうなのか翠子がテメェーちゃんをそう茶化した。勿論の事、その表情や声に皮肉っぽさはない。彼女も僕と同様、テメェーちゃんフリークだからね。

「いえいえ、そのような………」
 するとテメェーちゃん、そう言いながら苦笑い。僕等のコンボを受けて、逡巡してしまったようです。ヤラかしではあるものの軽めのジャブ程度な発言だったとは思うのだけれど、翠子のジャブと併せて合わせ技・有効。みたいな感じか? コンボと言うよりコラボな説明になっているのは勘弁。って、誰にだよ。

 ま、それも兎も角として。

 そんな慎み深いテメェーちゃんではあるのだけれど、悪魔と対峙した時の怒りっぷりだけはハンパなく怖い。容赦ないからねコノ人。その点で言えば、テメェーちゃんだけでなく翠子や音色や七色も充分にヤバい。特に音色や七色なんて、立場上はまだシスターなのに直ぐ爆発するし、チカラをコントロールしないのかデキないのか、あっと言う間に暴走する。そういった意味では二人の方が激しく要注意です。あっ、でも爆発しそうになるあたりでサクッと判りやすく暴発するので、注視しておけば身の危険が身の安全を凌駕する確率をギリギリのところで減らす事は可能です。

 そのあたりは、
 所謂ところの。

 ざ・経験則ね。

「ま、教典は主が自らお書きになられた書物ではないからね。そういう戸惑いを抱くのは仕方のない事なのかもしれないとは思うよ、うん。教典はそのまんま字の如く、教会の方針を示す為にあるものだし。っていう言い方をしちゃうとなんだか本末転倒な感じだけどさ。でも、だからユメの数々の暴言も、主はきっと許してくれるよ。慈悲深いお方でホントに良かったね、ユメ♪」
 僕が脳内でヤラかしからの脱線を続けていると、僕のそれはテメェーちゃんの苦笑いによって閉幕ですとでも言うかのように、翠子が料理をテーブルに運ぶのを手伝いながら話題を一つ前に戻した。

「それはそうと、実験に使う実験台としての実験体という意味であれば、よく言われているところのモルモット若しくはマーモットって名前ね、アレって正しくないのよ。あれは厳密にはテンジクネズミなんだってさ。ま、聞いた話しだし、つまり請け売りだから調べてないし、真意もハテナだけどね」
 そして、訂正したい事についてはさくっと、けれどきっぱりはっきりしっかり告げてくる。その真贋や信憑性は別にして、だけどね。

「そういう事は事前にキチンと調べてから言おうよ。ま、イイけどさ。つぅーか、翠子やテメェーちゃんの言う主ってさ、書いた人のとおりだとすると慈悲深いってワリには罰ばっかりバンバンあてるお方だと思わないか? 人類の歴史として考えてみればさ、やりたい放題の祟り神っていう捉え方をしていた昔の日本の人達の方がよっぽど的を得てる気がするよ。よく知りもしないままに言うけどさ、奉納とか祈祷とか豊作祈願とか雨乞いって怒りを鎮めるって事なんだろ? 見えないけれど存在する。あれもこれも祟り。だからお祈りをする。この世のスタンスで物事を考える。そういう考え方ってさ、滑稽なんかではなく切実だよね。死後の事を考えるよりもずっと」
 で、ごくり。ここで一旦お茶を一口。長話によってすっかり冷えてしまっていたので、無痛で喉を通過する。

 僕は更に続ける。

「色々とデキるようになればさ、更に次の色々が妄想だか空想だか発想だかが想像で浮かび上がってくる筈だから、更にもっと。と、なる。進化とか挑戦とか目標とか夢っていう言葉に置き換えた、ほら、えっとぉ………あ、欲望ってヤツ? 人間が目指してる究極で最終な目的ってさ、実のところ憧れの象徴である全知全能なる神なんじゃねぇーの? 完全体っていうか、完全無欠っていうか、安心保険、安泰保証みたいな。しかもさ、個人的に自分だけそうなりたいっていう、ね。そうじゃなければ安心も安泰もないからさ。神はいらっしゃるのですという概念を、見えるとか聴けるとか触れるとかっていう、生物的な………って言うか、物的? みたいな価値観で考えちゃうのは短絡的だとは思うよ。この世で起きてしまっている差別的でさえある悲惨がそのままになっている事の言い訳のようにさ、神は嘆く人が嫌いだから助けないとか言う人を見ると特にさ。自分達の首しめてるよね、こういう言い訳をする人」
 そして、ちょっとだけ苦言。これも勿論の事なのだけれど、神はそんなんじゃないもんモードです。

