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第三章

9.変化③

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「私は仲良くなるつもりなんてありませんわ! 貴女は今日、カシス様と別れ……」
「これはいったいどういう状況かな?」

 シェリー様に被せるように聞こえた声は、あまりに低く冷たい声で、思わずゾッとする。
 フリップ様も同じように感じたようで、同じタイミングで開けっ放しだったドアに視線を向けた。
 そこには笑顔を浮かべながら私たちを見ているカシスの姿があった。
 しかしその笑みに温かみはなく、圧すら感じられる。

(これは明らかに怒っている……それも、尋常じゃないほど)

 原因があるとすれば……私がシェリー様に跪いているからだろうか。
 私がぞんざいに扱われたと勘違いして怒っているのだとしたら、シェリー様が危ない。

「カシス様! お会いできて嬉しいです!」

 しかしシェリー様は全くカシスの異変に気付かず、彼の元へ駆け寄ってしまう。

「シェリー嬢。どうして俺の婚約者が跪いているの?」
「これはですね、身の程知らずな彼女に思い知らせているのですわ。カシス様にふさわしくないと。カシス様も目を覚ましてくださいませ。彼女はカシス様を惑わす悪女なのですわ」

 余計なことは言わないで! と叫びたくなるが、逆効果な気がしてグッと黙る。
 するとカシスがチラッと私に視線を向け、チャンスと思った私は何度も首を横に振った。
 口パクで『ダメ』も連呼すると、カシスは応えるように微笑んでくれる。

(これは肯定ってことでいいんだよね? 信じるよカシス⁉︎)

 きっと大丈夫だと信じて、カシスを見守る。

「そっか。シェリー嬢には俺の婚約者を受け入れてもらえないんだね……」

 カシスのしおらしい表情を見て、ピンときた。
 これは相手の罪悪感を煽って自分の有利な方向に持っていこうとするカシスならではの技!

「メアリーはいつも俺に寄り添ってくれて、辛い時も支えてくれる大切な存在なんだ。だからシェリー嬢もそんなメアリーと仲良くなってくれたら嬉しいと思っていたけれど……」

 しゅんと落ち込むカシスを見て、シェリー様は慌てだす。

「な、えっ、そんなつもりは……」
「ごめんね、シェリー嬢」
「あ、謝らないでくださいませ! 私、実は彼女のこと嫌ではありませんの! ただ私がカシス様にふさわしい相手にして差し上げますとお伝えしたく……」

 ああ、もうこれは完全にカシスのペースだ。
 わかっていても騙される私が言うのだ、間違いない。

「本当? 良かった」

 カシスの安心した微笑みは、母性本能をくすぐって思わず抱きしめたくなる愛らしさがある。
 シェリー様も同じように思っているようで、必死に堪えている様子だった。

「……と、いうことで! 今後は私が貴女を厳しく指導しますからそのつもりでいなさい!」
「シェリー様……はい! ぜひ仲良くしてください!」
「なっ、話を聞いていたの⁉︎ 私は……」

 焦るシェリー様、とても可愛い。新たな推しができた。
 そんなシェリー様と絶対に仲良くなろうと決める。

「私、メアリー・ジョゼットと申します!」
「し、仕方がありませんわね……名前くらいは覚えてあげるわ」

 こんな風に押されるのに慣れていないシェリー様はタジタジだった。
 ここでようやく一件落着かと思いきや、シェリー様はフリップ様に声をかける。

「フリップ様。カシス様がいらっしゃいましたが、あのことをお伝えしなくてよろしいのですか?」

 伝えたいこと? と思い、私とカシスはフリップ様に視線を向ける。
「あ、いや……」
「何を怖気付いているのですか! きっと喜んでくださいますよ」

 シェリー様にも背中を押され、フリップ様は決心したようにカシスを見つめる。

「……兄上。俺は、兄上の力になりたいです」
「力……?」
「今まで兄上がたくさん抱えているのに気づかないまま過ごしてきました。そんな俺ももうすぐ成人を迎えます。俺は次期当主となる兄上を支えられるような人間になります。必ずなってみせます。だから……! もう、一人で抱え込まないでください」

 フリップ様は言い逃げするように、カシスの反応を見ないまま部屋を後にしてしまう。
 シェリー様も挨拶をした後、フリップ様の後を追った。

(なに、今の……あの尊い瞬間は!)

 さすがは主人公様。
 闇堕ちしていないフリップ様は、それこそ圧倒的な光属性の存在で、闇を抱えるカシスを照らそうとしていた。

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