「うん。たしかにそうよね。神の存在を証明デキない事が神の存在を否定する事にはならないのにさ、証明できない事を証明したりせずに否定だけするのは短絡的だし、提示できる何かであるという事を提示するという考え方もそうよね。信じるってそういう事ではないのに。それならば尚更に、信じるという事に見返りを求めちゃダメよね。それもまた矛盾を生むだけだから」
 これが結論です! とでも言うかのように。翠子はうんうんと独り、そう言って納得する。

「存在してなくてもガッカリしないようにって聞こえるけど?」
 盲信しているように見えて実は自我という拘りをしっかりと持っている翠子なので、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないのだけれど、そういうのも保険なのかな。真実や事実に基づいた正解なんてきっと、人間の数だけその脳や心にあるんだろうし。見たとか、聞いたとか、感じたとか、ウソでした、とかね。

「ユメ、それは気のせいよ。だって知ってるでしょ、アタシ達は、ね?」
 重箱の隅を突っつくような僕のツッコミを受け流すかのように、甘えるようなけれど明瞭な声色でそのように含みを持たせた翠子は、それと同時にたぶんこの世の誰もかれもをほんわかさせるであろうくらいに柔和な微笑みを浮かべた。

「ですよね」
 それを正面から浴びた僕は全面降伏、ただただ白旗を挙げるしかなかったとさ、まる。弱いんだよねぇー、この笑顔には。あと、涙にも。ま、翠子の言わんとしている事は真実だし。それに、いくら全知全能とはいえ、人間だけでも下界に何十億とのさばっているのだから、生きとし生ける全てを四六時中に渡って見届け続けるのはキツいよね。いくら全知全能とはいえ、その能力をいついかなる時も遺憾なく発揮するかは別の話しだし。その為の天使っていう側面もあるのだろうきっとたぶんおそらく。全知全能なんだから当然、疲労という経験もあるという事。だからこそ、神だって七日目には休むんです。

「ああああのぉー」
 今回はテメェーちゃんがゲスト参加していたのだけれど、翠子と僕によるいつもの他愛のない言葉遊びがひとまずの一段落を見せたあたりになったところで、それまで黙って聞きつつ発言する者をきょろきょろ見つめつつ翠子と共にわたわたとテーブルに料理を並べていた七色が口を開いた。

 ごにょごにょ。

 若しくは、
 もにょもにょ。

 小さく柔らかな声が微かに響く。

「ん、どうした?」
 七色が視線を向けていたのが僕だったので、なんとなく僕が返した。本来は饒舌なのに極度の人見知りで極端に内向的な性格の七色とはいえ、長い付き合いの僕等にまでそうであるワケがなく、自分の考えを纏めるのに時間がかかるもののいつもであればもっと早くに言葉遊びに参加してくる筈なのだけれど、今日はここまでとても静かだった。自己主張するという事は滅多にないのだけれど、それでも今日はなんだかいつもとは様子が違うような気がする、気がしないでもない、みたいな………と、今に至って漸く気づいた。

「私は、ですね」
「うん、私は?」
 因みに七色は僕の二歳年下で、先程から名前のみ出てくる音色も僕の二つ下。そしてこれもまた因みになのだけれど、七色は胸とお尻以外は未だ幼児体型からの脱却に難航しているかのような容姿をしており、双子のようにそっくりな音色も双子のようなだけにたぶんそんな感じだったりする。敢えて比較するなら翠子は競泳選手のような体躯をしているので、たった、なのかは兎も角として二~三歳しか違わないのにこうも違うもの………とか何とか言ったら失礼なのだけれど、その見た目だけで言えば音色と七色はエンジェルというよりもキューピットといった感じだ。共に華奢で小柄だし。

 それに、やっぱりさ………。
 双子みたいなんだよなぁー。

 性格で言えばどちらも天真爛漫といった感じなのだけれど、生真面目で何事も考えすぎてしまう傾向にある七色と、冷静で丁寧な佇まいを意識しようとする音色は、その天真爛漫さがそれぞれ暗と明に分かれて浮かんでくるという違いがある。けれど見た目の違いで言うと一重か二重かしか見当たらないくらいだし、それほどなのだから同じ服装&化粧&髪型&話し方にしたら、双子若しくは同一人物になれるかもしれない。実のところ二人は翠子や僕とは違い、ドリーのオッサンが保護し、身元保証人となってそれぞれ何処からかこの施設に連れてきた。たしか………七色の方が先で、音色が施設に来たのはもうすぐ小学生といった年齢になる頃だったと思う。なのでたぶん双子ではないのだけれど、この世には容姿が似ている人間が三人くらい存在しているという話しもあるし、それを大きく膨らまして本当の双子かもしれないと飛躍してみてもイイじゃないか、と。そう思わなくもない。

 ま、それも兎も角として。

 表に向けて拡散やら発散やら開放やら主張やらをするかしないかの違いはあるものの、けれど心根はみんな同じでとても優しく、本当に天使みたいだ………とか何とか、前にも言ったっけ?

「ナナ、どうしたの?」
 僕が脳内独り言をつらつらとシテいると、翠子も七色の様子に普段との違和感を抱いていたのか、それとも気づいたのか、七色に身体ごと向き直って続きを促すように訊いた。

「私は、ボスの考えに賛成です」
 すると七色、ごにょごにょでもにょもにょにもじもじを加えた口ぶりと身ぶりで、そう意見した。

「お、おう。ありがと、ナナ」
 あ、そう言えば。

「え、あ、う………はい!」
 七色が僕の事をボスと呼ぶようになったのって、いつからだったっけ………。

「あ、そうそう。大事な事を思い出しましたよ夢人くん、そろそろ音色さんを迎えに行く時間なのでは?」
 それがいつだったかを思い出そうとしていると、テメェーちゃんが話題をおもいっきり変えてきた。けれどその事に他意はなく、本当に今この時思い出しました忘れそうになるだなんて私はなんと愚かなのでしょう音色さん申し訳ありません、といった感情が見え隠れしているような表情だった。

「あ、ホントだ!」
 たしかにそろそろなあたりだった。音色は翠子や僕と同じ大学に通いながらも、それと並行して前述のとおりドリーのオッサンが神父を務める教会の方を手伝っており、最近では主にこの教会でシスターとして暮らしている七色とコンビを組んで、祓魔師のような事も請け負っていたりもする。で、話題に上がったその音色は今、義理の父………って、義理ってわざわざ付け足すのはなんだかイヤだな。兎に角、勤め先の事業の事で出張していたおじさんを迎えに駅に行っており、音色はおじさんとおばさんと再び同居する事になった。そのあたりについての顛末は少しばかりというか何というか、オッサンのトコの教会に問題が発生してしまって一旦はテメェーちゃんが両方を管轄する事となり、暫くは翠子と共にそっちの教会に行く事となったからだ。そして音色はこっちに戻ってきて七色と共にシスター以外に祓魔師としても本格的に活動する事となる予定。

 それが、そろそろ。

 僕はその音色を………と、言うか厳密にはおじさんを迎えに駅まで車を走らせる事になっているというワケだ。詳しいところまでは判らないのだけれど、音色は出張から帰ってくるおじさんを迎えに駅まで行ったものの、そのおじさんがどうやら捻挫らしき怪我をどちらかの足に負っていたとの事で。

「それにしてもドリーのオッサン、ホントにどうしたのかなぁー」
 で、ぽつり。唐突と言えば唐突なのだけれど翠子と僕が戻ってくる事になった理由を呟く。

「そうね。連絡もないし」
 と、翠子がそれに乗る。

「はい、心配ですぅー」
 七色も同じく。

「ですねぇ………」
 テメェーちゃんは何やら何かしら複雑な表情で………七色? の、方を見ている。考え事をしながらだと皿を落とす可能性が~とか、考えているのかもしれな………いいや、この話題ではそれはないか。

 兎にも角にもアノ人、
 行方不明なんですよ。

 しかも、随分という言葉をそろそろ付けようかというくらいに。更には後日、シスターまでも約一名がそうだと判明。なので、今のところはオッサンの方の教会もテメェーちゃんが兼務しているのだけれど、上の偉いさん等の協議によって事ここに及んではもうしっかりと決めなくてはならないだろうという結論に至り、僕も含めて前述のとおり今後の諸々が決定するまで兼務と相成りそうな気配です。そして、翠子と僕の方はこれにより、仕事が激しく増えそうな予感が………がるる。

「旅行とかなら手紙か連絡の一つくらい寄越すだろうしなぁー」
 そんなワケで、この状況で考えられる行方不明の理由の内、最も可能性が高いのは悪魔による何らかのしでかしという線だったりするあたりが心配事だったりする。これが、同じく行方知れずのシスターとの駆け落ちなんていう何故そんな事を的なオチなら、うん。安堵感から高らかにバカ笑いしてやるのにさ。

 ま、それも兎も角として。

 ドリーのオッサンには祓魔師だった過去があり、テメェーちゃんの話しによるとどうやら相当な強さを有していたようだ。けれど、でも。テメェーちゃんを養子にしたあたりで祓魔師をヤメたらしい。なので僕には、いつも大笑いしているオッサンと道場での豪傑なオッサンの記憶しかない。ま、その道場での事も、テメェーちゃんに全て任せてからは寄らなくなっていたので残っている記憶は少ないし、オッサンに宿る聖なる武具の色とかも知らない。そもそも、オッサンの武具を見た事がない。

 あ、でも。

 祓魔師をヤメた理由を一度だけ訊いた事はある。その時はオッサン、簡単に言うと世代交代の時期だったのですよ、がはは! と、やっぱり豪快な大笑いをするだけだった。つまるところアノ人、僕の中では戦闘力未知数だったりする。いつも豪快に大笑いばかりしている人だったのだけれど物腰は柔らかく、かと言って尻込みする事なんて決してなく、常に子供達の盾となって悪魔に対して敢然と立ち向かうような感じの、うん。言うならば、そう。頼れる親父というイメージ。良からぬ噂も多い人ではあるのだけれど、オッサンもオッサンで祓魔師として活動していた頃から高名な人なワケで、正面から対峙して組み伏せる自信のない口先だけのヤツ等からの根も葉もないやっかみだったりするんだろうと思っている。

 だからなのかな。
 オッサンが、さ。

 悪魔どもなんかに、
 負けちゃうとも思えないんだよね。

 安否は心配なのだけれど、オッサンの事だからケロッとした感じで姿を見せそうな気もしないでもない。きっとそんな心持ちだからなのだろう、音色が戻ってくる事で一緒にいる時間が格段に増えるだろうし、これでまた昔のような賑やかな暮らしというのも格段に増えるかも。と、少なからず嬉しく思っている自身がこれまた少なからずな程度で存在しているのもたしかだった。だから、あれあれどうしました? 何か、あったのですか? みたいな感じで、さ。あのオッサンだもん、ひょっこり顔を見せるんじゃないかな、と。

「どちらかの教会には新しく誰かが着く事になるんだろうし、それが決定してからドリーおじさんが帰ってくれば、みんな一緒にまた昔みたいな賑やかさになるかもね」
 おおー、翠子もどうやら同じ事を………けれど、でも。その口調はどこか固く、表情はそこはかとなく暗い。どうやら、僕のように楽天的な考えではないらしい。

「年齢的には大抜擢となりますが、どちらかの教会の今後の件は夢人くんか翠子さんにお任せしても全く問題ありません。ですが、祓魔師としての力量も含めてお二人は頼もしいレベルです。言うまでもなく、お二人は他の者よりも突き抜けておりますからね。音色さんや七色さんもそうなのですが、まだ暫くはこのまま私を助けてもらいたく思っております………不甲斐なくてすみません」

「「え、そんな話しもあったの?」」
 僕等の会話を受けての事なのだろうテメェーちゃんの突然のそんな話しに、翠子と僕の声が重なる。言葉に詰まるところも含めてあらヤダというくらいに一言一句、同じだった。

「私達が神父様って………あはは、無理だよまだそんなの。ユメは兎も角としてもさ、私は女の子だし」
 そして、翠子のみがそう続けた。僕からしてみれば、性別なんてお構いなしに翠子は適任だと思うのだけれど。それに、もう性別だの年齢だのを理由にポストを決めるにはあまりにも上の人間は………いいや、ヤメとこう。

「おおぉー、ボスも翠子お姉ちゃんも凄いですね!」
 僕がなんとなくドロドロな感情を滲ませている傍で、七色は翠子と僕の高評価について素直に感嘆している様子だ。自分自身についてもテメェーちゃんから褒められているのだけれど、実のところ七色は自分自身を全くというくらいに評価していなかったりする。その理由の深いところには、やっぱり………いいや、これもヤメとこう。

「それにさ。あっ、勿論それはそれで嬉しいんだけど、でもさ。アタシ達からしてみれば、だよ? それがドリーおじさんの失踪が理由だとさ、うん。やっぱり複雑だよね」
 と、翠子。たしかにそうだ。例えば悪魔が関係していて、けれどドリーのオッサンなら大丈夫だろうなんていう楽天的な思考はこの場合、不謹慎と言わざるを得ない。行方不明である事は間違いないのだし、他の理由であるならばそれはそれで職場放棄でしかないのかもしれないのだから、身内としては複雑と言えば複雑だと思うのが当然だ。

「そうだよなぁー」
 なので、反省。

「そうですた………」
 七色も察したらしく、シュンとなる。

「「「………」」」
 故に、三人揃って無言状態となってしまう。

「あ、それよりもですよ。七色さん? 以前のようにこれからは音色さんも揃って夢人くんの近くに居るワケですから、尚更に気は抜けませんね」
 場の空気が完全に重くなったのを感じたのだろう、テメェーちゃんが明るい口調で話題を変えてきた。自分の父親の事なのに、気丈な人なんです。

「え、あぐ、そ、そそそそれは!」
 すると七色、僕を見て直ぐ顔を伏せてそのまま、フリーズしてしまいましたとさ。って、何故? この反応を見ている分には不謹慎ながら楽しいのだけれど、理由が判らないので疑問の方がどうしても大きく膨らんでしまう。それに加えて、何やら僕が絡んでいるようだし。

「え、あっ、そ、そうね! オトはナナの最大のライバルだもんね?」
 すると今度は翠子が、テメェーちゃんによるそれに気づいたのだろう、その優しさに乗っかろうと、慌てて? 或いは、努めて? 兎にも角にも、七色に向けて明るく装いながらな感じでそう言った。

「えっ? あう、あうう!」
 すると七色、フリーズを解いてあからさまな動揺の色へと変わった。って、だから何故そうなる? どうやらテメェーちゃんと翠子によるコンボいいやコラボレーションは、クリティカルにヒットしているようだ。って、何故?

「ナナ、どうする? 地の利は五分五分だけど、でも。至近距離にはなったよね?」
 と、ニヤニヤの翠子。

「そうですねぇー。手遅れになる前に手を打っては如何ですか?」
 と、ニコニコでテメェーちゃん。

「あああう、あうぅーっ!」
 僕と二人を高速で見回しながら、動揺と焦燥で涙目になっていく七色。

 で、僕はというと。

「………?」
 何の事を言っているのか皆目判らず、ただただ視線をキョロキョロと、三人に向けるのみで沈黙したまま。そういった意味ではその挙動は七色のそれと変わらない。のだけれど、どうやら横に置いておかれているのは戻ってくる事だけではないようだという事しか判らない分だけ僕の方が、何処からか膨らんでいく不安感は強いと言えそうな感じ。

 何のライバルなの?
 知らないの僕だけ?

 音色と七色と言えば、仲の良い双子とか仲の良い姉妹みたいな間柄にしか見えないんだけどなぁー。

「しかし、翠子さんもそうなのでは?」
 するとここでテメェーちゃん、新たな爆弾を投下したようです。

「えっ! な、ななな! ななな何を言うかなテリーさんそそそんなワケななないじゃない、おほっ、おほほ!」
 と、いう翠子の反応からの予測するに。つまるところ、どうやら三姉妹はライバル関係にあるらしい。

 のだけれど。

「………?」
 僕は全くもって、この話題を乗りこなせないでいる。先程から何度か僕が七色の双子とか姉妹とかに指名していたり翠子がオトと呼んでいる葉山音色。ハヤマ・ネイロ。と、茶屋七色、そして萩原翠子。この三名のキャストによるライバル物語なんて初耳だし、何かを競っている場面を目撃した記憶もない。なので、乗りこなせないどころか乗れそうな気配すらも見当らない。それでも強引に思考してみるに、何かのコレクション的な事だろうか? ドッキリウーマンチョコレートのレアシール集めとか、パワフルガールの消しゴムとかを集め………って、年代が激しく違うか。

 それなら、武道的な事とか?

 たしかに三人とも強い。道場の名札は師範代の次の次に並んでいるし。もしかして、その名札の………って、それなら師範代の次に位置する僕を、誰が最初に沈めるか的なライバル関係か?

 なるほどそれなら………さ。
 激しく勘弁してもらいたい。

 迫真の土下座でもしたら、
 許してもらえるかなぁー。

「さぁ、ほら。冷めないうちに食べましょう、ふふふ」
 僕が混乱にも似た逡巡にしこたま陥っていると、テメェーちゃんがまたまたこの場の空気を変えた。なんだかなにやらなんとなく楽しそうなのだけれど、何故だ?!

「そ、そそそそうね! 私、ちょっと用事があるから出掛けなきゃだし。って、やっぱ寝よっかな昨夜は遅くまでだったし。あ、でもユメ。サークルには顔を出すから宜しく。あはは、はは、ははは!」

「私もお出掛けしなきゃですたよあは、あははあは!」

 すると、翠子と七色がそれぞれそれに同意する。翠子は僕と同じ大学のとあるサークルの部長を務めており、用事があると言いつつも実のところ昨夜のアレやコレやで寝不足なので講義はサボるみたいだ。そして七色は、うん。こっちの方は何やら本当に用事があるみたいです。

 ………なのだ、けれ、ど。
 何だかよそよそしい感じ。

「えっ」
 とぉ………取り残されている感じ?

「ほほほら温かいうちに食べないと失礼でしょユメ。それに迎えに行くの遅れちゃうよ?」
 ノンストップで言うや否や、サラダにフォークをざっくり。勢いよく差し込む翠子。

「ですお、ボス。きょきょ今日も凄い美味しいでしよっ、あ、ででですよ?」
 ノンストップ失敗気味で言うや否や、スープにスプーンをべちゃり。勢いよく差し入れる七色。

「おかわりもありますよ、ふふふ」
 そして、込み上げてくる笑いを極力我慢しつつな感じで言いながら、にっこり。抑えきれなかったらしいその分だけが表情に宿るテメェーちゃん。

「だから、あのさぁー」
 神への祈りとか食物への感謝を忘れてしまう程の動揺って、さ………。


 一体全体、
 何なんだよぉー!


「「わ、わぁーい!」」
「ふふふ、さ、どうぞ」
「おおおぉーい………」

 これって、何フラグなの?

「夢人くんも、ほら。召し上がってください。渾身の出来上がりですから」

「う、じゃあ、後で音色に訊いてみ」

「ユメっ!」
「ボスぅ!」

「えっ」
 と? これはやっぱりもしかしなくても、訊いてみない方がイイのかな。

「夢人くん」
「ん、はい」
 首を左右にゆっくりと小さく振り、更には十字まで切る実のところ言い出しっぺじゃねぇーかな存在のテメェーちゃんを見た僕は、眼前の二人に対して身の危険を感じた。

 それも………さ。
 かなり激しくね。

「い、いただきまぁーす」
 僕が何をしたというのでしょうか?

 どうか、教えて!
 神様あああぁー!


 ………、

 ………、

 ………。


              第一幕) 完
              第二幕に続く
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